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【完結】Re:LIGHT  作者: アレテマス
第三幕
147/150

74話【Re:LIGHT】


 …快晴の空。昨日都内に降り積もった雪は、太陽の光に照らされ溶けていく。最高の天気の中、人々はTMAへと向かっていた。


 そう、今日は誰もが待ち望んだ【Starlight Collection】開催日なのである。受付が始まったTMAでは既に多くの人々が集まり、誰もがこの夢の祭典を楽しみにしていた。


 そんなTMAの前にて小嶋と森山は会場に入らず、他の人々と共に立っている。小嶋は暇そうにスマホを見つめ、森山はじっと前だけを見つめ待機していた。


小嶋

「もぉ〜、さっさと中に入ろうよ森山ちゃん。外で待とうと中で待とうと変わらないって。めっちゃ寒いんだけど〜」


ぐちぐち言う小嶋に対し、森山はメガネをクイっと指で上げて答える。


森山

「それなら先輩だけ先に入って待っててください。私はここで待ちますので」


小嶋

「ちょいちょいちょい。それじゃあまるで僕が冷たい奴みたいじゃん」


森山

「いいえ、違います」


小嶋

「?」


森山

「みたいではなく、冷たい人です」


小嶋

「ハハ、辛辣〜…」


真顔で淡々と話す後輩に小嶋は苦く笑うしかない。


「悪い。遅くなった」


小嶋

「おっ」


そんな時、ずっと待ち望んでいた声が遠くから聞こえてきて、小嶋の体はピクリと反応する。


 声が聞こえてきた方へと二人は振り向くと、そこには休職中の斎藤が軽く手を振って歩いてきた。彼一人だけでなく、娘の奈穂美も一緒だ。


小嶋

「もぉ〜せんぱぁ〜い。可愛い後輩を待たせるなんてダメじゃないですかぁ〜!まっ、そういう適当な所が先輩らしいって言いますか…」


斎藤

「森山、元気にしていたか?ええと…まだ紹介してなかったな…この子は娘の奈穂美だ」


奈穂美

「は、初めまして!奈穂美です!いつもお父さんがお世話になってます!」


森山

「森山です。父をお世話しております」


奈穂美

「えっ」


斎藤

「森山…」


森山

「冗談です。斎藤先輩もお久しぶりですね。体調の方は…いえ、これは聞くべきではありませんね。あの様な惨事は…もう思い出したくもないでしょう」


斎藤

「気にかけてるのか?まぁ…回復はしていってるよ。このままいけば来月には復帰出来そうだ。すまんな、待たせてしまって」


森山

「大丈夫です。我々はいつでも先輩の帰りを待ってますから」


奈穂美

「へぇー…森山さん、なんていうか…凄く頼もしいね、お父さん」


斎藤

「あぁ…心強い後輩だよ」


小嶋

「オォーイ!!」


ずっとスルーされていた小嶋は遂に痺れを切らして、迫真のツッコミが響き渡る。


小嶋

「僕は!?僕には触れないんですか!?真っ先に反応したのは僕ですよ!?流石に酷くないっすか!?」


斎藤

「そのウザ絡みは体調を悪くするからな。今日は勘弁してくれ」


森山

「だそうです。黙っててください、小嶋先輩」


小嶋

「先輩後輩どっちも鬼畜かよ!!」


奈穂美

「ぷっ…あはは…!」


三人のやり取りに娘の奈穂美は思わず笑ってしまった。


奈穂美

「な、なんか意外だったな。お父さん、職場でも良い人達に恵まれているんだね」


斎藤

「まぁ……そうだな」


小嶋

「まぁってなんすか!?まぁって!?」


斎藤

「うるせぇ。……にしても、小嶋。双葉はまた大変な立場になっちまったな」


さっきまでとは違い、ジャーナリストの顔つきに切り替わる斎藤を見て、小嶋も深刻そうに頷いた。


小嶋

「…はい。まさか双葉さんにあの様な秘密があったなんて思いもしませんでした…なんとかして擁護出来る記事を書こうと頑張ったのですが、炎上の勢いは止まらずどうしようもなくて…」


斎藤

「お前が気にする事じゃない。…だが、もしも今日、スタコレのサプライズ枠で双葉が出るというのなら……それは歓迎の声でなく非難の声で会場は包まれるだろうな」


森山

「残酷な事ですね。人々は彼女に【完璧】だけを求め、【完璧】ではないなら受け入れないなんて…彼女は人々の為に輝いてきたというのに…それが【当然】だと人々が認知してしまっている限り、誰にも彼女の気持ちなど理解は出来ないのでしょう」


奈穂美

「…だ、だったら…!」


斎藤

「?」


奈穂美

「だったら…!双葉さんを信じてる私達だけでも!応援しないとダメじゃん!周りがブーイングしてるからって、それに流されちゃあダメでしょ!」


奈穂美の熱い双葉への想いを聞き、大人達は優しく笑い相槌を打つ。


斎藤

「…そうだな。奈穂美の言う通りだ。今のファンができるのは、復帰した双葉を盛大に歓迎する事だ」


小嶋

「勿論僕達は双葉ちゃんを応援するからね奈穂美ちゃん!」


森山

「無事に合流も出来ましたし、そろそろ行きましょう。この日の為に推し団扇、人数分用意しましたので。勿論サイリウムもありますよ」


小嶋

「いやめっちゃ準備がいい!!」


四人は楽しそうに盛り上がりつつ、会場の中へと入っていくのであった。


………


TMA メインホール


 来場した人々は指定された場所へゾロゾロと向かう。豪華な装飾に彩る満場の会場は、まだかまだかと開幕を待ち望んでいた。


 そして、会場を照らす照明が一斉に消えたかと思うと、舞台にスポットライトの光が一筋と差し込んだ。スポットライトに照らされるその先に立つスーツが似合う老人。スタコレの会長である【北野 慎二】はマイクを握りしめ、会場内に響き渡る程大きな声で挨拶をする。


北野

「皆様!本日夢の祭典【Starlight Collection】へお越しいただき、誠にありがとうございます!去年は大規模な事故で中止と、悲しい結果となりましたが…多くの人々の努力によって、この日を無事に迎える事が出来ました!スタコレに関わる方々へ、心より御礼を申し上げたい!本当にありがとうございます!!」


