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【完結】Re:LIGHT  作者: アレテマス
第二幕
69/150

30話【終局の転換】


 暑い毎日が続く都内の昼間。街行く人々は汗を流し、日陰に隠れて少しでも涼もうとする。


 そんな街中の露店にて、ブルーハワイのシロップがかかったかき氷を購入する小嶋がいた。


 彼は機嫌良さげに鼻歌を歌いながら、日陰に隠れているベンチまで向かって座ると早速氷を頬張る。ブルーハワイの爽やかな味に、冷たい氷が火照る体の全身に巡っていくのが伝わっていく。夏が嫌いな彼だが、かき氷というスイーツは大がつくほどの好物で、この瞬間の幸せを堪能する。


小嶋

「んんー!最高ー!!」


満足そうにかき氷をドンドンと頬張る。片手ではスマホを開いてつぶグラで推しの投稿をチェック。我ながら充実した夏を楽しんでいると彼は思う。


 そんな彼の隣の席に誰かが歩いてくると足を組んで偉そうに座る。見知らぬ人の隣に堂々と座るなんてなんて遠慮のない人だ。小嶋は横目でチラリと一瞬だけ嫌そうに見ると、見覚えのある顔に思わず二度見をしてしまった。


斎藤

「仕事をサボって食う氷は美味いか?」


今この時だけは会いたくなかった嫌な上司、斎藤である。せっかく体は冷えて汗が引いていたのに、次は冷や汗が身体中から噴き出していく。


小嶋

「…ッスゥー…お久しぶりッス。先輩」


斎藤

「それ、美味いか?」


小嶋

「え?」


斎藤

「それ美味いかって聞いてんだよ」


小嶋

「…美味いですよ、先輩も食べます?」


斎藤

「んー…生憎知覚過敏でな、冷たいの無理なんだわ」


小嶋

「そ、そうっすか……ハハ…」


かき氷を食べる手は完全に止まってしまい、夏の暑さで徐々に溶けていく様子を見ることしか小嶋には出来ない。そんな様子に斎藤は溜息を吐いてタバコを取り出して咥える。


斎藤

「…食えよ。勿体無いだろ。上には黙っててやるから」


小嶋

「ッス。ウッス。いただきます」


腰を低くしてペコペコと何度も頭を下げて小嶋はかき氷を食べ出す。斎藤はタバコに火を付け一服すると、眩しそうに細目で天気のいい青空を見上げた。


斎藤

「…で、あれから三ヶ月経った訳だが…何かわかったのか?」


小嶋

「あっ、あぁ、そうなんですよ。丸印建設に取材の電話を何度も入れてるんですけど断られ続けまして…全く進展がないんです」


斎藤

「…おい。まさかだけど他の方法は試してないのか?」


小嶋

「はい、全く。そもそも取材を協力してくれないんじゃ、どうしようもないでしょ」


斎藤

「…そうか。お前は相変わらず甘々な記者なんだな」


タバコを吸い終えると斎藤はポケット灰皿に吸い殻を突っ込む。丁度そのタイミングでかき氷を食べ終えた小嶋は、嫌味を言う彼をムスッとした表情で見ていた。


小嶋

「どういうことですか?」


斎藤

「お前がやってるのはクリーンな仕事だ。社会の為に真面目に働く良い奴だ。…だが、記者にとって真面目にやってるだけじゃあ、求めている真実に辿り着く事なんて不可能な話だ」


小嶋

「不正に手を出せって言うんですか?!先輩マジで言ってます!?」


斎藤

「……お前は俺がいねーと、ずっと進展がないままだろうしなぁ。…俺の方の用事はある程度済んだし、久々に付き合ってやるよ」


小嶋

「!!ちょっと先輩!どこ行くんですか!」


斎藤は重い腰を上げて伸びをしてから歩き出す。小嶋は勝手に歩き出す彼の後を急いで追いかけたのであった。


………


 …夕暮れ。空は赤く、太陽は沈んでいき都内のビル群に少しずつ隠れていく。斎藤と小嶋は暑さで額に汗を流しベンチに座っていた。


 彼等の視線の先は丸印建設の本社。時刻は17時を回り退勤する会社員が次々と出てきて帰っていく。腕を組みじっと彼等を監視している斎藤に、小嶋は暑さにやられて怠そうに俯いていた。


