14話【完璧への愛憎】
…………
双葉
『貴方は…?』
細田
『初めまして、桜井双葉さん…ですね?私はモデル事務所Sunnaでマネージャーを勤める、細田明美です』
…………
双葉
『あー…初仕事緊張したー…お腹も空いたー…』
細田
『まさかこんなに遅くまで続くなんて思わなかったわね…』
双葉
『…あっ!見て細田さん!牛丼屋があるよ!あそこで食べようよ!』
細田
『ぎゅ、牛丼!?それもこんな時間に!?貴方はもうモデルなのよ!もっと体を気にし…』
双葉
『でもこの周辺で、開いてるのあの店ぐらいしかないよ?』
細田
『う、うぐぐ…止むなしね…』
…………
細田
『もしもし双葉?どうしたの?』
双葉
『もしもし細田さん!今直ぐ助けにきて!きゃー!?』
細田
『!?ふ、双葉!』
聡
『助けに来たわよん双葉ちゃあん!!』
細田
『双葉!!大丈夫!?』
双葉
『細田さん!そ、そこの部屋に【アレ】がいるの!』
細田
『アレ!?』
双葉
『黒くてすばしっこい【アレ】だよ〜!!』
細田
『うっ…そ、それは…ちょっと…私、虫は無理なのよ…聡さんは?』
聡
『帰りましょう、明美ちゃん』
双葉
『えー!?助けてよー!』
聡
『冗談じゃあないわよっ!!アティシがファンタスティックだからって虫もいけると思ったら大間違いよ!?』
双葉
『キャー!!こっちきたー!!?』
聡
『あ"ぁ"ぁ"!!やってやろうじゃないこの野郎ォオ!!』
…………
細田
『お誕生日おめでとう、双葉。来年はいよいよ成人ね』
双葉
『えー、もうそんなに経ったんだ。私も大人になるんだ。…あまり実感ないなー』
細田
『大人になるのなんてそんなものよ。特別な事じゃないわ。これ、聡さんと一緒に選んだの。受け取って』
双葉
『おおー、ありがとう。どれどれー?……何これ、眼鏡?私、視力落ちてないけど?』
細田
『違うわよ。それは変装用眼鏡。貴方も有名モデルになってきたから、そろそろ必要だと思ったの』
双葉
『ふーん。もっと可愛いものとか欲しかったな』
細田
『中年の二人に若い子が喜ぶのを選ぶのは無理があるのよ…』
双葉
『冗談だよ細田さん。…本当は凄く嬉しいよ。ありがとう。来年はビールでよろしくー』
細田
『もう来年の事考えてるの…?』
双葉
『あはは♫…ねぇ?少し寒くない?手、繋ごうよ』
細田
『何言ってるのよ…あっ、ちょっと…』
双葉
『ほら、あったかいでしょ?…なんだか、家族みたいだね』
細田
『…そうね』
……………
………
…
ピピピ!ピピピ!
事務所の仮眠室にてタイマーが鳴る。ベッドに横になっていた細田は体を起こし、近くに置いてある双葉から貰った眼鏡を掛ける。
細田
「…懐かしい夢…」
小さく呟きベッドから降りると、ハンガーに掛けていたスーツジャケットを羽織り仮眠室から出て行った。
………
1月後半 PM13:11 Sunna事務所
秀樹と双葉が再会が決まり、番組放送まで残り4日を迎えた。細田は番組側との打ち合わせを終えて事務所に戻り、パソコンでスケジュール管理をチェックしている。本人がやると言ったからには、問題がないようにスケジュールの調整をしっかりと行いサポートをする。それが彼女がマネージャーとしての務めだと思っているからだ。
そんな彼女のスマホに電話が鳴る。ワンコール以内に繋げて耳へと直ぐに当てた。
細田
「もしもし細田です」
?
