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【完結】Re:LIGHT  作者: アレテマス
第一幕
25/150

15話【終わりゆく繋がり】


 Sunnaとの交渉により秀樹は人々の前から姿を消した。消える直前にて芸能雑誌のインタビューに秀樹は


『急なのですが次の海外出張が決まりましたので、また日本を離れることになりました。皆様のご協力のもとで、日本を離れる前に娘と再会できたのは本当に嬉しく思っております。短い間でしたが、ありがとうございました』


と、コメントを残し彼は最後まで人々へ【良い父親】として演じきった。彼の対応にSunnaとの交渉が世間に知られる事もなく、双葉との関係も自然と断ち切り問題は解決していくのであった。


 …世間から秀樹が姿を消した次の日。細田は朝からKENGOに【今後について話がある】と連絡が入り、双葉を撮影スタジオへ送り届けた後、Sunna事務所へ直ぐに戻り社長室へとやってくる。


細田

「失礼します」


彼女はノックをして扉を開ける。KENGOはいつもに増して真剣な表情で、手を組んで椅子に座りつつ細田を迎えた。


KENGO

「待っていたよ細田さん。そこに座ってくれるかな」


用意された椅子に手を向け、細田は頭を下げて姿勢良く座る。彼女も重大な話を受け入れるのに、表情は固く真顔だ。


KENGO

「どう?双葉ちゃんの様子は?」


細田

「…はい。やはりあの男と出会った事が彼女のストレスへ負荷がかかってるみたいで…今日の車内ではまともに喋れず、ずっと寝ていました」


KENGO

「そっか…時間が解決してくれたらいいんだけどね」


双葉の事を気にしているようだが、それが本題ではない事は長年彼の下に就いている細田にはわかっていた。時間を惜しむ彼女からKENGOへ問いかける。


細田

「それで…本題は何でしょうか?」


KENGOは頷きながらも、彼女へ遠慮するように渋々と話し出す。


KENGO

「うん。…このタイミングで話す事じゃないのはわかっているんだけど…落ち着いて聞いて欲しいんだ」


中々言い出さないKENGOに、細田は表情を一切変えず真顔を通し続ける。


細田

「私はいつでも準備出来ています。早く話していただけませんか?」


KENGO

「たはは、怖いよ細田さん。…二日前、双葉ちゃん宛てに【ML】から独占契約の話が持ちかけられたんだ」


細田

「…!MLから…ですか?」


Marie(マリー) Leblanc(ルブラン)】通称【ML】


 フランスに本社を置く世界中から絶賛されるハイエンドブランド。日本でも人気が高く、一部の人間にしか手が届かない憧れでもある。MLが契約するモデルは一流と見做され、世界中から認められた存在として大きなステータスとして評価される。


 また、独占契約の本来の意味とは異なり、ここでは他社と契約せず、一社がタレントを独占して契約する事を意味する。


KENGO

「契約期間は5年。その間は海外活動がメインにとなり、契約金は5500万ドルだってさ」


細田

「5500万ドル…」


KENGO

「凄いよね。世界レベルのブランドから目をつけられてこの契約金。双葉ちゃんの人気はいよいよ日本じゃ収まらなくなってきたみたいだ。正直俺も驚いているよ」


細田

「一体何故そんな事に…」


KENGO

「そうだね…元々双葉ちゃんは海外から【突如現れた日本の凄いモデル】だって注目浴びてたんだ。だけど今回WeTubeで公開された感動の親子の再会…あれは世界中にもバズっちゃったみたい」


KENGO

「彼女の影響力にMLは確信を持ったんだろうね、何処かと契約をする前に、独占しようと思って今回の話を持ってきたんじゃないかな」


彼女の驚異的な影響力に喜ぶべきなのだろう。しかしKENGOは浮かない顔をしている。


KENGO

「それで…ここからが本題なんだよ。今回の契約においてMLからも条件が用意されていてね。それは、契約後は【MLが用意する専属の担当チームに切り替える】だってさ」


細田

「…つまり」


KENGO

「うん。細田さんが考えている通りだけど、この契約を結ぶという事は、君も聡君も双葉ちゃんの担当を降りなければならない」


KENGO

「勿論あの子が人々から隠している【秘密】を守る為にも、此方から双葉ちゃんの契約条件を交渉するつもりではあるけど…専属チームの件は相手が言い出したぐらいだ。恐らくだけど…下がる気はないだろうね」


