12話【嘘と美】
アリケン
『なんと!そうなんです!!あの【パーフェクトモデル】をこの世に誕生させたお父様【桜井秀樹】さんが本日はゲストとして来て頂きました!!』
秀樹
『どうも。動画とはいえ緊張しちゃうなぁ』
アリケン
『いやはや、まさか双葉さんのあの青い目はお父様からの譲りものだったとはね!お父様もご存知かと思いますが、双葉さんの情報は殆ど隠されてますから…早速の新発見ですよ!』
秀樹
『ハハ、今日は出来る限りあの子の代わりに皆さんにお伝え出来ればと思ってます。よろしくお願いします』
アリケン
『僕も以前から双葉さんの情報を知りたくて色々調べたんですけど中々新情報が出てこなくて…確かご両親の話はNGを出してたみたいですけど…どうして今回出演していただいたのですか?』
秀樹
『あぁ、そのことですね?実は、今までNGを出してたのは、あまりあの子の親として目立ちたくなかったからというのもあります。しかし、アリケンさんに取り上げて頂けると聞いた時は流石に断れませんでしたね。アリケンさんのチャンネルはとても面白くまとめてくれますから』
秀樹
『今回は私と妻で相談したのち決めた事なので、どうぞ、安心して質問をしてください』
アリケン
『ありがとうございまぁーす!では早速本題に移りましょう!これはファンも気になる内容だと思うのですが…双葉さんの小さい頃はどんな子だったのですか?』
秀樹
『とても優しくて良い子でした。そのおかげもあって、私も妻も何も苦労する事なく育てることが出来ましたよ。ファンを一番に大切にするあの姿も、その優しさが引き継がれているんだなって思います』
…嘘
アリケン
『双葉さんのファンサービスの良さは有名ですね!ではでは、次にですが最近双葉さんとは連絡は取れていますか?【パーフェクトモデル】と呼ばれるようになってからは多忙でそんな時間もやはりないのでしょうか?』
秀樹
『そうなんですよ。これも言っちゃっていいかな?…本当は私、何年もあの子に出逢ってないんです』
アリケン
『え!?正月ぐらいは実家に帰ったりしないのですか?』
秀樹
『いえ、実を言うとですね…私の職業柄、海外出張を最近までしていたので…あの子が5歳の頃にお別れしたっきりなんです』
アリケン
『5歳!?今双葉さんは21歳だから…16年も会ってないってことですか!?うわぁー!マジかぁー!!じゃあ、日本に帰ってきた事早く連絡入れないと!!』
秀樹
『そうしたいんですけど、あの子も忙しそうですからね。邪魔するのは悪いかなって。あぁ、別に海外にいる間も、あの子の活躍は耳にしてましたから寂しくはありませんでしたよ?』
…それも嘘
秀樹
『…ただまぁ、正直な話、またあの子に会いたいのは本当ですね。でも、良いんです。人々から賞賛される存在になったあの子を、遠くから応援するぐらいが私には丁度良いと思ってます。無理に会おうとして、スケジュールを合わせるなんて、あの子の足を引っ張るだけですから』
アリケン
『めっちゃくちゃ子供思いっすね…!うわ、なんか泣けてきた…!』
嘘…嘘…嘘…
アリケン
『では是非ともこのチャンネルを通して双葉さんへメッセージを送ってください!絶対見てくれると思いますよ!』
秀樹
『いいんですか?では…双葉、見ているか?お父さんとお母さんは元気にしてるよ。お前が【パーフェクトモデル】と呼ばれて頂点に立った事、本当に誇りに思っている。落ち着いた時にでも、また会いにきてくれ。お父さんはいつでも待ってるよ』
アリケン
『双葉さん!見てますか!?貴方のお父さんは勇気を出してこのチャンネルに出演してくれましたよ!是非とも会ってあげてください!それでは、引き続き質
バァン!!