『あっ、お疲れ様です〜細田さん。今、大丈夫ですか?』
細田
「貴方は…」
………
PM13:46 Sunna事務所 休憩スペース
細田
「お待たせ、内山君」
細田は一通り仕事を終えて休憩スペースへとやってきた。そこに待っていたのは、彼女の姿を見て何度もペコペコと申し訳なさそうに頭を下げる、気弱な眼鏡を掛けた若手の新人男性マネージャー【内山 実】だった。
内山
「ごめんなさい、細田さん。双葉さんの例の番組が迫って忙しいのに呼び出しちゃって…」
細田
「気にしないで内山君。困った事があれば直ぐに相談する、ここじゃ当然のことよ?…何か飲む?」
彼女は財布を取り出し自販機の前へ立つ。
内山
「いえいえいえ!?そんな!呼び出したのは僕なんで、僕が出しますよ!?」
細田
「新人にお金を払わせるわけないでしょ。ほら、何飲むの?」
内山
「ええと…それじゃあそこの【ウルトラエナジー】でお願いします」
細田
「貴方、エナジードリンクよく飲むわね。こういうの、あまり飲み過ぎは良くないのよ?」
内山
「あ、あはは…それ【あの子】も好きなんですよ。少しでも【あの子】の事を分かるようになりたくて…」
細田
「…ジュリちゃんの事ね?」
細田はホットコーヒーとエナジードリンクを手に取り、彼に一つ渡す。内山は現在ジュリの担当マネージャーに任命されて1年が経っていた。
彼は頷き、困り眉でエナジードリンクを握ったまま話し出す。
内山
「…実は、僕が彼女を上手く企業へアプローチ出来ないのもあって、中々仕事が貰えず…いよいよあの子もアルバイトを複数掛け持ち始めちゃって…本当に申し訳なくてどうすれば良いんだと…」
細田
「ジュリちゃんも内山君も焦る事なんてないわ。モデルなんて初めから売れるわけないのは当然なんだから。双葉だってそうだった」
細田
「貴方達二人が新人同士なのも、KENGO社長は分かって待ってくれてる訳だし、そこは悩まず地道に続けるしかないわね」
ホットコーヒーを飲みながら、細田は優しい口調で彼を慰める。
内山
「そう言ってくれると安心は出来るんですけど…問題なのはジュリちゃんで…仕事が無さすぎて苛立ってるんだなって、最近口調が物凄く荒々しいんです。耳にしたんですけど、その荒々しさは、アルバイト先でも抑えられてないみたいで…」
細田
「元から刺々しいのを売りにしている子じゃなかったかしら?」
内山
「それが最近はもうスッゴイ棘が鋭いと言うか…このままじゃ、あの子が売れる以前に人間関係が問題になりそうで…」
細田
「…そういえば確かに、最近のジュリちゃんは誰にでも喧嘩腰になって、周りの人が避け出してるって誰かに言ってたわね」
内山は結局飲まずにエナジードリンクを机に置いて、細田へ頭を深々と下げる。
内山
「細田さん!そこで無理を承知でお願いするのですが、ジュリちゃんの為に双葉さんからアドバイスを貰える事は出来ませんか?!」
細田
「双葉に?どうして?」
内山
「双葉さんは【パーフェクトモデル】じゃないですか。そう呼ばれる一つに誰もを虜にする愛嬌も持ってるわけで…人間付き合いが最悪なあの子に、是非ともその秘訣を教えてあげて欲しいんです!」
細田
「悪いけど…放送までもう残り少ないの。あの子も集中したいだろうし、そんな余裕はないわ。それに放送後も仕事が埋まってて…当分は無理そうね」
内山
「…で、ですよね。このタイミングでお願いする僕も何も考えてないですよね…ハハハ…」
聡
「ウフフ、話は聞かせてもらったわぁん♡」
二人の元に腰に手を当て、クネクネと華麗に歩く聡がやってきた。
内山
「や、矢澤さ」
聡
「聡ちゃんとお呼びって何度言わせんの実ちゃあん!!?」
内山
「う、うわぁ!?ごめんなさい!!」
突然早口でキレ出す彼にビビり散らかす。細田は呆れた目で聡を見つめる。
細田
「怖がってるからやめて、聡さん。…それで?良い案があるとでも言いたいの?」
聡
「オホン…御名答ね、明美ちゃん。双葉ちゃんにはこのまま番組に控えて集中するのも良いけどぉ、アティシ的には合間にリフレッシュも入れておいた方がいいと思うのよね〜ん?」
細田
「それは…つまり…」
聡
「ええ、残りは言わなくてもわかるでしょ?実ちゃん、後はアティシにまっかせなさい。ファンタスティック⭐︎パーリータイムの幕開けよ…!!」
内山
「は、はぁ…」
…………
PM12:59 Sunna事務所 駐車場
次の日の昼間。事務所の駐車場にてパーカーのフードを被り、スマホを触って待っているジュリがいた。彼女は相変わらず双葉へのアンチコメントを眺めていた。
春香
「ジュリちゃーん♫」
明るいフェミニンファッションで、手を振りながら春香はジュリに駆け寄ってくる。元気いっぱいな姿をジュリは睨むように見返してスマホをポケットに戻した。
春香
「ごめんごめん!待った?」
ジュリ
「別に」
春香
「そっか。…ねえねえ、今日は楽しみだよね?!なんたって憧れの双葉さんと遊べるんだよ!?休みが合うとかちょーラッキーだよねー!?」
ジュリ
「お互い暇ですからね…ていうか、マネージャーに言われたからここに来たわけで、別に私は楽しみじゃ…」
双葉
「お疲れ、二人とも」
春香
「!キター!」
その聴き慣れた声に嬉しそうに春香は振り返る。そこには、ストリートファッションを完璧に着こなす、双葉が自身ありげに立っていた。変装用のメガネも今日はキマッている。
春香
「キャー!双葉さんカッコいーっ!!♡」
双葉
「うん、知ってる」
春香は大興奮で、スマホを直ぐに取り出して、様々な角度で彼女へ連写し続けた。双葉もドヤ顔で撮られる度にポーズをキメ続ける。
ジュリ
(何やってんだこの人達…)
ジュリは、自分よりも年上の二人がバカやっている光景に呆れた目でただ見ていた。
…プチ撮影会も終えて、春香は幸福感に満ち溢れ写真を見返しながら双葉に腕を組んで隣にくっつく。相変わらず双葉もニコニコと彼女を撫でてる。ジュリは二人から少し離れて、片手をポケットに入れてスマホを触っていた。
双葉
「三人で遊びに行くなんて初めてだね。聡ちゃんに誘われたんでしょ?」
春香
「はい!双葉さんと遊べると聞いて大学休んできました!!」
双葉
「えー?そこはちゃんと行ったほうが良いと思うけどなー。ジュリちゃんは?」
ジュリ
「何もないですよ。…ぶっちゃけこんなのに誘われるより、家に居たかったんですけどね」
相変わらず空気など気にしない発言をするも、双葉は気にする事なくジュリに近寄って、腰に手を回し引き寄せる。
ジュリ
「ちょ…!」
双葉
「まーせっかく呼ばれたわけだし?楽しもうよ?
