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【完結】Re:LIGHT  作者: アレテマス
第二幕
73/150

33話【再び動き出す運命の歯車】


AM11:41 スーパー・リコリス


 灼熱の太陽が街を照らす真夏の昼間。リコリスに勤務していた黒木は納品作業に追われていた。クーラーが効いてるとは言え、冬に比べるとこの作業は負担が大きく汗を流し続ける。


 待ちに待った休憩の時間になると、黒木は休憩室へと戻り汗で湿った作業着を脱ぎ軽装になる。椅子にゆっくりと座り一息付くと、スマホをポケットから取り出してつぶグラをチェックする。


 橘達から半ば強制的にPP⭐︎STARのフォローを推奨され、常に情報を得ろと言われたので見る事に。前回のライブの件もあり、PP⭐︎STARの活動報告をつぶグラで見るのはそれなりに楽しめた。


 しかし、黒木の心はまだ満たされない。新しい出逢いに新しい経験を得て心より楽しめたはずなのに、どうしても頭の中の片隅にてあの頃を振り返ってしまう。


 双葉と過ごしたあの日々だ。自分が新たな趣味を見つけようと、必死に努力をしても、双葉とはもう会えない。あの人が今の自分を見るとどう思うのだろう、いつものように笑って喜んでくれるのだろうか?会いたいという強い気持ちが、黒木の心を虚しさで覆い尽くす。


 つぶグラを見ている目は徐々に虚になり、ゆっくりと閉じていく。朝からの作業の疲れが溜まっていたのだろう。黒木はカクンカクンと頭が揺れて睡魔に襲われる。


黒木

(…少し、寝よう)


うたた寝をする黒木は机に頭を乗せて、うつ伏せになって眠りについた。


………


「……黒木さん、起きて」


黒木

「…?」


誰かに体を揺さぶられ黒木は目を覚ます。眠いが体を起こし、ゆっくりと声のする方へ振り返る。


黒木

「…!!」


視線の先に立つ女性に目が思わず見開いた。




双葉

「お久しぶり!黒木さん♫」


黒木

「ふ、双葉…さん…?」


そこには懐かしくて今直ぐにでも会いたいと願っていた笑顔の双葉が立っていた。思わぬ再会に黒木は直ぐに立ち上がり向き合う。体は状況を飲み込めず微動だに震えている。


 彼女はリコリスの作業着であるエプロンを着こなしている。地味なデザインの作業着も、双葉が着ればとても美しく似合っていた。


黒木

「双葉さん…ど、どうしてここに…?それにその格好…」


双葉

「えへへ、似合うでしょ?モデルも辞めたしやる事もなくなったからさー、黒木さんがいるリコリスで働こうと思って!」


彼女は一歩歩み寄り驚愕している黒木の両手を握る。


双葉

「あの時はごめんなさい!私はまた黒木さんと一緒にいたいの!」


黒木

「…双葉さん…」


黒木

(…あぁ、そうか…)


黒木

「…はい。俺も貴方に会いたいと心からずっと願ってました」


黒木

「双葉さん。俺は……」


黒木

(これは夢なんだ…)


………


 …誰もいない休憩室で目を覚ます。体を起こし周囲を見回すも双葉はいない。夢とわかっていても、居ないと分かればやはり虚しい。RABiからは奇跡は起こると励まされたが、正直な所…希望は薄い。


黒木

「…ハァ…」


溜息を吐き片手で頭を抱える。何時迄も気持ちの切り替えが出来ないのは双葉への未練があるからだろう。せっかく推し活を提案してくれたジュリにも申し訳なさを感じていた。


 すると、休憩室の扉のノックが聞こえてきてゆっくりと開く。そこには店長が申し訳なさそうに顔だけを出した。


店長

「黒木君、休憩中にごめんね」


黒木

「?店長、どうしました?」


店長

「いやね、君に会いたいっていうお客さんが来てるんだよ。申し訳ないんだけど対応してくれるかな。勿論、用が済むまで休憩は押してくれても構わないから」


黒木

「俺に…?わかりました、直ぐに行きます」


店長

「ありがとう。お客さんは入口の外で待ってるよ」


黒木は机に置いていたスマホを手に取りポケットに入れる。椅子から立ち上がり軽くノビを済ませ、休憩室から出ていった。



 外に出るとギラギラとした太陽が黒木を襲う。ジリジリと蒸し暑く、ほんの数秒で汗が噴き出て一瞬にして体は(ほて)っていく。こんな暑い中、誰が自分に会いに来たのだろうか。黒木は辺りを見回して店長が言う【お客さん】を探す。


