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Re:LIGHT  作者: アレテマス
第二幕
67/143

29話【本気の思い】


PM15:30 秋葉原駅前広場


 いよいよ待ちに待ったライブ当日の日。この日は祝日で、いつもは人が少ない広場前も観光客や通行人で賑わっていた。ジリジリと暑い日差しが街を照らす中、歩道橋の下の日陰には、橘が大きなリュックを抱えて立っている。


高田

「タッちゃん!待たせたな!」


黒木

「こんにちは、橘さん」


何度もスマートウォッチでチラチラと時間を確認している彼の元に黒木と高田が人混みを避けつつやってきた。


 長い事ここで待っていたのだろう。橘の額は汗が沢山と流れて、着ているチェックシャツもびしょびしょになっている。しかし、彼は涼しげな表情でメガネをクイッと指で上げて、スマートな態度を見せた。


「気にするでない。某も今来たところだ」


高田

「しかしタッちゃん。受付は17時からなんだろ?何もこんなにも早く集合しなくたって…」


「馬鹿者!!」


橘は痛くない程度で高田に超ゆっくりなビンタをする。突然の痛くないビンタに高田は困惑し、黒木はそれをじっと黙って見ていた。


高田

「え…?え…?」


「今回の戦場地であるPPシアターは完全先着順で先頭に案内される。そしてシアター前での入場待ちは16時から許可されるわけだ。つまり、我々の思いをPP⭐︎STARに届けるならば、必ず先頭を確保しなければならない。既に戦争は始まっているのだ!!」


黒木

「成る程…」


高田

「でもそれって徹夜組とか既に待機してる奴らがいるんじゃね?」


「愚か者め。時間ルールを守らぬ愚民などPP⭐︎STARのファンを名乗るに値しないわ。反する奴等は我ら同志と運営の警備員の協力によって常時追い払われている。安心したまえ」


高田

(一種の厄介ファンだこれ…)


黒木

「PPシアターはここから少し遠いんですよね?それならもう向かった方が…」


「まぁ待つんだマコマコ。今日はもう一人、同志が応援に駆け付けてきてくれる。奴ももうじき奴も姿を現すだろう」


「すいません!遅くなりました!」


「むっ、噂をすれば…待っていたぞ、ナットウ」


声がする方に一行は振り向くと、爽やかな笑顔で手を振りながら此方に走ってくる青年が見える。明るい表情とは別に、彼のファッションは橘と同様チェックのインシャツで、PP⭐︎STARのグッズをリュックに盛り付けた、所謂古参のオタク臭を感じる。


ナットウ

「お待たせしました!!いやー!すいません!マジで最近ずっと忙しかったんで…ジカピッタ出来ませんした!!」


彼等と合流するとナットウと呼ばれる青年はペコペコと何度も頭を下げる。


黒木

「橘さん。この方は?」


「我が同志の一人、ナットウだ。つぶグラで共に推しを語る仲よ」


ナットウ

「初めまして!ナットウです!えーっと、タカさんとマコマコさんですよね!タッちゃんから話は聞いてますよ!いやー、同じ推し仲間が増えるのは嬉しいものだなぁ!特にマコマコさんは今回初のー…」


元気の良い挨拶の途中、ナットウは黒木と目が合うと凝視して固まった。じっと見られている黒木も不思議に思い首を傾げる。


黒木

「?どうしたんですか?」


ナットウ

「…?あっ、いや……んー、マコマコさんとは何処かで会ったような気がするんですよね……」


黒木

「え?……あっ、もしかすると、ナットウさんがお客さんで会ったのかもしれませんね。俺、リコリスっていうスーパーで働いてますから」


ナットウ

「あっ!そうかもしれないです!リコリスはよく買い物に行くんで!因みに何処のリコ……まーそんなのはどうでもいいか!!今日はなんてったってRABiちゃんに会える日だからねぇー!!」


高田

(この人も癖が凄いな…)


黒木を見るのを止めて一人で盛り上がってる。誰よりもハイテンションな彼に、周りはあまりついていけてないようだ。橘は態とらしく咳払いをする。


「…コホン。では、同志が集まったところで今度こそ参ろうではないか。我らが聖地であり戦場、PPシアターへと!」


高田・ナットウ

「おう!!」


黒木

「はい」


二人の掛け声と共に黒木も静かに頷き、一行はPPシアターへと歩み出すのであった。


………


PM15:41 PPシアター


 【PPシアター】それはPP⭐︎STARが結成した聖地。Cinderella Productionがこの小さなライブハウスを購入して、無名だった頃のPP⭐︎STARが毎週ライブをしていた場所なのである。