ジュリ
「…チッ」
ニコニコとしている双葉に、ジュリは目を逸らし小さく舌打ちを鳴らす。二人の間の温度差がとても激しいが、春香は仲良く出来ていると思い込み、気にする事はなかった。
すると、駐車場に一台の車が入り込んでくると、彼女達の前に止まる。グリル部分の馬のエンブレムが煌めいた赤が良く似合う外車のオープンカー。聡が愛車と共に現れたのだ。
聡
「待たせたわね、子猫ちゃん達ィ?」
金フレームのパイロットサングラスをカッコよく外して、ドキツイウインクを魅せる。春香は目を輝かし、燥ぎながら車と聡を撮影している。ジュリはというと、立ち尽くして聡にドン引きしている。この二人の温度差も激しい。
双葉
「ちょっとー、女の子を待たせるなんてファンタスティックじゃなくない?聡ちゃん」
聡
「え〜?時間ピッタだと思うんだけど双葉ちゃん」
双葉は特に驚く事なく慣れているようで、助手席に早速乗り込む。聡は二人へ手招く。
聡
「さっ、お二人も早く乗っちゃって?あっ、先に言っておくわ。この車、後部座席ありえんぐらい狭いけど許してね♡」
春香
「はい!お邪魔します!…うわー、すごーい!オープンカーとか乗るの初めてですー!」
ジュリ
「…失礼します」
燥ぐ春香とまだ乗り気じゃないジュリも後部座席へと乗り込んだ。
双葉
「じゃ、運転よろしく聡ちゃん」
聡
「任せなさい。ファンタスティックに代わって…って、ちょーっと待ちなさいアンタ達!!」
ジュリ
(うるさ…)
聡
「アティシの【ファンタスティック号】に乗るからには、このサングラスを掛ける義務があるわ!!さぁ、急いで!!」
聡は人数分のサングラスを渡す。それはハート型や星型、モザイク型といった所謂【パリピ】御用達のものである。聡なりの盛り上げ方なのだろう。春香は爆笑し、双葉もノリノリで星型を直ぐに手に取り掛ける。
双葉
「ウェーイ。どう?春香ちゃん?」
春香
「アッハッハッハッ!いいですね、双葉さん!!ジュリちゃんはどっち掛ける?」
ジュリ
「私は別に…」
双葉
「ほらほらジュリちゃんも。ウェーイ♫」
ジュリ
「ちょ…また…!」
掛けたくなかったが、双葉に無理矢理モザイク型を掛けられる。春香もノリノリでハート型を掛ける。
聡
「貴方達…中々のファンタスティックね。悪くないわ。それじゃあ今度こそ…発!進ッ!!ファンタスティックツアーへ一行ごあんなーいっ!!」
双葉&春香
「「イェーイ!」」
ジュリ
「ハァ…」
聡の掛け声と共に車を走らせ道路へ出る。彼の隙の無い【安全運転】は、最近出来たばかりの都内にある巨大アミューズメント施設【大江戸タワー】へと連れて行った。
施設に着いて中へ入ると、昼間だというのに色鮮やかなネオンで光り輝く、夜の街を思わせる景色が広がっていた。聡はカウンターで金色に光るゴージャスなカードを見せると、専用のエレベーターへと案内を受けて乗り込む。
エレベーターが到着するとVIP階層で誰もいない貸切空間のようだ。これには双葉と春香はテンション上がり燥ぎ回っている。ジュリはまだ乗り気じゃない。
壁一面に広がるネオンアートの前に立ちポーズを決め撮影会をしたり、ゴージャスな装飾のバーでは、映えるであろうオシャレなノンアルコールカクテルを堪能したり、最新技術によるVRを利用した仮想のファッションショーを体験したり…大江戸タワーでの体験はどれも新鮮で楽しく、あっという間に時間は過ぎていった。
…一行は落ち着きのないネオンエリアから離れて、落ち着いたモダンエリアへと移り休憩する事に。巨大な吹き抜けの窓は、夕陽に包まれるビル群を見下ろせる圧倒的な眺望である。
窓際の高級コーナーソファへと、双葉の隣にはくっつくように春香、対面にはジュリ、隣には聡と四人が座り、テーブルには人数分のケーキも置かれている。
春香
「ハァ〜、すっごい楽しいです!こんなに遊んだの初めてかも!」
双葉
「もー、聡ちゃんこんな楽しい場所知ってるなら早く教えてよー」
聡
「フッ…貴方達モデルがよりファンタスティックになる為に、時にはバイオレンスなリフレッシュも必要なのよ…正に今日が、その日だったわけ……あら?ちょっとしつれーい♡」
聡のスマホに着信が鳴り、耳に当てながら席を外す。少しすると、手を合わせながら早足で戻ってきた。
聡
「ごめーん!ケンちゃんから呼び出し喰らっちゃったから一旦事務所に戻るわ!迎えに戻ってくるまでお好きに楽しんじゃって!」
