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【完結】Re:LIGHT  作者: アレテマス
第一幕
2/150

2話【そこに現れた『完璧の存在』】


高田

「SNSを教えてほしい?」


黒木

「あぁ」


 ランウェイショーから次の日を迎えた。仕事が終わりロッカーで着替えてる高田の前に、黒木は後から部屋に入ってきて問い掛ける。


高田

「またまた急な事を聞くもんだな…というか、本当にSNSした事なかったのか」


黒木

「ハハ…どれをインストールしたらいいのかわからなくてさ…」


高田

「もしかしてSNSに興味を持ったのか?…遂に黒木にも趣味が…?!」


着替え終えた彼は期待する眼差しで黒木を見返した。


黒木

「いや、SNS自体はそこまで…でも、双葉さんの事を知るには丁度良いかなって」


高田

「双葉ちゃんを?」


黒木

「そう。…昨日彼女を見た時、何か感じてさ…その何かが自分でもよくわからないんだけどな…もしかしたらって…」


高田

「…ほほーう!そうかそうか!そういうことか!」


黒木

「わっ」


 何か思う事がある黒木に構わず、彼は黒木の肩に手を回す。突然声も大きくなったものなので黒木は思わず驚く。


高田

「つまり、お前も双葉ちゃんの魅力に取り憑かれたみたいだな!いよいよ無心男も卒業なわけだ!」


黒木

「そうなの…かな?」


高田

「スマホ、貸してみ」


 手を差し出す高田に、彼は自分のスマホを取り出して預ける。高田は黒木のスマホを少し操作した後に直ぐに彼へ返した。画面を見ると、アプリ内のタイムラインが表示されている。


高田

「とりあえず今超人気SNSの【つぶやきグラム】をダウンロードした。勿論、双葉ちゃんも先にフォローしておいたぞ。見てみろ」


黒木「ありが…とう?」


 よくわからずに画面をスクロールしていくと【双葉】のアカウントによる最新の書き込みが流れてきた。


【おはよー!今日は久々のオフ!やりたい事いっぱいやっちゃうよー!(๑>◡<๑)】


 たったこれだけの書き込みにも関わらず、どんどんといいねが付いていきコメント欄もファンによる応援で溢れかえっていく。黒木は引き続きプロフィール欄を開く。


本名は【桜井 双葉】


【双葉】として5年前からモデル業界で活動している。現在のフォロワー数は200万人を超えていて、黒木でも聞いたことのある有名人からも多くフォローされているようだ。


黒木

「凄い人気なんだ…桜井さんって…」


高田

「お前ぇ…桜井さんじゃなくて双葉ちゃんって呼べよ」


黒木

「どうして?」


高田

「活動名が【双葉】ちゃんだからだよ。みんなもそう呼んでんぞ。桜井さんってお前…」


黒木

「そうなのか…あっ、桜井さんの写真はここでも見れるんだ」


高田の言っている事を興味なさげに聞き流す。


高田

「おま…まあいい。写真なら他にも投稿してると思うぞ」


 過去の投稿を見ていると、メイクアップ動画を出していたり、オシャレに盛られたデザートと一緒に写る自撮り写真、イベント前の告知と常に活動しているようだ。カジュアルファッションを着こなしポーズを決める双葉の一枚の写真に、スクロールを止めた。


 透き通る青い瞳、輝かしく眩しい白い肌、自信に満ちた微笑みの表情。黒木はその姿にただただ見惚れ、手を止めじっと画面を見つめている。

 

 今までに見たことの無い、彼の自然と微笑む表情に隣から覗き見ている高田もワクワクが止まらず、ニヤついて肩を揺する。


高田

「おいおいおいおい黒木ィ。マジに初趣味爆誕なんじゃねーの?」


黒木

「…うん、そうかもしれない」


高田

「いやー、やっぱあのチケットはお前にとって運命だったわけだな!友達としても嬉しいわ!」


黒木

「そ、そうだな」


 意気揚々と肩に腕を回し横腹を小突く高田。ウザ絡みに呆れながらも黒木は誘ってくれた高田に感謝しながら笑う。今までに感じた事のないこの感情は、高田が言うように双葉へ【興味を持った】事は本人も徐々に理解しだしていた。