北野

「本日お越し頂いた皆様も!どうか、今日という日を目に焼き付けて帰ってください!!スタコレは今を輝くモデル達による、最高の煌めきを皆様にお届けする事を約束します!!」


北野

「Starlight Collection!これより開幕です!!」


北野が両腕を挙げると、舞台全体から一斉に吹き出し花火が放たれ豪華な演出を披露する。会場内の盛り上がりは最高潮に達し、大歓声と拍手で賑わいを見せた。


 会場が盛り上がる中、一般ブースから少し離れた関係者用の座席には、世界的有名ブランド【ML(マリールブラン)】の現社長【セリーヌ】が座っていた。祭典の幕開けの様子を、微笑ましい顔で他の関係者と共に見守っているのだ。


 そして彼女の隣の席にはタバコの代わりにキャンディスティックを咥えて怠そうにしているキリコが座っていた。セリーヌはウキウキとした様子で、キリコに話しかける。


セリーヌ

「キリコ、ご覧なさい。いよいよスタコレが始まるみたいよ?」


キリコ

「…あのさ」


セリーヌ

「?」


キリコ

「なーんでアタシを連れてきたわけよ。今日、店に予約入ってたんだよ?キャンセルの電話入れるの、メッチャ怠かったわー…」


キリコは舐め切ったキャンディのスティックを口から離し、ペン回しの様にくるくると指の上で回す。超がつく程のお偉いさんの前であろうと、態度を全く変えない彼女にセリーヌは上品に笑う。


セリーヌ

「ウフフ、キリコは私にとって大切な友人。だから、この夢の祭典を一緒に見るべきなの。それに、貴方も元モデルなんだし…今を活躍する現役モデル達には興味があるでしょう?」


キリコ

「んー、まぁ…一理あるか。まーでも、こういう場所にはタバコと酒があったら文句はないんだけどねー」


セリーヌ

「あら、それなら用意しましょうか?私がスタッフに頼めば、直ぐにOKと言ってくれるはずよ?」


キリコ

「ジャパニーズジョークだよ、セリーヌ。禁止されてる以上、郷に従えって奴さ」


セリーヌ

「ウフフ、分かってるわよ」


お互いの立場等気にする事なく会話は弾む。くるくると回していたスティックをズボンのポケットに入れて、横目でセリーヌを見ながらキリコは質問をする。


キリコ

「…でも、セリーヌも本当はスケジュールが埋まってて、来日するのもかなり無理矢理だったんでしょ?…どうして態々他の予定を開けてまで来たのさ」


その質問にセリーヌは一度キリコの方へ顔を向ける。他人の行動など興味を示さない彼女が、珍しい事を聞いてくるものだとセリーヌは感心したのだ。再び舞台の方へ顔を向けて、彼女は答える。


セリーヌ

「…Starlight Collectionは将来有望な日本人モデルが集うのよ?そんな大事なイベントを、見逃す訳にはいかないじゃない?」


キリコ

「本命は」


セリーヌ

「?」


キリコ

「本命は…双葉?」


まるで、こちらの考えはお見通しだと言うかのように続けて聞いてくる。そして、キリコの予想通りセリーヌはその質問に頷くのだ。


セリーヌ

「…以前の彼女は【パーフェクトモデル】と呼ばれる、正に日本の伝説モデルとして扱われてきた。そんな彼女の【嘘】がバレた今、【パーフェクトモデル】による【偶像の輝き】は人々に通用しなくなっている」


セリーヌ

「…この目で確かめたいの。双葉というモデルが輝いていたのは【本物】なのか【嘘】かを。二年前に契約をしようとした私の目に狂いがなかったのか…この舞台で見させてもらうわ」


キリコ

「……なるほどね。貴方らしい理由だよ」


セリーヌ

「ところで、貴方はモデルに戻らないの?貴方が復帰するのなら、MLとして直々に雇うつもりだけど?」


キリコ

「残念だけど戻りませーん。この業界は人付き合いが面倒だし怖いからねー」


納得したキリコは胸ポケットに入れてある予備のキャンディスティックを取り出して咥える。二人の視線の先のランウェイでは、次々と華やかな演出と共にオープニングを飾るモデル達が歩いていくのであった。


……


TMA バックステージ


 いよいよ幕を開けたスタコレ。表舞台ではモデル達が華やかな衣装を着熟し、優美な姿勢でランウェイを歩いていくが、バックステージではスタッフ達はとても忙しそうに走り回っていた。


 次に着る衣装の調整、メイクの最終仕上げ、一秒でもズレてはならない演出のスタンバイ。彼等がこれまで行ってきたリハーサルは、この日の為に無駄のない動きとして完成されていた。


 だが、油断は出来ない。何処かでミスが発生すれば、全てが狂ってくる。幾ら練習してきたとは言え、一発勝負の当日は誰もが緊張するものなのだ。


 そんな関係者が行き交う廊下で、準備を終えてスタンバイしているPP⭐︎STARのメンバー。アイドルとして幾度とライブをしてきた彼女達も、この一つの大舞台を前には心が引き締まっていた。だが、そんなメンバー達をリーダーとしてRABiは励ましていく。


RABi

「みんな!大丈夫だよ!この日の為に何度もリハしてきたんだからさ!!いつも通りにやれば絶対に成功するよ!!」


MAi

「おぉっ、流石はリーダー。その言葉、今チョー欲しかったんよ〜」


RABiの激励にメンバー達は力が漲ってくる。一度は解散するかもしれない危うい関係だったのも、今では其々の絆で繋がっているのだ。


難波

「おう、もう直ぐやな」


RABi

「!難波さん!」


そんな彼女達の元へ関西流のストリートファッションを着こなした難波が合流する。


 彼女の声を聞いて嬉しそうに反応を見せるRABiは、直ぐに彼女の元へと駆け寄る。難波は飛び込んできそうなRABiを両腕を広げてハグで迎えた。


難波

「ゴッツ似合っとるやん、自分。まぁ当然か。アンタは日本を代表するアイドルモデルやもんな」


RABi

「えへへー。そんな難波さんも今日は凄くカッコいいよ!なんていうか…難波さんらしいファッション!って感じ?」


難波

「せやろ?褒めても何もでえへんで」


最高の友と本番直前で出会えたこの上ない喜びに、RABiはもう何も怖くなんてなかった。そう応援しに来てくれたのだと思っていたが、難波はメンバーには聞こえないように控えた小声でRABiに問いかける。