春香
「えっ、大丈夫ですか?それなら私も戻りますよ!」
聡
「問題ナッシング!どうせなら若い子同士のガールズトークでもやっちゃいなさい!アティシはファンタスティックにここから去るから。渋滞に飲まれたらゴメンネ⭐︎アデュー♫」
そう言うと聡は手を振りながら早足で三人の元から消えていった。
聡がいなくなった後も、双葉と春香はテーブルのケーキを食べながら楽しそうに会話を続ける。ジュリはケーキに手を出す事なくずっとスマホを見続け此方に一切興味を示さない。
彼女の様子に春香は気付いて気遣うように話を振った。
春香
「それにしてもこうして三人が集まるのは本当に久しぶりですよね?前に集まったのは確か…」
双葉
「Sunnaモデルの特集ページでの撮影。ジュリちゃんがデビューして二ヶ月目に、私と春香ちゃんも呼ばれたあの日以来だよ」
ジュリ
「…覚えているんですね」
双葉
「そりゃそうだよー。ジュリちゃん、デビューの意気込みで『【パーフェクトモデル】は尊敬しているけど、その称号を超えるモデルになります!』って言ってくれたじゃん?」
春香
「あー!言ってましたね!それで帰りに細田さんの車に乗せてもらって『【パーフェクトモデル】を超えるなら今のうちに慣れておかないとね』って双葉さんの提案で高級ディナーに連れて行かれて…私もジュリちゃんもカチコチになって…」
双葉
「あったあった♫あれから一年経って…二人とも成長してるなーって思うよ」
ジュリ
「…何処かですか」
ジュリはスマホをポケットに戻し、和かに笑う双葉を睨みつける。
ジュリ
「仕事もろくに貰えず、バイトも掛け持ちして、帰ったら安い弁当を食べる毎日。これを成長したって貴方は言うのですか?」
苛立ちを抑えられていない彼女に春香は慌てて宥める。
春香
「ちょ、ちょっとジュリちゃん。双葉さんはそう言うつもりで言ってな…」
ジュリ
「私より売れっ子は黙っててくれますか?…モデル業界に入って分かったことがあるんですよ。どれだけ【凡人】が頑張って自分をアピールしても【天才】が全てを持って行くんだって」
ジュリの声はどんどん荒げてくる。
ジュリ
「この際、ハッキリ言いますよ双葉先輩。私は貴方が憎い…凄く憎い!」
その発言に和かだった双葉も思わず笑顔は崩れた。いつも温厚な春香も、今の発言には気が触れて興奮気味に立ち上がる。
春香
「ちょっとジュリちゃん!なんでそんな事言うの!?」
しかしジュリは一歩も下がる事なく怒鳴り出す。
ジュリ
「うるさい!アンタも心の中で思ってるんでしょ!?読者はどいつもこいつも【パーフェクトモデル】を崇めて、企業も双葉先輩を選んでおけば安牌だって脳死のオファー!」
ジュリ
「私達、他のモデルがどれだけ努力をして頑張ろうがこの人には敵わない、【パーフェクトモデル】の存在がある限り、永遠に私達は【脇役】から抜け出せないって事を!!」
春香
「っ…そ、それは…」
双葉
「……」
静かな部屋にジュリの怒号は響き渡る。夕陽は沈み切り、外の景色は夜景に変わっていく。
春香は何も言い返せなかった。双葉は憧れの存在であるが、彼女が圧倒的にモデルとして強すぎるが故に自身の評価は低く扱われている事を薄々感じていたからだ。ジュリが怒る気持ちを、悔しく思うも、それは間違いではないと認めざるを得なかった。
ジュリの怒りは収まらず、息も荒くなりエスカレートしていく。
ジュリ
「ほんっとうに羨ましいですよ双葉先輩は!誰も持たない青い瞳に、高身長も持ち合わせて、最高のスタイルに恵まれてさ!」
ジュリ
「そこらのモデルと違って、ほんの少しだけ頑張れば、どんどん仕事が貰える!人生イージーモードを見せられてムカつかない方がおかしいでしょ!?」
ジュリ
「Sunnaに入社した時は他の先輩が双葉先輩の悪口を言ってる意味がわからなかった!凄い人なのにって思ってたから!」
ジュリ
「でも!私自身がモデルになったからわかる!!その笑顔も!態度も!喋り方も!全部全部ウザいんだよ!!私達を馬鹿にしてるように見えるからさぁ!!」
怒りが頂点に達し、勢いよく立ち上がって双葉に指を差す。春香はどうすればいいのかわからず、涙目で何も言えないで立ち尽くしていた。
双葉は無表情で、ただジュリを見つめ返し彼女の叫びを受け続ける。その態度が気に入らず、ジュリはより苛立ち大きく舌打ちを鳴らした。
