70話【償い】
華城
「…えっ?」
アリケン
「ありゃ…?」
双葉
「…ッ!!」
突如姿を現した双葉は華城を庇う様に両手を広げて前に立ち、アリケンから身を守った。ナイフは彼女の左胸に力強く押し付けられ、そのままアリケンの体重がのしかかって押し倒されてしまう。
スタッフ
「きゃ、きゃあああああっ!!」
この一瞬の出来事を見たスタッフは大きな悲鳴を上げた。
一馬はその声が耳に入ってくると、硬直していた体に力が漲り、直ぐ様双葉にのしかかっているアリケンを蹴り飛ばす。
アリケン
「ぐはぁ!!」
全力を込めて蹴り上げられたアリケンは転がり倒れ、他の勇敢なるスタッフや警備員が駆け付けると、彼が立ち上がる前に直ぐに押さえ付けた。
一馬
「双葉さん!!」
春香
「双葉さぁん!!」
ジュリ
「先輩!!!」
双葉を思う人々は、仰向けに倒れている彼女の元へ我先にと走りだす。
双葉
「……」
双葉
「…痛く…ない?」
難波
「…!これは…!!」
何と双葉は胸を刺されても、何事もなく生きていた。それどころか圧迫された痛みは胸に残っているものの、激痛ではないこの違和感に、刺されたであろう部位を顔を上げて見てみる。
ナイフは双葉に刺さらず、彼女の近くに落ちているが、血は一滴も付いていない。そして彼女の服も刃によって破れていないのだ。
難波は恐る恐るナイフを手に取り、刃先を指で摘み力を加えると、ナイフの刃はグリップに収まる様に収納される。
そう、ナイフは本物ではなく、ドッキリ用に使われるオモチャナイフだったのだ。それが確信した瞬間、難波と一馬は大きく溜息を吐いて胸を撫で下ろす。春香やRABi、そして二奈は盛大に涙を流し、体を起こした双葉を囲んで力強く抱き締めていた。
春香
「うわぁぁぁ!!よ、良かったぁぁあ!!!ほ、本当に…!!良かったぁぁあああっ!!!」
RABi
「無茶しないでくださいよぉ双葉さぁん!!」
双葉
「あ、アハハ…私も死んだと思った……今すっごい心臓がバクバク鳴ってるよ…」
二奈
「ヒーン!!こっちも心臓破裂するかと思った!!」
ギャーギャー泣き叫ぶギャラリーの元へ、ジュリは涙を堪えながらも腕を組んで側に寄ってくる。
ジュリ
「…ってか、双葉先輩。どうしてここにいるんですか?番組に出演する予定はなかったでしょ?」
双葉
「あー、それはそうなんだけど…どうせスタコレに出演する事みんなにバレてたし、本当のサプライズでちょっとだけ顔出そうかなーって思って来ちゃった。そしたら、こんなことになっちゃって……」
ジュリ
「何ですかそれ……いや、まぁ、とにかく無事で良かったです…いや、本当…」
二奈
「ジュリっぺも今直ぐ泣きそうじゃあん!!こっちに来て一緒にぴえんしよ!!」
ジュリ
「しねーよ!!…泣いてる暇なんかない。まずは、あのクズをぶっ潰さないと」
双葉の安全を目視で確認終えたジュリは振り返り、取り押さえられているアリケンの方へと歩き出す。途中、床に落ちてあるアリケンのスマホが目に付くと、ダンっと思いっきり踏み潰した。
ズカズカと足を大きく鳴らし、取り押さえているスタッフや警備員を手で払い避けさせると、アリケンの胸ぐらをガッと掴み、ギロリと鋭く睨んで詰め寄る。
ジュリ
「テメェ…よくもまぁ滅茶苦茶にしてくれたな?」
今にも殺すのではないかと思わす様な鬼の形相をしている彼女に、アリケンは馬鹿にする態度でヘラヘラと笑う。
アリケン
「いやいや、何怒ってんの?ちゃんとオモチャのドッキリだったでしょ?何も悪くなくね?ってかさ、俺は滅茶苦茶ビビってる顔でも撮って、ミーム素材にしようと思ってただけなんだよなぁー?くっそー!残念!!」
アリケン
「つーか、俺に怒ってる暇あるの?そこにいる嘘吐きの醜態が全国に放送されちゃったんだよ?俺に怒る暇あるなら、もっとそっちの今後について心配したほうが良くない?」
馬鹿にするように笑い続けるアリケン。ジュリは大きく舌打ちを鳴らすと胸ぐら掴んでる手でアリケンを床に力強く叩きつける。
アリケン
「いだっ!!」
ジュリ
「……」
彼女は静かに手を離す。
そして、ポケットからスマホを取り出してカメラを起動させると、床に倒れているアリケンにレンズを向けながら片足を大きく上げて、彼の顔の前に踵を構える。
アリケン
「…へ?い、いやいや!?顔はダメ!!ダメダメダメ!!ちょ、待っ…!!」
ダァン!!