「黒木誠さん…ですね?」


お客さんは黒木を見つけると自分から声を掛けてきた。


 男性の声に振り返ると、見覚えのないカッターシャツ姿の無精髭の中年。片手にビジネスバッグを握り此方を見つけたのが嬉しかったのか、口元は笑っていた。


黒木

「ええと…すみません。貴方は…誰ですか?」


リコリスで数年働いてる黒木は、店舗をよく利用する人間の顔をある程度覚えている自信はあった。だが、目の前に立っているこの男はどれだけ記憶を遡ろうと記憶にない。恐らく初対面だが、男が自分の事を知っているのは不思議に感じていた。男は暑さを気にしてない様な涼しげな顔で答える。


「初めまして、私は斎藤と申します。何故自分の事を知っているのか?…そう言いたいでしょう?」


男の正体は斎藤だったのだ。自分の考えている事を見抜く斎藤に黒木は静かに頷く。


斎藤

「勿論その辺りの経緯もお話しします。ですが…ここで話すには熱中症も怖いですし…近くの喫茶店に移動しませんか?ここからなら……ヨネダ珈琲が近いですね」


黒木

「わかりました。……あっ、待ってください。長くなるなら、先に店長に外出する事を伝えてきます」


そう言うと黒木は足早に店内へと戻っていく。斎藤は目を細め愛想笑いを止めて、じっと彼の背中を見ていた。


斎藤

(成る程……真面目そうな奴だ)


………


 店長の許可も降りて二人はヨネダ珈琲へと訪れる。支払いは斎藤が持つと答えてくれたが、黒木は遠慮してコーヒーだけを注文した。店内は冷房が効いていて快適だ。斎藤はハンカチを取り出し、額の汗を拭いている。


斎藤

「いやー、やはり夏は暑いですねぇ。今年も過去最高気温の真夏になるみたいですよ」


黒木

「はぁ…」


斎藤が愛想良く話し掛けるも黒木の反応は薄い。それもその筈だ。突然呼び出された上に知らない男から話があると言われても良い返事なんて出来ないだろう。


斎藤

「まぁそう固くならないでください。貴方と少しばかりお話がしたくて会いにきただけですから。…まずは此方を見ていただけますかね」


黒木

「…?」


汗を拭き終えると斎藤はバッグから一枚の写真を取り出し机の上に差し出す。


黒木

「…!!」


その写真を覗く様に見る黒木はギョッとしてしまった。


 去年の冬、黒木と双葉が公園のベンチで寄り添い手を握った時の写真なのである。あの時の場面を撮られてしまっていたのだ。


 斎藤は写真を見て固まってしまった黒木を追い込む様に質問をする。


斎藤

「ここに映っている人は黒木さんと…【パーフェクトモデル】の双葉さん。夜中の公園で仲良く手を繋ぐお二人は…どういう関係で?」


黒木

「ぇ…ぁ…」


冷房が効いている部屋だというのに黒木はダラダラと汗が流れだす。心臓はドクドクと高まり冷静でいられない。


 しかし、黒木は細田との約束を思い出し大きく深呼吸をして息を整えた。目を閉じて暫し黙り込む。双葉の関係を絶対に知られてはならない。彼は目を開けて決心した眼差しで斎藤を見て答える。


黒木

「オニイチャンデス」


斎藤

「……嘘が下手なんだね」


黒木

(バレた…!?)