難波

「…なぁ、RABi。ホンマに良かったんか?」


RABi

「えっ?」


難波

「黒木の事や。…アンタ、デートから帰ってきた後、ウチを信用して自分の想いを吐いてくれたやん?あれからな、一晩寝てウチなりに考えたんやけど…」


難波

「…正直、RABiは優しすぎると思うで?もっと、自分に正直に生きて良かったんちゃうんか?双葉の為やと思うのは分かるけど、黒木は黒木でアンタに惚れてたとウチは思う…双葉も言っとったんやろ?RABiに譲るって。それやったら…」


RABi

「大丈夫だよ、難波さん」


難波

「…?」


RABi

「アイドルはね、みんなのアイドルなんだ。だから、私が一人の人に恋をすると、私を応援してくれるみんなを裏切ることになっちゃう。最高のアイドルを目指す私には、今は恋よりもそっちを大事にしたい」


RABi

「私はね、応援してくれるファンのみんなが大好きなの!だから、私が次に恋する時はアイドルを辞めた時!それがいつになるかは分からないけど…それまではアイドルとして、今を全力で楽しむから!!」


そう言うと、RABiは満点の笑顔によるピースを難波に見せつけた。


難波

「…そうか」


進行役

『皆様!お待たせしました!!次にこのスタコレを彩ってくれるのは、日本を代表する最強アイドルグループPP⭐︎STAR!!スタコレだけに用意してくれた特別ライブを!どうぞお楽しみください!!』


進行役のアナウンスに、表舞台からは大歓声による【PP】と手拍子アンコールが聞こえてくる。


MAi

「おーい!リーダー!ほらほら行くよー!」


RABi

「うん!!…それじゃあね!難波さん!!難波さんのパフォーマンスも楽しみにしてるから!!また後で!!」


RABiは難波に手を振りながらメンバーと合流してステージへ駆けていく。その輝かしい後ろ姿を、難波は腕を組んで微笑ましくじっと見つめた。


難波

「…ホンマ、強い女やな…アンタのその輝く姿に、ウチもアンタのファンも何度も助けられたんや…心から感謝しとるで…」


難波

「…間違いない。RABi、アンタは最強で最高のアイドルや。アンタと友達になれたこと…ウチは誇りに思っとるからな」


RABi

「みんなぁー!!今日は全力で楽しんで、最高の思い出にしていってねー!!せーの!!君を幸せにするのはー!」


観客

「「ウォォオオオオオ!!ラ・ビィー!!」」


PP⭐︎STARがステージに姿を現した時、会場の歓声は割れる程響き、彼女達のライブはスタコレを大いに盛り上げるのであった。


………


TMA メイクルーム


「…っし。これでファンタスティックになったわね」


双葉

「ありがとう聡ちゃん。ハルちゃんの方でも忙しいのに、最後まで付き合ってくれてさ」


「ノンノン。双葉ちゃんをファンタスティックにさせる事が出来るのはこの世でアティシだけだもの。こんなのお茶の子さいさいサイネージよん」


鏡台の前に座る双葉。聡による最終調整も無事に終えて立ち上がる。


 真っ白なマーメイドドレスの上にケープを羽織り、三つ編みのクラウンで後ろ髪をシニヨン風に纏めている。それはまるで、嘗てモデル業界の頂点だった気品ある完璧な女王の姿。双葉だからこそ着熟す事が出来る最上級のファッションである。


 華やかな衣装を身に纏い、メイクも仕上がって美しい姿へと変身した彼女だが、表情は何処か暗いようにも思えた。


 それを見透かしていたのは、部屋の隅からずっと見守っていた細田。彼女は鏡台の前で、聡と一緒に身嗜(みだしな)みをチェックする双葉の元へ車椅子を動かして側に寄る。それに気付いた双葉は細田の方へと振り返り、嬉しそうにハグを交わした。


双葉

「どう?細田さん?似合ってるでしょ?」


細田

「えぇ、正に完璧な姿ね」


双葉

「あはは、知ってる」


お互いに軽く話した後、細田は静かに視線を下ろして双葉の手を見つめる。彼女の手は微かにだが、小刻みに震えているのだ。


細田

「…やっぱり、怖い?」


その質問に、少し溜息を吐くと彼女は苦く笑った。


双葉

「…細田さんは何でもお見通しなんだね。…うん、正直だけど…超緊張してる……もしかしたら本番迄にゲロっちゃうかも?」


細田

「何言ってるのよ……でも、何だか懐かしいわね」


双葉

「…?」


細田は震えている彼女の手を優しく両手で握り、双葉の顔を見つめながら思い出を語る。


細田

「貴方がこうして緊張しているのを見たのは……初めてランウェイを歩くことになった時以来よ。あの時もこうやって手を震わせて、貴方はメイクルームでずっと怖い顔をしていたわ」


双葉

「あったあった。…あの時も、細田さんはこうして手を握ってくれたよね。なんていうか……初心になった気分。ずっと忘れていたあの頃に戻ってきた様な感じだね」


細田

「あの頃と違うのは…今の貴方は【本当の自分】と向き合えたって事ね」


細田はゆっくりと手を離し、母の様な優しい微笑みを見せる。


細田

「…私は…いえ…私達は、貴方がこれから起こす【奇跡】を信じているわ。どんな結末になろうと、貴方には信頼出来る人達が沢山いることを…どうか忘れないで」


双葉

「…ありがとう、細田さん。聡ちゃんも、私の我儘に付き合ってくれてありがとうね。…行ってくるよ」


双葉は今一度二人にハグを交わし扉へと向かう。そして、出ていく前に振り返ってニコッと笑顔を見せた。


双葉

「ねぇ。私が輝く所、しっかり見ててね」


そう言葉を残すと双葉は扉を開けて廊下へと出て行った。彼女の背中を見届ける二人。前髪を弄る聡に細田は問い掛ける。


細田

「…ねぇ、黒木さんが来ること…あの子に言わなくて良かったのかしら?」


それを聞いた聡は前髪を弄る手を止めて、腕を組み直して語る。


「言う必要なんてないわよん。どうせこの後直ぐに会えるんだし?…それに、今はクロちゃんは問題じゃない。あの子の【本当の姿】が、世間に受け入れられるかどうかが問題じゃないかしらん?」


細田

「…そうね。私達も移動しましょう」


そう言うと二人は、双葉に続いてメイクルームを後にするのだった。


………



ワァァアアアアア!!



