11話【親と子】
…………
…1年前の12月2日 PM0:02
灯りがない暗い公園にて、ベンチに座りビール缶を開けてぐいっと一気に飲むのは20歳になったばかりの双葉だ。その隣には彼女の初飲酒を見守る細田も座っている。
細田
『誕生日おめでとう。…どう?ビールは気に入った?』
双葉は飲み口から離すと苦そうな表情をしながら、舌を出している。
双葉
『…思ってたのと違う。こんなのが美味しいってみんなは言うの?』
細田
『だから言ったじゃない。甘いのが好きならチューハイにしておきなさいって』
双葉
『だって細田さんはいつも美味しそうにビール飲んでるじゃん。私も細田さんと同じものを好きになりたい』
細田
『別に私に合わさなくてもいいのよ……それよりも双葉、本当におめでとう。ここまで頑張ってきた貴方の努力が、日本を代表するトップモデルまで登り詰めたのよ。ファンは貴方のことを…【パーフェクトモデル】?なんて呼んでるみたいだけど…』
双葉
『あはは、なにそれ。おもしろーい♫』
双葉
『…でも、悪くないね、それ。ファンのみんなは私を見て完璧だなんて思ってくれてるんだ。嬉しいなぁ』
澄み切った星空を見上げ双葉は微笑む。
双葉
『…決めたよ、細田さん』
細田
『?』
双葉は星空へ指を指し立ち上がる。
双葉
『私、もっとあの星のように輝く【パーフェクトモデル】に相応しいモデルになるよ!それで、私を見て元気になったり憧れたりする人を増やしていくんだ!』
双葉
『みんなが思う【完璧の存在】に私はなるよ!これ、成人になった誓いね!』
そう言いながら満天の星空を見つめる彼女の瞳にも、まるで星を宿した様に輝いて見えた。
この子には、その誓いを叶える天性の才能を秘めている。きっとここで終わる事のない、人々の【希望】の存在として活躍していくのだろう。彼女のマネージャーとなって4年間見てきた細田には、それが容易いものだと確信していた。
しかし、それと同時に不安も抱いた。彼女は自分の為ではなく、誰かの為に過度に頑張りすぎている。もしも自分の努力を人々が【否定】をした時、この子はどうなってしまうのか…
そう考えた細田の手は自然と、双葉の手を握っていた。ひんやりと冷たい手を気にする事もなく、このまま遠くへ行ってしまいそうな彼女へ囁く。
細田
『…素敵な誓いだけど、絶対に無理はしないで双葉。約束してくれる?』
まるで母親の様に心配してくれる彼女の優しさに触れて、双葉は笑顔を返す。
双葉
『うん、約束する!だから最後まで見ててね、細田さん。私、みんなの光になってみせるから!』
…………
一月某日 AM9:00 十本木ヒルズ
司会
「第58回JBM賞贈賞式、【JBM・オブ・ザ・イヤー】。受賞者は【双葉】さんです。どうぞ此方へ」
時は戻り現在。早朝より都内ビルのイベント会場にて多くのメディアが集まり、双葉が表に姿を現すと大きな拍手で彼女を迎える。
フラッシュは激しく、シャッター音は鳴り止まない。いつもの明るい彼女とは違い、今日は黒いドレスを着こなし、クールな大人の女性として人々を魅せる。真っ赤なレッドカーペットを、洗練されたモデルウォークを披露して表彰台へと上がった。
JBM賞贈賞式。毎年1月に行われ、去年の一年間で最も活躍したモデルが表彰される式典である。この賞を受賞する事は、モデルにとって夢のようなものであり、自身のステータスが日本中から認められた証にもなるのだ。
そして今回、双葉の受賞は去年に引き続き二度目である。これは全58回行われてきた受賞式では異例の出来事であり、過去に二連続を達成したモデルは居なかったのだ。
前回もモデルデビュー僅か4年にして受賞した事で話題になったが、二連続制覇は正に【天才】を証明する偉業であろう。通常、JBM賞を記事に取り上げない各メディアも、今日は偉業達成の瞬間を目に留めようと多く集まっている。
表彰台に立った双葉の前に進行役である司会者が、星をイメージして彫刻されたクリスタルトロフィーを双葉へ渡した。
司会
「双葉さん、おめでとうございます。二年連続受賞者という前例のない快挙にどう思いますか?」
双葉
「ありがとうございます。正直私も驚いていますね。今回の受賞を本当に嬉しく思っています」