一瞬で見抜かれて黒木は焦る。斎藤はジト目で彼を見つめていた。


斎藤

「大体黒木って名前をこっちは知ってるのに、妹って設定は無理があるでしょ」


黒木

「あっ…た、確かに…斎藤さんは何者なんですか」


斎藤

「MARUKADOの記者です。貴方のことはウチの部下から聞きました。この写真も、私が面白いネタを探してる最中に撮った一枚ですよ」


黒木

「!…それなら…」


斎藤

「えぇ。世の中の人間は居なくなってしまった伝説のモデルの情報を少しでも仕入れたい訳で…この写真を記事にすれば特大ネタになるでしょうね」


斎藤

「ですが落ち着いて。この写真はあくまで貴方を少し揶揄う為に見せただけですから。…現時点ではね?」


黒木

「…?」


斎藤

「タバコ、吸ってもいいですか?」


黒木

「は、はい…」


斎藤の目的が読めず黒木は振り回され続ける。


 彼はポケットからタバコを取り出し咥えて火を付ける。旨そうに一服すると、机の端に置いてある灰皿を自身の前に持ってきてタバコをそっと乗せた。


斎藤

「…黒木さん。貴方はこの時だけでなく、以前から双葉と長く関わっていたのではないですか?我々記者も知らない、彼女のプライベートを誰よりもずっと近くで見ていると、私は考えております」


黒木

「…何が言いたいんですか」


斎藤

「先程も申し上げた様に、今の人々は消えてしまった双葉の謎を知りたくて最新の情報を求めています。貴方はそんな人々の要求に応える事が出来る数少ない関係者だ。…貴方が知っている双葉の情報を、我々に売っていただけませんか?」


黒木

「……」


斎藤の言葉から何となく察した黒木。沈黙を通す彼に斎藤は話を続ける。


斎藤

「双葉の情報となるとかなり貴重なものです。貴方の話す内容によってはかなりの金額にも…いえ、金額面はご提示していただいても構いません。可能な範囲でお支払いをいたします」


斎藤

「そうですね…手始めにこの写真の掲載を100万で許可していただけませんか?黒木さんはただ知ってることを話してOKと言うだけでお金を稼げる訳ですし…悪い話じゃないと思うんですがね」


そう言うと灰皿に乗せていたタバコを再び咥える。黒木は彼の舐めた態度にムッとした表情で反論した。


黒木

「お金目的で話しませんし、どんな事を言われようと話すつもりはありません。それに、その写真だって載せられるのは困ります」


斎藤

「それはどうして?」


黒木

「双葉さんは俺の親友です。友達を売るなんて誰もしないと思います」


その言葉を耳にすると斎藤は彼を見下す様に嘲笑う。


斎藤

「ハハっ、親友ですか。親友なら今も関係は良好で連絡は取れているのでしょうね?退職後にも出会っているのですか?」


黒木

「いえ、取れてませんし会えていません。ですが…」


斎藤

「双葉は友達と呼べる人間が居なかった。…これは我々が知る情報の一つです」


黒木

「…え?」


タバコの煙を口から吐いて吸い殻を灰皿に押し潰す。予想外の情報を聞いて固まった黒木に、斎藤は睨みを利かせ口を動かす。


斎藤

「…一つ、問題を出しましょう。貴方が双葉の親友であるかを確認する為の問題です」


斎藤

「双葉は日本中を沸かせた完璧なモデルでしたが、他の活躍するモデルからは嫌われていました。…何故かわかりますか?」


黒木

「それは…どんなに頑張っても双葉さんに人々が注目するからだと聞きました」


斎藤

「では嫌われていた彼女が、他のモデルからどの様な待遇を受けていたかを、貴方はご存知ですか?」


黒木

「…いえ。そ、それは…」


目を逸らす黒木に容赦無く口を動かし続ける。


斎藤

「私の調査で判明した幾つかのケースをお伝えしましょう。撮影中に着ていたドレスのスカート部分を引き裂かれた。ランウェイ寸前では使用するヒールを折られていた…」


黒木

「…!!それってイジメなんじゃ…!?」


酷い情報に黒木は感情のままに立ち上がる。周囲の目は黒木の方へ向くと、ここは店内だと思い出し、すぐ様座り直す。斎藤は冷静なままだ。


斎藤

「ええ、ハッキリ言って虐めです。しかもこれはただの一部に過ぎず、彼女が他のモデルに受けた仕打ちはまだまだあります。…初耳でしたか?やはり双葉は貴方にも【裏の姿】は伝えてなかったみたいですね。【親友】だと言うのに」


