26話【推し活】
ジリジリと暑い毎日が続く7月の昼間。公園の木々は蝉が煩く鳴き続け、灼熱の太陽は澄んだ青空から東京を照らし、人々は大量の汗を流して街を歩いていく。
街の至る所で見ることが出来た双葉の広告も全て撤去、新たなモデルやアイドルの広告へと変更されていた。【パーフェクトモデル】と称えられていた彼女の存在も、日々人々の記憶から薄れていき消えていく。
PM13:14 サンドルチェ・カフェ
外の暑さも忘れさせる冷房の効いた店内。平日の正午は女性客が多く、当店の名物パフェを揃って注文して賑わっている。誰もがスマホを片手にパフェの撮影に夢中になる中、一人この場に馴染めていない男が店内の奥の席に座っていた。
黒木
「……」
黒木である。彼は名物のパフェを頼む事なく、アイスコーヒーだけを注文してスマホを真顔で見ていた。彼の見ている画面はつぶグラの双葉のアカウント。最終更新日は1月を最後に止まっている。一時期膨れ上がっていたフォロワー数も、この数ヶ月の間に大きく減っていた。
双葉と会えなくなり4ヶ月が経った。人々が彼女の存在を忘れていく中、彼は1日たりとも双葉の事を忘れられずにいた。彼女は忘れろと言っていたが、そんなのは黒木には無理な話であり、今日も双葉の有益な情報を求めていた。
?
「相変わらずつまらない顔をしてますね」
突然横から声を掛けられ彼は振り向く。そこに立つのは懐かしい顔、ジュリだった。黒木が今日ここに来たのは、彼女にメールで呼び出されたからなのだ。
以前の赤色のインナーカラーも青に染まり、肩まで伸びていた長髪も今は短くなっている。そして目には青のカラーコンタクト…最後に会った時よりも、がらりとイメージが変わっている彼女の姿だが、彼は全く触れない。
黒木
「久しぶり、神田さん」
ジュリ
「お久しぶりです、黒木さん」
外見に触れない彼の態度も分かってたようで、彼女は機にする事なく対面のソファへと座る。店員がやってくると、彼女もアイスコーヒーを注文して直ぐに店員をキッチンへと帰した。ジュリは肘を机に乗せ、青い目で黒木をしっかりと見て話す。
ジュリ
「えーっと……リコリスの皆さんは元気ですか?」
黒木
「うん、元気だよ。みんなもジュリちゃんが戻ってくるのを待ってる」
ジュリ
「ハハ、そうですか。残念ですけど、当分はシフトを入れる事は出来そうにないです。本職の仕事も少しずつですが、増えてきたんで」
黒木
「そっか。大変なんだね」
ジュリ
「まぁ……そうですね。あぁ、そうだ。高田さんは元気にしてます?」
黒木
「元気だよ。昨日も【推しのライブに行ってくる】ってメッセージ送ってきてた」
ジュリ
「…わかってましたけど、何も変わってなくて安心しました」
他愛もない会話が続く。こんな事で呼ばれたわけじゃないのは、鈍感な黒木でもわかっている。彼から話題を切り替えた。
黒木
「それで…神田さん。何かあったの?」
彼の質問をする最中、店員がジュリのアイスコーヒーを運んできて彼女の前に置く。
店員が頭を下げて二人の元を去ると、彼女はテーブル端に置かれているフレッシュとシュガースティックを手に取りコーヒーに注いでいく。
ジュリ
「…双葉先輩の事ですが…」
黒木
「双葉さん…!?」
【双葉】のワードに黒木は直ぐに食いつく。相変わらずの反応に、ジュリは呆れるように笑うも直ぐに残念そうな表情へと変わった。
ジュリ
「いや……退職したのは残念でしたねって言おうと……」
黒木
「…あ、あぁ……そうだね……それじゃあ、他の話題なのかな?」
ジュリ
「はい……そうなりますね」
フレッシュと砂糖が混ざったコーヒーは、程良い茶色へと変色する。使い切ったフレッシュとスティックを端に避けて、新しいフレッシュとシュガースティックを手に取ると再びコーヒーに注ぐ。
ジュリ
「ほら、黒木さんってずっと双葉先輩の事しか考えてないじゃないですか。双葉先輩が居なくなって……その……大変じゃないかな……って」
黒木
「……うん、まぁ大変だと思う」
ジュリ
「思う?」
黒木は自分の真っ黒なコーヒーを見つめながら話を続ける。
黒木
「生活面においては、双葉さんと出会う前とは何も変化はないんだ。……でも、これまで退屈だと感じた事がなかったこの暮らしに、今は毎日がつまらないと思ってる」
黒木
「…きっと、双葉さんはそれ程、俺に影響を与えてくれていたんだなって初めて気付いたよ。趣味探しは最後まで見つからなかったけど、あの人と居ることが本当に楽しかったんだって…」
寂しそうに喋る彼に、ジュリはスプーンでコーヒーを掻き混ぜている手を止める。
ジュリ
「…黒木さん。前々から気になっていたんですけど…それって双葉先輩の事を【好き】だって事なんじゃないですか?」
その質問に黒木は顔を上げ、ジュリの青い目を見て答える。
黒木
「勿論好きだよ。あの人は特別な人だから」
彼は真面目に答えるも、絶対に意味を理解していないのがジュリにはわかる。
ジュリ
