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【完結】Re:LIGHT  作者: アレテマス
第三幕
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71話【君にとっての『光』】前編


 双葉の大炎上から二日が経った。遂に明日は人々が待ち望んだスタコレだ。前日に備え、最終調整を行う人々はTMAに集まっていた。とは言え、この日は運営側が用意したリハーサル日でもなく、会場に集まる人々はごく僅かである。


 そんな数少ない人々の中に、暗い表情で俯き会場へ入ってくる姫川の姿があった。二日経ったとはいえ、今だにSNSや報道を通して燃え続けるこの騒動に罪悪感を感じて、酷く落ち込んでいるのである。すれ違う周りの人々は、らしくもなく感情を露わにしてしまっている彼女を心配するような目で見てくる。


双葉

「おはよう、姫川ちゃん」


姫川

「…あっ」


前から聞こえてくる挨拶の声に、姫川は足を止めて顔を上げる。


 彼女の前には今、日本中で最も注目されているであろうスーパーモデルが、いつも通りの振る舞いで此方に手を振っているのだ。


姫川

「…おはようございます、双葉さん」


挨拶をしたい気分ではないが、目の前にいるのは憧れの人。小さく声を震わせてゆっくりとお辞儀をする。自分の過ちを許してくれたとは言え、自分自身が許せずにいた姫川はまだモヤついているのだ。


 そんな様子を見て双葉は何をするのか。それは簡単なことである。双葉は何も詰める言葉も無く、ただ姫川の元まで歩み寄り、優しく彼女を抱き締めるだけなのだ


姫川

「え…?」


双葉

「元気ないよー姫川ちゃん?まだ前のこと引き摺っているの?明日は本番なのに、そんな感じじゃ失敗しちゃうよ?」


彼女は柔らかい声で語り掛け、小動物に触れる様に姫川の背中を優しく撫でる。


 双葉は禁断の秘密を暴露されようと、前に進もうとしている。それなのに、自分はまだ過去の過ちに足を止めてしまい後悔ばかりしている。姫川が双葉の領域に達する事が出来ないのは、


【どんな道になろうと突き進む信念の強さ】


という決定的な違いがあるからだろう。


 だが、一つだけ納得が出来ない。双葉がどんな相手だろうと愛する事を選んだとしても、華城をアリケンから庇う理由が分からないのだ。


 玩具のナイフだったとはいえ、もしも本物だとすればあの時に双葉は死んでいた。例え華城の行いを許すにしても、自分の命を引き換えに守る理由があるのか?姫川はモヤついた答えを求め、双葉に尋ねる。


姫川

「…双葉さん。どうしてあの時、華城を庇ったのですか?」


双葉

「…?」


姫川

「…貴方がどんな相手だろうと愛するという寛大な心は、尊敬に値します。……ですが、ですがあの時、もしも本物のナイフだったら……双葉さん、貴方は死んでいたのですよ?」


姫川

「貴方を酷く恨む人間を命を賭けてまで庇う価値はあるのですか?私には…あの時の華城は自身の行いへの清算であり、自業自得な結末のように見えました。…言い方が悪くなりますが…私は、正直あのまま刺されてしまった方が良かった様に感じて……」


双葉

「……」


弱々しい声で聞いてくる姫川に、双葉は抱きしめてる手を離す。そして、姫川の肩に両手を乗せて相槌を打つと静かに微笑んだ。


双葉

「…そうだね。姫川ちゃんの考えは普通なんだと思う。私の事が嫌いだって分かってるのに、庇う理由なんてないもんね。姫川ちゃんがそうやって考えるのは、何も間違ってなんかない」


姫川

「だったらどうして…」


双葉

「……もしも華城が刺されて死んだらさ?華城の事が好きなファンの人達が悲しむでしょ?どれだけ酷い事をしても、その人を愛してくれている人は必ず何処かにいるんだ。そんな人達を悲しませたくない。そう考えたら、体が勝手に動いてたんだよね」


姫川

「それは……それは双葉さんも同じじゃないですか。双葉さんが死んでしまったら、貴方の為に悲しむ人は沢山……」


双葉

「私はここまで沢山の愛に包まれて十分に満たされた。これ以上の幸せを求めてなんてない。愛してくれるファンには悪いんだけどさ……私はこれから行く先が、どんな結末だろうと構わないって思ってる」


双葉

「でも、姫川ちゃんやTOP4のみんなにはまだまだ未来がある。貴方達はこれから私の代わりに輝くんだよ?だから、こんな事でみんなの未来を終わらせたくないっていうのが…私の本心かな?」


姫川

「……黒木さんは……」


双葉

「…?」


姫川

「…黒木さんは、貴方が死んだと知ると、誰よりも悲しむと思いますよ」


双葉

「……」


勇気を出して双葉の瞳に目を合わせる。その澄んだ瞳からは無限の覚悟に満ちた輝きが感じ取れた。だが、何処かでまだ【黒木】という未練が残り、完全なる輝きではないのだと、長年モデルとしてのキャリアを積んできた姫川には分かった。