小嶋

「もぉー!暑いですよ先輩!ここに座ってもう何十分も経ってますけど!!何がしたいんですか!!」


斎藤

「うるせぇ。黙って待ってろ。上にサボってた事チクるぞ」


小嶋

「さっき言わな…っ!っ、はーい…」


そう言われると小嶋も諦めて、次々と建物から出てくる会社員を斎藤と一緒に見送ることにする。仕事から解放された彼等の表情は楽しそうだ。彼等は仕事を終えたが自分はまだ仕事中…ただ見ているのもつまらない、小嶋は斎藤に話し掛ける。


小嶋

「…そういやぁ今更ですけど、先輩はずっと何を調べてたんですか?気になったから編集長から聞きましたけど、最近まで東京から出ていってたそうっすね」


斎藤

「お前には関係のない調査だよ」


小嶋

「あーはいはいそうですねー貴方はそうやって教えてくれませんもんねー聞いて悪うございましたー」


嫌味ったらしく話すも斎藤は無反応で、じっと本社から出てくる会社員を見続けている。何が辛くてこんなに暑い思いをしながら嫌な上司と二人っきりで座っているのだろう。小嶋は疲れ果てた表情で大きく溜息を吐いた。


斎藤

「…お前、【星谷 美花】って知ってるか?」


突然斎藤は口を開く。一瞬たりとも此方を見ることはないが、彼なりに気遣って話題を振ってくれたのだろう。


小嶋

「星谷…美花?…誰ですか、それ」


斎藤

「まぁ知らんのも無理はないか。今から20年以上も前に活動していたモデルの名前だ。当時は【MIKA】って名前を芸名にしていた」


斎藤

「MIKAはモデルとしての才能を沢山秘めていてな。整った顔にスレンダーボディ、白人のように白い肌はどんなファッションでも似合う…」


斎藤

「その才能が漸く世間の目に知れ渡りそうだって頃に、突然の電撃引退を発表して人々の前から姿を消した。当時のMIKAが活動していたのを覚えている人は、今じゃあ殆どいないだろうな。或いは時の人として忘れ去られたか…」


斎藤はタバコの代わりに棒付きキャンディを取り出して咥える。その時に横目で小島を見ると、彼は珍しく真面目に聴く姿勢をとっていたので、斎藤は再び帰る人々を見つめながら話を続ける事にした。


斎藤

「…若かった頃の俺は、誰よりも早くMIKAの魅力に取り憑かれ、彼女の密着取材を何度も行った。絶対この人は人々を虜にするスターモデルになれるって確信していたんだ」


斎藤

「…だが、上の奴等は面白くもない記事には興味なんてある訳がなく、提出する度に毎回没にされたよ。『人々が求めてる記事を書け』ってよく怒られてたなぁ」


斎藤

「結局、俺の経験不足も兼ね合ってあの子がモデルとして輝く後押しも出来ず、そのまま引退していった。アイドルやモデルが名を残す事もなく、人知れず芸能界を立ち去るのはよくある話なのは分かってたが…正直MIKAの引退はショックだったよ」


小嶋

「それで……どうしたんですか?」


斎藤

「その後もMIKA以外でも、彼女達の芸能界の夢を応援したくて色んな無名な子にも取材を続けたよ。MIKAの時もそうだったが…みんな本当に嬉しそうにお礼を言ってくれるんだ。なんて良い子なんだろうって、それが嬉しくて俺も続けたんだ。純粋だった俺は、少しでも力になりたいって思えたからさ」


斎藤

「だが、何度提出しても魅力がないだの誰が見るんだのと、ずーっと没にする奴等にもウンザリしてしまってな。…非情な事だが記事を載せてくれなきゃ此方も食っていけない訳だ。積もり積もった不満の腹いせに、黒い噂が漏れている芸能人の確定情報を入手して提出したんだ」


斎藤

「そしたらまー、これは絶対に売れるだの良くやっただのベタ褒めの嵐だ。読者も人間の腐った部分を書いただけで面白がって群がってくる。……小嶋、俺が以前焼肉屋で言った言葉を覚えているか?」