………


 ……仕事が終わり高田と別れた帰り道。いつものように多くの人々を避けながら進み、歩き慣れた道を辿る。だが、今日は少し違った。いつもは聴き流す大型モニターから聴こえてきた声に、黒木は立ち止まり振り返ったのだ。


司会

「本日のゲストは今若者を中心に絶大な人気を誇る【パーフェクトモデル】こと双葉ちゃんに来て貰いました!」


双葉

「こんにちはー!双葉でーす!」


 トーク番組のようで、笑顔で観客席に手を振る双葉が映っている。その対応に観客席は大いに盛り上がりを見せている。


黒木

(今日はオフだったんじゃ…?)


直ぐ様スマホを取り出し双葉の書き込みを見てみる。


【今夜のギガトークにゲストで出演してるよ!私は家から見てまーす!】


黒木

「…家で?今テレビに映っているのは…?」


スマホとモニターを何度も見比べ彼は不思議に思っている。


 普通に考えれば事前に収録した物を放送しているのを考えられるのだが、黒木の【無関心な性格】はそういった知識もないのだ。そんな不思議がる黒木は置いて番組は進行していく。


司会

「いやー、直で見てわかった!めっちゃくちゃ綺麗だね!!」


双葉

「ありがとうございます!」


司会

「普段はモデル活動がメインだからテレビにも出演しないんだってね」


双葉

「そうなんですよー。だからギガトークに呼ばれたのはすっごく嬉しいです!皆さんの面白いお話を色々と聴きたいですね!」


双葉の隣に座る芸能人もソワソワしながら話す。


芸能人

「いやほんと…初めてお会いしましたけど…めっちゃくちゃ可愛いっすね!!」


双葉

「あはは、知ってるー♫」


司会

「おおー!言うねぇー!」


 観客は笑い司会や周りの芸能人も気さくな彼女にすっかり気を許して、話題を振ったりして注目させる。双葉もそれに応え、スタジオがより盛り上がるようなトークを続けている。


 話すのも上手な彼女の姿に、黒木は周りを気にせずじっとその場で立ち止まったまま見続けていた。


黒木

「…!もうこんな時間か!帰らないと…!」


 番組が終了した後、ふと腕時計を見ると1時間も路上で見ていた事にようやく気付く。全く気付かない程集中していたのだろう。早足で自宅へと向かう。


黒木

「…!」


だが、いつも通るコンビニ前を横切ろうとした時、彼の足は再び止まった。


 視線の先はガラス越しに見える雑誌コーナー。そこには、ロックファッションのキメ顔で魅せる双葉の表紙が置かれていた。


 黒木の足は店内へと向きが変わり、入店して直ぐに雑誌を手に取る。若者に人気のファッション雑誌のようだ。


 さっきまで見ていた明るく元気な双葉と違い、格好良く洗練されたその表情に興味を惹かれ、彼は迷う事なく購入した。


 それだけではない。街中にある大型の壁面広告には双葉がプロデュースした香水の宣伝が貼られているのに気付くとまた立ち止まってしまう。


 明るい彼女でもなく、クールな彼女でもない、ウインクからの舌を出してピースを向けているその姿はまるで少女のよう。再び彼女の新たな姿を見つけて、黒木は時間も忘れ足を止めて見続けていた。


 灯りに輝く夜の街も、これまではモノクロのように見えていた黒木はこの日初めて気付いた。街の至る所に彼女はいて活躍をしている事。双葉の事を気にし始めてからは、見慣れた街にも色が付いたのだ。


 何かに興味を持つだけで、見える景色が大きく変わった事に彼の曇っていた心はより光を取り戻していくのである。


黒木

(そうか…これが興味を持つって事なのか…)