ジュリ
「チッ…!何とか言ったらどうなんですか!?こんだけ言われて何も思わないですか!?どうせ私達が貴方に敵わないからって内心で見下して…っ!」
双葉
「私ね。自分の目、すっごく嫌いなんだ」
ジュリ
「…は?」
春香
「双葉…さん…?」
彼女から出た返しは、一瞬にして場を鎮まらせた。
企業からは青い瞳を意識したコラボオファーが沢山届き、人々からも羨ましがられるその瞳が、彼女はキッパリと【嫌い】だと言い放った。思わぬ発言にジュリは動揺を隠しきれない。
ジュリ
「え…?は…?い、いきなり何言ってんの…?」
彼女は冗談ではないと思わすように落ち着いて淡々と話す。
双葉
「この目はね、凄く嫌いな奴から受け継いだ瞳なの」
春香
「そ、それって…2日後に出会うお父様の事ですか?」
双葉
「うん、そういう事になるね」
彼女はニコッと笑う。
ジュリ
「ハァ…!?いや、だって…テレビは再会させようとしてるし…!アンタもノリノリで引き受けたんでしょ!?ふざけんのも良い加減に…っ!!」
双葉
「それはテレビの勝手じゃん?…詳しくは言えないんだけどさ、ほんっとうにあいつの事が嫌い。憎くて憎くてすっごく憎くて…アリケンチャンネルで久しぶりにアイツの顔を見た時も、怒りが抑えきれなかったんだよね。思わずスマホ壁に向かって投げちゃったよ」
双葉
「でも、テレビ側にも感謝してるよ?この企画のおかげであいつと直接接触出来る。ずっと逃げてきた奴が、私の目の前に出てくる。そうなれば…」
双葉
「あいつをこの手で直接殺せるんだって」
春香・ジュリ
「「!!」」
いつもの太陽の存在とは大きく違い、真顔で冷酷に話す彼女に二人は恐怖を感じた。それと同時に今、目の前に見えている彼女の姿こそが、内側に隠れている本当の双葉のようにも思える。
双葉
「あっ、勿論そんな事したら逮捕だから絶対にしないけどね?」
彼女は笑顔を見せるも二人の背筋は凍りついたまま、恐怖で言葉が出なかった。双葉は怯える二人を見て、食べかけのケーキへと視線を向けて話を続ける。
双葉
「それに、その姿はみんなが求めてる【パーフェクトモデル】の姿じゃないのもわかってる。みんなが見たいのは、感動の親子の再会であって悲劇なんてないんだよ」
ジュリ
「さ、さっきから何言って…」
双葉
「ジュリちゃん」
突然声をかけられジュリはビクッと体が反応する。刺々しい彼女も、優しく微笑む双葉が怖くて仕方がなかった。
ジュリ
「な、なんですか…」
双葉
「怒鳴り声上げる瞬間、一瞬声が震えてるよね?それって、怖く思わせようと強がってるフリをしてるだけでしょ?」
ジュリ
「え…?」
双葉
「目も真っ直ぐじゃなくて、少し揺らいでる。本当は私を憎んでるんじゃなくて、上手くいかないって苛ついて…でもどうしたらわからないから、吠えて怖く思わせて無理矢理キャラを演じてる…違う?」
ジュリ
「!な、なんで…っ」
双葉の言葉にゾッとしてしまう。彼女の言った事は、正にその通りなのだ。自分が仕事が無い事を理由に苛立ち、尊敬している相手に怒るべきではないのは分かっているのに声に出してしまった。彼女に吠えれば、いつも通りに優しく返してくれると内心期待していたのだ。彼女は、自分の内側の感情を見え透いていたのだ。
続いて双葉は春香の方へ振り返る。
双葉
「春香ちゃんのその表情も、尊敬している人の悪口を言われて何か言い返したいけど、本当のことだから何も言葉が思いつかなくて、自分の無力さに涙を流している。そうじゃない?」
春香
「!?…は、はい…な、何で…わかるんですか…?」
双葉
「要するに何が言いたいのかって、私がここまで上がれたのは、恵まれた容姿だって皆は言うけど、何をしたら喜んでくれるのか、どうすれば良い反応をしてくれるのかをずーっと観察してきた結果だよ」
双葉
「自分を捨てて、みんなが思う【パーフェクトモデル】に一人一人合わせて生きてきて、漸く評価して貰えて…嫌いな青い瞳も必死にアピールしてさ、馬鹿みたいでしょ?私は【嘘】に塗れた体で出来てるんだよ」
ジュリ
「…な、なにそれ…?そんな事続けてたら本当の自分じゃなくなってくじゃん…!?いいの!?それで!?」
双葉
「いいの。みんなが私を見てくれるから」
春香
「え…?」
双葉は儚げに微笑み、窓から見える夜景を見つめる。
双葉