小嶋

「読者は【幸福な記事】よりも、【不幸な記事】を求める…」


斎藤

「…そうだ。売れる記者になるのなら、相手の悪いところを見抜いてそこを出し抜けば読者は読んでくれる。…日本人ってのはな、陰湿な生き物なんだよ。他人の幸せよりも不幸を望む奴等の方が圧倒的に多いんだ。俺が芸能人から嫌われる記者になったのは、読者のニーズに応えた結果なんだよ」


舐め終えたキャンディの棒を口から離し、斎藤は悲し気にじっと棒を見つめた。


斎藤

「…俺はただ、MIKAの助けになれる記事を書きたかっただけなのにな。気付いたら芸能人から嫌われる身になっちまった。自業自得とは言え、何十年もこの業界にいると曇っちまうんだよ、心が」


小嶋

「…先輩…」


斎藤

「…アイツはカモになりそうだな。行くぞ、小嶋」


棒をポケットに入れて斎藤は立ち上がる。彼は誰かを見つけたようで歩き出す足はとても早く、慌てて小嶋も後ろからついていく。らしからぬ表情を見せた斎藤に小嶋はまだ聞きたいことがあり、彼の背後から問い詰める。


小嶋

「すみません先輩!要はMIKAって人を調べてたんですか!?その…MIKAって人は今何処にいるかわか…」


斎藤

「もうこの世にはいねえよ」


小嶋

「…えっ?」


斎藤

「俺の話はここまでだ。ここからは仕事に取り掛かる。お前は隣で見ておけ」


小嶋

「ちょっと!?先輩!?」


斎藤は振り返らず足を止めなかった。


 斎藤が目を付けたのは、ヨレヨレの皺だらけの作業着で、ヨロヨロと歩く疲労困憊の生気を失ってる中年男性。恐らく先程まで工事現場にいて、現地の解散ではなく本部に何らかの報告をしに帰ってきたのだろう。酷く疲れている彼の元へ寄り添うように、斎藤が歩幅を合わせて男の隣を歩き出す。


斎藤

「いやー、お疲れ様です。今日も暑かったでしょう?」


「?誰だよアンタ」


ニコニコとしている斎藤に男は警戒している。当然の反応だ。


斎藤

「失礼。私、MARUKADOで記者を務める斎藤と申します」


「MARUKADO!?あぁクソっ、また取材かよ!もう話すこともないんだって!!どっか行ってくれ!」


男は逃げるように早歩きで二人から距離を離す。しかし、斎藤は少したりとも引くことがなく、早く歩けば歩くほど、その足に合わせてずっと隣についている。


斎藤

「まあまあ、聞いてください。最近記者が沢山訪問してウザったらしいのはわかりますけどね?私は貴方に取材をしたくて近づいた訳じゃあないんですよ。貴方の愚痴でも何でも聞こうかと思いまして」


「ハァ?」


男は立ち止まり斎藤の方へと振り返る。斎藤は顎に手を当て怪し気にニヤリと笑った。


その表情は隣で見てきた小嶋には分かる。彼の獲物が掛かった時に見せる顔だ。


斎藤

「その格好、さっきまで汗水流して必死に工事現場で働いてたんじゃあないですか?そのまま帰らせてくれたら良いのに態々(わざわざ)本部に報告するべきものがあるからここまで戻されて…」


斎藤

「そしたらどうだ?自分はこんなにも苦労してるっていうのに、営業部の人達は、全員冷房がしっかりと効いた部屋で快適に仕事をしているじゃあないか。…その環境の差に、苛立ってるのでは?」


「…っ…」


男は図星なのだろう。斎藤の観察力に彼は目を逸らす。斎藤はまだ話を続ける。


斎藤

「そして今日はまだ火曜日。明日も明後日も明々後日も自分はクソ暑い現場で汗を流し続け作業をしなければならない。部署が違うからとは言え、汗も流さずオフィスで快適に働く本部の人達がムカつくでしょう?」


「…だったらなんだって言うんだよ!それの愚痴を聞いてアンタらに何の徳があるんだ!」


斎藤

「あります」


「ハァ?!」


斎藤はメモ帳とペンを取り出し語る。


斎藤

「我々記者というのは、どんなものであろうと発せられた言葉を大切にしています。なんせその口から出るもの全てが【情報】ですから。例えば、貴方の不満を我々に話すだけでも、丸印建設の内部事情が知れますよね?」


