3話【特別な人】
…思いもよらぬ出逢いから一日が経った。いつもテキパキと動く黒木の今日は、納品作業が恐ろしい程に遅くぼーっとしている。
パート
「黒木さん、何だかぼーっとしてない?」
パート2
「ええ、何かあったのかしら?」
あまりの遅さにパートの人達も遠目で心配している程だ。そんな事も今の黒木には気にしてないが…
黒木
(桜井さん…あれは似てる人とかじゃなくて本人なのか…?でも木村と名乗ってたし…)
昨夜からずっとあの出会いの事ばかり考えているのが原因で、彼の作業効率を悪くしているのだ。結局、あの後は余りの衝撃に気が付いたら家に着いていたようで、殆ど記憶に残ってない。
彼の中で結局木村なのか双葉なのかと、ずっとぐるぐると巡り回る。このままでは黒木は今日一日ずっと集中力が欠けてしまうだろう。その様子を見かねた店長は黒木に歩み寄ってきた。
店長
「黒木君、少し早いけど休憩に行こうか。何だか調子が悪そうだしね」
黒木
「店長…すみません…」
普段から静かに作業をする彼だが、今日は一段と元気がない。
店長
「君がぼんやりとしているなんて珍しいね。何かあったのかい?」
黒木
「あったにはあったのですが…大丈夫です、休憩して気合い入れてきます」
心配してくれる店長に軽く頭を下げ休憩室へと向かった。
休憩室に入ると、エプロンを脱いで椅子へと座り軽く溜息をつく。未だに昨日の出来事を受け入れられないみたいで黒木は頭を抱えていた。
黒木
「高田に相談すべきかな…」
頼れる高田は本日休み、今日は他のモデルのイベントを見に行くと言っていたので今頃多くのモデルと出会えて興奮しているのだろう。そんな彼を邪魔するわけにもいかずと悩んでいる所、突然電話が鳴りだす。
黒木
「!」
画面に表示されているのは、双葉から貰ったメモ用紙に書かれていた番号だった。
黒木
(本当にかかってきた…)
まだ夢のような展開についていけず、普段から落ち着いてる黒木もこればかりは動揺を隠しきれない。1コール…2コール…音ではわかっているが、手は動かせない。
しかし黒木の思考は、相手を待たせるわけにはいかないと彼の真面目さが勝ち、5コール目にしてようやく電話を繋げて耳に当てる。
黒木
「もしもし…」
?
「もしもし?黒木さん?」
電話越しの声は昨日聞いた覚えのあるあの声だ。
黒木
「…木村さんですか?」
?
「ちがーう!双葉だよ!もう忘れちゃったんですか!?」
黒木
「あっ…本当に桜井さんなんですね…」
双葉に突っ込まれ、黒木は改めて昨日に出会った女性は憧れの相手だったのを認識する。
双葉
「もー本当ですよー。って、そうじゃなくてですね、昨日は本当にありがとうございました!黒木さんのおかげで最高に楽しい一日を送れましたよ!」
黒木
「いえいえ…良かったです」
自分の尊敬する相手と電話が出来ている。それは嬉しさと同時に非現実だと黒木の思考がまた置いていかれそうになる。双葉はそんな事を気にする事なく、一方的に喋る。
双葉
「それでですね、昨日にも言ったけど御礼をしたいから黒木さんにまた会いたいんです。次の休みはいつですか?」
黒木
「え…?あー…明後日ですね」
双葉
「明後日ですね?…んー、ごめんなさい。明後日はスケジュールが埋まってますね!その次は?」
黒木
「えー…8日です…ね…」
双葉
「8日!…んー…夜でも大丈夫ですか?」
黒木
「あっ、はい。大丈夫です」
双葉
「じゃあ8日の19時にナナ公像前で待っててくれませんか?絶対に向かいますので!」
黒木
「え…あ、あぁ、はい、わかりました」
双葉
「それじゃあまた8日に!バイバイ黒木さん!」
流されるままに返事を返していたら電話は切れてしまった。耳からゆっくりとスマホを離すと、落ち着かないようで部屋の中を歩き回りだす。
黒木
(桜井さんとまた会える…?そんな事があっていいのか…?これは現実なのか…?夢じゃない…?)