………
双葉
「……」
自室のマンションにて双葉はスマホを壁に投げつけた。酷く汗をかいて息は乱れている。叩きつけた衝撃で、画面が割れたスマホからはまだ父親の声が聞こえてくる。双葉は早足で洗面台へと向かい、水を流すと何度も顔を洗う。冷たい水が彼女の興奮を抑え冷静にさせた。
双葉
「…落ち着け…大丈夫…大丈夫…」
鏡に映る真顔の自分へぶつぶつと暗示をかける。顎から水滴がポタポタと流れ落ちて、手は未だにカタカタと震えている。
リビングに置いたままのスマホから電話の音が聞こえてくる。タオルで顔を拭いて戻り、スマホを拾い上げると細田からだった。一旦、大きく深呼吸をして電話を繋げ耳に当てた。
双葉
「…もしもし?」
細田
『双葉、休日に悪いのだけど今直ぐ会社に来れる?話したい事があるの』
双葉
「うん、大丈夫だよ。直ぐに行くね」
落ち着いた声色で話し終えてスマホを切る。双葉は変装用の帽子を被りコートを羽織ると、足早にマンションを後にした。
………
PM14:23 Sunna事務所前
タクシーから降りると、早足で双葉は変装を解きながら事務所へと入る。中に入ると、いつもは暇そうにしている受付も、電話対応に追われて忙しそうにしているのを横目に通り過ぎる。
廊下を歩く最中にすれ違うスタッフやモデルは、双葉を見ると道を開けるように避けて、彼女の背中を見送る。常に愛想の良い彼女のはずが、今は真顔で歩く姿が怖いように思えた。
双葉が向かった先は社長室。ノックを鳴らし待つ事もなく直ぐに入る。中にはKENGO、細田、そして聡が待っていた。
KENGO
「休日に呼び出して悪いね双葉ちゃん」
双葉
「アリケンチャンネルの件だよね?」
KENGO
「…やっぱり見てるよね、うん」
社長は頭を抱えて大きく溜息を吐いた。
KENGO
「あの動画は今、物凄くバズってるみたいでね。投稿して1日経ったけど、再生数は既に500万超え。朝の芸能ニュースのTOPにも早速取り上げられていたよ。今、最もHOTな話題となって日本中に広がっていってるみたいだ」
聡
「家族の情報も不明だったスーパースターの情報が遂に判明したのよ?そりゃあみんなどんな親なのか気になるでしょ」
KENGO
「話題になるぐらいなら構わないんだけどさ……あの発言が不味かったよね。『16年も出会ってない』…各テレビ局が、本当に父親なのか、君達を会わせる特番を作りたいって、朝からずっと電話が鳴り止まないんだよ。今は秘書ちゃんも必死に対応してくれてる」
申し訳なさそうな表情で、KENGOは手を組んで真顔のまま顔色を変えない双葉を見る。
KENGO
「双葉ちゃん。このまま君が黙っているのも時間の問題なんだ。会社としても、ノーコメントを通すのも限界がある。君の意見を聞かせてくれないか?」
双葉の横に細田は歩み寄ると、彼女を落ち着かせるように優しく肩に手を乗せる。
細田
「社長。貴方もご存知かと思いますが双葉の父親は…」
双葉
「さっきつぶグラでエゴサしたんだ」
細田が喋り終える前に、双葉の口が先にを開く。
双葉
「『絶対に会わせるべき』『こんなの絶対に再会する所見たら泣いちゃう』『テレビ局は黙ってていいのか?早く会わせてあげて』……みんな、私とお父さんの再会を期待してるみたいだよ?」
双葉
「みんなが見たい姿を演じるのが【パーフェクトモデル】の務めなんじゃない?特番しようよ。みんなそれを期待してるしね」
KENGO
「双葉ちゃん…」
笑顔で答える双葉に細田は納得が出来ずに、彼女の手を握る。
細田
「…社長、少しだけ時間をください」
KENGO
「勿論だよ。ゆっくり話しておいで」
細田
「ありがとうございます。双葉、少し来なさい」
細田はKENGOへ頭を下げると、彼女の手を引っ張り部屋を出て廊下に出る。社長の前では笑顔を見せていたが、二人きりになるとその表情は俯き曇っていた。細田は彼女を気遣うように手を強く握ったまま、しゃがみ体勢を低くして目を合わせる。
細田
「双葉。ダメ、これは絶対にダメよ。貴方とあの男を会わせるなんて絶対に出来ない。今ならまだ間に合うわ。あの男を真実を此方から伝えて先手を取れば、貴方も会わなくて…」
双葉