「おい待て!さっき取材じゃあ…!」


斎藤

「ですがお忘れなく。これは取材ではなく、私はあくまで貴方の【愚痴】を聞きたいだけなんですよ。日頃溜まってる鬱憤を我々が受け止めようと言ってるのです。勿論、貴方が発した言葉を記事として取り上げない事もお約束します」


「……」


男は警戒心を残したままだが足を止めて斎藤を見続ける。この男は今、見知らぬ男達に愚痴を話すか否かを悩んでいる。最後の一押しと言わんばかりに斎藤は右の方を見て指を指す。


斎藤

「愚痴を話すのに、こんな炎天下の元での立ち話じゃあ落ち着かないでしょう?…彼方(あちら)の方に【鳥一族】があるのをご存知ですか?」


「…はぁ?」


斎藤

「現在の時刻は17時半。必死に働いた体は空腹に嘆いている。早く夕飯を食べたいと。そんなヘトヘトで腹ペコの時に食べる【焼き鳥】と【ビール】は…最強の組み合わせだと思いませんか?」


「……」


斎藤

「クーラーが効いた涼しい部屋で、炭火でじっくり焼かれた熱々の鳥肉を口一杯に頬張って…熱った体の暑さを吹っ飛ばすキンキンのビールで一気に飲み込む!…いやはや、想像するだけでも、私もお腹が空いてきそうですね」


「……」


男はごくりと唾を飲み込む。本能が求めていた。この疲れ切った体を癒してくれるのは、酒とそれに合う濃い飯だということを。


斎藤

「あぁ、安心してください。お支払いはMARUKADOが全て持ちます。貴方はただ好きなだけ飲んで、食べて、我々に愚痴を話すだけでいいんです」


「……」


斎藤

「何でそこまでするんだ?って言いたそうな顔をしてますけど、理由なんてありませんよ。本社から出てきた時の貴方は、【今すぐにでも誰かにこの怒りを吐き出したい!】…って、悔しそうな顔をしてたので、本部の人間の代わりに我々が現場の嘆きを聞こう!…となっただけです。さぁ、どうします?」


斎藤の甘い言葉に男は足を揺すり腕を組む。一人魘(うな)されて悩みに悩み、ゆっくりと斎藤の方へと視線を向けた。


「……本当に愚痴だけで良いんだな?」


提案に乗った男に、斎藤は笑顔で答える。


斎藤

「ええ。勿論です」


………


「…だから俺は怒ってやったんだ!こんな予算で引き受けられるわけないだろって!でもアイツは『それを出来るように変えるのがプロでしょ?』って無責任なことを抜かしやがった!現場の事も知らない癖に適当な事言いやがって!あのクソ野郎が!!」


斎藤

「あー!それは確かに腹が立ちますねぇ!上の連中はどの営業でも厄介ですからねぇ!貴方の仰る通りだ!!本部はクソ!!」


男は愚痴を吐き、飲み切ったビールジョッキを机にドンっと置く。



 鳥一族に訪れた一行。塩やタレがしっかり染み込んだ焼き鳥を沢山堪能して、ビールにハイボールを何度も注文。先程まで機嫌を悪くする程疲労していた体も、嘘のように疲れが吹っ飛び心地よい酔いに幸福で満ちていた。


 火曜日だというのに店内は大盛況。夕飯のピーク時間ともあり店員は忙しそうに歩き回る。普通なら突然来店した場合は、席が空くまで待たされているはずなのに、入店して直ぐに個室へと案内してくれた。


 斎藤は思い付きで提案したのではなく、(あらかじ)め鳥一族で話す事を決めて事前に予約をしていたのだろう。敢えてそれを相手に話さず、ストレスフリーな状況を準備していた事に鈍感な小嶋でも、彼が取材に置いて凄腕を証明する行動力に感心していた。正にプロの記者としての【トリック】である。


 だが、一つ不満があるとするならば入店してずっと男の愚痴を聞かされ続けていること。男は用意された焼き鳥と酒に機嫌良くベラベラと愚痴を話し続けているが、此方からすれば今日会ったばかりの知らない中年の男の愚痴を永遠に聞かされ続けるのは、正直食欲が上がらないしつまらなかった。