「ジュリ〜!!スタコレおめでとうー!!」



「ニーナこっちにファンサして〜!!」



「キャア〜!!一馬様〜!!」


クールなメタル系の曲を響かせ、パンクファッションをバッチリとキメたダブル・アイは、ランウェイを華麗に歩いていく。舞台の先頭に立つと三人は息を合わせた決めポーズを披露して、観客達をより魅了させた。


 最高のパフォーマンスを終えた三人はファンに見送られながら舞台裏へと戻ってくる。バックステージに到着した途端、モデルモードだった二奈は一瞬にしていつものテンションへと戻り、キャアキャアと一人で騒ぎ何度も飛び跳ねる。


二奈

「ヒャッッホオォォォオオオ!!!マジスタコレパナすぎぃ〜!!!会場中ウチらにチョーメロメロじゃーん!!!気持ち良すぎワロタァ!!」


ジュリ

「うっせ。…でも、悪くはなかったね」


会場の人々に見られる自分のスタイル。それはまるで自身の個性を受け入れてくれたかの様に、ジュリはとても清々しい気分に浸る。彼女はクールぶって抑えているつもりだが、隣に立つ一馬にはその喜びが伝わっていた。


一馬

「ジュリちゃん。これが大規模のランウェイデス。そして、大勢の人が見ている中で、自分らしさ通して魅せる事が出来たジュリちゃんは、最高にクールでカッコよかったデスヨ」


ジュリ

「そりゃどーも…」


相変わらず余計な事を言ってくる一馬にジュリはジト目で溜息を吐く。


 だが、それも愛のある言葉なのだと理解しているジュリは、静かにグーの手を突き出す。二人はそれを見ると、何も言わずとも直ぐにグーの手を突き出して其々タッチを交わした。


「やぁ!みんな!凄く良かったよ!」


そんな三人の元へ、拍手をしながらKENGOが嬉しそうに姿を現す。


二奈

「ウェーイ!社長オッツー!!ウチらマジ最高っしょ??」


KENGO

「勿論!今日の君達の活躍は、ダブル・アイのプロジェクトとして大成功と言えるだろう!!本当に君達を組ませて良かった!!」


ジュリ

「…私も」


KENGO

「…?」


ジュリは誰にも顔を見せずにそっぽを向いて、ボソボソと呟く。


ジュリ

「…私も、一馬さんと二奈と一緒にランウェイを歩けて…本当に良かったと…思ってる」


一馬

「ジュリちゃん…フッ、僕達もそう思ってマスヨ」


二奈

「ヒュウ〜!♫ジュリデレいただきましたぁん!!」


ジュリ

「う、うるさい!」


KENGO

(本当に仲が良いなぁこの子達は…)


飛びついてきた二奈を、ウザそうに引き離そうと暴れるジュリ。一馬とKENGOはその光景を微笑ましく見守るのだった。


「ジュリちゃん。カッコよかったよ」


ジュリ

「え?」


そんなKENGOの後ろから、スタコレ関係者の名札を首からぶら下げている男性が姿を現す。その男を見てジュリは、思わずギョッとした表情になってしまった。


ジュリ

「く、黒木さん!?」


黒木

「うん。久しぶり」


来ることはないだろうと思っていた人物が現れたことで、ジュリは戯れ合っている二奈を、割と本気で横へと突き飛ばして黒木の元まで駆け付ける。


二奈

「イッタァー!!?」


ジュリ

「く、黒木さん!?え、あ、も、もしかして…!記憶を取り戻したんですか!?いや!ていうか…!ここはバックステージですよ!?関係者以外は入れないし…!!い、いや!それよりも!もう双葉さんとは…!!」


黒木

「お、落ち着いてジュリちゃん」


突然始まる質問責めに黒木はタジタジになり上手く返せない。そんな彼の代わりに、隣に立つKENGOは説明を始めるのだ。


KENGO

「黒木君は俺の秘書として急遽雇ったんだ。今日一日だけだけどね。…でも、そのおかげでバックステージに出入り自由な俺と一緒に同行する事が出来るから、チケットがなくともTMAへ入場が可能になったのさ」