姫川

「…貴方が私達に未来を託すのは心から嬉しく思います。…ですが、何でもかんでも自分が受け身になろうだなんて考えないでください。双葉さんの代わりなんていないんですよ?」


姫川

「…こんな状況になっても、黒木さんはきっと双葉さんの事を思い続けてくれているはずです。…そんな人を置いて、死を覚悟する様な行動は……起こさないでください……双葉さんにも、未来があるのですから」


双葉

「…姫川ちゃん」


姫川

「…ごめんなさい。こんな事、私に言われる筋合いはないですよね?私があの時に、あんなバカな事をしてなければ、双葉さんは人々から批判されずに、出演出来たいうのに…」


双葉

「……」


また落ち込もうとする彼女に、双葉は肩に乗せていた手を引いて再び姫川を抱きしめた。


双葉

「…姫川ちゃんは、本ッ当に優しいんだね。…ありがとう。私の事を想ってくれて…」


姫川

「…そんな……私は…優しくなんか…」


「そんな事ないです!」


彼女達の横から大きな声が響いてくる。


 二人が振り返ると、そこには心配そうな顔をした春香が走ってきて、彼女の後から難波も続いてやってきたのである。


姫川

「春香さん…」


二人との再会は今日が初。事件以降、姫川から連絡を控えてしまっていたのだ。気まずい再会であるが、春香はそんな事お構いなしに姫川にエールを送る。


春香

「私が落ち込んでいる時、姫川さんが声をかけてくれてなかったら、もっと悪い方向に行ってましたよ!姫川さんは、私達の事をいつも思ってくれてたじゃないですか!」


難波

「今回の件は確かにやってもうたわ。…けどな、クヨクヨしててもしゃーない。一番の被害者の双葉がもうええって言っとるんや。何もそこまで自分を責めんでええやろ」


難波

「それと…アンタがあんな事してようが、ウチらには関係あらへん。全盛期の双葉の秘密は誰だって知りたいもんやろ。ウチでも同じことしてたと思うわ。アンタは当然の反応をしてしもうただけなんやで」


姫川

「難波さん…」


気を遣ってくれる仲間達に姫川の目は潤む。


 誰も自分を責めていない事が分かり、安心感と幸福感が同時に満たされていく。そんな彼女達の絆を見て双葉は嬉しそうに笑い、パンっと手を叩く。


双葉

「そーゆーことっ!…さっ、この話はもうおしまい!明日の本番に向けて最終スパートだよ!」


そう言うと双葉は自主練の準備をする為、三人へ手を振り舞台裏へと走って行く。難波は腕を組みながら、憐れむ目で双葉の背中を見送っていた。


難波

「…ほんま強い奴やな、双葉は。今一番キツい思いしてるはずやっちゅうのに…一切の隙も見せへんわ。あれが【星谷】の名を継いだ覚悟っちゅうもんか」


姫川

「…難波さんの言う通りです」


難波

「…?」


先程までの弱々しい面影は消えて、吹っ切れた様に姫川は堂々と立つと、気合いが込められた瞳で双葉の背中を見届ける。


姫川

「このままクヨクヨしていては、私を許してくれた双葉さんに何も返す事なんて出来ません……明日は本番です。私が今出来る事は…私達を見に来てくれる人々へのお返し……それに全力で応えるためにも、前に進まないといけませんね」


双葉の覚悟に立ち直った姫川。その言葉を聞き、春香も難波も微笑んで相槌を打つ。


春香

「うんうん、そうだよ!姫川さん!私達もラストに向けて頑張らないとね!」


姫川

「…ありがとうございます。ハルちゃん、難波さん。私、最後までTOP4の一人として、頑張らせていただきます」


難波

「おう!…まっ、一番輝くのは双葉でもTOP4でもなく、ウチやけどな!」


春香

「もー!なんでそんなこと言うんですか難波さーん!みんなで輝いたらいいじゃないですかー!」


難波

「やかましい!!ウチが最強のモデルだって事を証明するんや!!一時的に仲間になってる事を忘れたらあかんで!!」


春香

「ライバルって考えるのは、アホらしくなったんじゃなかったんですか!?本当は私達と居ると楽しいんでしょ!?」


難波

「なんでその発言覚えとんねん!恥ずかしいからやめーや!!」


姫川

「フフッ……あれ?」


ギャーギャー騒ぐ二人を微笑ましく見ていると、姫川はさっきから感じていた違和感に漸く気付くのである。


姫川

「…あの…RABiさんは?」


難波

「ん?あぁ、あいつか。あいつはやな…」


………


 場所は変わってSunna事務所。早朝にも関わらず、電話は鳴り止まず多くの社員は対応に追われている。事務所の前では記者達が潜伏して、社長のコメントを直ぐにでも聴取出来るようにスタンバイしていた。


 これまで何度も困難な状況を乗り越えてきたKENGOも、今回の騒動の大きさに、社長室に篭って苦しめられていた。双葉の背中だけでなく、秀樹の真相もバラされてしまい、【パーフェクトモデル】の信用は大きく傷付いてしまった。


