6話【友達の君】後編
…双葉とやってきたのは、如何にも若い女性に人気がありそうなカラフルな装飾を飾ったレストラン。
中はランチを楽しむ女性ばかりで男の黒木が浮いてる気がする。店内の入口で待っていると、愛想の良い店員がやってきた。
店員
「いらっしゃいませ。2名ですか?」
双葉
「12時半に予約していた『木村』です」
和やかにピースで2名というのを双葉はアピールする。
黒木
(木村の名前…予約の時も使っているのか…)
店員
「お待ちしていました木村様。席までご案内します」
丁寧な接客対応や店内の雰囲気から同じ接客業をしている黒木は薄々と勘付く。この店は高級レストランではないかと。
それが【確定】に変わったのは、案内された場所だ。メインのテーブル席から離れ【VIP】と書かれた壁掛け看板を横目に廊下を歩いていく。
廊下の先は巨大なシャンデリアが天井から吊るされ、華やかな大理石テーブルと高級シルクのソファといった華美のある個室。
壁一面のガラス窓の先には、沢山の木々が生え都会の中とは思えない、まるで森の中にいるような景色だった。先程までは【女性に人気がありそうな場所】だと思っていた黒木だったが、この豪華な景色に驚いているようだ。
黒木
「す、凄い…」
店員
「只今御食事をご用意して参ります」
店員は深々とお辞儀をして個室から出ていく。双葉が先に座り、黒木も後から続いて対面へと座る。
座った事のない心地よいソファの感触に、黒木は落ち着きを隠せず何度も座り直してる。そんな彼とは逆に双葉は落ち着いて変装を外しながら、ニコニコと彼を見守っている。
双葉
「凄いでしょ?VIPルームだよ」
黒木
「…これ、絶対高いですよね?」
恐る恐る聞く黒木。双葉はそんな事を気にする事もなくドヤ顔で返す。
双葉
「心配しないで。お金は滅茶苦茶持ってるから」
黒木
「は、ハハ…」
黒木
(これがトップモデルの力って奴なのか…)
………
昼食を終え店を出る。入口までついて来た店員は深々と頭を下げて二人を見送った。
やはり食事の内容はとんでもなかった。よくテレビで芸能人が美味そうに食べている高級料理、それが目の前にどんどんと置かれていくのだ。
どれも食べたことのない、言葉で表現が出来ない旨さで黒木にとっては非常に新鮮であったが、一つ一つの料理に対する情報量が多すぎるが故、何を食べてるのか途中からわからなくなっていた。
何よりも会計の時だ。黒木は高田から教えられた【男はランチを奢るもの】を実行しようと財布を取り出すが
双葉
『黒木さんは出さなくて良いよ?金額見たら驚くと思うから』
と、双葉が彼を止めてカードを取り出し一括で支払っていた。彼女の後ろからレジの会計画面を覗き見ると、双葉の言ってる意味を理解した。今日のランチだけで、高田との夜の飲み会を【30回】は出来る金額であったのだ。
そんな金額であろうと何も気にする事なく平然としてる彼女の姿が、改めてトップモデルなんだと黒木は実感したのであった。会計後に黒木は無理してお金を返そうとしたが、彼女は全く受け取ってくれなかった。
慣れない高級フルコースの体験に、黒木は食事自体には満足していたが、慣れないものに疲れた様子だった。双葉は隣を歩き、スマホで撮影した高級料理の写真を見返している。
双葉
「どうだったかな?食事に興味を持つかなって思って、高級料理のコースを試してみたけど…」
黒木
「は、はい…凄く美味かったです。いつも昼食なんてカップ麺かコンビニ弁当ばっかりだったんで…あんな御馳走、初めてでした」
双葉
「それじゃあまた食べに行く?」
黒木
「いや…金額が…ちょっとー…」
黒木は奢られた事を引きずっているかのように、申し訳なさそうな表情を見せた。双葉は彼を元気づけるように、笑顔で話してくれる。
双葉
「お金なんて気にしないで!今日は黒木さんの新たな趣味を見つける為にしているんだから!ほらほら、次行こう!」
黒木