「私はね、私を見てくれるみんなを好きでいたい。応援してくれるのは本当に嬉しいし期待に応えたい。みんなから愛されたいし、みんなを愛してたいだけ。でも、みんなは【パーフェクトモデル】だから私を見て愛してくれる。その視線の先に本当の私の姿はない」
双葉
「どれだけ嘘に塗れても、みんなが私を愛してくれるのならそれで構わない。私が怖いのは、誰にも相手にされなくなった時。私はただ、みんなを好きでいたいだけなんだけどね」
そう言って苦笑いしながら春香とジュリの方へと振り返った。
二人は何も知らなかったのだ。彼女は【パーフェクトモデル】と世間から崇められ持ち上げられているが、それが逆に彼女にとって強大な【プレッシャー】へと変わっていたのだと。
日本中に注目され続け、自分らしさを捨てて生きていく事へのストレスはとても重いものだろう。それを【みんなを好きでいたいだけ】という理由だけで隠し続けてきている彼女は、並ならぬ常人ではないのだろう。
ジュリ
「…なんですかそれ…なんでそんな理由だけでやっていけるんですか…?意味わかんない…」
双葉の真実を知り、先程までの怒りもすっかり沈着してしまう。双葉はいつも通りの笑顔を見せて優しく答える。
双葉
「本当の【愛】を知りたいから」
ジュリ
「愛…?」
双葉
「…はい、私のお話はここまで!んー、こんな事話すつもりはなかったんだけどね。こんな気持ちにさせた、ジュリちゃんのせいだからね?」
双葉はとんでもない事を話したのにも関わらずのびのびと手を組み腕を上に伸ばして背伸びをする。伸び終えると、まだ唖然としてる二人を気にせずスマホを取り出し時間をチェックしている。
双葉
「まあそういう事で2日後にテレビに映ってる私もきっと嘘の姿だよ。嫌いな奴とハグする事になったみたいだけど嫌な顔せずに出来るかなぁ?…あっ、勿論だけどみんなにはネタバレはしないでね?ここだけのお話って事でよろしく」
春香
「…なんで…」
双葉
「んー?」
ずっと言葉が出なかった春香の声に聞き耳を立てる。
春香
「…なんで、私達にその秘密を話してくれたのですか?」
ジュリ
「……」
ジュリも春香の問いに黙ったまま頷く。双葉はスマホをポケットに戻して、いつものように明るい表情で二人の方へと振り返った。
双葉
「二人は私の大切な後輩だからね。私とは別に、貴方達には自分らしく生きてほしいから」
ジュリ
「自分…らしく…?」
双葉
「私が偉そうに言える立場じゃないけどさ、きっと自分らしく生きて成功した方が自分自身楽だろうし、自分の個性をみんなが認めてくれたって、考えればそれって凄い事じゃん?」
双葉
「だから、二人には私と同じ生き方をしてほしくない。貴方達なら、自分の個性だけで十分に輝けると私は信じてる。洞察力が凄い私が言ってるから間違いない!…これは嘘じゃなくて本心だからね?」
そう言うと双葉はゆっくりと立ち上がる。
双葉
「聡ちゃんからメール来てたよ。下で待ってるみたいだから、そろそろ行こっか」
春香
「…あ、あの…!双葉さん!」
先に出口へと向かって行く彼女を春香は呼び止める。双葉は笑顔で振り返ってくれるが、きっと、この笑顔も【パーフェクトモデル】を装う偽りのものなのだと二人の足は竦む。
双葉
「どうしたのかな?春香ちゃん」
春香
「……」
しかし、立ち竦みじっとしているジュリと違い、春香は一歩一歩双葉の元へと俯きつつ歩み寄り、彼女の前に立つとゆっくりと顔を上げた。
春香の顔は化粧が崩れる程に涙を流していた。その顔には思わず双葉も目を見開き驚きの表情を見せる。
春香
「私は…!双葉さんに憧れてモデルになりたいって思って…!!双葉さんが私達に見せてる姿が例え【嘘】だろうと…!!」
春香
「双葉さんが私の人生を輝かしてくれた人だから!!私は双葉さんとずっと一緒にいて、応援もしていたいんです!!」
鼻水も垂れて号泣する彼女に双葉は何も言えず立ち尽くしていた。ワンワンと泣きながら春香は双葉を強く抱きしめる。
春香
「だからずっと友達でいてください双葉さん〜!!私は【パーフェクトモデル】じゃなくても双葉さんが大好きなんですぅ〜!!私達との付き合いも【嘘】で演じていても…うぁぁ…!!」
双葉
「もー顔を拭きなよ。…でも、ありがとう。本当に良い子だよね、春香ちゃんって」
双葉
「安心して。春香ちゃんは、私を好きでいてくれると信じてる。こうして私の事も話したんだし、嘘な訳ないじゃん?…私も好きだよ」