構えていた足を勢いよく振り下ろして踏み付ける。
…だがそれは、アリケンの顔面にではなく、ギリギリ当たらない顔の横を踏み付けただけで、床の音が鳴り響いたのであった。
顔面を潰されると思い目をギュッと閉じたアリケンは、恐怖で引き攣った顔でゆっくりと目を開ける。ジュリは此方をゴミを見るような目で睨み、スマホの録画機能を止めると、ニヤリと不気味に笑う。
ジュリ
「顔面ミームネタが欲しかったんだろ?テメーの汚ねぇ顔が撮れたから、代わりに流行らせてやるよ」
アリケン
「!て、てめ…っ!ぐえっ!?」
ジュリの態度に腹が立ち、アリケンは起きあがろうとするも、今度は力強く腹を踏み付けられて再び押さえられてしまった。
ジュリ
「ほら、代わりに押さえておくから誰か警察を呼んで」
スタッフ
「は、はい!」
ジュリの指示に周りのスタッフも漸く体が反応して動き出す。
アリケン
「い、良い加減に…!ぎゃああっ!?」
腹を踏み付けられても尚、彼は起きあがろうとしたが、一馬と二奈もジュリの元へ来ると、二奈は彼の股間を、一馬は彼の顔面を踏み付けて押さえた。
アリケン
「いだだだだだ!!!し、死ぬ!!死ぬ!!!」
ジュリ
「やるじゃん、二奈」
二奈
「っべー…潰しちゃったかな…?」
一馬はアリケンの相手などせず、まだモニターに映し出されている双葉の背中姿に指を指して周りに呼び掛ける。
一馬
「この写真の映像も直ぐに消してくだサイ。双葉さんの肌の露出は、Sunnaの契約違反になりマス。このままにしておくとSunnaの社長が黙ってないデスよ」
スタッフ
「分かりました!」
スタッフは慌ててモニターを映し出している原因である、華城の席に用意されたスマホケーブルを抜いて映像を消した。
そして華城はというと、この一連の流れに燃え尽きたかのように俯いて椅子に座り続けている。このスタジオを混乱させた張本人…それを難波が黙って見ているわけがなかった。
難波は双葉の身が安全だったのを確認終えると彼女から離れ、今度は足音をズカズカと鳴らしながら華城の元へと歩いてくる。
難波
「おうコラ。何ボーッとしとんねん。せっかくの特番が台無しになってもうたわ。…分かっとんのか?」
華城
「……」
難波に詰められようと華城はまるで反応がない。その態度に難波は益々苛つき、胸ぐらを掴んでは激しく彼女を揺するのである。
難波
「黙ってりゃあ何とかなるとでも思っとんのか!?ええ!?」
双葉
「待って」
華城
「…!」
魂が抜けた様に死んだ表情をしていた華城も、側へやってきた双葉が目に映ると、ハッと我に返る。
自分の秘密を暴かれた直後だというのにも関わらず、彼女は秘密をバラした女を庇う行動を見せた。それもまた、【完璧】を演じる為の仮面のはずだ。どんな状況でも【パーフェクトモデル】を貫き通す彼女に、華城は舌打ちを鳴らし突然怒鳴る。
華城
「…なんで…なんでなのよ!!なんでアンタはいつだってそんな顔していられるのよ!?分かってるの!?アンタは、自分の醜い姿を日本中に広められたのよ!?アンタは嘘つきだってバレたのよ!?なのに、なのにどうして…!!」
感情をぐちゃぐちゃに、思うがままに叫ぶ華城を、双葉は澄み切った青い瞳を輝かせて応える。それはまるで、どんな人間であろうと、親身に寄り添う【無情の愛】を具現化した姿だ。
双葉
「あはは、そうだね。遂にバレちゃった。いつかは隠し切れなくなるんだろうなって思ってたけど…こうもあっさりとバレるものなんだね」
春香
「双葉さん……」
双葉
「バレたものは仕方がないよ。この姿は私の【本当の姿】だし、言い訳なんて誰も求めてなんかない。きっと、この後の私は貴方が望む姿になるかもしれないね。…貴方がそれで満足なら、私は構わない」
彼女の言葉から、まるで怒りが伝わってこない。それどころか、この最悪の状況ですら受け入れようとしている。これもきっと、【パーフェクトモデル】の演技の一つのはずだ。そうに違いない。
だが
敵わない
この美しさは、彼女だけが持つ最高の輝き
彼女こそ
真の…
華城
「……なんで……」
華城
「…なんで…アンタは……」
華城
「…そんなに美しいのよぉ……っ」