「…えーっとですね、黒木さん。私が言いたい【好き】って言うのは、人としてとかじゃなくて【恋愛感情】として聞いてるんですよ」
黒木
「恋愛…感情…?」
キョトンとしている黒木の表情に、【鈍臭いのも大概にしろ!】と言わんばかりにジュリはイラついた顔で彼を睨む。
ジュリ
「黒木さん。貴方の顔って凄くカッコいい訳で、他の女からモテてたんじゃないですか?どうせ何度か交際経験もあるでしょ?」
黒木
「いや…ないよ?」
ジュリ
「ないって……あー、でも有り得るか。黒木さん顔は良くてもつまらない返事しかしないし…」
黒木
(サラッとディスられたな…)
しっかりと掻き混ぜたコーヒーを飲み、口に広がる甘さを満喫しつつ、再びスプーンで掻き混ぜる。
ジュリ
「まぁそれはどうでもいいとして…双葉先輩とデートしてる時が楽しいって感じてたのなら、それは恋愛感情って事ですよ。貴方が今をつまらないと思ってるのは、それが原因だと私は思います」
黒木
「神田さん。俺と双葉さんは別にデートをしてた訳じゃないし、お互いに【友達】として出会ってただけだから、そういう物じゃ…」
ジュリ
「そういうところがマジでつまらないんですよ、黒木さん。素直にこれは【恋】だって認めましょうよ」
否定する黒木に苛立つ様子を見せる。しかし黒木は顎に親指を当て真面目な返答しかしない。
黒木
「…わからないんだよ。【恋愛感情】なんて抱いた事なんてないからさ。それがどんな感じになのかもわからない」
黒木
「双葉さんと居る毎日が楽しかった…次は何処に行くんだろうって考える日々だった…退職をして姿を消してしまった時はとても悲しかった。会えない毎日にとても辛いと思ってる……それが【恋愛感情】というものなのかな?」
ジュリ
「さっきからそう言ってるでしょ!?いい加減認めろよ馬鹿男!…ハァー!甘いわー!」
淡々と甘い話をする黒木に耐えられなくなり、ジュリもすっかり甘ったるくなったコーヒーを一気に飲み干す。
黒木
「それだけミルクと砂糖を入れたら甘いと思うよ」
残念なことに、何故彼女が突然怒ったのかは黒木はまだ分かっていない。ここまで鈍い男には、流石にジュリもイライラしていた。飲み干したコップを爪でコンコンと叩き思わず溜息を吐く。
ジュリ
「…話が脱線しました。アンタに【恋バナ】をするのは間違ってましたよ!あぁもう!」
黒木
「…?」
ジュリ
「この話題はもう良いとして、本題はここからです。…双葉先輩が居なくなって、私なりに色々と情報収集をしたのですが、何も手掛かりはないままでして…なんでかわからないですけど、細田さんの入院先すら誰も教えてくれませんし」
黒木
「そっか…」
ジュリ
「そこで、このままでは埒が開かないので、脳内ずっと双葉先輩に犯されてる黒木さんの為に、【推し活】を提案しようと本日はお呼びしました」
黒木
「推し活…?」
ジュリ
「簡単に言えば黒木さんが双葉先輩にしていた事ですよ。元はと言えば、黒木さんの趣味を探す事が目的だったんでしょ?それなら双葉先輩がいなくとも継続は出来ますよ。…はい、どうぞ」
そう言ってジュリは一つのチケットを取り出して机の上に置く。チケットには
【PP⭐︎STAR Fan Festival Live】
と書かれている。
黒木
「…これは?」
ジュリ
「SunnaとCinderella Productionの社長は仲が良くですね…先日Sunnaのスタッフに、これを配られたわけなんですけど…私はこういうキラキラしたもの興味ないんで黒木さんにあげます」
黒木
「しんでれら…ぷろだくしょん…?ぴーぴー…すたー…??」
喜ばずにアイドルグループと事務所を読み上げる黒木に、ジュリは思わず固まった。
ジュリ
「…えっ、PP⭐︎STAR知らないんですか?超有名ですよ?」
黒木
「ごめん…わからない」
ジュリ
「…マジですか。どんだけ双葉先輩以外興味ないんですか貴方は。…いちいち突っ込んでても面倒だしPP⭐︎STARの事は高田さんから聞いておいてください。渡すものも渡したし私はもう行きますね」
呆れ疲れたジュリは溜息を吐いて立ち上がる。黒木の方を見ると彼は優しく微笑んで此方を見ていた。
ジュリ
「…なんですか?」
黒木
「あっ、いや……ありがとう、神田さん。俺のこと気遣ってくれて用意してくれたんだよね?」
素直に御礼を言う黒木に、ジュリは照れ隠しに顔を逸らす。
ジュリ
「…別に。黒木さんが双葉先輩で頭が一杯なのを、他の推しでも見つけて紛らわせてやろうと思っただけですよ…まっ、そんな簡単に見つかるとは思ってませんが。なんせ貴方には双葉先輩がいますからね」
ジュリ
「この後撮影があるんでもう行きますね」
黒木
「うん、ありがとう神田さん」
ジュリは手を軽く振りながら先に店を出て行った。
黒木は冷たいコーヒーを少し飲んでチケットをじっくりと見る。チケットのデザインの端にはPP⭐︎STARと思われるメンバーの集合写真が写っていた。メンバーのセンターに立つ金髪の笑顔が似合う女性…
黒木
(…この人…何処かで…?)