「私は大丈夫だよ細田さん。今までも上手くやって…」
細田
「大丈夫ならそんな顔しないでしょ?!」
細田の怒鳴り声が双葉を黙らせる。彼女が無理をしているのを理解しているからこそ、少しも引かない彼女に細田は苛立ってしまう。
細田
「双葉。私は今一人の人間として貴方を心配しているのよ。この件に【パーフェクトモデル】なんてどうでもいいの。貴方は誰かの為に頑張りすぎてるのよ。もっと自分らしくなりなさい!」
双葉
「…ダメだよ細田さん。私から【パーフェクトモデル】が無くなれば、何も残らない。【アイツ】に会うよりその方がずっと怖いよ。誰も愛してくれなくなるのは、嫌だ」
細田
「…!」
細田は握っている手が震えている事に気付いた。見つめ返してくる青い瞳は何処となく怖く思える。
双葉
「きっとアイツの本当の事をみんなに言ったら、完璧なキャリアだと言われてた人生に傷を付ける事になると思うよ?…そうなると私を見る目を、変えてしまう人は沢山出てくると思う」
双葉
「それにさ…もしかしたら、アイツも心を変えてるかもしれないよ?本当に上手くいっちゃって和解〜♫みたいな?」
細田
「…双葉、もういいのよ」
笑顔で言っても、細田には無理をして作った笑顔だと見抜かれる。彼女が握る手はより強く増していく。
細田
「貴方はもう十分頑張ったの、双葉。貴方の夢だった頂点にもういるのよ?これ以上、頑張らなくても誰も貴方を否定しないわ。…だからこの件は引き受けなくていい」
双葉
「…【パーフェクトモデル】は、ずっと頂点であるべき存在だよ、細田さん。例え嘘だろうと、ハッピーエンドを見せてみんなが喜んでくれるのなら…」
双葉
「私は迷わずその道を選ぶ」
細田の強く握っていた手を引き離すように振り払い、彼女は先に社長室に戻った。一人残された細田は振り払われた手を見つめ、自身の思いが彼女に届かない憂さに涙ぐむ。
細田
「双葉…どうして…」
…………
アリケンチャンネルの件から三日目。Sunna事務所による声明で秀樹は双葉の父親だと回答。人々が待ち望んでいた答えは、SNSを中心に話題が急上昇していき、数々のメディアも取り上げた。
秀樹は直ぐ様、他のウィーチューバーにもゲストで呼ばれる程に注目されていく。彼を呼べばチャンネル再生数も急激に伸びるのも彼等は分かっていたからだ。【パーフェクトモデルの父親】というだけで、一つのブランドとして成り立っていたのである。
一方テレビ局は、放送権を獲得した【ヤマテレビ】はSunna事務所のプロデューサーと打ち合わせを行い、特番企画を進めていった。リアリティを高める為に、当日まで二人は会わさず生中継で再会するのを映す流れとなった。
この事はネットニュースにも大きく取り上げられ、人々は喜びと期待に満ち溢れている。
女子高生
「えー!?マジ!?絶対見ないと!」
女子高生B
「放送は一週間後かぁー。覚えとかないと!」
ファミレスで盛り上がる女子高生グループ
サラリーマン
「放送は19時からか!うわー、急いで帰ったら間に合うかなぁ!?」
サラリーマンB
「録画でいんじゃね?」
サラリーマン
「バカ!生だからいいんだよ!わかってねーな!」
休憩中に電車の時間をチェックするサラリーマン
アリケン
「僕の動画で秀樹さんと双葉さんが再会のキッカケを作れたって思うとマジ誇りに思います!1月21日の19時からヤマテレビさんで生中継!!此方のチャンネルもヤマテレビさんと連携して、生配信していくんでよろしくぅ!!」
有名ウィーチューバーも視聴者に向けて大いに盛り上げさせる。
双葉の予想通り、人々は二人の再会を楽しみにして期待しているのだ。完璧な人生を歩んできた彼女に飾る、感動の瞬間を誰もが見たいと心から思うのである。
それは、黒木が務めるスーパーも同じであった。パートやアルバイトは放送日の話題ばかりしている。ただ一人を除いて。
黒木
「……」
そう、黒木である。休憩中であろうと、再会の話題は全く興味がなく、いつも通りに双葉のつぶグラだけをチェックしている。
【感動の再会は1月21日!この企画を計画してくれたヤマテレビさんに超感謝!みんなも楽しみにしててね!(о´∀`о)vイェーイ】
黒木
「……」