 斎藤が言うように愚痴であろうと情報になるという考えは勉強になるが、流石にこうも長く文句を聴いていると頭が痛くなってくる。先程からずっとニコニコと笑顔を見せて、この男をヨイショヨイショと持ち上げる斎藤には、一体何がしたいのか小嶋には理解が出来なかった。



 しかし、その時が訪れる。男は腹を満たし、日頃溜まっていた鬱憤を吐き出せた事に満足気な表情で椅子へと凭れかかる。


「いや…本当、斎藤さん。アンタは良い人だよ。俺の愚痴をこんなにも親身に聴いてくれるのはアンタぐらいしかいねぇや」


斎藤

「ハハハ、そう言って頂けるなんて嬉しいもんですねぇ」


「…でもまぁ、わかってるんだよ。結局アンタらはどんな方法を使ってでも取材をしたいんだって事ぐらいは。…でもよ、こうして溜まってたもん吐き出せる場所を作ってくれたのは…感謝するよ。おかげでスッキリした」


男は店員を呼び止め、空のジョッキを差し出してビールの注文をする。店員は空いた食器を同時に片付け、テーブルの上は綺麗に何も無くなった。注文を終えた彼は腕を組んで二人の顔を見合わす。


「俺も漢だ。アンタらが俺の愚痴に付き合ってくれた礼だ。少しぐらいなら質問を答えてやるよ」


斎藤

「おや?いいんですか?私は貴方の愚痴を聞くだけで…」


「もういいもういい。本命はこっちなんだろ?さっさと始めようぜ」


斎藤

「…そうですか。それならお言葉に甘えて少しだけ質問をさせていただきますね」


そう言うと斎藤はメモ帳とペンを素早く取り出し、ニコニコとしていた顔はキリッとプロの表情に切り替わる。


斎藤

「恐らく他のメディアからも嫌ほど聞かれてるかと思いますが…TMAの照明落下事故の件について幾つか聞かせてください」


斎藤

「まずは一つ目。当時の事故の状況についてですが…照明を支える器具にトラブルはなかったのですか?」


「やっぱりそれからだよな。…丸印建設の会見でも言ってたように、照明が落下した原因は、照明器具を固定するネジの緩みだった」


「…だが、俺達もプロだ。ネジの締め付けが緩くないかは常にチェックしていたはずなんだよ。自然に緩むなんておかしい話なんだが…現場監督は俺達のチェックの漏れが原因だと本部に報告して、本部はそれを鵜呑みして世間に発表した。それがあの会見だ」


小嶋

「え…!?そ、それはヤバいんじゃ…!」


驚く小嶋に男は睨み、ゆっくりと頷く。


「あぁ、笑えねえよな。おかげで当時担当していた俺達は世間からバッシングを喰らいまくってよ。『お前らはパーフェクトモデルを殺そうとしたんだ!』だって匿名の手紙なんかも毎日届いてた」


「本部は俺達を見捨てた。だが、現場の奴らは誰も本部に訴えなかったんだ」


斎藤

「…それは何故です?」


「現場監督から【口止め料】を渡されたからな」


小嶋

「…口止め料…?」


男の前にキンキンに冷えたビールジョッキを運ばれる。彼はジョッキを強く握り、勢いよく飲み干すと机に叩きつけるようにドンっと置いた。


「一人100万相当の口止め料だ。現場を担当していたのは5人、つまり500万円が用意されたんだ。『どうかこれを受け取って、今回の件を流してほしい』なんて言ってよ。…やべえ奴だろ?」


「でも、俺達の給料ってそんなに高くねえんだわ。工事の内容によっては危険な事もするってのに、それに見合わない給料なんだよ。…だから、少しの間バッシングを受けるのを我慢するだけで100万が手に入るならと考えりゃあ…受け入れる奴の方が多かったよ」


斎藤

「貴方も受け取ったのですか?」


「バカ言え。何処から用意したかもわからん気持ち悪い金を受け取れるか。俺は拒否したが、残りの4人は聞き入れた。アイツら『時間が経てば世間も忘れるし、真面目にしてる方が馬鹿だぞ』なんて言ってよ。職人としてのプライドは無いんだよな」