双葉は目を閉じて優しく抱き返す。春香は感極まって赤子のように泣き喚く。少しして目を開けると、ジュリの方を見て片手で手招きをする。
双葉
「ジュリちゃんも、おいで」
ジュリ
「え…?な、なんで…?私は先輩に酷い事を…」
双葉
「ジュリちゃんのも本心じゃないのわかってる。家族の為に、人気になろうって頑張れる良い子だもんね。ほら、おいで」
ジュリ
「…っ…意味わかんない…何でそこまで知ってるんですか…」
双葉
「んー、エスパーだから?」
ジュリは漸く体が動きだし、涙ぐみ恐る恐る双葉の方へ歩み寄る。彼女も巻き込んでしっかりと抱きしめた。
双葉
「あはは、冗談。細田さんがそう言ってたの覚えてただけ。…ジュリちゃんはまだデビューしたばかりでしょ?焦ることなんてないよ。もっと自分らしくやっていこう!…ね?」
ジュリ
「…はい。ありがとうございます」
彼女に包まれる優しさに堪えていた涙もボロボロと流すのだった。二人は優しく抱きしめてくれる彼女が、嘘の存在と知っても尚、自分達の心の中の【光】として照らす希望であるのだと改めて思うのだった。
…………
聡の迎えの車に乗り込み大江戸タワーを後にする。すっかりと日も落ち夜の街を走り抜け、目的地の駅前に到着すると春香とジュリは車から降りた。春香は振り返り頭を下げる。
春香
「今日はありがとうございました!とっても楽しかったです」
ジュリ
「…あざす」
聡
「いいのよん。またみんなで行きましょうね♫アデュー⭐︎」
双葉
「バイバーイ春香ちゃん、ジュリちゃん♫」
春香
「双葉さん!また誘ってくださいね!」
聡の車は走り去り、春香は手を振り続けた。
春香
「はー!何だかスッキリしたよねジュリちゃ…」
彼の車が見えなくなりふとジュリの方を見ると、またスマホを見ている。その画面には双葉のアンチコメントが書かれたスレッドが映っていた。
春香
「じゅ、ジュリちゃん…それって…」
ジュリ
「…コイツらは双葉先輩の事も何も知らずに好き勝手書いてる。それに便乗して悪口を書く私もそこにいた。まるであの人の事を全て分かった上での書き込みは、コイツらが共感してくれるから止められなかった」
ジュリ
「最低ですよね、私。こんな奴らの何の根拠もない出鱈目な情報だけ見て、一人で勝手にあの人にムカついちゃって」
ジュリ
「…あっ、それに春香さんの事も分かってもないのに、悪く言ってしまってすみませんでした。…貴方は本当に双葉先輩の事が好きなんですね」
春香
「も、もう気にしないで!?ジュリちゃんの気持ちも分かるからさ?何をしても双葉さんが全て持っていくのは、その通りだと思う。他のモデルの人達も、それに苦しんでると思う」
ジュリ
「それなら苦しんでるモデルこそ、あの人の影の努力を理解してないで叩く最低な奴等ですよ。…今は私の事をフォローしないでください。お疲れ様でした」
ジュリはスマホの画面を消しポケットに戻すと、頭を下げて先に帰ろうとする。春香は直ぐに追いかけて後ろから手を繋ぎ止めた。
春香
「一緒に帰ろう!ジュリちゃん!」
ジュリ
「え…でも…」
春香
「ジュリちゃんが悪く思ってるならさ、双葉さんが言ってた事を信じて応えようよ!自分らしくなってさ!」
ジュリ
「私…らしく…」
春香
「あっ、私は本当に気にしてないからね!?私も今回ので自分らしく生きよーって思えたし!ほら、仲直りとして私のこと【ハルちゃん】って呼んでもいいよ?」
ジュリ
「え、嫌です」
春香
「えー!?ひどーい!」
冷たい返事をしつつも、握ってくれた彼女の優しい手を握り返し駅へと向かった。
………
春香とジュリを下ろし二人きりになったオープンカーは首都高を飛ばす。双葉はムスっとして夜景を見つめている。
双葉
「聡ちゃーん。嵌めたでしょ?」
聡
「んー?何のことん?アティシはケンちゃんのところでファンタスティック⭐︎土下座をしていたのよん?」
双葉
「一瞬声が裏返ったね?やっぱ嘘ついてる」
聡
「ごめんなさい嘘ついてました。…まー、ジュリちゃんも、あのまま不満を溜めたままだったら、ヤバい方に行きそうだったし?パイセンのアドバイスが欲しかったていうか?」
双葉
「そのおかげで私も二人にちょっとだけ本心晒す事になっちゃったんだけどー?」
聡
「あらそう。それは計画通りよ」
双葉
「やっぱり嵌めてるじゃん」
聡