普段の明るい振る舞いとは違い、お淑やかに落ち着いた微笑みを見せて話す。司会者も相槌ちを打ちつつ質問を続けていく。
司会
「去年のシーズンで出演したメゾンの数は58ブランドもあったみたいですね。とても忙しかった一年だったのでは?」
双葉
「はい、正直あっという間の一年に感じました。…でも、それだけ多く私を必要としてくれていると思うと幸せで一杯です」
司会
「ここまで頑張れたのはなんだと思いますか?」
双葉
「私を応援してくれる全ての人のおかげです。改めて、この場を借りて皆さんに感謝を伝えられればと思います」
双葉
「皆さんの応援の言葉の支えがあって、今の私がここに立っています。本当にありがとうございました」
司会
「また一つ【パーフェクトモデル】として伝説が刻まれましたね。皆様、彼女へ暖かな拍手をお願いします」
美しく微笑み、双葉がトロフィーをカメラの方へ向けると、会場は拍手に包まれフラッシュが再び激しく点滅する。
細田
「……」
彼女の偉業を成し遂げた瞬間を、細田は舞台裏から腕を組んで見守り、一人静かに涙を流す。モデル業界に頂点を君臨する彼女の姿に誇りを感じたのであった。
…………
AM11:56
JBM贈賞式も午前中に終わり正午を迎える。午後からはフリーだった双葉に、多くの取材陣が彼女に駆け寄って独占インタビューをしようと試みるが、彼女は目を離した隙にいつもの変装衣装に着替え、逃げるように会場から出て行った。
そんな彼女は細田の送迎車に乗り込み、やって来たのは何処にでもあるチェーン店の牛丼屋だった。
店員
「お待たせしゃしたー牛丼並二つでーす」
カウンター席に並んで座り、二人の元に店員が怠そうに牛丼を置く。双葉は直ぐに手を合わせて食べだすと、一人でウンウンと頷き牛丼に満足しているようだ。先程まで、頂点の存在として君臨していたトップモデルが、まさか庶民の店で美味そうに食べているのは誰も想像しないだろう。
双葉
「んー!これこれ、この味!5年前と変わらないなー!」
一般人にとって普通の味付けに燥ぐ大人の姿に、怠そうにしている店員も変な目で見ていた。細田は溜息をついてその様子に呆れている。
細田
「インタビューも会食も全部断って、行きたいところがあるって言って車を出してみたら…なんでここなのよ。今日はご馳走でも連れて行こうと思ってたのに」
双葉
「特別だからだよ、この牛丼が」
細田
「?」
双葉は嬉しそうに細田の方へと振り向く。
双葉
「私がモデルデビューした日、覚えてる?」
その質問に彼女が牛丼を選んだ理由を理解したようで、細田はゆっくりと頷いて牛丼を見つめる。
細田
「…忘れるわけがないでしょう?初めての撮影で機材トラブルが起きて、何も食べる事なくぶっ通し…終わった時にはもう深夜で、近くに開いてる店もなかった。そこで見つけたのが24時間営業の牛丼屋」
双葉
「細田さんはモデルが深夜に牛丼なんて有り得ないなんて言ってたけど、それでも食べる場所がなかったから仕方なく食べたんだよね。懐かしいなー」
双葉
「…無名だったあの頃から、ここまで来たんだよね私達。この牛丼から5年分の味がするよ。どんなご馳走だろうと、この思い出の味には勝てないだろうね」
細田
「…何言ってるのよ」
牛丼への思い入れを語る双葉に、細田は呆れながらも嬉しそうに微笑みを返した。
双葉
「まっ、本当に連れて行きたい場所はここじゃないんだけどね」
細田
「え…?」
………
PM15:04
都内でも高級店が並ぶエリアに建つメガネショップ。細田は視力を測ってフレームを選ぶ。完全オーダーメイド制で、気に入った形へと仕上げられていく。
店員
「一通り確認は出来ましたので、後はお任せください。完成は一週間後になります。ご来店、お待ちしております」
細田
「ありがとうございます。…お待たせ、双葉」
双葉
「どう?気に入ったの出来そう?」
細田
「ええ、そうね」
測定してる間もずっと此方を見ていた双葉の元へと、彼女は戻ってきた。店員に見送られ外に一緒に出ると、仲良く並んで街道を歩く。
双葉
「私ばかり祝っても仕方ないからね。細田さんもちゃんとご褒美を貰わないと」
細田
「それにしても…よく覚えていたわね。私が眼鏡を買おうか悩んでいた事なんて」
双葉