細田

「そう…ですか…」


細田は俯き強張っていた顔も今は浮かない表情をしている。KENGOはフォローをするように、声のトーンを上げて続けて話す。


KENGO

「プラス思考に考えれば、Sunna事務所モデル初の海外進出だよ。しかも相手はあのMLだ。海外でも上手く活躍出来れば、MIHOでさえ達成出来なかったランウェイを歩く事も双葉ちゃんなら出来る」


細田

「【パリス・コレクション】」


KENGO

「あぁ。日本モデルのたった数人しか歩いた事のない夢の舞台。双葉ちゃんはその可能性を十分に持ち合わせている。本物の努力の天才だからね」


KENGO

「それに今回の報酬金と海外移動は、双葉ちゃんの為にも良いと思ってるんだ」


細田

「…桜井秀樹の事ですね?」


KENGO

「そう。あの男は約束を守ったが、またあの子の前に現れてもおかしくない。…5500万ドルの報酬金があれば海外で十分暮らしていけるだろうし、外国なら追うのも難しい。そう考えれば安心して見送る事も出来るんだけど…」


KENGO

「君は双葉ちゃんをどうしたい?細田さん」


細田は彼の問い掛けに狡いと感じる。これまで会社優先に仕事をこなしてきた彼女がどう返すかは聞かなくても想像できるからだ。


 彼女は顔を上げ顔を強張らせてハッキリと答える。


細田

「大手ブランドからの独占契約なんて、二度はない話です。双葉がこの契約を承認すればSunnaも大きく評価され、今後のSunnaに出てくるモデルは注目されやすく、会社貢献にも繋がるでしょう。この契約を辞退する理由が見つかりません」


細田の返しはやはり予想通りだったようで、KENGOの口元はニヤリと笑う。


KENGO

「…やはり君は昔から変わらないな、細田さん」


細田

「それが私なのを知っているでしょう?KENGO社長」


KENGO

「ハハっ、そうだね。…じゃあ、次は君達【親子】として聞かせて欲しい。…本心は双葉ちゃんと別れたくないんじゃないかな?」


細田

「……」


彼の問い掛けに一瞬、間があったが細田は咄嗟に返す。


細田

「お言葉ですが社長。あの子と私は【親子】ではなく、ビジネスの関係に過ぎません」


彼女の冷たい返事にKENGOも首を横に振る。


KENGO

「違うよ細田さん。あいつの言ってた事なんて気にしちゃあダ…」


細田

「それに私はもう退職する予定でしたし、担当を変えるのに丁度良いタイミングだと思います。この契約話を機にあの子には退職の事を話します。その方があの子もすんなりと引き受けてくれるはずです」


KENGO

「待って待って。一旦落ち着こう。…今の双葉ちゃんを支えているのは細田さんや聡君なんだよ?あんな事があった今の状況で、直ぐに伝えるべきじゃないと俺は思う」


KENGO

「幸いにもこの契約には三ヶ月の期間がある。それまでの間に答えれば問題ないんだ。急かすつもりもないし、直ぐに取り掛からなくとも…」


細田

「社長」


彼女の強い口調がKENGOの口を黙らせる。


細田

「モデルの品質は一日経つごとに落ちていきます。落ちていく品質に大手ブランドも、突然契約の話を破棄する可能性だってゼロとは言い切れません」


細田

「この絶好のチャンスは、会社や双葉の事を考えれば絶対に引き受けるべきです。私の意見は以上です」


彼女は淡々と話す。本心ではなく会社の事を考えただけの意見に、KENGOはむず痒そうに頭を掻いて溜息を吐いて、腕を組み真剣な眼差しで細田を見つめ直した。


KENGO

「細田さんが会社に大きく貢献してくれてるのは本当に感謝しているよ。でも、今は社長としてじゃなくて友達として聴いて欲しい」


KENGO

「君と双葉ちゃんの5年間に、俺の独断で契約を決めていい物じゃないって思っている。それは君も同じだよ。細田さんの意見だけを通さず、あの子としっかり話をして悔いがないよう決めて欲しいんだ」