…………


 …家に帰ってきてひと段落し落ち着いた黒木は、先程入手したファッション雑誌を片手にベッドに座り込んで早速ページを開く。


 注目されているモデルやら今流行りのファッションなどトレンドの情報が記されているが、少しも触れる事なくページを捲り続け、双葉の特集記事を見つけると直ぐに捲る手を止め読み耽る。どの服もお洒落に着こなし多彩の表情で魅せる姿は、黒木の心をより煌めかす。


 彼の心の中では彼女のことをもっと知りたい、色々な服を着ている姿を見たいと様々な要求が増えていく。


黒木

(凄い…これだけ見てもまだまだ彼女の事を知りたいって感じてる…)


 初めて感じるこの不思議な感情は、視線の先に映る彼女が黒木により興味を持たせていく。


黒木

(…きっと、桜井さんの事をもっと知ることが出来たら、見える世界がもっと広がるんだろうか…?)


特集ページを読み終え本を閉じると満足げにベッドへ寝転び彼の中で決心する。


黒木

(…桜井さんのファンになってみよう。もっとあの子の事を知ろう。この感情を教えてくれた事への感謝として…彼女を応援しよう)


 黒木は目を閉じながら高鳴る胸に手を当て、静かな部屋で夜を過ごした…


………


 それからの黒木は双葉の姿を追うように日々を過ごした。


 彼女が出演している番組を録画してみたり、双葉が表紙を飾るファッション雑誌を買って、彼女のページだけをじっくりと読んだり、街で見かける彼女の広告をスマホで撮ってみたり、休憩中に高田から双葉の情報を聞いたり…


 様々な視点から双葉を知る事が彼を夢中にさせた。再びランウェイであの姿を見たいと思っていたが、そう上手くはいかなかった。


 調べてみると双葉はファッションモデルをメインに活動している為、ランウェイで姿を現すのは滅多にないようだ。


 高田が連れて行ってくれたランウェイは、双葉の務める事務所の大規模イベントだった為参加していただけだという事を知った。


 再びその眼で直接見る事が暫く出来ないかと思うと、黒木は残念に思いながらもつぶグラでの彼女の明るい書き込みに満足もして元気を貰えた。


 黒木はこれまでの人生において、ここまで一つのことへ執着しているのは初めての経験であり、何でもない毎日は、心が輝きだし彼自身毎日を楽しく感じていた。


………


……それから数ヶ月後の12月2日。街は近付くクリスマスに向けて建物や木々は昼間でもイルミネーションの装飾で輝いている。


 この日、休日だった黒木は街に買い物へと訪れ休憩がてらとカフェに立ち寄り、窓際の席からコーヒーを飲みながらスマホをチェックする。


 この数ヶ月間でつぶグラの使い方にようやく慣れたようだ。そんな彼は相変わらずの双葉の書き込みを覗いてる。


【イェーイ今日は誕生日!みんなからお祝いのリプ待ってるよ!☆(๑˃̵ᴗ˂̵)v】


 数時間前に投稿された内容は黒木の興味を唆る。ファンになっていた黒木だが、彼女の誕生日についてはつぶグラで確認してなかったので、知らずのままで今日の書き込みでようやく知った。


黒木

「へぇ…今日が誕生日だったんだ桜井さん」


 誕生日の書き込みはどんどんとファンのお祝いの言葉が書き込まれ、中には【#桜井双葉誕生祭】だなんてタグ付けしてお祭り状態となっている。


 書き込みなどしたことのない黒木もこの日は、双葉へお祝いの言葉を書こうと思うが、途中で入力している手が止まる。


 暫く考えるも、結局はキャンセルをしてスマホをポケットに入れ店を後にした。文章を書き慣れてない彼は、彼女に掛ける言葉が分からず自信がなかったのだ。


 ひんやりとした空気に厚いコートで身を包み、賑わう通行人を避け、白い息を吐きながら次の目的地まで黙々と歩く。黒木の脳内では先程の双葉が書いた誕生日の投稿について考えている。


黒木

(やっぱり桜井さんぐらいになると、今頃沢山の人達と誕生日パーティーとかしているのかな…お金持ちや社長…芸能人とかも?)