黒木

「…ッ」


斎藤

「残酷な事に彼女が退職した後も、多くのモデルは嘘の情報で双葉という印象を悪くさせてますね。それを鵜呑みにしてアンチになる人々も徐々に増えてきている」


斎藤

「そんなイジメを受けているのにも関わらず黒木さんの前ではその様な話を一切しなかったのは何故だと思いますか?それはきっと、貴方の前でも太陽の様に輝く【パーフェクトモデル】を演じていたかったのでしょう」


斎藤

「それは、黒木さんに心配を掛けさせたくないという思いかもしれませんが…もう一つ考えられるのは、双葉は【誰も信頼していない】からではないでしょうか?」


黒木

「信頼…?」


逸らしていた目は斎藤の方へと向けられる。彼は顎に手を乗せて、まるで探偵の様に答えた。


斎藤

「ええ。…ここからは私の推測になりますが…双葉はモデルとしてのキャリアは人々に知られていますが、それ以外の情報は有名になった今でも謎の部分が多くてですね。特にモデルになる前の彼女はどんな風に生きていたのかも誰も知らないのです」


斎藤

「それまでにして隠されている過去というのは、何かしら問題があったからではないかと私は考えています。家族の問題…年齢から考えれば学生時代の頃も範囲内…学生が当たる問題として【イジメ】も有り得る。もしも彼女が学生時代にイジメを受けていたとしたら…他人に対する信用なんて持ち合わせていないでしょう」


斎藤

「黒木さん。そもそも貴方は【親友】を名乗っておきながら、彼女の過去を知っていますか?どうせ、それも彼女は黒木さんに話してくれていないのでしょう?」


斎藤

「…少し話が逸れましたが、我々記者が知る彼女の裏も、我々が知らない彼女の秘密も、どちらも知らないと言うのに貴方は【親友】だと名乗るのですか?」


黒木

「……ッ」


斎藤の高圧的な態度に黒木は少し俯き、何も言えなかった。この男の傲慢な態度がとても気に入らなかったが、言ってる事は正論でしかない。斎藤はまだ黙らない。


斎藤

「…黒木さん。結局貴方は双葉にとってただの【知人】に過ぎないんですよ。スタコレ中止からの一週間の電撃退職も、誰にも相談せずに独断で決めたことでしょうね。連絡も取れなくなって今も会えていないのなら、それはただ一方的に【親友】だと思っていただけだ」


斎藤は二本目のタバコを取り出し火を付けて咥える。斎藤に言われっぱなしの黒木は俯き黙っている。煙を黒木の顔に吐きかける。


斎藤

「…何も難しい事を言ってる訳じゃない。彼女が黒木さんにした様に、貴方も彼女を切り離せばいいんですよ」


黒木

「……」


斎藤

「何時迄も居なくなった人の事などズルズルと引き摺らず、双葉の情報を私に全部伝えて、貰ったお金で美味い飯でも食べて、もう忘れましょうよ」


斎藤

「それとも情報がバラされる事で、彼女から怒られるとか思って抵抗があるのですか?そこは心配しなくても大丈夫だと思いますよ?現に双葉の嘘の情報をどれだけ取り上げられようと、本人は一切出てきてませんからね」


黒木

「……確かに」


斎藤

「…でしょう?では、貴方が知る双葉の情報を…」


黒木

「確かに斎藤さんの言う通り、俺は双葉さんの事を全く知らなくて、あの人からも親友とは思われてないのかもしれません」


斎藤

「…?」


漸く口を動かした黒木は顔を上げて斎藤の目をしっかりと見る。


 彼の眼差しはとても真っ直ぐで傲慢な態度を見せていた斎藤も、直ぐにタバコを灰皿に押し潰し聞く姿勢へと切り替えた。


黒木

「…スタコレの事故があったあの日。俺はどうしても双葉さんが心配で仕事を投げ出してまで彼女に会おうとしたんです。…でも、どれだけ連絡を入れようと双葉さんと繋がることもなくて…久々に双葉さんの情報が入手出来たと思えばそれは電撃退職の件でした」


