24.5話【偽装】
3月16日 PM22:56 大江戸タワー48F VIPルーム
完全個室の部屋を金色ネオンの光が照らす。壁には巨大な水槽が埋め込まれアロワナが優雅に泳いでいる。
部屋の真ん中には足を揺すり落ち着かない様子の男が、高級ソファに座り誰かを待っていた。男はVIPルームには似合わない貧相な服を着て、この空気に全く慣れていないようだった。
水槽の壁とは反対側にある一面張りの窓からは、都会の夜景が美しく広がっているが、彼はそんな光景を見る余裕もなく終始俯いている。
個室の扉が開く。部屋に入ってきたのは3月半ばには暑いであろう黒いロングコートを羽織った金髪オールバックのサングラス男。
先に座っていた男は、入ってきた彼を振り返る事もなく未だ俯いたまま。サングラスの男も、彼の虚ろな様子を気にせず、対面のソファに足を組んで座り、手提げバッグを自身の隣に置いた。
?
「元気がないみたいだね。半田さん」
サングラスの男は彼に声を掛ける。俯き続けていた顔もゆっくりと上げる。先程から元気がないこの男の名は【半田】というらしい。
半田
「…当たり前だろ?」
半田の声は震えている。まるで何かに怯えているかのように。サングラスの男は鼻で笑う。
?
「えー?ダメじゃん。ほら、もっと気分を上げないと?今日から勝ち組の仲間入りなんだからさ」
そう言ってサングラスの男は隣に置いていたバッグを机の上に差し出す。
半田
「……」
半田は唾をゴクリと飲んでゆっくりと手を伸ばし差し出されたバッグを受け取り、ファスナーを少しだけ開いて中を見る。
中に入っていたのは鞄一杯に詰められた札束の山。その額に半田は驚き慌てて直ぐにファスナーを閉じて、自身の隣にバッグを置いた。
高まる胸に手を当て深呼吸をする。動揺が収まらず、体がまだ少し震えていた。半田は余裕そうにしている男に問いかける。
半田
「…なぁ、一つ聞いてもいいか?」
?
「…どうぞ?」
半田
「…今回の事故で、【パーフェクトモデル】が退職したのも…アンタの【想定内】だったのか?」
その質問に答える前に男はサングラスに手を掛け外し、机の上へと丁寧に置く。
青く澄んだ瞳、髪を金髪に染めて身嗜みを変えようとも、その眼は唯一無二の【完璧の象徴】
男の正体は【桜井 秀樹】なのである。
秀樹
「いや、【想定外】だったよ?」
半田
「…なんだって?」
秀樹は妖しく微笑み、肘を組んでいる足の膝に乗せて話す。
秀樹
「【想定外】であったが、俺にとっては今回の報酬額を上回る結果となったとは思ってる。それを起こしてくれた半田さんには感謝しかないよ」
秀樹
「贅沢を言えば…あのまま事故に巻き込まれて亡くなった方が【パーフェクトモデル】の最期として美化されただろうけど…母親ヅラの女に邪魔されちゃったね」
悠々と娘の死を望む彼の言葉は半田を青褪めさせる。同じ人間とは思えない。
半田
「…アンタは【怪物】だよ」
彼の発言に秀樹はニコッと笑う。
秀樹
「ハハっ。【怪物】の甘い声に加担した君も同類だよ?」
半田
「ち、違う!」
半田は秀樹の返しに苛立ちを見せ叫び立ち上がる。そして、彼は頭を両手で抱え嘆く。
半田
「俺は…俺はこんな大事になるなんて思ってなかったんだ!誰も巻き込まないようにして、少しだけスタコレの開催を妨害すればいいって頼まれたから…!」
秀樹
「半田さん」
自身の罪に苦しむ姿を、秀樹は不気味な笑みを浮かべたまま一言で黙らせる。
秀樹
「今更自己弁護しても、君がやった事が変わる事はない。見苦しい言い訳なんて言っても仕方ないし、今は今後の事を考えるべきじゃない?」
半田
「……ッ!クソォ!!畜生ッ!!」
秀樹の正論に半田は怒りに地団駄を踏む。
今更振り返っても仕方がない。半田は溜息を吐いて乱暴にソファへと座る。かなり取り乱しているようだ。その姿が面白いのか、秀樹もずっと口元がニヤけたままだ。