黒木の脳内では彼が想像する誕生日パーティーが写しだされていく…


 高層ビルの夜景を見下ろし、ゴージャスなドレスに身を纏った双葉は、多くのスターに囲まれながら楽しそうに笑っている。


 誕生日プレゼントに用意されるのは赤色が良く似合う高級車。フィナーレにはイケメンのトップモデルが指を鳴らし、一斉に花火が打ち上げられ目を輝かし窓からその光景に…


黒木

(…きっと凄い誕生日パーティーなんだろうな、うん)


彼は一人で勝手に想像してるだけなのに自然と頷き納得している。


「あ、あの!すみません!」


 そんな考え事を吹き飛ばすかのように、突然黒木の背後から大きな声で呼び止められた。呼び声に立ち止まりゆっくりと振り返ると、そこには背の高い女性が立っている。


 外見は…キャップを深く被りサングラスにマスク、灰色のパーカーと誰が見ても不審者と捉える格好だ。黒木は周りに大勢の人が歩いている中で、何故自分を呼び止めたのか疑問に思うが、声をかけられたからには何かあるのだろうと口を開く。


黒木

「…なんでしょうか?」


「あっ…突然呼び止めちゃってごめんなさい。あの、ここから【サンドルチェ・カフェ】に行きたいんですけど、何処にあるかわかりますか?」


 サンドルチェ・カフェ。その言葉を聞いた彼はどの場所にあるのかすぐに分かった。それなりに有名なカフェで、黒木も何度か訪れたことがある場所だ。ハッキリと位置がわかる場所なので、案内は出来るだろう。


 しかし、今黒木達がいる場所からはかなり離れている上に、店は複雑な裏通りにあるので正確にルートを言葉だけで伝えるのは難しいと彼は悟る。


黒木

「わかりますが…スマホで調べたら直ぐに出ると思いますよ?」


彼の質問に女性は画面が光らないスマホを見せつける。


「スマホの充電を忘れてたみたいで…さっき切れちゃいました…あはは」


黒木

「成る程、それなら道案内しますよ。行きましょうか」


早足で女性の横を通り過ぎて先に歩き出す。咄嗟に行動する彼に置いてかれないよう後からついて行く。


「えっ?!いいんですか?!道順だけ教えくれるだけでもいいんですよ?」


黒木

「結構複雑な所ですし…それにここからじゃ遠いんで、道順を伝えても忘れるかもしれないんで…こっちです」


「ちょちょちょ、ちょっと待って!?」


黒木は彼女の声に足を止めて、再度振り返る。


黒木

「…なんですか?」


「いや…呼び止めておいて言うのも変ですけど、こういう格好で声掛けてきて怪しいとか思わないですか?ほら、この辺じゃ怪しいセール話とかもしてますし…?」


 そう言われ再び彼女の姿を見直す。深くキャップを被り、マスクに黒サングラスとぶかぶかな灰色パーカー。


 怪しい格好だと言えば間違いないが、その姿を自分から指摘してくるのが黒木を逆に安心させる。


黒木

「いやその格好じゃあ何か隠してるんだなって思いますけども…困ってるのなら助けますよ。そこまで気にしてませんから」


「…うわー、すっごい良い人ー…」


淡々と話す彼の態度に、女性は感動して手を合わせている。


黒木

「?何か言いましたか?」


「あっ、いえいえ…それじゃあお言葉に甘えて道案内お願いします!」


黒木

「はい、こっちです」


黒木は前を向き再び歩き出した。女性は嬉しそうに彼の後についていく。


 女性からは黒木の印象は良く思われているのだろうが、彼は彼女の事など全く無関心で、早く道案内を終わらせ買い物の続きの事だけを考えていた。


 黒木が人助けをしているのも困っているのを放って置けないという善良なものではなく、彼の家族の【困っている人はとにかく助けろ】という教えだけが、今の彼の足を動かしていたのである。