 ライブは毎週土曜の17時。前半30分は歌を披露し、後半30分はファンとの握手で交流を深める。それを毎週行い続けて2年目、そのパフォーマンスは世間にも受け入れられ、今では日本中誰もが知るアイドルグループとして成長を遂げたのである。


 そんな結成5年目を迎えた今日、当時のPP⭐︎STARを再現するファンにとっては大切な日なのだ。


RABi

「……」


既にメイクも済ませ、華やかなアイドル衣装を身に纏いライブへの準備を終えたRABiは、一人舞台の上から無人の観客席を静かに見回していた。


 普通の高校生だった15歳の夏、このステージで自分のアイドルとしての人生が始まった。テレビに出演が決まった時はメンバー同士で喜びを分かち合い、PP⭐︎STARを輝かすリーダーに任命されて今に至る。


 最近はモデル業に忙しいが、1日たりとも自身がアイドルという存在を忘れた事がなかった。彼女にとって久々に戻ってきたこのステージは、思い出深い場所なのである。


 この空気感を懐かしむRABiの隣から、シャッター音が鳴り響く。突然の音に驚きながらも彼女が振り向くと、MAiがスマホをRABiに向けて笑顔で歩み寄ってくる。


MAi

「なになに〜?エモって奴〜?」


RABi

「MAi!もーびっくりしたじゃん!」


茶化してくるMAiに一瞬ムスッとするも、彼女が隣に立つとお互いに軽くハグを交わす。その後、二人は無人の観客席の方を見つめた。


MAi

「マジなついよね〜。3年前まではウチらここでずーっと歌ってたんだなー」


RABi

「うん。……MAiはさ、初ライブの時のこと、覚えてる?」


RABiの問いかけに彼女は苦笑いする。


MAi

「えー?忘れるわけないじゃーん。歌い出しもバッラバラだしRABiは途中で転けるし、ウチは歌詞飛ばしちゃうし…滅茶苦茶最悪だったよね、アレ」


RABi

「アハハハ!そうだったそうだった!今となっては笑い話に出来るけど、あの時のプロデューサーの顔もライブ終了後は真っ青だったよね?」


MAi

「Cinderella Productionはアイドル事務所として当時から超有名だったからねー。そんな有名事務所出身のアイドルグループが大失敗なんかしたら、そりゃあ泣きたくなるわ」


MAi

「そんな失敗ばかりしていたウチらが今じゃ国民的アイドルとして受け入れられてるのって、マジすごいよねー。努力の賜物って奴?」


RABi

「そんなのみんなが努力を続けてきたからだよ。みんなが頑張ったから、ここまで来れたんだ」


RABiは目を輝かし誰もいないステージを見渡していく。そんな様子をMAiは嬉しそうに見守っている。


MAi

「…良い顔してんねーRABi。流石はリーダーって感じ?」


RABi

「アハハ、やめてよー」


RABiはMAiの方へと自信に満ちた表情で振り向く。


RABi

「MAi、バックに戻ろう。ライブ前の最後の調整しておきたいしね」


MAi

「オッケー」


MAiを引き連れRABiはバックステージへと向かった。



 二人の満ち溢れたやる気とは逆に、バックステージに戻ると怠そうにスマホを触って会話も弾まない【YUKi】【iSA】【LiE】の三人のメンバーが待機している。これから記念のライブだというのに覇気が全くない三人にRABiはリーダーらしく活気づける。