「もう次行くところ決まってるんですね…あの、先に聞いて良いですか?」
双葉
「どうしたの?」
黒木
「…次も高級店ですか?」
双葉
「…あはは、違うよー!もー、すっごい気にしてるじゃーん」
黒木の質問に可笑しく笑いながら、次の店へと向かったのであった。
………
その後は双葉と一緒に色々な場所へと回る事になった。
まずはセレクトショップにやってきた。黒木は服に興味がなく、ほんの数点の服を着まわしている事を聞くと、双葉が代わりに彼の着る服を直々に選び出した。
その結果、黒木は好みとは大きく離れたド派手な色合いの服を彼女に押されて試着する事になる。流石は現役モデルなだけに、選ぶものはどれも黒木に的確と似合っていた。
双葉に「似合ってるよ!」と褒められ、気を良くした黒木はこのまま購入をしようかと値札を見るも、どれもが高額すぎて彼にはとても買えるものではなかった。
そんな様子を見ていた双葉が再びカードを取り出し買おうとしたが、奢られ続けるのが申し訳なく思う彼は全力で彼女を止めて、結局買わずに店を出る事となった。ファッションという趣味は、黒木には合わなかったみたいだ。
次にやってきたのは、今SNSで人気のスイーツショップ【モコモコキッチン】
双葉
「黒木さんもつぶグラしてるなら、映えるのを投稿するのを趣味にするなんてどう?」
そう提案する双葉は席に着くと、メニューを見る事なく直ぐに二人分の注文をしている。黒木はメニューを手に取り見ようとするが、双葉が取り上げてしまった。「きてからのお楽しみって事で!」との事だ。
二人の前に置かれたのは十段重ねの超高く積まれたパンケーキだ。【極上十段タワーパンケーキ】これがモコモコキッチンの名物なのだ。インパクトのある一品には、思わず周囲の客も目が二人のパンケーキに向いてしまう。
黒木は口が開く程、呆気に取られパンケーキを下から上へと何度も見返してる。それとは逆に、双葉は目を輝かしながらスマホで何枚も色々な角度から撮影をしている。
双葉
「ほら!黒木さんも撮ろうよ!」
黒木
「は、はい…」
双葉に誘われ黒木も我に返ってスマホで撮影をする。
彼女秘伝の【映える撮り方】を隣からレクチャーして貰い、それなりに綺麗に撮れる事には成功した。
しかし問題なのは撮影後だ。十段の厚さは普段スイーツを口にしない黒木にとってはかなり重たく、最初の方は美味しいとは思うものの、徐々に食べる速度が遅くなっていく。
双葉の方はと見ると、止まる事なくパクパクと食べ進み、時折自撮りを入れている。楽しそうに食べている彼女を見た黒木は、元気を取り戻して一生懸命に残りを食べ続け…何とか完食した。一年分のパンケーキを今日で食べ終えた気がする。
双葉
「他の店でも映えるスイーツ知ってるけど、食べに行く?」
黒木
「いや…もういいですね…」
あれだけの量を食べてもへっちゃらな双葉の誘いは、誘われる嬉しさはあるものの、これ以上食べれないという抵抗感が勝り断ってしまった。此方も黒木には合わなかったみたいだった。せっかく撮ったパンケーキの写真も、暫くは目に入らないよう写真フォルダを開く事はしなかった。
その後も、ゲームセンターにてゲームを趣味にする提案の元、色々なゲームをやってみた。以前、高田とも行った事がある事を伝えたが、双葉は「運動したら苦しいのも治まる」という理由だけで中に入ったのである。
凡そ5年ぶりのゲームセンターは、やはり黒木に合わなかった。わかった事は双葉はどんなゲームでもプロ並みに上手かった。特にダンスゲームに関してはキレが良すぎて、周囲に双葉と気付いてないながらも人が集まり、踊り切った時には大きな拍手も貰っていた。
もしかして双葉ではないか?と勘付いた観客が声を掛ける前に、二人は逃げるように店を後にしたのであった。
美術館にも行った。様々な展示されている芸術品を見て回る。芸術作品の良さは黒木には興味が持てないものであったが、撮影出来る場所では作品の横に立ち、モデルらしく決めポーズをして黒木に撮影をお願いする双葉の楽しそうな姿を見れたのは良かったと思うのであった。美術品には関心が持てず、こちらも失敗。