酔いが回ってきて男は両手を机に乗せて俯き、しんみりとしている。メモに書き続ける手を止めず、斎藤は質問を続けた。


斎藤

「他にも質問したい事はありましたが…その話を詳しく聞かせていただきたい。…口止め料を払った現場監督は今何処に?」


「責任は自分にあるとか何とか言って4月に退職したよ。今何処で何してるかもわからんが…あいつの事は思い出したくも無いカス野郎だ」


斎藤

「現場監督の名前を聞かせていただいてもいいですか?後…出来れば年齢や特徴も教えていただければ…」


「【半田 正広】年齢は確か…48歳だったかな?常につまんねえ顔して休みの日はパチ屋に足を運ぶ馬鹿だったよ。飲みに誘っても断るノリの悪い奴さ。その癖、パチスロで無くなった金を、前借りしてるのもよく見かけたよ」


斎藤

「なるほど…よく通っていたパチンコ店が何処かわかりますか?」


「さぁな、わかんねぇ。行きつけはあるって、昔誰かが言ってた気がするが…態々覚えねえよ、カスの通う店なんて」


斎藤

「…ありがとうございます」


半田の特徴をどんどんとメモ帳に書き残していく。すると、男は閃いたように再び話す。


「…あぁ、そうだ。今更だけどよ。こんなに暴露しておいてなんだが…この話はここだけにしてくれないか?」


小嶋

「えっ!?どうしてですか!?こんなヤバい裏事情を世間に伝えたら大ニュースになるに違いないですよ!?」


納得せず思わず立ち上がった小嶋に、斎藤はメモを書く手を止め、彼の肩に手を乗せて無理やり座らせる。


斎藤

「仕事が無くなるからですね?」


小嶋

「…?」


「…流石だな、斎藤さんよ。もしもこんなにヤバい事になってるのを世間に見せたら今度こそ丸印建設はおしまいだ。そうなりゃあ…多くの奴が職を失う事になる」


「アイツらはムカつく奴等だが、不幸になれとは思ってない。それにこの件を知っているのは、現場監督と担当していた俺達のみ。俺達の問題に巻き込むわけにはいかないんだ」


小嶋

「それならどうしてこんなヤバい情報を僕達に教えたんですか!?僕達が公開しないって言い切れないじゃないですか!」


「さぁ?俺はあくまで【愚痴】を話してるだけだけどなぁ?それに、斎藤さんはここでの話を記事として取り上げないって店に来る前に約束した。…だろ?」


小嶋

「うわ、そうだった!先輩、何してんすか!?」


斎藤

「安心してください。俺は元から取り上げるつもりはなかったですよ」


「…?」


斎藤の真相へ向かおうとする眼差しは、真っ直ぐに男を見つめる。


斎藤

「俺は今回の事故について、何か裏があるとは元々考えてましたから。俺から言わせてもらえると、裏で動かしてる真犯人だけを特定したいだけなんです。貴方があの現場にいた一人だったのは予想外でしたが…そのおかげで、とても有意義な情報が入手出来ました」


斎藤

「貴方の主張は、私が責任を持って約束を守ります。…取材のご協力、感謝します」


斎藤は頭を下げた後、机の上に手を差し出す。男は少しの間静かに差し出された手をじっと見ていたが、自身もゆっくりと手を差し出し握手を交わした。


「アンタが何を追ってるかは俺にはわからんが…応援してるよ」


斎藤

「…ありがとうございます。また不満があれば聞きますんで、名刺でも渡しておきましょうか?」


「ケッ、俺が知ってる事は全部話したさ。もう用済みだろ?」



 …男は話す事も無くなり店を先に出て行く。店を出ていく彼に二人は席を立ち、姿が見えなくなるまで感謝の意を込めて頭を下げ続けた。


 残された斎藤と小嶋は再び席に座ると、取材中はまともに食べれなかったので、小嶋はテーブルに置いてあるタブレットで注文を始める。斎藤はタバコを取り出して咥えると、書き上げたメモを見つめ続けていた。