RABi

「みんな!今日はあの頃のPP⭐︎STARに戻った気分で頑張ろうね!」


iSA

「はいはい、適当に頑張りますよー」


LiE

「いつも通りにやったらファンも喜ぶでしょ」


RABi

「あ、アハハ…」


イマイチ反応が悪いメンバーにRABiも苦く笑う。彼女をフォローするようにMAiも隣に立ち一緒に盛り上げようとしてくれた。


MAi

「ほらほらスマホばっか見てないでさー?我らがリーダーRABiも張り切ってるんだし、ウチらも負けてられないじゃん?」


YUKi

「いーよ。リーダーだけ張り切っとけば?」


RABi

「…え?」


YUKiの一言に笑って誤魔化していたRABiも思わず真顔になり硬直する。YUKiは態とらしく大きな溜息を吐いてRABiの方を見る。


YUKi

「だってそうじゃん。私達が頑張ってもファンはリーダーのことしか見てないんだよ?バックが頑張る意味なんてなくない?」


RABi

「そ、そんな事ないよ!みんながいるからPP⭐︎STARなんだよ!」


iSA

「そんな綺麗事言っても現実は違うんだよ」


他の二人もスマホを触る手を止めて、RABiを睨みつけて振り向く。


LiE

「つぶグラでエゴサしてるリーダーなら分かってるでしょ?PP⭐︎STARの実態を。どいつもこいつもリーダーの活躍だけ注目してウチらはオマケに過ぎないんだよ」


YUKi

「PP⭐︎STARがここまで人気になったのもリーダーの活躍があってでしょ?私達はリーダーを輝かせるのを押してるだけで、そんな役は誰でもいいんだよ」


MAi

「…ちょっと、みんな。何でそんな酷い事言うんよ」


文句を言い続けるメンバーに黙ってしまうRABiの代わりに、MAiが怒り気味に一歩前に立ち反論する。


MAi

「RABiは言ったよ?PP⭐︎STARはみんなの努力があってここまで来れたんだって。RABiはそう言ってるのにそんな突き放す言い方はないんじゃない?」


iSA

「そう思ってるのならなんでモデル業にも手を出してるの?」


MAi

「それはRABiの高身長を活かしてであって…」


iSA

「違う!自分が注目されてるのが分かってるからだよ!もうアイドルじゃなくとも注目されるってさ!実際にモデルとしてもRABiは人気じゃん?PP⭐︎STARが凄いんじゃなくて、世間はRABiを求めてるの!」


iSA

「RABiもそれを自覚して活動しているんでしょ!?私達がいなくても、もう一人でやっていけるんだって!私達はアンタにとって【お荷物】なんでしょ!?」


iSAの怒号がバックステージに響く。LiEやYUKiもiSAと並びRABiを敵のように睨み付ける。三人が溜まっていた不満がこの場の空気を最悪なものへと変えた。MAiはRABiに変わり三人を睨み返す。



しかし…



ダンッ!!



MAi・LiE・YUKi・iSA

「!!」


ずっと口を開かなかったRABiが、右足を上げて地面を勢いよく踏みつける。


 ずっと温厚だった彼女の顔は今、大量の涙で溢れ歯を食いしばり誰よりも怒りに満ち溢れていた。見た事のない彼女の怒り顔に一同は呆然としている。RABiの怒鳴り声がバックステージに響き渡っていく。


RABi

「何でそんな事言うの!?私はただみんなと一緒にやっていきたいって思ってるだけなのに!ねぇ、なんで!?」


iSA

「……ッ」


聞いた事のないRABiの怒号に声が出ない。彼女は止まない。


RABi

「みんなのことを【お荷物】なんて思ったことないよ?!私はみんなが好きで、これからもずっと一緒にやりたいって思ってるのにさぁ!そんな思ってもない事を押し付けて勝手に怒らないでよ!!」


RABi

「意味わからないよ…!何で私がここまで言われないといけないの…!!」


MAi

「…RABi」


泣きじゃくるRABiにMAiが心配そうに寄り添う。ずっと笑顔だけを見てきたメンバーも、彼女の泣き顔に言葉が出なかった。流石に不満が溜まっていたメンバーも、この時ばかりは頭を冷やし冷静になる。


 彼女達が好き勝手にRABiに文句を言えたのは、どんなに言われようと彼女なら適当に笑って誤魔化すだろうと何処かで思っていたからだ。初めて見たRABiの怒り悲しむ姿に動揺を隠せなかった。


MAi

「…RABi、涙でメイクが崩れてるよ。まだライブまで時間があるから直しに行こう」


RABi

「…うん」


立ち尽くす三人を置いて、MAiに手を引かれてRABiは歩き出す。


YUKi

「RABi」


YUKiの呼び掛けにRABiは背を向けたまま立ち止まる。


YUKi

「…特別な日だって言うのに、酷い事を言ってごめん。ちゃんとライブは真面目にやるから」


YUKi

「……でも、PP⭐︎STARはアンタがいるから輝いているのは本当の事だから。私達はPP⭐︎STARじゃ脇役に過ぎないんだよ」


RABi

「……」


YUKiの反省の言葉に振り返らず、RABiとMAiと共にメイクルームへと向かった。



 メイクルームに到着するとRABiはミラーの前に座り、MAiが彼女の代わりにメイクを手伝う。涙は止まったものの目の周辺は酷く真っ赤に腫れていて、どれだけ沢山泣いていたのかがわかる。MAiは彼女を気遣いながら丁寧に化粧をしていく。