斎藤

「……続けて?」


黒木

「ずっと彼女から連絡を待っている間、少しだけ思ったんです。あの人は俺の事を【親友】と思ってないんじゃないかって。正直そんな風に考えたくなかったし、双葉さんを信頼出来ない自分が惨めに感じて悲しかったです」


黒木

「でも、そんな時思い出したんです。雪の降る寒い夜の公園での出来事…彼女が大切な人と喧嘩して見せた涙は【本物】だった事を」


斎藤

「……」


黒木

「きっと俺が知る双葉さんはみんなが知る【パーフェクトモデル】の姿に過ぎないのかも知れません。…だけど、あの時見せてくれた涙は、ほんの少しでも俺の事を信頼してくれた証なんだと思います」


黒木

「…だからあの人からどう思われていても、俺は双葉さんを【親友】として信じていたいんです。この気持ちは、誰にどう言われようと変わりません」


斎藤

「……」


黒木

「…申し訳ないですが、貴方に双葉さんの情報を売る気はありません。…どうか、諦めてくれませんか?」


黒木は頭を深々と下げる。


 暫く二人の間に沈黙は続く。黒木はずっと頭を下ろし続け、斎藤はその様子を黙って見続ける。ずっと飲まずに置いていたグラスに注がれたアイスコーヒーの氷は溶け出してカランと音を鳴らす。その音が合図の様に、斎藤から声を掛けた。


斎藤

「…それが、貴方の答えですか」


黒木

「……」


黒木はゆっくりと顔を上げて静かに頷く。目を合わせてくる彼の瞳は揺らぐ事のない(まこと)の眼。あまりにも純粋なその瞳に、斎藤は見つめ返すのを止めて視線を逸らし、思わず息を吐いた。


斎藤

「……成る程……本当に根っからの真面目な人間だったみたいですね」


黒木

「…?」


黒木に続いて次は斎藤が頭を下げる。先程まで傲慢な態度を取っていた男がする予想外な行動に、黒木は驚いている。


斎藤

「無礼な態度を見せてしまい申し訳ありません。勝手ながら、貴方のことを少し試させていただいておりました。…アイツが信頼しているのも納得できる目を、どうやら貴方はお持ちのようだ」


黒木

「アイツ…?」


斎藤は顔を上げて口角を上げる。目は笑っていない。

ただの愛想笑いだろう。


斎藤

「此方の話です、気にしないでください。…それよりも、先程の写真の件ですが、元から載せる気はなかったんでご安心を」


黒木

「え…?」


斎藤

「そもそも写真を載せるのに、メディアは態々ご本人様に許可を頂きに行かないものなんですよ。好き勝手誰かに迷惑をかけてでも載せるのが、メディアのやり方ですからね」


黒木

「はぁ……」


斎藤

「おやおや、もう少し喜んでくださいよ?この写真は世間から見れば貴重な一枚に変わりないんですから。それを載せないと言ってるんですよ?こーんな嬉しい知らせ、他にありますか?」


黒木

「…待ってください。元から情報を買い取るつもりがなかったのなら、斎藤さんは何が目的で俺に会いきたんですか?」


斎藤

「あぁ、写真を載せないのは元から決めてましたが、黒木さんがもしもお金目的で双葉を売る【カス野郎】なら、速攻記事にしてやると思ってましたからね、ハハハ」


黒木

「は、ハハ…」


斎藤は写真をバッグに戻し両腕を机の上に乗せて前のめりに話す。


斎藤

「…私の本命は、貴方に会わせたい人がいるということ。貴方もきっと、その人に会いたいと思っているでしょう。…双葉ではありませんよ?」


黒木

「俺が会いたい人…?」


斎藤

「双葉の元専属マネージャー…と、言えば分かりますね?」


彼の口から発せられた言葉に、黒木は目が見開く。


黒木

「…!細田さん!斎藤さんはどうして細田さんの居場所を知っているんですか?!」


斎藤

「私もこの業界では顔が広い方でしてね。私の親しき友人が教えてくれたのですよ。まぁ私の事は置いて…黒木さんも細田さんに会いたいでしょう?もしかすれば、双葉の情報がわかるかもしれませんしね」