ジュリ

「マジか…社長、アンタガチ神すぎるでしょ…」


KENGOの粋な計らいにジュリは思わず感心する。黒木はバックステージを見回して双葉を探すも、彼女はまだここには姿を現していない様だ。


黒木

「社長…その…」


KENGO

「慌てることはないよ黒木君。ここで待っていれば、双葉ちゃんは必ず姿を現す。そして、このバックステージから彼女が歩くランウェイを見届けようじゃないか」


黒木

「…わかりました」


社長の安心させてくれる言葉に黒木は頷き、心を落ち着かせて息を吐く。少し顔を俯かせ【双葉と再会した時、何と声を掛けたら良いのだろうか】と考える。


「あーっ!!黒木さんじゃないですかぁ!!」


此方に気付いた声が遠くから響いてくる。一同はその声の方へと振り向くと、華やかな衣装を着こなしたTOP4がやってきたのである。


春香

「黒木さん!!お久しぶりです!!ここにいるってことは…!!」


既に察している春香に黒木は頷いた後、深々と頭を下げた。


黒木

「…スミマセン。俺、皆さんに物凄く迷惑をかけてしまってたみたいです」


難波

「ったく。遅すぎやっちゅうねん。それに、頭を下げる相手はウチらやないやろ」


RABi

「私達が歩いた後は双葉さんが歩くんだよ!?今のうちに話したい事、一杯用意しなきゃ!!」


昨日の事がまるでなかったかの様に元気に振る舞うRABiに、黒木は顔を上げて申し訳なさそうな表情をしていた。


黒木

「RABiさん…俺…貴方に謝ま…」


RABi

「ダァーっ!!!もういいの!!ほんっと!!気にしないで!?っていうか!私も私で色々と学んだし、お互いウィンウィンって事でおしまい!!」


ジュリ

「え、お二人に何かあったんですか?」


RABi

「イヤァー!?な、何もありませんでしたよ何もぉー!?」


姫川

「フフ…RABiさんもそう言ってますし、ここまでにしてあげてください…それよりも…黒木さん」


黒木

「…?」


姫川

「今の双葉さんは、世間からは嘘付きで裏切られたのだと思われています。きっと彼女が人々の前に姿を現した時…待っているのは歓声ではなく、非難の声となるでしょう…」


姫川

「…それを踏まえた上で、この後やってくる双葉さんにするべき事を考えてください。あの人は間違いなく強くなられましたが…一人の人間には変わりありませんので」


姫川のアドバイスに、黒木はしっかりと目を合わせて

頷く。彼もまた、もう迷いはないようだ。


黒木

「…ありがとうございます、姫川さん」


進行役

『さぁさぁさぁ!!超盛り上がってきた所で本日のメインショーへと移りましょう!!我らが日本を代表するトップモデル達が結集して魅せる奇跡の瞬間を、とくとご覧あれ!!』


春香

「!!い、いかなきゃ!!黒木さん、ジュリちゃん!また後で…!!」


黒木

「はい。頑張ってください」


ジュリ

「自分らしく、ですよ。春香先輩」


二奈

「ヒメッチもラビぽよもマジがんばー!!」


姫川

「ありがとうございます」


RABi

「さっきトコトンやってやったけど!!何度でも期待に応えちゃうよー!!」


一馬

「難波さん、元山社長が最前列で見ているみたいデスヨ。恩を返す時が来ましたネ」


難波

「おう!!任せときい!!」


TOP4のメンバーは黒木達に別れを告げて、派手なEDMの音楽が鳴り始めると共に、表舞台へと姿を現すのだった。


………



…コツ…コツ…


 薄暗い静寂の廊下。誰もいない中でヒールの音を鳴らして歩く。微かに聞こえる鼓動は、ランウェイに近付くにつれ少しずつ高まっていく。



ワァァアアアアア!!



 まだ遠くだと言うのにここまで届く観客の声。これ程盛り上げられるのは、きっとTOP4がランウェイを歩いているからだろう。この日まで磨き上げた自身のスタイルは、見ている全員へ届いたに違いないと思える大声援だ。



私は、受け入れてくれるのだろうか?



 ただ一人、無音の廊下を歩きながら孤独に思う。【完璧】を無くした今の私を、みんなは見てくれるのか…大丈夫だと言い聞かせても、心の隅では不安がまだ残っているようだ。


「双葉さん!!」


双葉

「…えっ?」


俯かせていた顔は、今の双葉が聴きたかった声に反応して顔を上げる。



 彼女の視線の先。そこには表舞台から漏れている照明をバックに、今にも泣きそうな表情で立つ黒木が立っていたのである。ここで出逢うとは思わなかった双葉は、思わず目を見開きその場で立ち尽くしてしまった。


双葉

「…黒木…さん?」


黒木

「…双葉さん」


彼女の驚く顔を見て心配させたくない。


 黒木は大きく深呼吸をすると涙を堪えて優しく微笑みを見せる。そして、その場から動かない彼女の前へとゆっくり歩み寄った。



彼は言う。



黒木

「…ごめんなさい。とても…とても長い間…双葉さんを待たせてしまいました。もう一人にさせない決めていたのに…」


彼女は微笑み返して答える。


双葉

「…本当に遅すぎるよ。…でも、貴方はこうしてまた私の前に現れてくれたんだね。…帰りを待っていたクリスマス…あの時の言葉、まだ言えてなかったね」




双葉

「…おかえり、黒木さん」




黒木

「…ただいま、双葉さん」





二人は同時に両手を広げて抱きしめ合う。多く語らなくとも、二人の【愛】は十分に満たされるのだ。


 彼らの周りには先程KENGOとダブル・アイへ合流した細田や聡、そしてステージから戻って来たTOP4も含め、二人の再会を静かに見守る。今の自分達には、これだけの信頼出来る仲間がいるのだと、心の内に秘めていた光が強く照らされていく。


進行役

『さぁ!ここからはスタコレ恒例のサプライズショーです!今年は一体誰が現れるのでしょうか!そう!それは間違いなく貴方が今想像している人でしょう!このタイミングで復帰をした【完璧の存在】!いよいよ登場です!!』


進行役によるマイクパフォーマンスが表舞台から聞こえてくる。静かに抱き合っていた二人はそっと離れて、顔をじっと見合わせる。その表情に、覚悟はもう出来たのだと伝わってくる、


黒木

「…双葉さん、俺はここから貴方を見届けます。最高の輝きを…ファンの皆さんへ届けてください」


双葉

「…うん、任せて」


双葉はそう言うと黒木に今一度軽くハグを交わしてステージへと向かいだした。彼は振り返り、歩いていく双葉の背中姿をずっと見守り続ける。


細田

「頑張って、双葉」


「大丈夫!双葉ちゃんならいけるわよん!ファンタスティックになりなさぁい!!」


KENGO

「双葉ちゃん、君ならいける」



孤独の私を支えてくれた人達



春香

「双葉さん!!私達も全力で応援してます!!」


ジュリ

「その自慢の才能でやっちゃってください、双葉先輩」


一馬

「貴方の強さ、きっと皆さんにも伝わりマス」


二奈

「ウェーイ!!アゲてこーぜぇー!!」



孤独の私を信じてくれた人達



姫川

「後はお願いします…双葉さん」


難波

「バッチリキメてきぃや!!双葉!!」


RABi

「双葉さん!頑張れー!!」



孤独の私を尊敬してくれた人達



そして


黒木

「双葉さん!!」


後ろから聞こえてくる声に、私は立ち止まって振り返る。黒く真っ直ぐに、穢れなき無償の愛を宿す瞳で彼は叫ぶ。


黒木

「もう一度見せてください!!あの時貴方が見せてくれた…唯一無二の輝きを!!」


双葉

「……うん。見ててね、みんな」


双葉

「最愛として捧げる、最後の【光】を」


………


 進行役のアナウンス後、メインホールでは歓声とブーイングが混ざり合い、会場内は混乱していた。彼女の復帰を喜ぶ者もいれば、騒動に対して何も弁明しない態度を気に食わず怒る者もいる。そんな人達に囲まれながらも、静かに小嶋達は双葉の登場を待つのだ。