RABi

「……ごめん、MAi」


MAi

「謝る必要なんてないよ、RABi。アイツらはライブ終わった後でウチからガチ説教しとくから。RABiだって苦労してるのに…どーしてわかんないのかなー」


RABi

「……」


MAi

「…RABi?」


RABiは鏡に映る自身の姿を見つめながら震え声で話す。


RABi

「……私だけなのかな?PP⭐︎STARを続けたいって思ってるのって。それとも…私がPP⭐︎STARにとって邪魔なのかな」


MAi

「ちょ…そんなわけないって!何言って…」


RABi

「でも、三人は私がいるからPP⭐︎STARは輝いてるなんて思ってる……私は逆、みんながいるからPP⭐︎STARは輝いてるって思ってる」


RABi

「…私がいない方が、みんなの為になるんじゃないかな」


MAi

「RABi!」


MAiはメイクする手を止めてRABiの正面に移動してきて、彼女の両肩を掴んで揺する。


MAi

「何で誰よりも頑張ってるRABiがPP⭐︎STARを抜けないといけないの!?そんなの冗談でも言わないで!ウチはRABiとずっと一緒に活動したいんだから!」


RABi

「…MAi…ご、ごめん…」


MAi

「…ッ…ウチの方こそごめん。今一番傷付いてるのはRABiなのに怒鳴っちゃって…」


MAiは目を逸らしゆっくりと後ろに回り込み再びメイクを再開する。


 すると、RABiはスマホを取り出しニュース記事の画面を開きMAiに見せた。


RABi

「これ見て」


MAi

「…?」


ニュースの記事は双葉失踪について取り上げられたもの。


 彼女の電撃退職後、各方面から様々な悪い噂が流れ彼女の存在そのものがモデル業界では【悪】のイメージへと塗り替えられた。


 だが、この記事では双葉が消えた理由は自身の悪が暴かれるのを避ける為に逃げたのではなく、逆に周囲から虐めを受けていたのではないかと書かれている。モデルの頂点に君臨する事で、妬む者達に囲まれ続けていた可能性もあると、一部の関係者からの証言から発覚したそうだ。


RABi

「もう一ヶ月前だし注目もされなかった記事なんだけどさ、双葉ちゃんは今の私と同じ心境だったんじゃないかなって」


RABi

「あんな天使みたいな人がハラスメントなんかするはずないのに、本人がいなくなった後は何でも好き勝手言われて…多分、現役の頃からそれなりに嫌がらせも受けてたと思うんだ」


RABi

「…双葉ちゃんはどんな気持ちだったんだろうね。ずっと笑顔で笑ってる所しか見た事なかったけど……弱い所を見せてなかっただけなのかな」


MAi

「RABi…」


いつもの明るい姿はなく、悲しげな表情を見せるRABiにMAiも同調してしまう。そんな時、扉からノックが聞こえてきた。振り返ると、そこにはスタッフが慌てた様子で扉を開けて入ってくる。


スタッフ

「RABiさん!MAiさん!そろそろ準備をお願いします!」


RABi

「…!いけない!もうそんな時間だったんだ!はーい!直ぐ行きます!」


スタッフに元気の良い返事を返すRABiは両手で自分の頬をパンパンと叩いて気持ちを切り替え立ち上がる。目をキラキラと光らせ、いつもの明るい笑顔を見せてMAiの方へと振り返った。


RABi

「MAi!行こう!ファンのみんなが待ってるよ!」


MAi

「…うん」


彼女もプロだ。今の自分の心境を引き摺る訳にもいかず、ファンに見せるわけにもいかない。やる気に満ちた姿で部屋から出ていく。彼女の背中をずっと見守ってきたMAiには、今の背中姿は寂しく思えた。



 照明が消えサイリウムの灯りが点々と光るライブハウス。室内は隙間がない程、ファンで埋め尽くされ彼等は今か今かと騒ついている。ステージのスポットライトが光ると、マイクを持った司会者が照らされた。


司会者

「皆様!大変長らくお待たせしました!本日はPP⭐︎STAR結成から5年を記念したスペシャルライブ!まだ多くの人々に知られずこのPPシアターにて地道に活動を続けていたあの日!今日はそんな当時の活動を完全再現したライブとなります!」