細田

「社長…」


KENGO

「そりゃあ勿論あのMLからの契約なんて凄い話だけどさ、君達二人の関係は俺から見れば【家族】そのものだ。あんな男の言葉なんて気にしちゃダメ」


KENGO

「俺は社員一人一人の意思を大切にしたい。それがSunnaのモットーだからね。今は会社の将来を気にせず、君達の答えを決めておいで」


細田

「…わかりました。お気遣いありがとうございます」


細田は立ち上がり頭を下げると、早足で社長室から出て行った。


 一人になったKENGOは溜息を吐き椅子に靠れて顔を上げ目を閉じる。暫くして落ち着くと目をゆっくりと開き姿勢を正して、パソコンの隣に置いてあるフォトフレームに目を向ける。


 それはSunna設立時の集合写真で、若かりし頃のKENGOと細田も映っていた。写真を見ながらKENGOは昔を懐かしむように思い出す。


…………

……




…17年前





KENGO

『そうか、君も退職するんだね。細田さん』


細田

『はい』


KENGO

『君には色々と助けられたね。有能な人材が居なくなるのはとても残念だけど…結婚が理由なら仕方がないよね。本当におめでとう』


細田

『ありがとうございますKENGO社長。…子供が産まれたら、ここへ連れてきますね。社長には見せたいので』


KENGO

『ははは!嬉しい事言ってくれるじゃん!…君の席は空けておくよ。もしも、必要になったらいつでも戻っておいで。君なら大歓迎さ』


細田

『はい。…7年間、本当にお世話になりました。KENGO社長』




…12年前




KENGO

『…そうか…まさか君が【不妊症】だったなんてね』


細田

『治療など様々な事を試したのですが結果は…』


KENGO

『言わなくてもいいよ。辛いのは君自身だし…残念だね』


細田

『…夫とは去年離婚をしました。私もあの人も子供が欲しくて結婚したようなものでしたので…』


KENGO

『…細田さん。僕は全然構わないんだけどさ、本当にいいの?マネージャーを専念してもらうのは有り難いけど、君にはまだまだ先があると思うよ?』


細田

『いいえ、もう決めた事です。これからは仕事一筋で一人でも多くSunnaからモデルを輝かせ広めていきたいと思います。私よりも未来がある子供達の為に…KENGO社長、ですのでもう一度私を雇って頂けますか?』


KENGO

『言っただろう?君の席は空けてるって。俺は大歓迎だよ、直ぐに手続きを済ませるよ。…でも、本当に残念だね』


細田

『いえ、どうにもならなかったのですから…私の事は気にしないでください』



…5年前



KENGO

『細田さん…君が多くのトップモデルをウチから出してきた功績があるのは分かるんだけど…今回は流石に条件が厳しいよ』


細田

『……』


KENGO

『なんていうか…新人モデルとしては契約条件が多すぎる。【着る服への制限】に【質問内容の制限】【メイクリストの制限】…これじゃあ、どこの企業も彼女をオファーしないというかさ。モデルの道を進むにはかなりキツイと思うよ?』


細田

『分かっています。私が務めてきたのはモデルだけなので、それを踏まえて彼女の【専属マネージャー】としてサポートをしようと考えております。どうか、契約して頂けませんか?』


KENGO

『一体どうしたんだい細田さん、君らしくないよ?…確かにこの子は【MIKA】を思い出す美麗を持ち合わせているけど……この背中は、モデルとしては余りにも致命的すぎる』


細田

『その為の契約条件です。…社長、この子は間違いなく将来人々が注目するトップモデルとしての天性の才能を秘めています。多くの女性を見てきた私が保証します。その才能を引き出すのに私も全力を尽くすつもりです』