 それもあってか、二人は会話もする事なく黙々と目的地まで歩き続けている。たまに黒木が付いてきているか確認する程度に小さく振り返る。それに気付いた彼女は小さく手を振るも、彼は気にする事なく前を向き歩き続けた。


 流石に会話がない黙々としたこの状況に、女性の方から痺れを切らし、早歩きで黒木の横について並び、歩幅を合わせる。話題作りにと彼女は黒木の方を見ながら話し出す。


「私がサンドルチェに行く理由とか気になりませんか?」


黒木

「いきなりなんですか」


「気になりますよね?」


黒木

「気にならないです」


黒木は一切彼女の方を見返す事なく、即答しながら前を見続け歩いている。それでも彼女は話を続ける。


「実はですねー…今日は特別な日だという事で、大切な人とそこで待ち合わせをしてるんです!」


黒木

「聴いてもないのに喋るんですね…」


滅茶苦茶冷めた返しであろうと、まだまだ彼女は話すのを止めない。


「サンドルチェにある【ギガ盛りドリームカラフルパフェ】を知ってます?それを今から食べに行くんですけど…映えるし絶対に美味いし最強のスイーツだと思いませんか?!」


黒木

「商品名凄いですね」


「それでそれで、その後はスイーツ巡り!バズってる人気の店をあっちこっちって行きまくるみたいな!」


黒木

「良い一日になりそうですね」


相変わらず白けるような返ししかしない彼だが、そんな反応を気にせず彼女は喋り続ける。


 興味がないものにはとことん無関心な黒木の性格ではあるが、楽しそうに今日のスケジュールを話し続ける彼女へ徐々に耳が傾いていく。それに先程から彼女の喋り方や声に、何かざわつくものを感じていたのだ。


黒木

「…というか」


「?」


一人で楽しそうに話し続けていた彼女の口を止めるように、黒木はようやく彼女を見返して自分から話しかけた。


黒木

「…よく考えたら近くのコンビニでも寄って、充電器を買えば済む話だったんじゃないですか?これって」


「…あー、そうなんだけどー…今日財布も忘れちゃってスマホ決済頼りだったから…」


黒木

「あぁ、成る程。…大切な人と過ごす日なのに充電もしてなくて財布も忘れるって…なんというか…」


「あはは、よく抜けているって言われるんですよー。…それよりも、ようやく聞いてくれましたね?」


黒木

「えっ?」


女性は手を後ろの腰の方へと回す。


「さっきからずーっと私一人で喋っても素っ気ない反応だったから、絶対に興味を持たせてやるぞーって頑張ってたんです」


黒木

「…あっ」


 その言葉に黒木は気付く。双葉が教えてくれた興味を持つことで見える世界が変わる事、それはもっと周りに興味を持たなくてはならないという自身の課題でもあることに。


 彼女がせっかく話を振ってくれているのにも関わらず、興味を持てない前と同じような返しをしてしまっていた事に嫌気が差す。


黒木

「…すみません。ずっと失礼な態度をしてましたよね、俺」


黒木は立ち止まり、彼女の方へ体を向けて頭を深々と下げる。突然の行動に彼女も驚いて、全力で手を横に振る。


「いやいやいや!そんな事ないですよ!?むしろ助けられてるの私だし勝手にやってたことですから!」


黒木はゆっくりと頭を上げる。一先ずほっとして、続けて優しい口調で話しだす。


「それに…貴方は優しい人ですよ」


黒木

「…?」


「貴方と会う前に何度か他の人に声をかけてたのですけど、格好が格好なので無視されたり気付かないフリされたり…そんな中貴方は私の格好など気にせず、こうして道案内もしてくれてます!それだけでもすっごく嬉しいんですよ、私!」