観客

「「「PP!PP!PP!」」」


観客も合いの手と同時にPPと連呼していき、室内ボルテージが上がっていく。


司会者

「それでは参りましょう!PP⭐︎STARファンフェスティバルライブ!最後までお楽しみください!」


司会者を照らすスポットライトは消える。


 再び真っ暗になったのも束の間、ステージの照明が一斉に照らし出すと、ステージの床下からPP⭐︎STARのメンバーが高く飛び上がって大量のクラッカー音と共に現れた。元気で可愛らしい彼女達の姿に観客も湧き上がる。


RABi

「みんなー!!今日は来てくれてありがとう!!最高の1時間を届けるよ!!」


観客

「「ウォオオオオオ!!!ラビィィイイイイイ!!!」」


MAi

「一曲目は勿論あの曲!【君に恋してる】!」


観客

「「ウォオオオオオ!!」」



 ミュージックは流れ、メンバーは其々の役割に沿って歌い出す。キレの良いダンスパフォーマンスに、息を切らさず笑顔を保ったまま歌い続け、ファン達もサイリウムを振って声を合わしていく。


 先程まで裏でギスギスしていたのもなかったかのように、ステージの上ではメンバー達が時々絡み合いファンサービスも披露する。しかし、それはメンバーにとって【ファンの為】ではなく【仕事の一環】に過ぎなかった。こうすればファンは勝手に盛り上がるとしか考えてないのだ。


 そんなメンバー達の中でも、一人でも多くのファンを喜ばせようとパフォーマンスに手を抜かないRABiがいた。


 しかし、今日のRABiは全力になれず本調子に戻らなかった。ファンには気付かれてはないが、いつもよりもダンスのキレも悪く歌声もトーンが安定していない。彼女の隣にいるMAiはそれを分かっていた。


 それもそうだ。メンバーにあのような事を言われてしまっては自分だけが盛り上がってる様にしか考えられない。この舞台の上で笑顔で楽しそうにしている彼女達も、観客は自分を見ないからと諦めた気持ちで披露しているのだ。そう思うと、浮かれているのも馬鹿馬鹿しく感じてしまう。


RABi

(…違う。みんなは【お荷物】なんかじゃない)


RABi

(私がPP⭐︎STARにとって【お荷物】なんだ)


自分の存在がメンバー達にとって邪魔でしかないのなら、ここにいる理由はないのではないか。明るい歌とは裏腹に、RABiの心は暗闇に染まっていく。


 メンバーを嫌いになった事は一度もない。結成したあの日からみんなの事がずっと好きで一緒にいたいと思い活動を続けてきた。でも、こんな気持ちになるのならいっそのこと…


RABiの脳内に【脱退】が過り


サビに入ろうとしたその時


「「「ウォオオオオオ!ラ・ビィー!!」」」


RABi

「!」


観客の先頭側にてサイリウムを振り回し、オタ芸を披露する三人の男がRABiの目に映る。


高田・橘・ナットウ

「「「ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!」」」


三人はズレが一切ない完璧のオタ芸を魅せ、まるでシンクロのように合わせて踊る。彼等の気合いは凄まじく、周囲にいるファンも圧倒されていた。


ファン

「!この間つぶグラでバズってた人達じゃん!!」


ファン2

「おおおっ!すげぇ!俺達も負けられねぇ!」


周りのファンをも魅了する彼等の熱意が、RABiにも伝わっていき彼女は彼等に注目する。


RABi

「…!」


そんな三人の端にもう一人懸命にオタ芸を踊る人がいるのにも気付く。彼は三人と比べキレが悪いのものの、流れる汗は弾け此方を見て懸命に披露をしてくれる。


RABi

(あの人は…!!)


黒木

「ハイ…!ハイ…!!」


記憶の片隅に微かに残っていた思い出が勢いよく甦る。彼は三ヶ月前に歩道橋にて出会い、自分の事を知らなかった表情が固い男、黒木である事を。


 RABiが黒木に気付くのが遅れたのは、あの時に出会った時と比べ、今は物凄く熱意が籠った良い表情をしており、心から自分の事を応援してくれている一人の【ファン】に変わっていたからだ。まるであの時とは別人のように感じる。


そして全力で応援する黒木を見てRABiはもう一つの記憶が甦る。


 まだPP⭐︎STARが無名で観客も全く居なかったあの頃。いつも観客の先頭にて一人でサイリウムを使って、覚えたての振付で必死に応援してくれたファンの事を。今の黒木は、そのファンと合わさる熱意を持つ姿だったのだ。


RABi

(…そっか、やっぱり私…)


RABi

(この仕事が大好きなんだ…!!)