KENGO

『君の目は確かなのはわかっている。…本気なんだね、細田さん』


細田

『私はいつでも本気ですよ、社長』


KENGO

『…最後に聞かせてくれないか?どうしてここまでこの子に拘るのかを』


細田

『【MIKA】の最後の我儘を叶える為です』


KENGO

『……そうか。うん、わかった。細田さんには沢山借りがあるからね。君を信じてこの契約条件で雇うよ』


細田

『…社長!!ありがとうございます!!』


KENGO

『あー!頭下げないで!君を信じてるって言ってるじゃん!…とはいえ、書類だけじゃ分からないこともあるし…君、とりあえず自己紹介してくれるかな?』


双葉

『……桜井…双葉です…』


……

…………


KENGO

「…やっぱり、君にとって双葉ちゃんは娘じゃないか」


彼はそう呟きパソコンの方へと視線を戻して仕事を再開した。


………



PM19:59 Sunna プライベートルーム



 仕事を終えた双葉を迎えに行き、彼女をマンションに送らず細田は【話がある】と伝え、Sunnaへと戻ってきた。プライベートルームは内側から鍵を掛けて誰も入ってこないようにする。本来ならば、聡も呼ぶべきなのだろうが、細田にはそんな事を考えている余裕など無かったのだ。


 双葉はこれから伝えられる事も知らずにプライベートルームに置かれているポッドに水を入れ、二人分のコーヒーを用意していく。細田は先に椅子へと座りじっとしている。お湯が沸くまでの間、双葉は立ちながらつぶグラを見ていた。


双葉

「伝えるのが遅くなっちゃったけど、無茶を聞いてくれてありがとうね細田さん。みんなのおかげであいつを切り離せて良かったよ。最低な奴だったでしょ?」


細田

「えぇ。……」


双葉

「…どうしたの細田さん?今日は何だか元気がないみたいだね。…あっ、もしかしてまた徹夜してる?ダメだよー?体に悪いんだから」


細田

「そういう貴方も無理してるわね。無理に元気なフリをしてるでしょ?」


双葉

「あはは…流石は細田さんだね。細田さんの前だと上手く誤魔化せれないや」


細田

「何年一緒だと思ってるのよ」


お湯が沸くと二つのカップに注ぎ、机まで運び一つ差し出して彼女も座る。


双葉

「それで、話って何?」


細田は固い表情のまま双葉を見つめて話す。この時の彼女は、一切冗談を言わない真剣な内容を話すのを双葉は知っている。いつもは微笑みながら聞く彼女も、今は疲労も合わさり大人しかった。


細田

「貴方宛にMLから独占契約の話が届いたわ」


双葉

「えっ、MLから?凄いじゃん」


細田

「ええ、本当に凄いわ。日本人モデルでMLの独占契約なんて過去に無い例だもの」


双葉

「そっかそっか。MLも私の良さに遂に気付いちゃったんだねーうんうん」


細田

「契約をすれば、貴方は日本を離れて海外で活動する事になるわ。…上手く行けば憧れの【パリス・コレクション】にも選ばれるかもしれない。もしそうなれば【パーフェクトモデル】は、海外にも通用する世界レベルの称号になるでしょうね」


双葉

「ふーん…いいんじゃない?確かMLって本社フランスだったよね?いいねーフランス。今のうちに美味しいお店とか調べておかないと。細田さんは見に行きたい場所とかある?」