パート
「…黒木さん、やっぱり変よねぇ」
パート2
「えぇ、変ねぇ…」
ぐるぐると部屋を歩き回る黒木の様子を不思議そうにパートの人達が扉から覗いて見ていた。
………
…8日の18時50分。都内で待ち合わせ場所として多くの人が利用する【柴犬ナナ公像】人々で賑わうこの公園に黒木は少し早く到着した。
周りを見回すも、双葉らしき人物は見当たらない。つぶグラを開き双葉の書き込みをチェックするも、2日の誕生日ツイートを最後に更新が止まっている。恐らく忙しいのだろう。黒木は何度もスマホのカレンダーと時間をチェックする。
日にちを間違えてないか、時間を間違えてないか、そして本当に来るのか…積もり積もる不安が黒木を一人でにソワソワさせる。
黒木
(あの時は緊張しなかったのに…本人と分かったら、こんなにも落ち着かないなんてな…)
押し寄せる不安に頭が重くなり溜息を吐く。半信半疑のままでいた彼は結局高田に相談が出来なかった事を今にして後悔している。
そんな彼の気も知らないで突然と後ろから肩を叩かれた。
?
「こんばんは黒木さん。木村です」
黒木
「!」
その言葉にバッと振り返ると、黒のキャップにオシャレメガネを掛けた女性が立っていた。変装していても声と彼女の象徴である青い瞳でわかる、大人気【パーフェクトモデル】の登場だ。
双葉
「なーんてね♫お久しぶりです黒木さん」
彼女は冗談が決まったかのようにウインクを見せる。しかし黒木の反応はなく目を見開いたまま動かない。
双葉
「…あれ?もしもーし?」
黒木
「!お、お久しぶりです。桜井さん」
顔を近づけ、見つめてくる双葉にようやく慌てながらも我に帰る。
今黒木の目の前に立っているのは、変装していてもわかる程スタイルが良く、天性の美顔を持ち、人々から【パーフェクトモデル】と崇められるトップモデル【桜井双葉】に間違いないのだと、彼の心に覆っていた疑心をも吹っ飛ばした。
双葉
「うん、お久しぶりです黒木さん。ささっ、時間は待ってくれないので早速行きましょう」
双葉は笑顔を見せると背を向け歩き出す。
黒木
「行くって何処にですか?」
置いていかれないように黒木は早歩きで双葉を追いかけて隣を一緒に歩く。
双葉
「勿論、黒木さんへの御礼の場所にですよ」
…………
…双葉についていきやってきたのは、人通りが少ない路地裏にある何の装飾もない建物。扉の横にある端末に双葉はカードを取り出して押し当てる。ガチャッと音と共に扉の鍵が解除され二人は中へと入った。
中はモダンな雰囲気で包まれた喫茶店。落ち着いた曲が店内で流れ、カウンターにはパンクファッションの女性店員が一人だけが立っているだけで、他には誰もいない。
カウンター奥の壁には【PEACEFUL RETREAT】と書かれたロゴが貼られている。店名だろう。店員は、双葉達の入店を確認すると何も言わずに小さく頭を下げた後、黙々と支度をしだす。
黒木
「ここは…?」
双葉
「会員制の喫茶店ですよ。ここなら誰の目も気にせず話せますからね。そう、御礼というのは『トップモデルの双葉と誰にも邪魔されずトークが出来る』というものです!嬉しいですよね?」
双葉は帽子とメガネを外し自信に満ちたドヤ顔で黒木の方を見る。
黒木
「…なるほど。嬉しいですね」
彼はいまいち反応は薄いが、内心は憧れの人と会話が出来る喜びに満ち溢れていてテンションが上がっている。
御礼の内容が内容ではあるが、自分からこんな事を言えるのも、彼女が自分の存在に絶対的自信を持っている強い女性なのだと黒木は思った。
双葉はテーブルに向かって先に座り、ニッと笑うと黒木に手招きをする。彼も小さく頷いて対面のソファへと座る。正面から見る変装を外した彼女の素顔は、眩しい程に美しく思わず魅入ってしまう。
時間は限られている。黒木は黙っているのも勿体無いと先に話しだした。
黒木
「あの…桜井さん」
双葉
「双葉」
黒木
「?」