秀樹
「まっ、俺も鬼じゃないよ。半田さんが冷静を保てない気持ちもよく分かる。…そうだな、気分転換に話に付き合ってあげようか?」
半田
「…逆になんでアンタはそんなに冷静でいられるんだよ」
秀樹
「ハハっ、なんでだろうね?寧ろ清々しい気持ちだよ」
明るい笑顔で答える彼はやはり【怪物】だ。
半田
「…アンタ、本当にあの【桜井 秀樹】なのか?テレビで見たアンタは【パーフェクトモデルの父】として絶賛されてたじゃないか」
秀樹
「演じるのは得意なんだ、昔からね。…娘もその部分は引き継いでいて誇らしいよ」
半田
「【パーフェクトモデル】は演技だって言いたいのか…?」
秀樹
「そうだよ?」
秀樹の質問に半田は視線を逸らす。
半田
「少なくとも…アンタみたいな理由で嘘をつく子じゃないだろ」
秀樹
「いや、アイツは俺と同じだよ」
半田
「…?」
逸らしていた視線を秀樹の方へと向ける。彼の青い瞳はネオンの照明に煌めきながらも、ずっと見ていると吸い込まれてしまいそうになる海底のような色だった。正にその瞳は【光】ではなく【闇】だ。
秀樹
「どれだけ人々に好かれたくても、自分の本性を暴かれるのを恐れて絶対に見せない。だからアイツは必死に演じて人々を騙す事で、自分の存在意義を証明しようとした。アレは俺と同じ理由で嘘をついている」
秀樹
「その結果を見ろ。自己都合の理由で引退して、悲しむ声よりも批判する声の方がデカいだろ?あれは嘘をついて来た奴の末路だよ。俺はそうなるのが分かるから、自ら嘘を暴く事はしない。そこはアイツとの大きな違いでもある」
秀樹
「馬鹿だよな?溜め込んだ不満も抑え続けて演技だけをずっと専念すれば、今頃安泰な生活を送れたって言うのに…せっかく築き上げた虚像を自分から壊してさ?」
双葉に対する酷い言いように半田も引いていた。
半田
「…なぁ、アンタの娘なんだろ?なんでそんなに非情になれるんだ?」
その質問にニヤついていた秀樹の顔は真顔になり即答する。
秀樹
「子供なんていらなかったからに決まってんだろ?」
半田
「ハァ…?」
秀樹は答え終えるとサングラスを手に取り、再び装着して立ち上がる。
秀樹
「さてと、報酬も渡したし俺はそろそろ行こうかな。半田さんはノリが悪そうだし、どうせ夜の街を付き合ってくれないでしょ?」
半田
「…これからどうするんだ?」
秀樹
「んー、事故として処理されたから大丈夫だろうけど、勘付かれたくもないし念の為暫くは身を潜めるとするよ。そうだなー…本当に海外にでも逃げようか?」
半田
「そうか…」
秀樹
「俺の心配より自分の心配をするべきだよ半田さん。とりあえずそれだけの金があったら、当分は働かなくてもいいんじゃない?…あぁ、ギャンブルは止めておいた方がいい。まずは借金返済を…」
半田
「ッ!うるさい!この金の使い道を決めるのは俺だ!」
秀樹
「おー、怖い怖い」
半田の怒鳴り声にヘラヘラと秀樹は笑う。その舐め腐った態度に半田は睨むも直ぐに気付く。口元は笑っていても、その真っ黒なレンズの先に映る青い目は此方をゴミのように見下す目である事を。
秀樹
「分かってると思うけど、もしも君が警察のお世話になる結末を迎えても、俺の事は漏らしちゃダメだからね?」
秀樹
「金は人を簡単に動かせれる…そう、君みたいに。この言葉の意味が理解出来るなら、忠告は素直に聞いておくんだよ?」
秀樹はそう言うと手を振りながら部屋を出て行く。
一人残された半田は大金が詰まったバッグを大事に抱え震えていた。自分が犯した罪と、関わってはいけない人物に出会ってしまった二つの後悔に怯える。
この男が感じる絶望を前に、大金は少し足りとも彼の心を癒すことのない紙切れに過ぎなかった。