彼女は陽気にスマホを取り出して検索をし出す。いつもならこの軽いノリに呆れながらも合わせてくれる細田だが、今は違う。


細田

「…そこに私はいないわ、双葉」


双葉

「…え?」


その言葉に検索している指を止めて、細田の方へ振り向く。細田は顔色を変えず続けて話す。


細田

「MLの契約条件として、彼等が用意する専属チームに担当を変更する必要がある。貴方がこの契約を飲めば、MLと契約後に私と聡さんも貴方から離れる事になるわ」


双葉

「…そっか。…それなら今回の話も辞退だね。ざーんねん!」


細田

「…は?」


キッパリと笑顔で即答した彼女の態度に、細田の眉はピクリと動いた。双葉は机に肘をつき手に顔を乗せる。


双葉

「だってさ?私には細田さんと聡ちゃんしかいないんだもん。MLが凄いのはわかるけど、お金よりも名誉よりもそっちの方が大事だし、その条件は無理かなー」


双葉

「…あっ!それならこっちも交渉でもしてみる?細田さんという、超凄いマネージャーを貴方達は知らずに降ろせと言うのかーなんて…」


細田

「…いつまでも子供みたいな事を言わないで、双葉」


双葉

「……」


彼女の睨み付けるような怖い表情に双葉も口を閉じた。細田は静かに、冷静を保ち、口を動かす。


細田

「…MLと契約すればSunnaへの大きな貢献にもなるし、相手は5500万ドルの契約金も支払うつもりよ。それだけの金額があれば貴方は、もう頑張らなくても一生生きていけるの。海外であの男にも怯える事なく、安心して暮らしていける」


細田

「それに…この話を断った事がもしも社内に広まれば…他のモデルからの貴方への批判は、今まで以上に集中する事になるわ。誰もが憧れているブランド相手に断るなんて、普通じゃない」


細田の意見に双葉は少しイラついた口調で反論する。空気は悪くなっていく。


双葉

「…さっきも言ったけどさ、私は名誉やお金なんてどうでもいいの。細田さんが居ない場所で働くなんて、絶対に嫌。批判されてもいいよ、どうせあいつら直接私に言ってこないし」


彼女の言い分に子供のような我儘を感じ苛立つも、状況を悪化させるのを防ぐ為に細田は、一旦気持ちを落ち着かせるのに一息ついて目を閉じ、カップを手に取ってコーヒーを口に入れる。


 飲み終えた細田は、目を開いてしっかりと双葉の青い目を見て話す。覚悟を決めた目だ。


細田

「…双葉。私は今年で退職するの」


双葉

「…え?」


予想だにしていなかった言葉に、思わず双葉でも困惑した表情を見せる。しかし、細田の目を見る限り冗談ではないのがわかる。


双葉

「ど、どうして?なんで言ってくれなかったの?」


細田

「貴方に話したら仕事に支障を来すんじゃないかって思って黙っていたの、ごめんなさい。近々落ち着いた時に話すつもりではあったのだけど…この交渉条件だもの、今話しておくべきだと思ったの」


双葉

「…いつから考えてたの?」


細田

「貴方が人々から【パーフェクトモデル】と呼ばれ始めた頃からよ。…何度も言ってるけど、貴方はデビューの頃から、自分の努力だけでここまで大きな存在になったわ。もう私のサポートがなくても生きていける」


双葉

「……」


細田

「私はもう直ぐ50歳だから、残りは好きに生きようと思ってる。…実は、本屋をやってみたかったの。都会から離れた静かな場所に建ててひっそりと…来店されたお客さんの話を聞いて、その人に合うオススメの本を紹介する…そんな店を開きたいって。少しずつだけど、計画を進めているわ」


細田

「私には私なりの未来を考えている。…だから双葉、私の事は気にせず貴方は自分の道を…」


双葉

「…成る程ね」


細田

「…?」


双葉

「それなら私もモデルを辞めるよ!それで細田さんの本屋で一緒に働く!」


細田の思いを聞いた双葉は笑顔で返す。細田は少しも笑わない。


細田

「…双葉」


双葉

「あっ、でも元【パーフェクトモデル】がいる本屋なら行列になっちゃうのかな?ひっそりとやるのなら、私も容姿を変えないとダメだよね?」


細田

「双葉、聞いて」


双葉

「髪を染めて思い切ってショートヘアにして、目もバレないようにカラコン用意しないとね。スタイルいいのは元からだから変えれないだろうけど…モデルみたいな人がいる本屋って知られたら、それはそれで地元には人気がでそうだよね?」