口を開いた黒木を止めるように彼女は指を刺してくる。
双葉
「双葉って呼んでください。こっちの方が私も気に入ってますので」
そう言ってニコッと笑顔を見せる彼女。相手がトップモデルの存在であり特別な人である黒木にとって、下の名前で呼ぶのは申し訳なさが勝り難しいみたいだ。しかし、本人から言われた以上実行をするしかない。
黒木
「…ええと、じゃあ双葉…さん?」
言いにくそうにしている黒木の様子に、双葉はニコニコと頷く。
双葉
「うんうん、やっぱりそっちの方がいいですね!桜井さんって、とっても偉い人ぐらいしか呼ばれないから固く感じるんですよねー」
黒木
「…もしかして、不快でしたか?」
双葉
「えっ?違う違う!黒木さんには固くならないで欲しいってことですよ!私達はもう【友達】ですから!」
黒木
「友達…」
道案内していた時にも彼女の口から言っていたが、黒木はもう双葉にとって【友達】のようだ。有名人から友達と認識されるのは黒木には恐れが大きく、彼の額から汗が流れている。
双葉
「…暑いですか?」
黒木
「えっ?…いや、大丈夫です。…それなら双葉さんも俺の事を気にせず話してください」
双葉
「?どういうことですか?」
黒木
「何というか、テレビでは良く誰とでもフレンドリーに話してて…今は話しづらそうに見えるというか。後、俺よりも双葉さんの方が凄い人ですし…」
双葉
「…あはは、なんですかそれ!真面目すぎますよ黒木さん!」
贔屓し続ける黒木の態度に双葉は可笑しそうに笑う。
双葉
「…でも、その通りですね。黒木さんはよく見てますね!あの喋り方は…キャラ作り?って言うのかな。固く話す事は、あまりしてきてなかったから慣れてないんですよね」
双葉
「黒木さんがそう言ってくれるなら、遠慮なくいつも通りに話すね!」
黒木
「あっ…その話し方、いつもテレビで見る感じです」
双葉
「そうそう、これぞ【双葉】って感じでしょ?」
黒木
「はい、これぞ【双葉】さんです」
少しずつ緊張が解けてきた二人の元に、先程の店員がトレイに二人分のコーヒーを乗せて現れる。二人の前に置くと、静かに頭を下げ何も言わずにカウンターへと戻っていき、食器の整理をしだす。
仄かに香るコーヒーの香りがより気持ちを落ち着かせる。
黒木
「でも、どうしてわざわざ御礼なんか?こうしてお話出来るのは確かに嬉しいですけど…ただ道案内しただけですよ?」
双葉
「あの時にも言ったけど、色々な人に声をかけても、誰も相手にしてくれなくてさ…皆聞こえないフリとか先を急いでるだって。…皆冷たいよねー??トップモデルが助けを求めてるのにさ。変装していても気付いて欲しいよ」
黒木
「ハハ…」
双葉
「それで、黒木さんは嫌な顔せずに最後まで助けてくれたでしょ?あれ、凄く助かったしとっても嬉しかった。だから御礼しないと私の気が収まらないの」
黒木
「別にそんな大した事をした訳じゃ…」
双葉
「…それと、貴方が言ってくれた言葉が気になったから、また会って話を聞きたかったの」
黒木
「…?」
双葉はカップに口を付け一口飲むと、一息ついて話を続ける。
双葉
「【特別な人】黒木さんは私の事をそう言ってくれたよね?あの時教えてくれなかったから、今日こそは聞こうと思って!」
黒木
「そんなことでわざわざ俺と会って…」
双葉
「そんなこと?」
黒木の言葉にずっと笑顔だった双葉は真顔になる。何かまずい事を言ったのか、彼は分からず言葉が詰まる。
双葉
「黒木さんにとって【特別な人】の理由は軽いものじゃないよね?自分の大切な思いを【そんな事】だなんて言っちゃダメだよ。私は黒木さんの思いを聞きたいからまた会いたいって思ったんだし」
黒木
「で、でも俺の理由なんて本当にしょうもないというか…双葉さんがわざわざ聞くようなものじゃないですよ…」
あまり乗り気ではない彼に、双葉は彼を安心させるように優しく微笑む。
双葉
「どんな理由でも構わないよ。聞かせてほしいな?今は【友達】としてさ、ね?話してみてよっ」