 そうなると、それを隠蔽していた会社の責任者としても信頼が無くなってしまい、大きく動く事も不可能なのだ。


 この状況をどう打破するかと必死に考えても、対応に迫られている社員達に迷惑をかけてしまっている罪悪感が思考を妨害して集中が出来ない。椅子に全体重を掛けて凭れては、天井を見上げて大きく溜息を吐くことばかりだ。


 そんな困り切っている社長を、部屋の隅で壁に凭れて立つ聡は呆れた目で見ていた。


「ちょっとちょっと〜。らしくないじゃないの〜?ケンちゃん」


KENGO

「ハハ…本当にね」


完全に参ってしまっているKENGOは、聡の相手すらしてる余裕もない。


 生返事の返しに聡は溜息を吐いて凭れるのを止めると、クネクネと体を動かしてKENGOの後ろに回り込む。そして、真っ白の両手で彼の肩を掴むと、程よい力加減で肩を揉み出すのである。


「こういう時こそ、リラ〜ックスしなきゃ。ほら、アティシのファンタスティック⭐︎肩揉みで、アハーンでウフーンな極上体験をア・ゲ・リュ⭐︎」


KENGO

「……肩凝りが酷かったから、アハーンなぐらいには気持ちがいいよ」


「あっ、はい。それは何より」


聡の茶化しに、ほんの少しは気持ちが和らぐ。だが、それで事態は変わるものではないので、結局は溜息を吐いてしまう。こんな状況でもつるんでくる聡に、KENGOは愚痴をこぼすように話しだした。


KENGO

「…今回ばかりは会社としての責任を問われる問題だからさ、スタコレが終わった後、ちゃんとした会見を開いて謝罪後に社長を降りようかって考えているんだ」


「フーン」


KENGO

「でも、会見でどう説明をしたらいいかも分からなくてね。記者の人達はきっと双葉ちゃんについての質問だらけになるだろうし…今までは誤魔化せたけど、信用が無くなった今じゃ、上から下まで答えないと許してくれないだろうな」


「ヘーン」


KENGO

「そんな事を想像すると頭痛が酷くてね……秘書ちゃんからも休めって言われたけど、みんなが対応を必死に頑張ってくれてるのに俺だけが休むなんて出来ないよ」


「ホーン」


KENGO

「…あのねぇ」


適当な返事しかしない聡に、流石のKENGOも苛立ち、揉んでくる手を引き離すと、彼の方へと椅子を動かして振り向いた。


KENGO

「君も、もっと危機感を感じたらどうなんだ?双葉ちゃんだけでなく、Sunnaの今後にも関わる問題なんだよ?」


怖い顔で見てきても、聡は自分の下唇に指を当てて余裕そうに返す。


「んー、そうね。アティシは心配してないわよん」


KENGO

「…なんだって?」


漸く自分へ興味を示した社長の反応。聡は腕を組み直し、誇り高き眼差しでKENGOの目を見つめて話すのだ。


「簡単な事よ。どれだけ世間が野次を飛ばして炎上に燃料を注ごうと、【実力】さえ証明すれば無理矢理黙らせる事が出来るってワケ。ケンちゃんも社員が〜って言うけど、双葉ちゃんの事をもっと信じてあげないとダメじゃな〜い?」


KENGO

「…どういうことだい?」


「…双葉ちゃんが自分の背中を全国に晒されても落ち着いているのはね、あの子は秘密を晒される前から、とっくに【決意】を宿していたからなのよ。そんな双葉ちゃんの【決意】によって放たれる、【最後の輝き】を、アティシは信じてる」


KENGO

「聡君…何か策があるというのか?」


【決意】の内容を気にするKENGOに、聡は口角を上げてドギツイウインクで返すだけだ。


「そうね。それは当日までのオ・ア・ズ・ケ♡…それだけでも十分大丈夫だと思ってるけど、究極アルティメットファンタスティックが完成するピースが…後一つだけ欠けているのよね」


そう言って聡は窓の方に顔を向けると、雲一つない青空を見つめながら小さくボヤく。


「…最後の隠し味は貴方に託されてるのよ。クロちゃん」


………


AM 11:48 ナナ公像前


「やばいやばいやばい!!チョー遅刻じゃん!!」


人々の待ち合わせにはうってつけのこの場所に、街の通行人を必死に避けて慌てながら到着。柴犬の像が目に映ると着いたという安堵に、走らせていた足を止めて大きく深呼吸をする。


 乱れていた息が整い、ナナ公像前に集まる人々を見回して人を探す。この落ち着きのない彼女の正体は、上から下までカジュアルファッションで変装したRABiなのだ。一般人に溶け込む衣装で身を包めば、どれだけスターアイドルだろうと人々は彼女に気付く事はない。




それは、一人を除いて。




黒木

「お久しぶりです、RABiさん」


RABi

「…あっ!」


一般人に成りすましているはずのRABiに、黒木は迷う事なく彼女の前に現れるのであった。


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