細田

「双葉!!」


机を強く叩いて立ち上がる。彼女の怒鳴り声は静かな部屋をビリビリと揺らす程に響き渡った。ずっと抑えていた彼女の我儘への苛立ちがとうとう爆発したのだ。


細田

「貴方にはまだまだ先がある!輝く未来が待っている!ここで終わるべきじゃない…!自立する時が来たのよ!」


双葉

「嫌だよ!!」


細田

「!」


次は双葉の怒鳴り声が部屋に響いていく。双葉と5年間一緒に居た中で、彼女がこんなにも声を荒げたのは細田であろうと初めての光景であり思わず呆気に取られる。


双葉

「私は細田さんとずっといたいの!どうしてわかってくれないの!?」


彼女も立ち上がり感情のままに声を出す。喧嘩にはなりたくない。しかし、細田の思いは叶う事はなかった。


細田

「わかってないのは貴方よ双葉!いつまでも私とは居られないのよ!貴方もいつかこの日が来る事はわかっていたでしょ?!」


双葉

「細田さんはわかってないよ!!私は細田さんと一緒に歳を取っていって!細田さんが辞める時にはモデルを引退して!最後まで隣に居ようってずっと決めてたの!!それを直前まで黙ってたなんて…!」


双葉

「…ねぇ、どうして本屋の事も相談してくれなかったの?そんなの早く言ってくれたら私、直ぐにでもモデルなんて辞めたよ?」


細田

「言えば貴方がその選択をするのをわかっていたからよ!双葉!貴方は人々の光になるのでしょ!?応援してくれるファンの為に頑張るのでしょう!?それなら、貴方はここで止まるべきじゃ…!」


双葉

「私には細田さんしかいないから!!」


彼女の裏返りそうになる程の怒号は、細田を圧倒させる。


細田

「…!」


双葉の怒鳴り声に少し冷静になり気付く。息が荒く、歯を食いしばる彼女の瞳には涙が流れている。5年間、一度も見なかった彼女の泣き顔が今目の前にあるのだ。


双葉

「そうだよ!私はもっと輝いて皆んなに憧れたり喜んでもらいたいと思ってるよ!私だって応援してくれるファンの人達を好きになりたいから!」


双葉

「でもそれは、私が愛されたいから!私を愛してほしいから!!例え本当の私じゃなくて【嘘塗れ】に演じても!それで皆んなは愛してくれてるから!!」


双葉

「けど!どれだけ皆んなの為に輝いても!好かれる為に嘘をついても!!私を嫌いだって言う人がいる!!私を愛してくれない人がいる!!」


双葉

「【パーフェクトモデル】という存在が大きくなればなるほど!その人達の声が嫌でも聞こえてくる!!嫌われるような事をしてないのにさ!?なんで私が嫌われなきゃいけないの!?そんな声を聞きたくないのに!!」


双葉

「でも!そんな中でも細田さんは、どんな私であろうと愛してくれる!ねぇ、そうでしょ!?それならファンを裏切ってでも、私は細田さんについて行きたい!!」


双葉

「私の我儘を聞いてよ細田さん!家族にすら愛されなかった私の我儘を!!このまま細田さんとお別れなんてしたら私…!本当に私じゃなくなるよ…!」


歯をギリギリと食い縛って俯き、自身のスカートをギュッと双葉は強く握る。


 彼女にも限界が来ていたのだ。世間から【パーフェクトモデル】と呼ばれる一方、それを妬み批判する声が効いてない訳がなかったのだ。完璧の存在として彼女に降り掛かるプレッシャーに、普通は耐えられるわけがないのである。


 何故彼女がこれ程に【愛】へ執着するのかを細田は知っている。そして彼女が【否定】をどれだけ恐れているのかも。先日の父親の件もあり、彼女へのストレスの負荷は非常に強く増していた。


 細田は彼女の嘆きに何も返せず俯いて視線を逸らす。双葉は涙を流しながら細田の前に来ると、彼女の両肩を掴んで揺する。


双葉

「ねぇ、お願いだよ細田さん…私も本屋で働かせてよ…足手纏いにならないように頑張るから。何でもするから…ねぇ!」


細田

「ッ…!」


細田の手は力強く震える握り拳になり、唇を噛み締め双葉の目を意地でも合わせない。今、必死に懇願する彼女と目を合わせてしまえば、自分の心が折れて一緒に退職をする選択を選んでしまうだろう。それだけは絶対にしてはいけない。彼女の自立の為にもそれは許されない。