小嶋

「先輩は何頼みます?とりあえず盛り合わせにしときますか?」


斎藤

「……」


小嶋

「?先輩?」


彼は集中してメモを見返している。小嶋は邪魔になるだろうと思い、黙ったままタブレットを操作して適当に注文を続けていく。そうこうしていると、斎藤から話しかけてきた。


斎藤

「お前はどう思う?」


彼の質問に小嶋はタブレットのメニューを見ながら答える。


小嶋

「どうって…何がです?」


斎藤

「半田っていう男だよ。コイツが今回の事故の主犯だと思うか?」


小嶋

「金で解決しようとしてますもんね。怪しさバリバリなのは違いないし、確定でしょ」


斎藤

「休日にはパチンコ店に足を運ぶ」


小嶋

「?」


タブレットを触る手を止めて小嶋は斎藤の方を見る。


斎藤

「周りの付き合いも悪くギャンブル好き…こんな奴が500万円なんて大金をポンっと出せる輩とは到底思えないんだよ。それに会社から給料を前借りもしてるとなれば…貯金していた説も薄い。500万の資金があれば、口止めで渡すよりも、現実逃避でもしてパチンコにでも突っ込んでるだろ」


小嶋

「それじゃあ真犯人がいるって事ですか?」


斎藤

「可能性はある。…だが、まずは本人に聞くべきだな。小嶋、明日からでも直ぐに調べるぞ」


小嶋

「…!はい!」


小嶋は嬉しそうに返事をする。いつもやる気のない表情をしているが、斎藤の記者としての熱に火が付いたのだ。今はとても逞しくカッコいい表情に小嶋は見えるのだった。


すると、小嶋のスマホにメールが届く。


小嶋

「ん?…あっ、タッちゃんからだ。…おっ、この間の飲み会の写真かぁ」


斎藤

「お前…まだ注文確定押してないだろ」


小嶋

「へへ、返信終えたら直ぐ押しますよ。…おお、あの時の自撮り。うわー、めっちゃ酔ってるなー自分」


小嶋はスマホを取り出しメッセージ画面に添付されていた写真を開く。


 後輩の見ている画面なんて興味はないが、その時は何故か覗こうと思い斎藤は横目で彼のスマホの画面を見る。男四人の集合写真…その端に映るのは、見覚えのある無表情のつまらなそうな黒髪癖毛の男。それを見た瞬間、斎藤の目はギョッと見開いた。


斎藤

「!?…おい!小嶋!!」


小嶋

「うわぁ!?なんすかいきなり!?」


いきなり大声を出す斎藤に小嶋は驚くも、斎藤はお構いなく彼からスマホを取り上げその男をしっかりと見る。目に狂いはなかった、これは間違いなく本人だ。


斎藤

「コイツ!!コイツと出会ったのか!?何で言わないんだよ馬鹿!!」


斎藤は画面に映る一人の男を興奮気味で指差す。指を指されたのは【黒木】である。


小嶋

「?黒木さんの事知ってるんですか?」


斎藤

「馬鹿!!忘れたのか!!」


斎藤

「コイツは双葉が【兄】と言っていた男じゃねえか!!」


小嶋

「……」


小嶋

「…ぁあーっ!!!?」


黒木と初めて出会った時、何処かで会ったような感覚だった謎が解け店に響き渡るぐらいに叫ぶ。そしてそれは同時に、黒木と出会った事を一番知られてはならない男に知られてしまったのに一気に青褪めた。


 斎藤はスマホ画面に映る黒木を見つめニヤリと笑う。思わぬ展開に彼は興奮を抑えられなかった。


斎藤

(おいおいおい…!遂に見つけたぞ…!)



………


 夕暮れの病室。聡は化粧もせずスッピンの姿でお見舞いの花束を手に持ち静かに部屋に入ってくる。寝たきりの細田は未だに目を開けない。


「……」


聡は悲しげな表情で花瓶の花を、持ってきた花束と入れ替えて椅子に座る。今の聡は双葉にも寄り添えず、細田に何も出来ない己の無力さを悲観していた。


 暫く無言で細田の寝顔を見続けると、そのまま俯いて大きな溜息を吐く。


「明美ちゃん…」


彼がボソッとそう呟いた。



その時



細田

「……さと…し……さん…?」


「……!!?」


久しく聞いてなかった声が聞こえてきて聡は驚き直ぐに顔を上げる。


細田

「…こ…こは……?」


そこには四ヶ月の時を超えて、細田は目を開いて此方を見ていたのだった。


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