最新の書き込みも番組の宣伝をしているようだが、黒木には何故か楽しみに待てなかった。双葉と釣りをしていた時に言っていた言葉が、彼にはどうしても何処か引っかかるのだ。
『…私も、普通の家庭に生まれたかったな』
彼女が小声で言ったあの言葉が胸をざわつかせる。何か、良くない方向へ彼女は向かっているのではないかと不安が積もっていく。
黒木
「…よし」
その不安の真偽を確認をしようと彼は勇気を出して双葉へ電話を掛ける。1コール、2コール…5コール目にして電話が繋がった。
双葉
『もしもーし』
黒木
「!もしもし、双葉さん。俺です、黒木です。今、大丈…」
双葉
『ごめんねー、これを聴いてるって事は多忙で出られないって事だよー。急用ならこの後ピーって言うから、メッセージ残しておいてね。いくよー?ピーっ』
黒木
「あっ…」
どうやら留守電による録音された彼女の声だったようだ。少しでも役に立てたら…黒木は留守電であろうと思いを伝える。
黒木
「もしもし、黒木です。忙しいかと思いますが、聞きたい事があるので…お時間ある時に掛け直してください。いつでも待ってます。それでは…」
メッセージを残して切ると、彼は溜息をついてスマホをポケットへ戻す。
ジュリ
「……」
休憩時間となったジュリが後から部屋に入ってくる。黒木がいるのにも関わらず、挨拶も無しにエプロンを脱いで椅子に座り直ぐにスマホを見つめだす。
黒木も相変わらず彼女の態度に無関心で注意を全くしないが、今の黒木には一つだけ彼女に気になる事があった。
黒木
(そういえば神田さんはSunnaのモデル…最近の双葉さんの事を知ってるかもしれないな)
少しでも双葉の現状を知りたい彼は、機嫌悪そうな表情をしているジュリの事を気にせずに話す。
黒木
「神田さん。最近双葉さんと会った?」
ジュリ
「…は?」
黒木の方を一切見ずにスマホを見たまま、予想通りの返事が返ってくる。普通の人なら彼女の酷い態度に怒るか黙ってしまうだろう。だが黒木の無関心の性格は良くも悪くも、それすらも気になる事はなく少しも引かない。
黒木
「最近双葉さんがどうなのか知りたくて…何かないかな」
ジュリ
「……」
スマホから目を離してジュリは黒木の方を見る。相手にしてくれないと思っていたので、彼女の意外な反応に少し驚いた。
ジュリ
「双葉先輩は私と違って超忙しいんで暫く会ってませんよ」
黒木
「そっか…話してくれてありがとう」
ジュリ
「……」
ジュリは再びスマホの方へと視線を移す。黒木は何処となく騒つく胸騒ぎにどうする事も出来ずに、もどかしさを感じていた。そんな彼を見兼ねたように、溜息をつきスマホを置いて彼女は言った。
ジュリ
「…気になります?」
黒木
「…えっ?」
………
PM19:00 1月21日
【緊急特番!パーフェクトモデル、16年の時を得て父親と再会!】
ヤマテレビの番組スタジオより、沢山集まった芸能人の拍手で番組が始まり、司会は進行していく。
司会
「さぁ、始まりました。緊急特番【パーフェクトモデルと父】!本日は16年ぶりの再会を果たす為急遽生放送でお送りしております!」
集まった芸能人は今が旬の人ばかりで、大物も集まっている。番組側は少しでも視聴率を稼ぐ為に様々な工夫をしているのだろう。
司会
「数々の伝説を生み出してきた我らが日本のトップモデル【双葉】さん!彼女の父親【桜井 秀樹】さんは16年前、海外出張として国外に出て行ったきり帰ってこれず、今年になり漸く帰国が出来たみたいです!」
司会
「次に双葉さんが実家に帰ってくる時まで、彼女の仕事に影響を与えない為、敢えて黙っていようとしていたみたいですが、人気ウィーチューバー【アリケン】さんの協力の元、今夜再会をする事となりました!」
楽しみに待つ芸能人も観客を盛り上げようと話し出す。
芸能人
「いやー、16年でしょ?!双葉ちゃんが5歳の頃から出会ってないってことですし…本人もお父さんの顔を覚えてるんですかね!?」
芸能人B
「いやまぁお父さんの方は久々の再会に感動すると思いますよ!小さかった娘が日本のトップモデル、【パーフェクトモデル】だなんて呼ばれるスーパースターになってるわけですし!」
司会