斎藤の提案に黒木は懸命に頷く。


 フッと微笑むと斎藤は緩くなってしまったコーヒーを手に取り口に含む。喋り続けて乾いていた喉を潤して一息付くと、斎藤はメモ帳を取り出し一枚のページを切り離し黒木に差し出した。


斎藤

「それじゃあ決まりだ。彼女は今、東京総合病院に入院している。後は黒木さんが都合の良い日にお見舞いにでも行けばいい。…念の為、病院の住所と部屋を記したページを貴方に渡しておきますよ」


差し出されたページを受け取り、黒木は斎藤の方を見る。彼はコーヒーを飲み干し帰る準備を進めていた。彼にとってもう此方への用は済んだのだろう。


黒木

「ありがとうございます。…あの、斎藤さん。一つ、いいですか?」


斎藤

「どうぞ?」


黒木

「どうして俺の為にここまでしてくれたんですか?こんな言い方は失礼だと思うのですが…貴方と俺は今日会ったばかりの関係ですし…斎藤さんが記者と言うのなら、こんな事をしても貴方に何のメリットもないというか…」


彼の質問に手を止めて、斎藤は黒木の方を見つめ返す。聞きたそうにしている彼の眼差しに応える様に、体を前に向けて話し出す。


斎藤

「…昔、ある若い男が君と同じように一人の人間に憧れを抱き尊敬をしていました。二人は互いに交流を深め関係は良好のように思えた。…だが、それはソイツの思い込みだったんです」


斎藤

「憧れの人は何も言う事なく、男の前から姿を消してしまって、ソイツも何か情報がないかと懸命に探したのですが…生憎何も見つからず…男は諦めて忘れる事を選びました」


斎藤

「それから何年か経った頃、ふとした拍子で男は憧れだった人の事を思い出したんです。今あの人はどうしてるんだろうって。気になったソイツは以前のように調べたんですよ」


斎藤

「そしたらまぁ…憧れの人は既に他界していたと知ってしまってね。もう少し早くあの人の事を気にしていれば何か出来たんじゃないかって、ソイツは酷く後悔してました」


黒木

「……」


斎藤はタバコを取り出そうとするも、箱の中にはもう一本も残ってなかった。諦めて箱を握り潰して、灰皿に視線を向けて話を続ける。


斎藤

「…黒木さん。貴方を見ているとね、ソイツの事を思い出すんですよ。憧れだった人が目の前から消えて諦めてしまったアイツの選択が間違いだったように、貴方には同じ道を辿ってほしくない」


斎藤

「だからその男の無念の為にも、貴方は貴方の出来る事を信じて突き進んでください。あれだけ煽っても心は折れず、貴方の真っ直ぐな目は揺らがなかった。黒木さんならきっと、切り開けるよ」


そう言って黒木の方へと目を向けると、彼は深々と頭を下げていた。


黒木

「…斎藤さん。本当にありがとうございます。その人の為にも、俺は諦めず双葉さんと必ず再会してみせます」


黒木は顔を上げて立ち上がる。彼の迷いを断ち切った表情を見て、斎藤はさっきとは別人に感じて圧倒されていた。


黒木

「俺、もう行きますね。これ以上店にも迷惑かけれませんから。次は…リコリスにお客さんとして買い物にでも来てください。ごちそうさまでした」


そう言うと彼はお辞儀をして店を出て行く。


 斎藤はタバコの代わりにとテーブルの上の爪楊枝を咥えて天井を見上げる。


斎藤

「…つまんねえ奴かと思ってたけど、すっげぇキラキラしてんじゃねえか…」


味もしない爪楊枝の先を齧りメニュー表を手に取る。


 この先は自分の助けなど無くても彼なら問題ない。

安心出来た直後に腹が鳴る。まだ昼食を済ませていない彼は空腹を満たす為に料理を注文するのであった。


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― 新着の感想 ―
黒木君。漢だぁ!! 純粋だからこその芯のある心!! あの斎藤さんが眩しく感じて手助けしてあげるなんて♫♫ 悪いやつかと思いきや斎藤さんも報われてほしいな☺
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