森山

「…やはり予想通りの反応ですね。この様な華やかな場所であろうと否定的になる人は現れてしまうのは」


小嶋

「くそー…僕、ちょっと黙らせてきますよ!」


斎藤

「やめろ。周りに迷惑がかかるだけだ」


奈穂美

「双葉さん…」



 そして、それは会場だけではなかった。高田の自宅では、WeTubeのライブ放送をテレビに映して橘と共に見守っているが、画面の右下に映るコメント欄は一気に加速が増していき、アンチコメントが流れに流れ続けている。空気の読めないコメントの数に、高田は苛立っていた。


高田

「チクショー!!双葉ちゃんの気持ちも知らずに好き勝手書きやがってよぉー!!」


怒る彼とは反面、橘はこの荒れるコメント欄を冷静に状況を見抜く。


「双葉殿…ここが正念場であるぞ…この窮地を貴方はどう魅せるのか…お手並み拝見といこうじゃあないか」


高田

「いや滅茶苦茶カッコいいけど、さっきまで律儀にブロックしまくってたよなタッちゃん…」



 そして、黒木の実家でも恵と母親はスマホをスタンドに立てて、映し出されるライブ映像に手を合わせて見守るのだった。


「双葉さん…!!」


「貴方ならいけるわ…!頑張って…!!」



 照明は次々と消えて舞台だけが照らされる。暗くなっても会場の人々は静まる事を知らない。それどころか、野次を飛ばす人ばかりが増えていく。この荒れ狂う会場の中、斎藤は腕を組んで静かに語り出す。


斎藤

「…なぁ小嶋。桜井(ヒデキ)は、自分の青い瞳の事を【呪い】だって言ってんだ。あの瞳のせいで、自分の人生は最低なものだと憎んでいた」


小嶋

「…?」


斎藤

「確かに【青】っていうのは、世界的に見てもネガティブな意味として捉えられることが多い。場面によっては、桜井の思う【災い】の意味にもなるんだ」


斎藤

「…だが、そんな中でも【奇跡】の意味も、青には宿しているんだ。今の双葉は、桜井の【災い】の瞳じゃなく、【奇跡】の瞳なのかもしれないな」


遂に舞台の照明も消えて、一点のスポットライトだけが舞台へ差し込んだ。


斎藤

「…よく見ておけよ、小嶋。今年のスタコレは…」


斎藤

「伝説になるぞ」



…ワァァアアアアアッ!!



双葉

「……」


双葉は人々の前へと遂に姿を現した。


 スポットライトに照らされる彼女の絶対なる美に、歓声は止まらない。双葉は本来のファッションショーであるべき姿の様に、真顔を維持して洗練されたモデルウォークでランウェイを歩き出した。



だが、ここで人々は違和感に気付く。



キリコ

「…おっと?」


セリーヌ

「…成る程。実に彼女らしいやり方ね」


この演出に長年ファッションショーを見てきたセリーヌも思わず唸った。



 そう、音楽による盛り上げも、レーザービームやモニターによる演出も一切起きない。ステージの上では彼女はただ黙々と歩くだけなのである。どの後押しも全く頼らないランウェイが今、ここで行われているのだ。


 この様なパフォーマンスで待ち受けるのは、会場内の人々全員が双葉へ一点集中するというもの。あまりにも大胆不敵なパフォーマンスに、観衆は驚きを隠せずにはいられない。そして、さっきまで混乱していた声は一瞬にして静まり返っていた。


 ここにいる人々全員が自分へ集中しているこの状況。長年【完璧モデル】を演じて経験してきた双葉であろうと、緊張で顔が歪みそうになる。


 だが、汗を一滴でも流してしまえば、自分が今から魅せる【最高潮】へ達する事は出来ない。彼女は懸命に冷静を装い、ステージの先頭へと向かい歩き続けるのだ。


双葉

(今…みんなが私を見てくれている…希望や喜び…あの時と違って、今のみんなの視線は、不安や怒りでいっぱいだな)


漸く辿り着いたステージの先頭。双葉は立ち止まると、ポーズを決めることもなく、ゆっくりと顔を俯かせた。それは、これから何かが起きるのだと、周りの人々は唾を飲み込み、じっとその瞬間を見守ろうとする。


双葉

(…でも、みんなの想いを…みんなの全ての【愛】を…ちゃんと受け取るよ。…それは、【嘘の姿】なんかじゃない)



次の瞬間、双葉は羽織っているケープのボタンを外し、力強くバッと宙へ舞う様に脱ぎ捨てた。



双葉

(今度は【本当の姿】で…!)



観客

「「!!」」




ケープを脱いだ彼女のドレスは、背中が肌けて開いたデザインとなっていた。



そしてそれは、彼女がずっと隠してきた醜い火傷の跡を、ここにいる全ての人へと曝け出したのだ。テレビやSNSで見た彼女の秘密、それを今、我々は目の前で彼女の手によって見せられている。


KENGO

「聡君…あの時教えてくれなかった策って…」


「えぇ、そうよ。復帰が決まった双葉ちゃんに急遽頼まれたのよ。本来着る予定だったドレスをアレンジして、背中がよく見える様にしてほしいって。あのドレスは、この時の為に用意された、あの子の為だけに作られた特注品」


「…そして、ご覧なさいな。これが…群衆の答えよ」


そう言って聡は勝ち誇った表情で、観客の方へと指を指す。



…パチ…


パチ…パチ……


パチパチパチ……!