彼女の優しさに触れて黒木は思わず息を呑む。
この人は【パーフェクトモデル】というとても高い場所にいる存在に見ていたが、今の彼女は一人の【友達】として真面目に話を聞いてくれている。彼女が言った【友達】は決して冗談ではないのだろう。
それに応えねばと黒木は、カップに口を付けコーヒーを少し飲んだ後ソーサーにゆっくりと置いて、カップへ視線を向けたまま話し出す。
黒木
「…俺、昔から何にも興味を持てない人間だったんです。趣味なんて呼べるものもありません。別に、誰かと遊ぶのが嫌とかじゃないし何かをやれば楽しいとも思います」
黒木
「…でも、それが続く訳でもないしもっと知りたい、楽しみたいって思うわけでもなくて、いつもそこで終わり…他の人【つまらない】なんて言われた事もありました。…俺自身はそんな生き方に不満はなかったんです。このままでいいって思ってました」
黒木の視線は徐々に双葉の方へ向く。彼女は続けてと言わんばかりに、青い瞳で黒木を見つめて優しく微笑み続けて相槌を打っている。その表情に安心をしたのか、顔を上げて黒木は話を続ける。
黒木
「でも…双葉さんがランウェイを歩く綺麗な姿を見て、初めて興味を持つという事を理解したんです。興味を持つ事が、こんなに毎日を楽しくさせてくれるんだなって」
黒木
「テレビで活躍する場面やオシャレな服を着こなして雑誌の表紙を飾っていたりとか…色々な姿を見せてくれる双葉さんをもっと知りたいって…双葉さんは興味を持つキッカケを教えてくれた。貴方は俺の日常を変えた【特別な人】なんです」
話し終えた彼の表情は嘘偽りのないもので、彼の熱意は双葉に伝わった。彼女は目を閉じてうんうんと頷く。
双葉
「ふふ、本当に面白い人だね黒木さんは。まるで…今のは告白みたいだったよ?」
黒木
「え?…あっ!いや…そういうつもりじゃ…」
直ぐに謝ろうと焦る真面目な彼の態度に、双葉はまたまた可笑しく笑う。
双葉
「あはは、冗談冗談。黒木さんの思い、聞かせてくれてありがとう。やっぱり聞いておいて良かったよ」
黒木
「いえ…俺も貴方に聞いてくれるなんて思ってなかったんで…本当に嬉しいです」
双葉
「はぁー、嬉しいなぁ、私を見てそう感じてくれる人がいるんだってことがわかるのって」
双葉も満足げに左右に体が揺れている。彼女の一つ一つの行動も目に焼き付けるかのように黒木はじっと見ている。
双葉
「それで、興味を持つ事が楽しいって分かったから、他に楽しい事も気付けたってこと?」
黒木
「えっ?」
双葉
「えっ?」
黒木の反応に揺れていた双葉も止まり間が入る。
双葉
「…えっ?ほら、興味を持ってくれたんだよね?これを機に他のモデルさんとか見てみよーとかは…ないの?」
黒木
「いえ、そういったのは特にないですね。俺はただ、色々な活躍を見せてくれる双葉さんを見れたら良いと思ってるので…」
双葉
「興味を持つ事が楽しくなるってわかったのなら、もっとこう…色々な事をしてみようってならないの?ファッションを趣味にするとかさ」
黒木
「俺が興味を持っているのは双葉さんだけですから」
キッパリと言う彼に、双葉は思わず呆然と口を開いたまま固まる。溜息をついて一旦コーヒーを飲むと、指を差して彼に指摘した。
双葉
「ダメだよ黒木さん。私に夢中になってくれるのは凄く嬉しいけど、せっかく気付けたのならもっと色々と挑戦してみないと」
黒木
「そうなんですかね…?でも今まで色々やってみて続かなかった訳ですし…」
双葉
「それならまだ試してない事に手を出してみる事だよ。まだまだあるでしょ?そういうのはさっ」
彼女のアドバイスに黒木はあまり乗り気ではなさそうなのが露骨に顔へ出ている。
黒木
「いや…なんていうか俺は双葉さんを応援するだけで良いなって…それで満足なわけで…」
何処までも乗り気ではない彼の態度に見兼ねた彼女は、少し考えて、一つの提案をした。
双葉