黒木

「…そうなんですか?」


嬉しさを体で表現する彼女を見て落ち着いてくる。


「そうです!だから最後まで私を助けてください。ええっと…」


黒木

「…黒木です」


彼から名前を名乗った事に、彼女は嬉しそうに返事する。


「黒木さん!私の事は木村と呼んでください!」


 声量から伝わってくる木村の明るさに、黒木も元気を貰える。見知らぬ人に励まされる自分に情けなさを感じつつも立ち直り、彼女へ興味を持つよう意識をする事を考えだした。


黒木

「木村さん、サンドルチェまではまだ遠いです。俺で良ければ話相手になりますよ」


木村

「あはは、そんなに固くならないでくださいよー!私達もう【友達】じゃないですか!」


黒木

「…それは、早くないですか?」


二人は再び歩きだすと、次は黒木から話を振る。


黒木

「木村さんは…ええっと…普段はどんな仕事をしてるんですか?」


木村

「無理矢理話題を引っ張ってきましたね。でもそれは秘密でーす。当ててみてください!」


彼女の元気な声に押されてなかなか合わせづらい。


黒木

「そうですね…モデル…とか?」


木村

「……なんでモデル?」


黒木

「いや…身長も大きくて脚も細いなって…あれ?もしかしてですけど当たりました?」


木村

「イエイエ・ハズレデス・ザンネンデシター」


カタコトに言ってそっぽむく。


黒木

「嘘つくの滅茶苦茶下手くそじゃないですか。…ふふっ」


 わざとすぎる棒読みをする彼女の態度に、黒木は突っ込みながらも少し笑う。その様子を横目で木村は見ると、彼女も嬉しそうに黒木の側へと寄り付く。二人の心は徐々に打ち解けてきているみたいだ。


木村

「今の面白かったですか?!」


黒木

「ちょ、近いですよ。…面白いですね、愉快な人というか…って、本当にモデルさんなんですか?」


木村

「そうでーす。まあ無名中の無名ですけどね」


黒木

「…?そうなんですか?」


木村の言葉に引っ掛かるような反応を見せる黒木に、彼女は気になり問いかける。


木村

「どうしました?」


黒木

「いや…なんていうか…貴方は何となく無名じゃないような気がして。どう説明したらいいかわからないんですけど…貴方は俺の知っているモデルと何処となく似ているというか…」


木村

「ふーん…それって、もしかして【双葉】ですか?」


黒木

「そう、桜井さんです」


木村

「桜…!?ぶふっ!!」


木村は突然吹き出したかと思うと、マスク越しから口を押さえ震えてる。黒木は何かおかしい事を言ったのか、不思議そうに木村を見ている。


黒木

「…?どうしました?」


木村

「い、いや…!双葉の事を苗字で呼ぶ人なんて、偉いさんぐらいしか見ないから…!一般人の人でも苗字で呼ぶ人がまだいたんだなって…!」


じっと真顔で見る黒木に気付き必死にフォローをする。


木村

「…あっ!いやいや黒木さんはおかしくないですからね?!気にしないでくださいね!?黒木さんが真面目だから苗字で呼んでいるのをわかってますから!!…あー、でも面白い!本当に超がつくぐらい真面目な人なんですね黒木さんは!あはは!」


黒木

(…この呼び方変なんだろうな…)


木村は笑い続けようやく収まると、落ち着いて一息つく。

 