………
PM14:04 渋谷トリエル ランウェイ会場
渋谷区に立つ大型複合施設【渋谷トリエル】今日は夏の新作ファッションの開催でイベントスペースはランウェイ会場と変化していた。
今回のランウェイは関係者内で行われ、一般ブースは設けていない。この会場にいる人間全員が、開催者に関わる企業の者だ。
夏のコーデを着こなしモデル達は次々と暗い部屋の中、照明で照らされたランウェイを歩く。小規模のイベントスペースでは関係者が座る椅子はランウェイの端にくっつくように設置されており、モデル達が彼等の目の前を通り過ぎていく。
モデルとして評価する者や、ファッションブランドのデザインを研究する者と、其々の視点でモデルを彼等は見ている。
そんな関係者に紛れ最前列の席にて、腕を組んでモデル達を見守るKENGOがいた。隣には秘書も同席している。会場内はとても静かで二人は声のトーンを抑えつつ話す。
秘書
「…双葉さんが居なくなって4ヶ月が経ちましたね」
KENGO
「…いきなりどうしたんだい?」
秘書
「いえ…彼女は元気に過ごしているのでしょうか」
KENGO
「…君らしくないじゃないか。辞めた人間の事を考えるなんてさ?…何かあったの?」
今は上司と部下の壁もなく、KENGOは親身に話を聞いてくれる。
秘書
「…双葉さんが辞めた時はこの業界の人々に大きな影響を与え、彼等は常に双葉さんのその後について話題で持ちきりでしたが…それも月日が経てば薄れてきてるように感じます」
秘書
「どんなに崇められたモデルであろうと、旬が終えてしまえば徐々に人々から忘れられていく…それはファッションのように、一時的なブームに過ぎないんだなって思います」
秘書
「でも…私にとって双葉さんはSunnaに大きく貢献した存在であり、会社の光そのものに見えていました。今でも時折、居なくなった子の事を考えてしまうのと…一つの流行りが終えて次の流行りに乗る人々とは、何方が正しいのでしょうね?」
目の前を通り過ぎるモデル達をじっと見つめたまま秘書は彼に問い掛ける。いつもは無駄な質問など一切しない彼女が、目の前とは関係のない事を聞くのにKENGOは一瞬だけ彼女の方に視線を向けて、再びランウェイを見つめ話しだした。
KENGO
「そうか。君にとっても双葉ちゃんは光の存在だったんだね」
秘書
「当たり前じゃないですか?Sunnaに勤めていて彼女をそう思わない方が無理な話ですよ。…残念ながら一部のモデルからは嫌われていたようですが」
KENGO
「まぁ、無理もないよ。彼女達がどれだけ努力をしようとも敵わないカリスマ性を双葉ちゃんは持っていたからね……君は双葉ちゃん以外に【推し】っていたかな?」
秘書
「推し…ですか?」
KENGO
「うん。どうなんだい?」
KENGOの質問に視線を下に向けて秘書は考える。
秘書
「…そうですね。10年前に好きだったアイドルグループがありました。今はもう解散してしまいましたが…」
KENGO
「そのアイドルグループの事は今も思う時はあるかい?」
秘書
「それは……」
KENGO
「そう、推していた人のことをずっと思うのって案外難しいよね?君の様な人が殆どだと思うよ」
KENGO
「双葉ちゃんのカリスマ性は、ファッション業界の人だろうと、彼女の事をよく知らない一般人であろうと、みんな平等に光を与えた存在なんだと思う。【別に好きでもないけど、この人見たことあるな】ってなる時があるだろ?双葉ちゃんの位置は正にそれさ」
KENGO
「彼女は日本中から愛され崇められたけど、その思いの強さはみんながみんな一生覚えていたい!と感じるものじゃない。それこそ人によっては、自身の生涯の一部の記憶に過ぎないんだ。4ヶ月も経てば彼女への興味を無くす人も増えてくるのが普通だよ」
秘書
「成る程…」
KENGO
「…双葉ちゃんはさ、辞める時にファンに対して『私が求めてる【愛】じゃない』なんて言ってたんだ」