ずっと静かだった会場に、微かな拍手が聞こえる。 その音は次々と連鎖をするかの様に、会場全体へと広がっていく。


 その晒された背中を見つめ、不快に思う人間等ここにはいなかった。たった一つのスポットライトの光に包まれた双葉は神々しい程美しく、醜い背中ですら、彼女の絶美の一部となる。


 ただ黙って拍手を送る者や、涙を流して見守る者。思いが抑えられず「双葉ー!」と呼びかける者も現れる。


 この会場は、【嘘の美】を捨て、【真実の美】を纏う彼女の絢爛(けんらん)の姿に、感動で包まれていくのだ。あれだけ批判をしてきていた者でさえ、その絶対的な美しさには、心が浄化されて感動を覚えてしまう。そして拍手や歓声は、いつしか会場の全体へと大きく響き渡っていく。



双葉の【愛】は、人々の心へ届いたのだ。



 そして、その輝きはバックステージから見ていた黒木にもしっかり伝わっていた。彼は静かに涙を流しながら、何度も何度も相槌を打つ。



彼は思う。



初めて双葉と出逢った、あの時。それは決して【嘘】の輝きではなかった。



最初からからずっと



彼女は【本当】の輝きを放っていたのだと。



黒木

「…双葉さん…」



ワァァアアアアア!!



鳴り止まない観客の大歓声を背中に、双葉はバックステージへと歩き出す。ずっと崩さないと決めていた表情は、自分を受け入れてくれた人々への喜びのあまり、口元だけは緩んでいた。



 表舞台から離れた双葉。バックステージに漸く戻ってくると、仲間達や自分の姿に感動したスタッフやモデル達が集まり、沢山の拍手で迎えてくれる。


 だが、双葉にはそんなのはどうでも良かった。観客に見られなくなった今、彼女がやるべき事はたった一つ。双葉は突如走り出して、黒木の元へと一直線に駆け付ける。


双葉

「〜ッゥウウウ!!終わったァァアアア!!!」


黒木

「うわっ!?」


双葉は手を広げ、最高の笑顔で黒木に飛び込んで押し倒した。


 もう周りの目なんてどうでもいい。双葉は思うがままに、記憶を取り戻した黒木を強く抱き締める。彼女は口を大きく開けて笑い続けているが、目からは喜びに満ちた涙が流れ続けていた。


双葉

「どう?見てくれた?最高だったでしょ!?」


黒木は押し倒された事に驚いていたが、ずっと我慢していた感情を開放して、彼もまた力強く抱き返す。


黒木

「…ハハ、勿論。ずっとここから見てましたよ、双葉さん。…やっぱり貴方は、とても美しい人だ」


双葉

「あはは!知ってる!」


黒木

「…本当に、お疲れ様…」


二人は幸せそうに笑い合い、黒木は彼女の背中を優しく撫でた。


微笑ましく美しい関係。周りにいる人達は、その喜びを分かち合い、いつまでも笑いながら二人を見守ってくれるのであった。



 …その後のスタコレは、選ばれたモデル達の最高のパフォーマンスによって大いに盛り上がり、大成功の形で幕を閉じた。


 ライブ放送での同接は歴代一位のアクセス数。ネット記事では直ぐに双葉の優美なる姿を纏め、SNSではバズが止まらない。会場に来れなかった高田と橘は、どの記事であろうと拡散してこのバズに貢献するのだ。


 閉幕式に、舞台の上では北野が再び姿を現す。会場は歓声と拍手が収まらず、この大盛況の光景を前に、少しも口角が下がる事はなかった。彼は意気揚々とマイクを握り締めて、大衆に向けて語りだす。


北野

「皆様!今年のスタコレはいかがだったでしょうか!?この夢の様な時間を、皆様と共に過ごせた事をとても光栄に思います!!本当に今日は、この会場へお越し頂き、誠にありがとうございました!!」


深々と頭を下げる北野に、拍手はより一層強まる。彼は顔を上げて周囲を見渡しながら話を続ける。


北野

「そして!このスタコレの最後を締め括るのは!今回の祭典で最も輝いたモデルへ贈る【スターモデル賞】!会場内の皆様、そして、ライブ放送をご覧になってる視聴者様の投票によって選ばれたモデルが登場します!」


北野

「それでは!!ステージへお越しください!!」


北野

「【星谷 双葉】さんです!!どうぞこちらへ!!」



ワァァアアアアアッ!!



双葉

「えっ?」


自分の出番が終わった後、ずっとバックステージで黒木とくっ付いていた双葉は、自分が選ばれるとは思ってなかった様で、北野の言葉を聞いた途端、口を開いて唖然としていた。だが、周りの人達はそれは当然の結果だとわかっていた様で、彼女を茶化しに集まってくる。


難波

「ほら、呼ばれとるで!早よ行きいや!」


ジュリ

「全く…全部掻っ攫うのは相変わらずですね。まっ、それが貴方らしいっていうか…」


春香

「大切なファンを待たせていいんですか双葉さん!?ほら!早く早くぅ!!」


双葉

「みんな…」


珍しく呆気に取られる彼女の背中を、黒木は隣から優しく後押しする。


黒木

「行ってきてください、双葉さん。貴方の愛するファンが待ってますよ。…俺は、ここでずっと待ってますから」


双葉

「黒木さん……うん!わかった!ちょっとだけ、待っててね!」


黒木

「いってらっしゃい」


黒木に押され、彼女は嬉しそうに笑うとステージへと向かう。



ワァァアアアアア!!