双葉

「ねえ細田さん!何とか言ってよ!?ねぇ…お願い…お願いだから…」


双葉

「…私を一人にしないで…母さん…」


細田

「!!」


双葉は細田から手を離し、力が抜けたようにその場に蹲り俯く。涙声で放った彼女の言葉に、細田の瞳には涙が溢れ出ていた。


 だが、細田は知っている。今、目の前にいる双葉の姿も【嘘】で作られたもの。こうすれば自分を受け入れてくれると考えて取った行動であると。今、ここで彼女を突き放さなければならない。細田は秀樹に言われた言葉を思い出させる。


【何であの子とは他人なのに、こんなにも自分の子みたいなツラして怒ってるんですかねぇ!?】


【アンタが産んだわけでもないし育てたわけでもないのに、何をそこまで熱くなってんの!?】


細田

「……双葉」


弱々しく震える彼女の呼び声に双葉は顔を上げると、細田は震えた手でメガネを外し双葉へと渡す。


細田

「…私達は【親子】じゃないのよ」


その言葉に絶望した表情で、双葉は青ざめて首を横に振る。


双葉

「!やだ…そんな…!細田さんも【パーフェクトモデル】の私しか愛してくれないの…!?」


細田

「貴方はここで止まるべき人間じゃない。貴方を必要としている人は世界中にいる。貴方は、私や聡さん以外にも大切だと思ってくれてる人が居る事を自覚しなさい」


細田

「だから貴方はその人達の為に輝いてみせて。…わかってくれる?双葉」


双葉の問いを無視して放った決断は、感情を必死に抑え声が震えていた。


双葉

「…やだ。分かりたくない…」


受け取ったメガネを机に置いて、双葉は俯き立ち上がると扉の方へと歩いていく。


細田

「…!双葉!何処へ行くの?!まだ貴方が納得してないじゃない!」


彼女の止めに双葉は扉前で立ち止まり、振り返る事もなく背中を向けたまま話す。


双葉

「…さっきは怒ってごめんね、細田さん。結局、私は【パーフェクトモデル】としての私しか求められてないもんね。MLと契約するって決まったら、みんなが祝福してくれるよね?みんなが…細田さんが喜ぶのなら、私はそれでいいよ」


双葉

「話はこれで終わり。聡ちゃんには細田さんから伝えておいて。残り短いだろうけど…よろしく」


細田

「双葉!」


彼女の呼び掛けにも応じず双葉はこの場から逃げるように部屋を出て行った。細田は、追いかける事が出来ずただ立ち尽くし、机に置かれたメガネを手に取っめ見つめる。


細田

(ごめんね双葉…私はいつまでも貴方とは一緒にいられないのよ…貴方に恨まれても構わない…貴方の幸せだけを私は…)


細田はメガネを胸ポケットに戻し、彼女も部屋から出て行くのであった。



…………



PM20:32 Sunna事務所前


双葉

「……」


外は雪が降り始め、空気は肌を突き刺すように冷たい。双葉は浮かない顔をしたままコートのポケットに手を入れ外へ出てくる。


 目元は腫れて、鼻は赤く、白い息を吐きながら帽子を深く被り誰にも顔を見られないように事務所を後にする。


 すると、事務所の入口前では、警備員が黒いコートを着てフードを被った男性と何か話しているのが聞こえてくる。


警備員

「いやー、君はカッコいいし身長も高いからモデルにはなれそうだけどー…なりたいなら直接来るんじゃなくて専用受付から申請しないとねー…?」


「いや、だからモデルになりたいんじゃなくて…双葉さんに会わせてほしいんです。さっきから言ってますが俺は双葉さんの友達で…あっ、ほら。これを見てください。これで証明になりませんか?」


男性はスマホを取り出し画面を警備員に見せつけている。警備員も困った顔をしていた。


双葉

「…あれって…」


双葉はもしかしてと気付き、帰ろうとしていた足の方向を変えて男性の元へと駆け寄る。


 男性はその足音に気付いて双葉の方へと振り返る。それは懐かしき信頼出来る友人の顔だった。


双葉

「黒木…さん?」


黒木

「!双葉さん!良かった…やっと会えた…」


黒木

「お久しぶりです、双葉さん」


心を輝かせる憧れの存在への再会に、黒木は安堵した表情でホッと胸を撫で下ろすのであった。



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