秘書
「…?」
KENGO
「もしかすると、双葉ちゃんが求めている【愛】っていうのは……」
話を続ける最中、一通りモデル達は歩き終えて照明は消されて真っ暗になる。
KENGO
「…っと、スターモデルのお出ましだ」
一人のモデルが現れると、人々から注目を集める為に、スポットライトの照明だけが照らされる。優雅に気品あるモデルウォークを披露するそのモデルは【春香】だ。無駄のない洗練された動きに、人々は彼女を見入っている。
春香はいつもの陽気な性格を抑え真顔を通し続け、ランウェイの先頭に立つとビシッと格好良くポーズを決める。先程までずっと静かだった会場にも、パチパチと辺りから拍手が聞こえてきた。自分達のアイコンとして活躍する春香を目の前で見守っているKENGOも納得の完成度に頷いて微笑む。
KENGO
「流行は常に変わり続ける。何かが終われば次の流行が人々を魅せる。双葉ちゃんが居なくなった今、それを引き継ぐ形でハルちゃんの活躍を俺は期待しているんだ」
春香は見事にポーズを決めると背を向けてバックステージへと帰っていく。
秘書
「ですが…【パーフェクトモデル】を引き継ぐというのは、あまりにも負担が重すぎませんか?我々が春香さんを押しているのも、関係者は気付き始めていますし…どうしても比べられてしまうのではないかと…」
KENGO
「うん。一応無理をしないようにと本人には言ってるけどね…あの子は真面目だし双葉ちゃんの事を推していたから少し心配だね」
帰っていく彼女の背中をKENGO達は不安な眼差しで見送るのだった。
………
バックステージに戻ってきた春香に、聡が拍手をして迎えてくれた。先程まで真顔を貫いていた春香も緊張が解けて笑顔を見せて聡に駆け寄る。
聡
「ファンタスティックだったわよん。さっ、次の衣装の準備をしましょう」
春香
「はい!聡さん!…あの、聡さん…少し良いですか?」
聡
「なぁに?」
二人は更衣室に向けて歩き出しながら話す。
春香
「私、上手く双葉さんの代わりになれていると思いますか?」
聡
「あは〜ん?そんなのあったり前じゃな〜い。アティシのファンタスティック⭐︎メイクファッションがあれば、ハルちゃんでも超最強のモデルに…」
春香
「…ううん、なれてないと思います」
聡
「?」
春香は立ち止まり、それに気付いた聡も彼女の方へと振り返って立ち止まる。さっきまでの笑顔も無くなりその表情は曇っている。
春香
「観客の人の前を通り過ぎる時、一瞬聞こえてきたんです…『やっぱりあの子は【パーフェクトモデル】にはなれないな』って…」
春香
「正直、私自身も感じているんです。聡ちゃんの力を借りても、私はあの人にはまだまだ追いつけないって…やっぱり私なんかが双葉さんの代わりなんて…」
自信を無くしている彼女を見て聡は腰に手を当てため息を吐き、春香の方へと戻ってくると優しく頭を撫でた。
聡
「双葉ちゃんだって初めから完璧な存在じゃなかったのよ?あの子は人々に好かれたくて、【パーフェクトモデル】と呼ばれる為に努力をしてきた結果なの」
聡
「初めから【パーフェクトモデル】の真似が出来るなら、人々から崇拝されるような存在なんかじゃないわ。高い壁なのは承知のこと、近道なんて考えず地道に行きましょっ」
春香
「聡ちゃん…ありがとうございます…」
聡の励ましに、少し元気を取り戻し微笑みを見せる春香。
だが聡は悔しかった。春香の専属に就いてから近くで見てきたが、彼女はずっと【パーフェクトモデル】という【完璧】に囚われているのだ。人々が求める姿に少しでもなりたいと願い、自分らしさを捨てて活動をしている。そんな彼女を励ますことしか出来ずにむず痒く感じていたのである。
どうかこの子は【パーフェクトモデル】に囚われずに笑顔でいて欲しい。聡はその想いを胸に春香の背中を摩り、歩幅を合わせて更衣室へと一緒に戻っていくのであった。