他にもペットショップ、CDショップ、本屋と次々と立ち寄り、黒木が興味を持ちそうなものを一緒に探した。しかしどれも黒木の心に響くものがなく時間だけは過ぎていき、すっかり夜を迎えたのだった。
………
二人は夜景のビル群がよく見える公園のベンチにて隣同士で座る。
黒木は顔を俯かせ、手を組んで落ち込んでる。それもそうだ。せっかく一緒に新たな趣味を探すのに付き合ってくれたのに何も収穫がなかったのは、尊敬している双葉に非常に悪い事をしたと、真面目な彼なら思うのが普通なのであった。
黒木
「ほんっとうにすみません…夜まで一緒に探してくれたのに何も見つからなくて…」
落ち込み気味の彼の弱々しい声に、双葉は励ますようにいつも通りの笑顔の明るい声で接してくれる。
双葉
「気にしちゃダメだよ黒木さん。趣味なんてそう簡単に見つからないものだって」
黒木
「双葉さん…」
顔を上げて隣に座る双葉の方へ向く。彼女は微笑み、青い瞳で此方を見てくれる。彼女の思い遣りのある微笑みに、黒木も自然と口角が上がって微笑み返す。黒木が元気になったのを安心して、腕を上に伸ばし大きく背伸びをする。
双葉
「んー…私も久しぶりに沢山遊べて満足な1日だったなー。明日からは暫く遊べなさそーだしねー」
黒木
「やっぱり忙しいんですか?」
双葉
「うん、明日から年末までずーっと仕事が埋まってるから。黒木さんの趣味探しの続きも来年からかな」
黒木
「それは大変ですね…」
双葉
「うん、大変だよ。…でもね」
背伸びを止め、双葉は立ち上がると手を後ろで組み、煌めく星空を見上げる。
双葉
「私を見て頑張れる人や元気になってくれる人が沢山いるから、その人達の為にならって考えると私も頑張れるんだよね」
双葉
「勿論、黒木さんの為にも頑張るよ?趣味、一緒に見つけようね?」
黒木の方へ振り返り彼女はニッと笑う。心の底から応援してくれるファンを大事にしている思いが伝わってくる。彼女を背に煌めき広がる星と共に映る姿に【光】として黒木には見えた。
黒木
(流石は双葉さんだな…でも…)
しかし、光り輝く彼女だからこそ昼間に見た【暗い表情】が黒木には気になって仕方がなかった。忘れようと思っていたが、結局夜になってもまだ頭の中に残っていたのである。
プライベートの事で自分が触れるべきではないのかもしれない。ただ、ここまで【友達】という理由で助けてくれている彼女へのお返しとして力になりたい。
座って足を揺らしながら星空を見上げる彼女の横顔をじっと見つめ、黒木は勇気を出して重い口が開いた。
黒木
「あの…双葉さん」
双葉
「んー?今日は星がよく見えて綺麗だね」
黒木
「はい、そうですね。…って、そうじゃなくて」
双葉の言葉に一度は星空を見上げるも、直ぐに双葉の方へ顔を向き直す。
黒木
「…俺、双葉さんと出会ってからずっと助けられっぱなしなんでお返ししたくて…何か困ってる事とかありませんか?」
双葉
「えー、なにそれ?」
恐る恐る聞いてくる彼に可笑しそうに笑いながら、星空を見ていた双葉の顔は此方を向いてくれる。
双葉
「困ってる事なんてないよ。だって私は【パーフェクトモデル】だよ?今が幸せ絶頂期なのに、困ってたらおかしいでしょ?心配してくれてありがとう、黒木さん♫私は大丈夫だからね」
そう言って双葉はピースを見せニコニコと笑顔を見せる。このまま「それなら良かったです」と返すのは相手へ興味も持たない【無関心】の黒木だったらしていただろう。
だが、今は彼女の笑顔の裏に見えたあの暗い表情が、少しでも力になれるなら、協力が出来るならと思う気持ちが黒木の口を動かした。
黒木
「双葉さん、ナナ公像で俺が来る前に暗い顔してましたよ?」
双葉
「…えっ?」
ずっと笑顔だった彼女の表情は驚きの色を示す。一瞬その表情に詰まりそうになったが、それでも勇気を出し彼は続けて話す。