 再び表舞台に姿を現した双葉に、人々は大歓声で彼女を迎える。


「双葉ー!」


「感動をありがとうー!!」


とても嬉しい声の数々。双葉は一人一人聞こえてくる声に心地良く感じる。北野の隣を横切りマイクを受け取ると、彼女はステージの先頭へと立った。


 スポットライトは双葉を照らし、双葉は周りの人々を何度も見回して手を振り返す。歓声も落ち着いてきた頃、双葉は一息吐いてマイクを口元へ近付けて話しだした。


双葉

「…みんな!今日はスタコレに来てくれて本当にありがとう!今回参加した人、みんな綺麗だったでしょ?まぁ、私にはまだまだ敵わないかな?」


軽い口で冗談を話し、人々はワハハと笑う。この親しみ易い雰囲気は間違いなく、人々から愛された双葉の姿に違いない。バックステージから見守る人々も、楽しそうに話す彼女を安心した目で見ていられた。


 会場の空気は和やかで緊張も解けてきたのだと分かった今、双葉はマイクを改めて両手で握って語りだす。


双葉

「…あのね。少し前に話題になった私の姿。みんな、驚いたよね?ずっと見てきた【完璧】が、【嘘】だった…それはきっと、とても悲しくて辛いものだったと思う」


双葉

「私もいつかはこの【秘密】をみんなに伝えないとって思ってた。…でも、【嘘】で輝く事で喜んでくれるみんなに甘えちゃって、【本当】の自分を見せなくてもいいんだと、隠して生きる事を選んだ…【本当】の私なんて、望まれてないんだって勝手に恐れてたの」


双葉

「…でも、それでも、【本当】の私をだしても、みんなは私を受け入れてくれた。…そんなみんなの事が、私は大好きだよ。この気持ちは、絶対に【嘘】なんかじゃない。こんな私を受け入れてくれて…本当にありがとう」


双葉

「…私はもう【嘘】を纏う事なんてしない!これからは!ありのままの自分の姿で輝いてみせるよ!!だから!みんなもそんな私を見てくれるかな!?」



ワァァアアアアア!!!



この大歓声と拍手が、双葉の求める答えなのだろう。彼女は何度も何度も嬉しそうに頷いた。会場だけでなく、彼女の言葉にバックステージの人々も、ライブ配信を見ている画面の前の人々も、双葉へ拍手を贈るのであった。


双葉

「…ありがとう、みんな」


自分を愛してくれる人々へ感謝の意を込めて、彼女はボソリと呟くのだった。


 そして双葉は、満足気な表情をしたままバックステージの方へと指を向ける。


双葉

「そんなわけで!早速自分らしくやらせてもらいます!今日はなんと!!私をここまで導いてくれた大切な人が、この会場に来てくれています!どうぞ!お願いしまーす!!」


黒木

「…えっ?」


自分への指名だと一瞬で理解した黒木は突然の事で呆気に取られる。だが、そんな彼の背中を春香は手で、ジュリは片足でグイグイと押してくる。


春香

「ほら!呼ばれてますよ!」


ジュリ

「ボーッと突っ立ってないで早く会いに行け。モテ()さん」


黒木

「!……分かった」


押してくれる二人に頷き、黒木は決心して表舞台へと向かいだす。二つ目のスポットライトは、ステージに姿を現した黒木へ向けられ、会場の人々は彼に一斉に注目する。



「あ、あれって確か…双葉のお兄様…?」



「おいおい、あの噂はマジだったのか!?」



黒木の登場に会場はざわつきだす。人々の想像によって一人歩きしている噂が、彼等を落ち着かせないのである。



 だが、黒木は問題がなかった。どれだけ大衆に見られようと、少したりとも動じる事などなく、彼は堂々と歩いて双葉の元へと向かう。ステージの先頭へと辿り着き、彼女の隣へと立つと、双葉は片手で黒木の手を握りながらマイクで語る。


双葉

「紹介するね!この人は黒木さん!お兄ちゃんじゃなくて、私の【家族】!…あっ、こんな風に説明するとややこしくなるか。えーっと、要するに…私の大大大好きな人!!」


「「エェェェエエエエッ!?」」


突然の発表に会場の人々は声を合わせて驚く。また自由勝手に振り回しだした双葉の様子に、細田は呆れながらも微笑ましく見守る。


双葉

「えっとね、黒木さんとの出逢いが、私の運命を大きく変えてくれたの。黒木さんはね、私の事を誰よりも愛してくれた。私の全てを受け入れる…その【本当の愛】を届けてくれたからこそ、私は私らしく輝く事が出来たんだよ。つまり…私よりも凄い人です!この人は!!」


黒木

「そ、そんな事は…」



ワァァアアアアアッ!!!



双葉の紹介の言葉は、再び歓声と拍手で満たされていく。この会場にいる人達は、黒木という存在すらも受け入れてくれたようだ。


 この反応を前に、黒木も思わず照れて頭を掻いてしまう。彼の可愛らしい様子を双葉は隣でニヤつきながら見つめた後、彼女は咳払いをして再び人々へ話しかける。


双葉

「んんっ。…それでなんだけど〜…黒木さんは一度記憶を失ってしまってさ。だーい好きな私の事も、最近まで忘れちゃってたんだ。…だから〜、本当に覚えているか確認したいから〜?黒木さんから直接聞かせてほしいな〜?」


黒木

「えっ」


そう言って双葉は強引にマイクを握らせる。


 突然の無茶ぶりを振ってきて固まる黒木。だが、観客席からは



「早く言えー!!」



「愛してるんでしょー!?」



と、陽気に彼を茶化してくるのだ。人々もその時をまだかまだかと待ち望んでいる。



だから、彼はマイクを力強く握り、真っ直ぐな瞳で双葉を見つめながらこう答えるのだ。





「愛してる」





双葉

「〜っぅううう!!!私もぉ〜!!!」


黒木

「!!」



感情が爆発した双葉は黒木に飛びついて抱きしめ



二人の幸せを願う観衆に囲まれながら



世界一の情熱で満ちた【愛】の口付けを交わした。




ワァァアアアアアッ!!!



人々の大喝采。二人を祝福するかのように紙吹雪が天井から沢山降り注ぐ。せっかくの感動スピーチも、まるで台無しになったが、悪く思う者は誰一人と存在しなかった。いつまでも、いつまでも、二人の幸せを人々は願ってくれた。



二人の美しい【愛】は、この会場を一瞬にして熱狂に変えたのだ。後に今回のスタコレを、伝説の一夜として永遠に語り継がれる、無比なる幕引きとして人々に知られるのであった。





…そんな伝説の一夜から


一年の時が過ぎた。



6/29の12時より、引き続き公開予定の物語があります。

どうぞ、最後までお楽しみください。

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感動で涙ぐんで仕方ない( ;∀;) 勇者双葉の最後の決戦に、挑む仲間達からの声援♪ 愛する者への皆まで言わなくて分かる、信頼と愛♡ そして!最後の暴走!!良きですね♪良きですね♬
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