「ちょっ、痛い痛い痛い!!つねらないで!?高速!高速の上だから!!」
双葉は助手席から聡の横腹を強めに抓る。
聡
「要するに!要するにだけど!?嘘をつかなくとも、貴方には沢山の味方がいるって事を、知っててほしかったの!!」
双葉
「…あー、二人はそんな感じの反応だったね、うん。嬉しかったなぁ」
抓っていた指を離し思い出すかのように耽り、痛そうに横腹を抑えながら聡は話す。
聡
「いったぁーい…とにかく、貴方が思っている以上に、貴方のことを思ってくれているお友達がいるのよ。何かあったら、アティシや明美ちゃんでも良いけど…貴方はその人達にも、もっと甘えていいってわけ!勿論、黒木ちゃんにもね」
双葉
「…うん。そうなのかもね」
今回の聡の誘いは、2日後に行われる秀樹との再会を気にしての彼なりの行動だったのだろう。双葉に付いている人達を思い返すと、嫌な相手と出会う勇気も貰える。その中でも、黒木と細田の姿はハッキリと彼女の脳内に映った。
双葉
「…聡ちゃん」
聡
「なぁに?早速甘えちゃう?♡」
双葉
「お寿司食べに行こ。聡ちゃんの奢りで」
聡
「だからアンタの方がお金持ってるでしょうが!!」
二人を乗せた車は、夜の街を駆け抜けていくのであった。
…………
AM9:40 Sunna事務所 食堂
双葉と秀樹が感動の再会を果たした次の日。世間では二人への話題が尽きる事がなくSNSは何処でもバズり起こしていた。それとは一方に、双葉へのアンチコメントが増していく様子も、一部のコミュニティサイトでは目立ち出している。
【いくらなんでもあれは盛りすぎw自分がチヤホヤされたいからって、父親まで利用するとかやべー女だよなw】
【お父さんの目、カラコン確定。あいつ美人だから、適当にイケメンの役者に父親のフリさせて、親子を美しく映しただけっしょ】
【双葉マジで調子に乗ってて草。次は母親との感動の再会をするんや…
ジュリは批判コメントを映すスマホの画面を消して、ポケットに戻す。机に用意した朝食セットの食パンを手に取り、無表情で口に入れる。そんな彼女の横から恐る恐る内山が声を掛けてきた。
内山
「お、おはようございます、ジュリさん。今日のスケジュールなんですが…Vivante様の新作の衣装の打ち合わせを…」
久々の仕事の話に食べ掛けのパンを皿に置いて、問いかける。
ジュリ
「衣装のジャンルは?」
内山
「今回もストリート系になるかと…」
ジュリ
「…内山さん。次から仕事を貰うのはロックかパンクのどっちかだけにして」
内山
「え、ええっ?!」
ジュリ
「…なんですか?」
内山
「い、いやー…ジュリさん。かなり前にも話したかと思いますけど、ロックやパンクは、今の時代に需要性がなくて仕事として貰えるのもかなり難しいから…今のジュリさんは、とにかく一つでも多く仕事を貰って、名を覚えてもらう意味で無難なスタイルの仕事を受け続けた方が…」
彼が話し終える前にジュリは立ち上がり、体を内山の方へと正面に向ける。彼女の無愛想な表情は怖くて内山は目を逸らし汗を流す。
ジュリ
「私、決めたんで。自分らしく生きるって」
内山
「へ…?」
ジュリ
「私は私が好きな衣装で個性を輝かせる。そんなのに普通の服なんか着て、媚び売る為の着せ替え人形になるのはもうやめる。だから今の条件だけでこれこらは仕事を見つけてきて」
ジュリ
「期待を裏切らない一枚に絶対にするから。私を信じて、内山さん」
内山
「ジュリさん…」
以前の彼女と違い、決意を決めた眼差しは内山の彼女への不安を掻き消した。彼は頷くと彼女の座っていた席の隣に座り込み、ジュリも座り直して再びパンを食べ出す。
内山
「わかりました、ジュリさん。出来る限り、その路線の仕事を集めてきます。…その前に僕も食事をしていいですかね?」
ジュリ
「出来る限りじゃなくてそれだけでお願いします。…ていうか、朝飯食べてて大丈夫なんですか?Vivanteとの打ち合わせの時間、あります?」
内山
「だ、大丈夫です!ジュリさんもお腹が空いては力も出ないですし、今は食べる事に集中しましょう!」
ジュリ
「…わかった」
聡に連れられたあの一件から、少しずつ彼女の中でも変化が起きている。内山はそれに勘付き隣でパンを食べる彼女の姿に安堵するのであった。
…内山が時間スケジュールをミスして、Vivanteとの打ち合わせに遅刻するのは、また別の話である。