4.5話【春香の苦悩】
ある日。Sunna事務所の撮影スタジオにて。撮影の休憩中、椅子に座りスマホを眺めてる双葉と、同じく隣でくっつくように座りつぶグラを更新している春香がいた。双葉は定期的にスマホを見ながら、彼女の頭を撫でてあげている。こうすれば春香は絶対に喜ぶからだ。
双葉
「…へー、かわいー」
スマホを見ながら独り言を呟く双葉に、春香が透かさず反応する。
春香
「え?何が可愛いんですか?」
そう言って双葉のスマホを覗き見る。
春香
「あっ、本当だ!可愛いで……」
見る前から双葉に合わせたくて先に【可愛い】と言い掛けたが、目に映った物に思わず声が詰まる。
双葉が見ている画面には、得体の知れない化け物のぬいぐるみが映っていた。
虹色の毛皮に、充血した目玉を無数に体から飛び出し生やして、口らしき部分からはゲロと思わせるものが垂れている。剥き出した歯は所々虫歯になっていて、足は9足という絶妙な本数を生やしていた。
春香
(…可愛い???)
あまりにもやばい見た目に春香も真顔になって考えてしまう。彼女は恐る恐るぬいぐるみの商品名の方へと目を移す。商品名は
【デス・クリーチャー・サカモト】
春香
(可愛く…ない…!)
意味がわからない商品名に、青汁を飲んだかのようにぎゅっと歯を食いしばり、眉間に皺を寄せ目を閉じた。そんな彼女の事を気にせず頭を撫でつつ、双葉は画面を見続ける。
双葉
「へぇー、喋るんだ」
春香
「喋る…?」
商品サイトの音声サンプルのボタンを彼女はタップする。
サカモト
『地獄から帰ってきたぜぇ!!兄弟ィイイ!!』
春香
(可愛くない…!!)
耳がキーンとなる程の高い声が爆音で流れる。春香は反応に困りながらもこのぬいぐるみが【可愛くない】事だけは、心の中で確定してしまう。
しかし、心の奥の端に光る僅かな希望を持って、春香は商品概要欄をチェックする。
『デス・クリーチャー・サカモトは僕の夢の中に出てきた化け物です。インパクトが凄かったので今回商品化する事にしました。収録した音声は僕の声です。後、完成して分かったんですけど、普通に気持ち悪いと思います』
春香
(可愛くないぃ…!!)
製作者本人からも気持ち悪がられているメッセージに、春香は顔を青ざめ目を閉じて頭を抑えてしまう。
暫くして目をゆっくりと開けると、双葉は既に画面をスクロールしていて、丁度値段の部分が見えた。
50,000円(+税)
春香
(【値段も】可愛くないぃぃ…!!)
とことん可愛くないサカモトに大きな溜息が出る程に絶望してしまう。
双葉
「…ふーん、買おっかなー」
春香
「え、ええっ!?」
双葉の言葉に何と声を掛けたら良いのか春香にはわからなかった。双葉に気付かれず、一人オドオドとしているとスタッフが呼びに来る。
スタッフ
「そろそろ準備お願いしまーす」
双葉
「あっ、はーい♫」
双葉は笑顔で答えスマホを置いて先に行ってしまう。サカモトが映る画面を、取り残された春香はまだ見つめていた。
春香
(双葉さん、こんなのが好きなの…?見た目がヤバすぎるんだけど…)
春香
(…もしかして独特なモノが好きなのも【パーフェクトモデル】としてのセンスに関わってくるのかな?サカモトを好きになる事で、双葉さんに近付くヒントがあるの…かも…)
春香
(…よし、サカモトを好きになれるように私も変わってみよう!この子を好きになる事で分かるのもあるって事ですよね!双葉さん!)
それから春香は帰宅後、直ぐにサカモトを購入した。家に届くと、サカモトを隅々まで研究して好きになる場所もとことん探した。
何故デス・クリーチャーなのか…収録されたボイスは何種類なのか…そもそも何故こんなものをこの世に生み出してしまったのか…春香の研究の果てに行き着いた答えは…
…一ヶ月後。Sunna事務所の廊下にて、双葉と細田はスケジュールを見直しながら歩いていた。
春香
「おはようございます!双葉さん!」
二人の後ろから春香の元気な挨拶が聞こえてくる。
双葉
「おはよー、春香ちゃ…」
振り返り様、挨拶を返すもピタッと双葉は彼女を見て止まってしまった。
今日の彼女のファッションは上から下までデス・クリーチャー・サカモトを取り入れた非常にファンキーなものであったのだ。春香の表情は自信に満ち溢れている。
春香
「気合を入れてみました!デス・クリーチャー・サカモトと一体になった、この私はどうですか!?」
強烈すぎるファッションに細田は目が点になって言葉も出ない。しかし、彼女は違った。双葉は笑顔で言ったのだ。
双葉
「へー、変わった趣味を持ってるんだね、春香ちゃん」
春香
「…え?」
双葉
「でもそのファッションは…正直…可愛くないと思うな?」
春香
「えぇぇえええっ!?」
春香の研究した一ヶ月は、彼女の無慈悲な言葉によって無駄に終わるのだった。
双葉があの時見ていたデス・クリーチャー・サカモトは、流す形で彼女の視界には映っておらず、片耳ワイヤレスイヤホンで聡と通話していた会話内容だった事を、彼女は知る由もなかった。
(※音声サンプルのボタンも偶々触れただけである)