黒木
「何か嫌な事があったんですか?俺でよければ相談…」
双葉
「あはは!!…なーんだ、そんな事か!」
黒木の問いかけを塞ぐように彼女は大きく笑った。一息付くと、足を揺らすのを止め俯き彼女は目を閉じる。
双葉
「あれは気にしないで。まあ色々あるにはあるんだけど黒木さんには関係のな…」
黒木
「【そんな事】」
双葉
「?」
彼女は聞いた事のない黒木の真剣な声に、思わず目を開けて彼の方へ振り向く。それは真顔ではあるが一点の曇りもない表情で、自分の事に向き合おうとしているのが双葉にも伝わった。
黒木
「双葉さんの悩みは俺にとって【そんな事】じゃないですよ。関係ないなんて言わないでください」
黒木
「もしも、悩みがあるなら話してください。ほんの少しの事でも良いんです。俺は貴方の力になりたいんです。俺達【友達】ですから」
双葉
「…!」
双葉は驚いた。あの時カフェにて黒木の特別な人の理由を聞いた時と逆転している。彼女は、黒木から聞き出すのに言った言葉を、今は黒木がこの場で言ってくれている。彼は冗談ではなく本当に【友達】として双葉を本気で心配してくれているのだ。
二人は見つめ合い暫く間が続く。少したりとも視線を逸らさない彼の黒い瞳に押し負け、双葉の視線は下を向きようやく口が動く。
双葉
「…本当に面白い人だよね、黒木さんって」
黒木
「えっ?あっ…す、すみません。俺なんかが偉そうに一人で熱くなっちゃって…」
自分の言った事に後々から恥ずかしくなってきたのか、黒木は手を顔に当てている。
双葉
「ううん、ありがとう。…そうだよね、私達【友達】だもんね。困ってる事があれば助け合わないとね」
黒木
「はい。だから俺で良ければ話して…」
彼女の方へ振り向くと困り顔をしていた。雑誌でもテレビでも見せたことがないその表情は、黒木を一瞬硬直させる。だが、直ぐに双葉はいつもの微笑みを見せて突然黒木の両手を強く握った。
黒木
「!」
動揺している彼に、彼女の青い瞳は揺らぐことなく、黒木をじっと見つめ顔を近付ける。黒木の鼓動は高まり汗が額から流れ落ちる。
双葉
「でも、私は大丈夫だから。本当に困った事があった時は、ちゃんと黒木さんに相談させてもらうね?」
黒木
「ふ、双葉さん…」
そう言って手を離すと、スマホを取り出し彼女は時間を確認する。
双葉
「さてと、そろそろ帰ろうかな?黒木さんも明日仕事でしょ?」
黒木
「…あっ、はい。今日はありがとうございました」
呆気に取られていた黒木も、双葉の一声に反応して立ち上がって丁寧に頭を下げる。
双葉
「もー、いつまでも固くならないでよ黒木さん。友達なんだからっ。…それじゃあ、またね」
双葉も立ち上がると背を向けて歩きだす。黒木は下げていた頭を上げ、彼女の背中を見送る。数歩歩いた所で双葉は足を止めた。
双葉
「…ありがとうね、黒木さん。さっきの言葉、本当に嬉しかったよ」
黒木
「…?」
双葉
「じゃ、バイバーイ。来年もよろしくー!」
双葉は彼が聞き返す間もなく、走り出して公園を後にするのであった。黒木は彼女が見えなくなるまで見送り、立ち通したまま一人公園に残る。彼女が別れ際に言った言葉に何か違和感を感じる。
今まで彼女が喋っていた時とは違う、双葉の隠している内面が一瞬だけ晒された言葉の様に感じたのだ。
黒木
(双葉さん…大丈夫かな…)
黒木
(…あっ、高田に頼まれていたサインを貰うの忘れた…)
彼の違和感は高田のお願いを思い出すと同時に消えて、どう謝ろうかと焦り考えながら彼も公園を後にした。
………
…二人が去った後、誰もいない寂しい公園に一人の男がカメラをぶら下げてやってくる。手には写真を握っていて、黒木と双葉が居た場所と写真を見合わせる。写真には、双葉と黒木が顔を見合わせ両手を握ってる瞬間が写っていた。
斎藤
「…こいつは、特大記事の予感がするぞ…!」
その男はMARUKADOに勤めるベテラン記者、斎藤だった。