ゆっくりと進む【時】は加速して、RABiは自信に満ち溢れた最高の笑顔を見せ、サビに突入する。


RABi

「君に恋してる!♫出逢ったあの日から!♫」


メンバー

「…!」


誰よりも力強い思いを胸に、歌声で気持ちを伝えるRABiにメンバーの一同は驚く。彼女に遅れないようハモり合わせて付いていく。RABiもまた、さっきとは比べ物にならない程、今は輝きに満ちていた。観客と思いは一体となり、この小さな劇場は推しへの熱気に包まれていく。


RABi

「眩しい笑顔に心奪われて!♫瞳の奥には無限の夢がある!♫」


観客

「「ハイ!!ハイ!!ハイ!!ハイ!!」」


RABi

「君と歩きたい!未来を描いてー!!♫」


観客

「ォオオオオオオ!!ピィーピィー!!」


RABiの決めポーズと共に観客も更に盛り上げていく。しかし、彼女は止まることを知らない。間奏に入ると、RABiのお決まりアイドルコールの時間だ。


RABi

「みんなが大好き人はー!?」


観客

「「最強!!可愛い!!ラ・ビィー!!」」


RABi

「みんなを幸せにする人はー!?」

観客

「「最強!!可愛い!!ラ・ビィー!!」」


RABi

「私もみんなが大好きー!!」


観客

「「ウォオオオオオ!!ラビィー!!」」


MAi

「RABi…」


MAiはダンスを止めずファンを盛り上げながらも、誰よりも輝くRABiに見惚れていた。彼女の目に映るRABiは正に【最強に可愛い無敵のアイドルモデル】だったのだ。


 調子を取り戻したRABiの活躍もあり、一曲目から大きく盛り上がって波に乗り、前半のライブは大成功に収めたのであった。



 …ライブが終わり、建物の照明が全般に照らされ明るくなると後半の握手会へと移る。スタッフの誘導により、ファンは綺麗に整列して順番を守り、横に並ぶメンバー一人一人と握手をして交流を深めていく。


 一人のメンバーに与えられる時間は1分。つまり一人のファンが持つ時間は5分とそれなりに長く設けられる。5年前であれば30分以内に収まるものだったが、多くのファンに囲まれた今の彼女達には明らかに時間外になるだろう。


 時間がオーバーする事にRABiとMAiを除くメンバーは乗り気ではなかったが、今は違った。ライブで光り輝くRABiの姿を見た三人は、何かを思い出したかのようにファンと交流出来るこの時間を大切にしていたのである。


