2話
…都内の撮影スタジオ
カメラマン
「…はい!オッケーです!一旦休憩挟みまーす!」
姫川
「…お疲れ様です」
パンツスタイルのコンサバファッションを着こなし、最新号のファッション雑誌に載せる撮影をしていた姫川。朝からずっと撮り続けていたのも漸く休憩が入り、緊張が解ける。
いつもは用意してくれたスタジオの椅子に座って一息つくのだが…
姫川
「すみません。一旦メイクルームに戻っていいですか?」
スタッフ
「?勿論いいですよ!時間になったら戻ってきてください!」
今の姫川には一人の時間が欲しくてスタッフに確認を取ると、疲れた様子でメイクルームへと一人で戻っていった。
メイクルームに入ると姫川は鏡台前の椅子に座って俯く。いつもなら集中力は最後まで保てる方なのだが、何故か今日はやけに胸騒ぎがして落ち着かない。彼女の直感が、何か危険を予知しているのだ。
姫川
「…なんだろう、これ」
一人の部屋で小さくぼやく姫川。
そんな静寂な部屋に、トントンとノックの音が聞こえてきた。
姫川
「…?はい、どうぞ」
まだ休憩時間は残っているのに誰だろうか。姫川は顔を上げて扉の方へと振り向く。扉はゆっくりと開いていく。
姫川
「…!!」
開いた扉の先に立つ人物を見て、姫川の目は大きく見開きゾッとした。
双葉
「やっほー♫蒼ちゃん♫」
そこには退職したはずの双葉が笑顔で立っていたのだ。変装していようとその特徴のある青の瞳で、彼女は本人だと直ぐにわかる。
姫川
「ふ、ふ、双葉…さん…!?ど、どうしてここに…?!」
思いもよらぬ【パーフェクトモデル】の登場に姫川は椅子から立ち上がり酷く困惑している。双葉は彼女の様子など気にせず部屋の中に堂々と入ってきて姫川の前へと立つ。ニコニコとしている愛想の良い笑顔も、この時は不気味に感じた。
双葉
「まー、ここ最近色々あったし蒼ちゃんもびっくりするよね?」
姫川
「え……あ……そ、その……」
色々と聞きたいことがある。突然退職をした理由、火傷の跡の真相、そして何故ここにきたのか。どれから聞けばいいのか、頭が追い付かず姫川は上手く言葉が出ない。
双葉は笑っている瞼を開き、その青い目で姫川を見つめて言う。
双葉
「ねぇ、私の【秘密】を知れてどんな気分?」
姫川
「……え?」
彼女の問い掛けに姫川はみるみると青褪め絶句する。彼女の言う【秘密】は何のことなのか、既に姫川はわかっているからだ。
姫川
「…な、何のこと……ですか?」
醜く惚けるフリをしても彼女には通用しない。今にも吸い込まれそうになる青い瞳は、少し足りとも揺らぐ事なく姫川の目をずっと捉えている。
双葉
「私の背中、見たでしょ?知らないと思ってた?」
姫川
「…っ」
彼女の圧に姫川は圧倒され目を逸らし一歩下がる。双葉は離さないと言わんばかりに、一歩詰め寄り距離を保つ。
双葉
「私の背中はさ、誰にも見せたくなかった秘密の姿なんだよ?わかる?」
姫川
「あ…その…」
双葉が怖くてまた一歩下がる。しかし彼女もまた一歩詰め寄る。
双葉
「私ね、あんな醜い姿を誰かに見られたら、この業界で居られなくなるってずっと思って活動してきたんだよ?どうして見てしまったあの時にさ、一言も声を掛けてくれなかったの?蒼ちゃん、酷いよ」
姫川
「ち、ちが……そんなつもりは……」
怖くてまた一歩下がる。彼女は一歩詰め寄る。
双葉
「私が辞めたのは貴方のせい。貴方が私の秘密を誰かに話すのも時間の問題だったから。【パーフェクトモデル】が居なくなったら、次は蒼ちゃんが注目されるもんね。本当は私が居なくなって、嬉しいんでしょ?」
姫川
「っ…」
一歩下がると壁に背中が付いていた。部屋の隅に追い込まれてしまい逃げられない。双葉はまた一歩近付き真顔で問い詰める。
双葉
「ねぇ、何か言ったらどうなの?蒼ちゃん」
姫川
「……っ!ち、違う!!」
追い詰められた姫川は両手で高鳴る胸を抑え込み、感情のままに叫ぶ。
姫川
「違うの…!!私は貴方に辞めて欲しくなかった!!ただ私は…!貴方の背中の真相が知りたくて…!誰にも相談できない悩みを抱える貴方を少しでも知りたかっただけで…!!」
双葉
「だから隠し撮った写真も誰にも見せれないんだよね?」
姫川
「え…?」
感情をぶつけようと真顔のまま冷静に喋る双葉に、姫川は言葉が詰まる。
双葉
「誰も知らない私の秘密を撮影して…悪いと思ってもずっと消せないのは、私の秘密を独占したいからでしょ?コイツらが知らない事を私は知っているって優越感に浸りたくてさ」
姫川
「ち、違います!私はただ…!」
双葉
「ねぇ、そんな独占欲に塗れた人は何て言われるか知ってる?」
双葉は不気味に笑い、顔を近付けて息が荒くなっている姫川の耳元で囁く。
双葉
「気持ち悪い」
姫川
「…ァァアアアアアアア!!!」
…ピピピピピピピ!!
姫川
「!!」
姫川は目を覚ます。そこはマンションに住む彼女の寝室のベッドの上。彼女の隣にはアラームが鳴り止まないスマホが置かれている。
時刻は午前5時。日はまだ登らず、部屋は薄暗かった。酷く魘されていたのだろう。身体中汗が吹き出ていて、就寝用のシャツはびっしょりと濡れて気持ちが悪い。ベッドから体を起こしアラームを止めると、収まらない動悸に深呼吸を繰り返す。
何度も深呼吸を繰り返して…漸く落ち着くと手で額の汗を拭き取り、頭を抱えて大きな溜息を吐いた。
姫川
(生々しい夢…)
夢であった事への安心感と、夢には思えない体験への不安が交互に混ざり合い頭痛がしてくる。
やはりあの写真は消すべきなのだろうか。一人で抱え込む事がここまで自分を苦しめるのなら、証拠は消していっそ本人に出会った時に直接聞けばいいのではないのだろうか?
だが、姫川には分かる。今回のKENGO社長による退職会見で理由を一切述べなかったのは、双葉が世間から秘密にしている事を沢山抱えているからだと。その秘密の一つとして火傷の跡も含まれているはずだ。きっと彼女なら直接聞いても、証拠がなければ適当に流してしまうだろう。真実を求めるのに、この写真は捨てるわけにはいかない。
姫川
「…準備、しないと」
ベッドから降りてスリッパを履くと、彼女はゆっくりと寝室から出ていく。
憧れの人の秘密を独占したいのではない。憧れの人が抱える悩みを一緒に解決したいだけなのだ。洗面台に立ち、鏡に映る自分の姿を見て姫川は暗示をかける。
姫川
「…誰にも見せない。絶対に」
双葉の秘密を守る決意をより固め、支度を済ませた彼女は仕事へ向かう為部屋から出て行った。アラームを止めてから、持っていくのを忘れ放置していたスマホへメッセージが届く。
【スタコレの再開日が決まった。スケジュール調整するから連絡よろしく】