「そんなの覚えているよ。細田さんと過ごす一日一日全部が大切な思い出だもん」
細田
「…何言ってるのよ」
嬉しい事を言ってくれる彼女に、照れ隠しに顔を背ける。双葉は照れているのを分かっていながら、細田の腕に手を回しくっついて歩く。
細田
「ちょっと…次は何?」
双葉
「あはは、こうして歩いた方が温かいじゃん?」
細田
「…それならこっちの方がいいでしょ?」
そう言うと細田は双葉の手を握った。いつもならこんな事をしない彼女に、双葉はそっぽ向き続ける細田をじっと見て笑い握り返した。
双葉
「私がここまで来れたのも細田さんのおかげだよ。本当に感謝してる。…いつもありがとうね」
細田
「……貴方自身が頑張ったから今があるのよ。双葉」
仲良く手を繋ぎ送迎車へと帰って行く。日本を代表するトップモデルも細田の前では子供のようになり、二人の背中はまるで本当の親子のように見えるのだった。
………
AM10:20 Sunna事務所
数日後の某日。Sunna事務所の社長室にて、嫌々とデスクワークをこなしているKENGOと、呼び出され待機している細田が立っていた。
KENGO
「ちょっと待ってねー細田さん。マジ面倒なんだけど今終わらせておかないと、秘書ちゃんにガチめに怒られちゃうからさー」
細田
「また仕事を溜めて遊んでいたのでしょう?早く終わらせてくださいよ。私もそろそろ次の打ち合わせに向かわないといけないんですから」
KENGO
「ごめんって。でも…君の退職の事については、そろそろ話をつけておきたいんだよ」
細田
「……」
ヒイヒイ言いながら仕事を片付けているKENGOを黙って待つ事にする。
すると、秘書が突然扉を勢いよく開けたかと思うと、慌てた様子でKENGOの元へ駆け寄り、スマホを横画面に向けて見せつける。
秘書
「社長!大変です!これを見てください!!」
KENGO
「えー?猫ちゃん動画なら後でいいよー?」
秘書
「そんなのじゃありません!細田さんも此方へ!」
細田
「…?」
慌てふためく秘書の隣に立って彼女のスマホを社長と一緒に覗く。
【アリケーンチャンネル〜!!】
映し出されている映像は人気動画コンテンツ【WeTube】そのコンテンツで活躍する人間【ウィーチューバー】の中でも、最新の芸能情報を取り上げる人気配信者【有明仁】(※活動名はアリケン)の動画であった。
冒頭テロップが終わるとソファに座り、陽気に騒ぐアリケンが映し出される。
アリケン
『おはよう!こんにちは!!こんばんは!!!アリケンです!さあさあ今日もアリケンチャンネルをやっていきましょう!』
特に問題もない普通の動画に、KENGOもぼーっと見ている。
KENGO
「これの何が大変なのさ。俺も忙しいの秘書ちゃんが一番分かってるんじゃ…」
秘書
「ここからですよ!いいから見てください!」
アリケン
『本日はですね、いつもは芸能人を呼んで直接お話しするこのチャンネルですが!なんと今回は番外編でして、あの日本を代表する唯一無二の最強トップモデル!【パーフェクトモデル】こと双葉さんが…!!』
細田
「…!?双葉?!」
アリケン
『…残念な事に来なかったんですが…』
ブーブーとブーイングのフリー音源が流れる。勿体ぶって直ぐに話さない辺りが、如何にもストリーマーらしい。このもどかしさが細田を苛立たせる。
細田
「何が面白いのよこのチャンネル…」
秘書
「いいから…!」
アリケン
『なんとその双葉さんに匹敵する凄い人物を今日は呼んじゃったんです!それではどうぞ!!』
男
『緊張しちゃうなぁ。失礼します』
拍手のフリー音源と共にアリケンが迎えたのは、サングラスをかけた高身長の大男だ。彼は悠々とソファに座ると、カメラに向けてお辞儀をしている。
アリケン
『見てる人は誰この人って思ったでしょう?でも5秒後には…あーっ!ってなりますから!では、お願いします!』
男
『ハハハ。アリケンさん、大袈裟ですよ。…では』
アリケンの掛け声と共に大男はサングラスを外す。
KENGO
「なっ…!?」
細田
「…これって…」
サングラスを外した彼に、KENGOと細田も驚かざるを得なかった。男の瞳は、双葉と瓜二つの青色に輝いていたのだ。
大男
『視聴者の皆さん、初めまして。双葉の父、【桜井 秀樹】です』