 ファンの応援の言葉を流すような反応を最近まで見てきていたが、今日は彼女達もとても良い反応をしているのがRABiにも分かって嬉しかった。


黒木

「こんにちは」


RABi

「…あっ!!」


彼女の前に黒木が現れる。ライブの時に見せていた良い表情はすっかりなく、あの場所で出会った時と同じ無表情に変わっていた。


 しかしRABiは再会出来た喜びを胸に、笑顔で両手を差し出して黒木の手を握る。


RABi

「こんにちは!本当にまた会えたね!…いや、会いにきてくれたのかな?」


黒木

「はい。会いにきました。…こういう場は初めて来たのですが…とても楽しかったです。ライブも迫力ありました」


RABi

「ありがとう!これで漸く私も君に知ってもらえたわけだね!今度は忘れないでね!」


黒木

「あれ程素敵なライブを見せてもらえて、忘れるわけがありません」


RABi

「アハハ!君は褒めるの上手だね〜?…ねぇ、覚えてる?歩道橋の上での約束」


黒木

「…約束?」


握り続ける手を離し、微笑みを保ったままRABiは黒木に再度問いかける。


RABi

「君にとっての特別な人の事だよ。君を夢中にさせたその人の話を聞かせてほしいな」


黒木

「…あっ、そうでした。確かにあの時RABiさんは聞きたいって言ってくれてましたね。…でも、時間がもう…」


彼が特別な人を語るにはあまりにも時間が少ない。そう悩んでいると、黒木の次に順番待ちをしている橘と高田が彼の両サイドに立ち、キメ顔でRABiに話す。


高田

「RABiちゃん。俺と君が話す時間を彼に譲っていいかな?」


RABi

「え?」


「同志の貴重な話をRABi殿に聞かせれないのは、友として心苦しい。どうか我等の勝手な提案を受け入れてくれぬだろうか」


黒木

「高田…橘さん…」


ナットウ

「あっ!それなら僕も譲りますよ!これで合計3分ですね!」


二人の提案が聞こえていたナットウも駆け付ける。ナットウの顔を見たRABiは、まさかの再会にハッとした。


RABi

「こ、小嶋さん!?」


小嶋

「お久しぶりですラビさん!いやー!漸くファンとして会いにこれましたよ〜!僕は以前にラビさんとお話できましたし、ラビさんに会えたらそれで充分なんで!」


黒木

「でも…他に待ってる人達に迷惑にならないかな?俺だけそんなに長くRABiさんと話すなんて…」


「PP⭐︎STARのファンに悪い者はおらぬ。某に任せよ」


そう言うと橘は、他のメンバーと交流しながらも順番を待つファン達に仁王立ちで呼び掛ける。


「諸君!本日ここにいる男は初めてのライブ参加であり、RABi殿の神々しい姿に見惚れた者だ!我等三人の時間を彼に託し、少しでもRABi殿との話を延長させてくれないだろうか!?どうか諸君の協力も頼む!」


橘の呼び掛けに待っているファンは誰も文句を言わず頷く。


ファン

「タッちゃんが言うなら従うしかねえ!」


ファン2

「布教するのにRABi様とのお話は必ず必要…タッちゃんのメンツもある。今回ばかりは許してやろう」


「諸君…協力に感謝する!!」


高田

「タッちゃんすげーな…」


小嶋

「タッちゃんPPファンの中じゃ超有名人ですから。これがSNSパワーって奴ですよ」


ファンが勝手に決めていくのに誘導するスタッフも困惑している。だが、他のメンバーがこの場を落ち着かせようと前に出た。


LiE

「それなら待ってる人達は私達ともう少し長く話しましょう?」


iSA

「RABiばっかりずるいもんねー」


ファン

「「ウォオオオオオ!神対応ォー!!」」


RABi

「みんな…!」


自身を気遣ってくれるメンバーに喜びが止まらない。この場所にいる全員が、たった二人の為に全面的に協力してくれているのがRABiには嬉しくて堪らなかった。そんな彼女の隣にMAiがやってくる。


MAi

「RABi、この人が前に言ってた人なんでしょ?3分とは言わずにさ、ファンはウチらに任せて存分に話を聞いてあげて」


RABi

「MAi…本当にありがとう」


MAi

「ふふっ、今度パフェ奢ってよ?…さーて、輝かしい友情を見せてくれたそこの三人〜?さっきは超凄いオタ芸見せてくれたし、ウチとTikTikで撮らな〜い?」


小嶋

「ウッホォー!?マジっすか!?」


「MAi殿と夢のコラボ…というわけか。……テンション上がってきた」


高田

「そんなわけだ、黒木。また後でな」


黒木

「あぁ、ありがとう」


三人はMAiと一緒に離れていく。黒木は彼等の背中を少し微笑みながら見送る。


黒木

「PP⭐︎STARのファンの人達は良い人ばかりなんですね…」


RABi

「うん!ここにいる人達は私の大好きで自慢のできる最強のファンだよ!」


黒木とRABiはお互いに目を合わせ本題へと移る。


RABi

「それじゃあ、今後こそ教えてくれる?」


黒木

「はい。…俺、今まで何事にも無関心で生きてきて、それで満足してて…でも、その人に出逢った時に見える世界が広がったんです。とても綺麗でどんな時でも太陽のように明るいその人は…俺にとって特別な存在でした」


黒木

「でも、あの人は俺に…いや、人々に見せなかっただけ色々と一人で抱え込んでいたんだって最近知ったんです。俺はあの人から多くのことを教わったというのに、何もお返しが出来ず…もう会う事も出来ません」


黒木

「今日ここに来たのも、その人との約束を果たす為なんです。趣味を持たない俺に、何か見つけて欲しいとあの人は思っていてくれてました」


RABi

「そっか。…それで…どうだった?私達のライブは?」


RABiの問いに黒木は微笑み、胸に手を当て目を閉じる。


黒木

「…初めてです。こんなにも心より楽しいと思ったのは。仲間と一緒にPP⭐︎STARを応援出来て本当に良かったと感じています」


RABi

「アハハ!君を夢中にさせることが出来て私も嬉しいよ!」


しかし、目を開けた黒木は浮かない表情を見せ、視線は下を向く。


黒木

「…俺は、あの人と一緒に居た時、ここまでの情熱を持ってなかったんです。あの人を応援出来ればそれで良いって思ってた。でも、それはあの人へ何のお返しにもなってなかった」