「お二人には早く会って頂きたいですね!しかし、予定時刻よりまだお時間はあるので、まずはこれまでの双葉さんが活躍したモデル人生を一緒に振り返りましょう。VTRどうぞ」
………
PM19:21
都内の人通りが少ない路地裏。ジュリは厚着のパーカーを着て電信柱に持たれスマホを触っている。
黒木
「神田さん、お待たせ」
遠くから黒木と高田は手を振り彼女の元へ走ってきた。ジュリは溜息を吐くとスマホをポケットに戻し二人を睨み舌を出す。彼女の舌にもピアスは付いていて、街の光に反射して煌めいている。
ジュリ
「遅いですよ。女の子を一人で待たせるとかサイテー」
高田
「えぇー…集合時間は19時半じゃん?ジュリちゃん早すぎるって」
ジュリ
「ハァ??」
高田
「いやなんでもないですすいません、はい」
彼女の態度にビビる高田に、ジュリはぷっと笑う。
ジュリ
「冗談です。ほら、双葉先輩見に行くんでしょ?急ぎますよ」
黒木
「うん、行こう」
ジュリはパーカーのフードを被って歩き出し、二人は後についていく。彼女曰く、【遠くからでも良いなら、良く見える場所がある】ようでそれを聞いた黒木はついていく事にしたのだ。高田はたまたまその話を聞いていて【狡い】という理由についてきたわけである。
彼女について行くと、ネオンに輝くロックの指サインをデカデカと飾った小規模ビル一階の店へと入る。店名は【EDGE】
中に入ると、空気がガラリと変わり店内は鼓膜が破れそうな程に響くロックンロールな曲が流れ、パンクな格好をした若者達が狂喜乱舞に踊り狂う。ジュリも機嫌良さげに音楽に合わせ軽く頭を揺らし、ビリビリと響き渡る爆音を、彼女は気にする事なく歩き進む。この場に慣れてるわけがない黒木と高田は耳を手で塞ぎながら懸命について行く。
ジュリはバーカウンターにいるタンクトップが良く似合う筋肉質のモヒカン男に何か話してるようだ。モヒカン男は白い歯をニヤリと見せて親指を立てると、従業員向けのエレベーターへと指差す。
ジュリ
「店長から許可を得てきました。行きましょう」
高田
「凄い人と知り合いなんだね、ジュリちゃん…」
ジュリ
「カッコいいっしょ?」
高田
(カッコイイ…?)
店長の隣を三人は通り過ぎてエレベーターに乗り込む。漸く爆音の部屋から解放された。
黒木
「なんだか凄い所だったな…」
ジュリ
「スカッとするにはサイコーの場所ですよ」
黒木
「成る程、スカッとする時か…」
高田
「いやー、俺には合わないかな…」
中が狭いエレベーターは三人を乗せてどんどんと上へと上がっていく。前までは【喋りかけるな】という雰囲気を出していたジュリが、こうして自分達を誘って案内してくれている事へ黒木は疑問に思う。それに以前よりも表情が穏やかになってるように見えた。
黒木
「神田さん。どうして俺たちを誘ってくれたの?」
ジュリ
「どういう意味です?」
黒木
「いや…君は何となく…あまり他人と関わりたくないんだろうなって感じがあったから」
高田
「サラッとそんなこと言うなよ…失礼だろ」
ジュリ
「まぁ…ぶっちゃけその通りですよ。私は金にもならないような連中の相手なんてしたくないです」
ジュリ
「…だけど、それじゃあ双葉先輩のようにはなれないって最近本人から教わったんで…自分らしく生きろと…だからちょっとだけ変わってやろうって思っただけです」
黒木
「双葉さんから…?」
ジュリ
「ま、黒木さんは私に興味ないでしょうし気にしないでください」
黒木
「…神田さん」
ジュリ
「何ですか」
黒木
「俺達の為に声をかけてくれて、ありがとう」
黒木の感謝にジュリはそっぽ向く。
ジュリ
「…別に」
高田
「まあ俺はジュリちゃんが本当は優しいのを知って雇ったんだけどね?デビュー当時のあの穏やかな笑顔は、正に本来の君の素顔というか…いだっ!?ちょ、ジュリちゃん!?蹴らないで!?痛い痛い痛い!!」
ジュリ
「着きましたよ」
エレベーターが開くと、ビルの屋上に着いたようだ。ジュリが先に外に出ると、一つの方角の方へと指を指す。
黒木
「…あれは…」
ジュリが指差す方には、少し遠いが双葉と父親が再会する予定である街中の噴水広場が見える。噴水広場の周辺には【パーフェクトモデル】を見ようと、多くの人が集まっていて警備員が必死に陽動している。