木村

「ごほん…まぁとにかく、双葉は下の名前で呼ばれるのが好きみたいですよ?双葉って呼びやすいしみんな呼んでるでしょ?って、この間本人が言ってました」


黒木

「!桜井さんと会ってるんですか!?」


木村

「そりゃあまぁ?同じ事務所ですし?」


木村は自慢げに胸を張る。横目で黒木を見ると、さっきまでとは大違いに目が輝いて此方の話を聞く姿勢に変わっている。


木村

「…双葉の話題になると滅茶苦茶食いつきましたね…」


わかりやすい彼の態度にジト目で見る。


黒木

「あ、あぁ…すみません。桜井さんは俺にとって特別な人と言いますか…」


木村

「…特別な人?ファンではなくて?」


黒木

「いや、まぁ勿論ファンなんですけど…色々あって桜井さんのことは特別な人として尊敬しているんです」


木村

「へー…」


表情を和らげ話す黒木の様子に、なぜ特別な人なのか、木村は気になるようでソワソワしている。


木村

「どうして特別な人なのか教えてくださいよ」


黒木

「え?それは…あっ、木村さん、着きましたよ。サンドルチェカフェ」


木村

「えっ?…あーっ!本当だ!!写真で見たのと同じ!!」


 二人が会話をしているうちにあっという間に目的地に着いたみたいだ。一人はしゃぐ木村は、黒木も巻き込み両手を握ってぴょんぴょんと飛び跳ねる。


木村

「本当に助かりました!ここまで来れたのも黒木さんのおかげです!!」


黒木

「いえいえ…お役に立てて良かったです」


ハイテンションで喜ぶ彼女の姿に黒木も嬉しくなり微笑む。喜びを分かち合えたところで、木村は店外の窓から中を覗き込む。


木村

「……あっ!いる!やっぱり待たせちゃってたみたい!」


黒木

「大切な人ですか?」


木村

「そう!…ええっと、ここまで来れたのも黒木さんのおかげなのに御礼が出来なくてごめんなさい!これ以上待たせる訳にもいかないからもう行かないと…」


黒木

「そんな御礼なんて…俺のことは気にしないで早く中へ。…俺も満足してますから」


木村

「え?」


黒木は微笑んで、木村の目を見る。


黒木

「今まで周りに興味を持てず、自分から会話をするなんて出来なかったんです。それを今日は自分から会話をする事が出来た…それは、木村さんに俺が興味を持てたからだと思います。貴方が俺をそうさせてくれたんです」


黒木

「御礼は俺がしたいぐらいです。木村さん、短い間でしたが道案内が出来て本当に良かったです。ありがとうございました」


そう言って彼は感謝の意を込めて頭を下げる。嘘偽りのないその姿に木村は何かを感じたのか、黒木のゆっくりと前に立つ。


木村

「…顔を上げて、黒木さん」


黒木

「…?」


頭を下げていても見える彼女の手には、マスクとサングラス、そして帽子が持たれている。変装を解いた彼女の顔を見ようと、ゆっくりと顔を上げた。



 …そこには画面越しからずっと見ていた【パーフェクトモデル】の双葉が優しく微笑み、黒木の前に立っていたのだ。


 まるで神様が現れたかと思ってしまう程美しく眩しい表情に、黒木は呆気に取られ言葉も出ず立ち尽くしている。


黒木

「さ、桜井…さん…?」


双葉

「ここに電話番号、書いてくれる?」


黒木

「え…あ、あぁ…はい…?」


双葉は彼の動揺を気にする事なく、肩掛けポーチからペンとメモ帳を取り出し黒木に渡す。彼は自分の電話番号を書いて彼女に返すと、双葉もスラスラと自身の電話番号を書き込んで千切り、黒木に握らせるように渡した。


双葉

「御礼は必ずするから、この電話番号からかかってくるのを待ってて。絶対にブロックはしないでね?」


黒木

「え…あ…」


双葉

「また会おうね黒木さん、バイバイ!私も楽しかったよ!」


 双葉はニコッととびきりの笑顔を見せた後再び変装し直し、手を振りながら店へと入って行った。この一瞬の出来事に情報量が多過ぎて、彼女と別れてからもまだ呆然と一人立ったまま処理しきれずにいた。


黒木

「…嘘だろ?」


彼が漸く言い放った言葉は、困惑する今の彼に相応しい一言だった。



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