黒木

「もう会えないんだろうけど…もしもまた再会が出来たなら、暗闇に覆われたあの人の光になりたい。この熱意は、その力になれるのかはわかりませんが…」


RABi

「……」


胸に手を当て続け、後悔をする彼にRABiは静かにそっと手を差し出して握った。黒木の視線はRABiの方を見ると、彼女は目を細め歯を見せて笑っていた。


RABi

「君ならなれるよ。だって君のおかげで私が救われたんだもん」


黒木

「え…?」


RABi

「夢を与えるファンにこんな事言うのはダメなんだけどさ。今日ライブ前に色々あって凄く落ち込んでいたの。PP⭐︎STAR結成の記念日だって言うのに、このライブを最後に…脱退も考えちゃった」


RABi

「でも、君の必死になって応援してくれる姿を見た時、私を初めて推してくれた人と重なるものがあったんだ。その時、思い出した。私、みんなを喜ばせたいからここに居るんだって」


RABiが握る手はギュッと強くなり目を輝かす。


RABi

「君は私の光になってくれたんだよ?君の熱意は、きっとその特別な人にも届くと私は信じてる。もう会えないなんて言っちゃダメ!…奇跡は必ず起きるから。君はその熱意を大切にしてよ!」


黒木

「…RABiさん」


ダイヤモンドのように煌めく彼女の笑顔に、黒木は呆然と見惚れていた。RABiはゆっくりと手を離す。


RABi

「…まぁ、強いて言うと、私はその特別な人を越えれなかったみたいで残念かな」


黒木

「…っ。すみません」


RABi

「あっ!?ち、違うよ!人それぞれ大切な人っているよね!?君は全然悪くないから!…でも」


RABi

「私も君にとって【特別な存在】になれるように、これからも頑張るから応援してくれる?」


顔を傾げ問い掛けてくる彼女に黒木は頷いた。


黒木

「…勿論です、RABiさん。本当に楽しいライブを見せてくれてありがとうございました」


RABi

「私も最高に楽しかった。また会いにきてね?約束だよ?」


二人は改めて握手を交わし光り輝く瞳で見つめ合う。黒木もRABiもこのライブを機に、以前よりも良い表情となってお互いを心から尊重するのであった。


………


 ライブが終わり、観客が居なくなった静かな場内。帰宅準備を終え私服に戻ったRABiは改めてステージから見回してる。さっきまでビリビリと揺れる程湧き上がっていた会場も、今では自身の呼吸の声が聞こえる程静寂に包まれている。


MAi

「RABi」


いつも一人だと迎えに来てくれるMAi。後ろから彼女の呼び声が聞こえてきて振り返ると、そこには他のメンバーも立っていた。


RABi

「みんな…」


YUKi

「RABi…ごめんなさい。今日のライブを見て私達も思い出したの。どうしてRABiがリーダーに任命されたのかを」


iSA

「アンタはPP⭐︎STARの中でも誰よりもファンを愛して、誰よりも輝くアイドル…そんなアンタの背中を見て私達も憧れてリーダーと呼んでたんだよね」


LiE

「RABiの心情もお構いなくあんな酷いこと言ったんだ。許して欲しいとは思ってないよ。RABiは私達を利用してくれたら、それで…」


RABi

「何言ってるの」


RABiはメンバー達に体を振り向かせ腰に手を当てて、自信に満ち溢れている。


RABi

「PP⭐︎STARはみんながいるからPP⭐︎STARなんだよ。私はこれからもみんなと一緒にやっていきたい。仲直りが出来たら、それでもう最高に幸せ!」


RABi

「でも、みんなが言うように私も最近はモデルに集中してたと思う。アイドルが本業だって言うのにダメだなー…だから今後はまたPP⭐︎STARを盛り上げ…」


MAi

「RABi、アンタはモデルでもトップを目指して」


RABi

「…?」


メンバー達はゆっくりとRABiに歩み寄り、MAiが先頭に立つとRABiの手を握った。


MAi

「RABiの次のステージはトップモデルになることだよ。【パーフェクトモデル】に並ぶ【希望】になるんでしょ?」


RABi

「MAi…」


LiE

「あんまりそっちの世界はよく分からないけどさ…今後はRABiに少しでも力になれたらいいなって思ってるよ」


LiEの言葉にMAiとYUKiも頷いた。


RABi

「みんな……ほんっっっとうに…!大好きだよー!!」


MAi

「ちょっ…!?RABi!?」


感極まったRABiはメンバー達に飛び付き押し倒す。ギスギスとしていた関係も打ち解け久々にメンバー内で仲良く笑い合う。



彼女達の幸せな笑い声は、静かな会場にいつまでも響くのであった。


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