「うーん…それなら私と見つけてみる?新しい事」
黒木
「…?」
そう言って彼女は机の上に手を乗せている彼の両手を握った。
黒木
「…!?ちょっ…」
双葉
「せっかく気付けたんだし、私ともっと見える世界を広げよう!ここで満足するのはまだ早いと思うよ?」
黒木
「双葉さんと?…いやいやいや、何言ってるんですか?…というか、何で俺の為にそこまでしてくれるんですか?」
双葉
「私が【特別な人】だって言ってくれたから。そんな事言われたらさ、このままさようならだなんて言えないよ」
彼女の対応に戸惑い、それでもまだ乗り気にはなれない。友達と言ってくれても、やはり偉大な相手への申し訳なさが黒木にはあるのだ。
黒木
「でも双葉さんには何も良い事なんて…」
双葉
「じゃ、こうしよう。さっきはお話をするのが御礼だって言ったけど、黒木さんの見える世界を広げるのを手助けするのが御礼って事でさ!これなら一緒に付き合ってくれるよね?」
黒木
「!…双葉さん…」
優しく握る手と彼女の表情から黒木は理解した。
この子は本当に善意のために動く良い子なんだと。自分が何故、双葉を見て心が揺らいだのか?それは舞台を歩く美しい姿だけではなく、相手が誰であろうと手を差し出し、太陽のように輝く救世主のような存在。彼女の姿は間違いなく【光】そのものに見えたからだ。
黒木は手を握ったままで、その優しい微笑みでいてくれる双葉の青い目を見つめ返し、ゆっくりと頷き手を握り返した。
黒木
「双葉さんがそう言ってくれるのなら…もう少しだけよろしくお願いします」
双葉
「うん、よろしくね黒木さん♫」
…………
…店から出るとあっという間に時間が経っていたようで、さっきまで人の行き来が多かった街も静まり返っている。
その後は次に行く場所などの計画話を軽くしただけで、そんなに会話してなかったようでありながらも、夢のような時間であった黒木にとってはとても充実した夜であった。
再び変装をし直した双葉も、手を後ろに組み満足げに笑顔で話す。
双葉
「黒木さん、私と話せて楽しかった?」
黒木
「勿論です。憧れてた人とこうして話せるなんて思ってもいませんでしたから…」
すっかり緊張が解けた彼の安堵の笑みを見ると、双葉も嬉しそうにしている。
双葉
「あはは、私も楽しかったよ。…でも、これからだからね?」
黒木
「?」
双葉
「黒木さんの毎日がもっと楽しくなれるよう私も頑張るから。だから一緒に新しい趣味を見つけていこうね?次会う時も楽しみにしてて!」
黒木
「…ははっ、ありがとうございます双葉さん」
双葉
「じゃ、これからも応援よろしく。またね、黒木さん!」
黒木
「はい、さようなら。またお願いします」
まだまだ元気で余裕な彼女は、黒木に手を振りながら走って帰って行った。彼は小さく手を振り返しながら彼女の姿が見えなくなる最後まで見送る。見えなくなったのを確認すると、緊張から解放され一息ついた。
黒木
(双葉さんの事がもっと知れる良い機会だ。俺もしっかり双葉さんの応援に応えないと…)
黒木は今日の出来事を大事に思いつつ、静かな夜の街を一人帰っていくのだった…
………
…双葉が住む都内のマンション。玄関が開くと彼女は帰ってきたようで、スマホを耳に当て誰かと通話をしている。
双葉
「うん、うん、…あはは、大丈夫!もー、細田さん心配しすぎだよ!」
相変わらず一人でも元気な返事をしながら廊下を進み照明を付けていく。リビングに着くと、そのままソファに靠れて座る。
双葉
「…明日?あっ、そうだったね。ううん、忘れてないよ?でも、ちょっとスケジュールは確認したいかなー…あっ!でもその前にシャワー浴びてきていいかな?すぐ戻って来るから!うん、うん!一旦切るね〜」
通話を切ると、スマホをテーブルに置いて立ち上がる。機嫌良さげに鼻歌混じりで浴室へ向かいながら、上着を脱いでいく。
洗面台の鏡に映る彼女の背中には、痛々しい火傷の跡が広がっていた。