人々はまだかまだかとスマホのカメラを起動して上に掲げ押し合っている。
高田
「流石は双葉ちゃんだなぁ。あんな人混みの中じゃ絶対にまともに見れなかっただろうな。ジュリちゃん、マジサンキュー」
ジュリ
「お礼ならここを貸してくれた店長に言ってください。…はいどうぞ」
用意がいいジュリは人数分の双眼鏡を手渡す。時刻は間も無く20時。双葉と父親が再会する予定の時刻へと迫っていた。双眼鏡をしっかりと握り、集まる人々を見下ろしている黒木の横にジュリは立ち彼に囁く。
ジュリ
「よく見ておいた方がいいですよ黒木さん。貴方の憧れる友人様が魅せる名演技をね」
黒木
「…?」
彼女の言葉の意味がどういう事なのか、黒木にはわからなかった。
すると、集まっている人々の声は突然と大きくなり賑わう。
高田
「おっ、あれが双葉ちゃんのお父様か!」
双眼鏡を覗く彼の視線の先には、送迎車から降りてサングラスを外し、青い瞳で愛想良く人々へ手を振る秀樹の姿が見えた。
通行人
「すげぇ!本当に双葉ちゃんと同じ目だ!」
通行人B
「お父さんもカッコいー!モデルさんだったのかなー?」
【パーフェクトモデルの父親】に集まる人々も湧き上がる。後は【パーフェクトモデル】の登場を待つのみだ。
………
聡
「…よし、双葉ちゃん。フィニッシュよ」
待ち合わせ場所の近辺にある建物では、メイクルームにて双葉のメイクアップと衣装の調整を終えたようだ。部屋の端には細田も腕を組んで見守っている。フォーマルを意識した黒色のパフスリーブワンピース。言うまでもなく、彼女が着ると非常に良く似合っていた。
双葉
「ありがとう聡ちゃん。…行ってくるね」
双葉は微笑み、メイクルームから出ようとする。双葉の本心を知っている細田には、今の彼女に掛ける言葉が見つからず黙りとしていた。
聡
「双葉ちゃん」
そんな細田の代わりに聡が呼び止める。彼女は振り返る事なく背中を見せたまま立ち止まった。
聡
「アティシも細田ちゃんも貴方の味方よ。これが終わったら…直ぐに帰ってきなさいな」
双葉
「…うん、ありがとう。見ててね細田さん、聡ちゃん。私、みんなの【光】になってくるから」
双葉はそう言い残すと部屋を出て行った。深い溜息を吐く細田の元に聡は寄り添い、優しくそっと肩に手を乗せた。
………
PM20:00
集まった人々は大きな歓声を上げる。近隣のビルからはスポットライトが照らされ、姿を現した双葉へと当てる。
黒木
「…!」
遠目で彼女の姿に気付くと黒木は直ぐ様、双眼鏡を覗き込む。
黒木
「双葉さん…」
双葉
「……」
双葉は足を止める。彼女の視線の先には涙ぐみ微笑み立つ秀樹が立っている。二人はスポットライトで照らされ、人々は今、感動の瞬間に立ち会おうとしているのだ。
秀樹
「…久しぶり、双葉。会いたかったよ」
彼は震え声で腕をゆっくりと広げる。
双葉は一歩、一歩と歩み寄り、そして…
双葉
「お父さん…」
秀樹の前に立つと彼女は微笑み、目を閉じて抱きしめる。彼も深く頷いて彼女を抱き返した。
ワァー!!!
感動の瞬間を目に、観客は一斉に大声を上げて拍手が止まらない。
「おめでとー!!」
「本当に会えて良かった!」
「親孝行しろよー!!」
人々は揃って二人を祝福の言葉を贈る。待機していたヘリは飛び上がり、華やかに花吹雪を降らせる。
この感動の再会はテレビの前の人も、スマホのライブ中継を見ている人も、スタジオの人々も心を打たれ、誰もが無意識に拍手を送っていた。
秀樹と双葉は照れるように笑いながらも、公園全体からのいつまでも鳴り止まない拍手大喝采に包まれ、じっと抱きしめ続けてその場を動かなかった。
この光景に双眼鏡を覗きながら高田は感動に溢れ一人大号泣している。
高田
「うぅ…うぐぅ…!本当に良かったなぁ双葉ちゃん…!!」
しかし、ジュリと黒木だけはこの光景に反応が薄かった。ジュリは先に双眼鏡を下ろし再度黒木に向けて話す。
ジュリ
「私の言ってる意味、わかりました?」
黒木
「…うん、わかったよ。神田さん」
彼も双眼鏡を下ろし、直接双葉を見ながら言った。
黒木
「あの笑顔は【嘘】だ」