悔しそうに歯を食い縛り、華城の目からはボロボロと涙が流れていた。
彼女の泣く姿を、ここにいる人達は誰も見たことがない。だからこそ、華城の涙を見た人々は、この女がずっと溜め込んできていた【憎悪】が【浄化】されていくかの様に見えたのである。その瞬間、長きに渡る華城の【独裁】に終わりを迎えたのだ。
姫川
「…双葉さん」
双葉
「…?」
だが、この状況を誰よりも後悔している姫川は、顔を俯かせ双葉の元へとやってくる。彼女は決して怒っていないと分かっているのに、姫川は目を合わせるのに勇気が出ず顔を背けていた。
姫川
「あの写真…あの写真は…私が去年の2月のスタコレで撮影したものなんです……」
難波・春香・RABi
「「!!」」
衝撃の告白に周りにいる人達も思わず目を見開き彼女の方へ振り返る。そんな目で見られるのは当然の事だ。姫川は声を震わせて話を続ける。
姫川
「あの時…貴方の秘密を知った時に…私はあろうことか、【完璧】である貴方の秘密を、自分だけは知っておきたいという独占欲に負けてしまって……本当に……本当に私は……自分が情けなくて……ごめんなさい……私のせいで……」
我慢していた感情も、己の後悔に崩壊していき、姫川はボロボロと涙を流す。
そんな彼女を見て双葉が取った行動は、姫川の前までゆっくりと歩み寄ると、優しく抱き締めるだけなのである。
姫川
「え…?」
双葉
「…ありがとう。告白してくれて。とても怖かったよね?…大丈夫、姫川さんは全然悪くないから、重く受け取らないで。【完璧】だと言われてる人に秘密があるなら、誰だって知りたいはずだよ」
双葉
「…全ては私の【嘘】が招いた結果。私は、私のここまで生きてきた道に、後悔なんてしてない。この先に待ち受ける事も全部、私は受け入れるから。…だからさ、姫川さん。貴方は安心していいんだよ?」
姫川
「…ふ、双葉…さ…ん…」
難波
「…理解できへん」
優しく姫川の背中を摩る双葉に、隣から難波は困惑した表情で問い掛ける。
難波
「なんでや、なんで全部受け入れるんや双葉!こんな仕打ちを受けても、怒らへんどころか受け入れるなんて異常やで!?ウチにはアンタの考えてる事が理解でき…っ!」
双葉
「理解をしてもらいたいんじゃない」
難波
「!」
双葉
「私は、今私が出来る方法で、私を愛してくれる人達へ、この想いを返したいだけなんだ」
双葉
「応援してくれる人…元気付けてくれる人…妬み恨む人…どれもどれも、私の事を思ってくれている人達。形は違っても、それは私に送られた【愛】」
双葉
「…そんなみんなを、私は心から愛したいって思ってる。…だからさ、見ててよ。スタコレから届ける、最後の【光】を」
双葉は抱きしめている手をゆっくりと離し、唖然と見てくる周りの人達に愛想良く笑う。
そして、先程まで大騒動があったのにも関わらず、何事もなかったかの様な振る舞いでスタジオから出て行った。その背中からは彼女の【覚悟】が、見送る全ての人達に伝わったのである。
RABi
「……双葉さん……」
………
…事件から1日が経った。世間の反応は予想通りだった。一瞬だけテレビに映し出された双葉の背中はあっという間にSNSを通して、日本から世界中へと広がってしまった。
Sunnaはこの秘密を隠し続けていた事について大炎上を起こし、誹謗中傷や迷惑電話の殺到。スタコレに双葉を出すのなら、彼女を殺害するといった脅迫までも飛んでくる。
Sunna側はこの事実を現在調査中だと公式アナウンスして、事実の否定はしなかった。その対応が仇となり、炎上はより強さを増していく。彼女を擁護する人々は、アンチによって押し潰されてしまい、気付けば日本中が双葉を【嘘つき】だと批判していた。
一方、モデル達はその後、この事態で混乱を招くのを避ける為、当日まで控える様に伝えられた。
アリケンは警察に【威力業務妨害罪】として逮捕されて連行。華城はこの件で精神的ショックを受けて、スタコレを辞退。
同時に姫川も償いを理由に辞退しようとしたが、TOP4の仲間達には自身の行動を理解されて、降りることを許さないと説得されてしまい、一先ず残る形となった。
この大炎上は高田にも勿論届いていたが、2月のリコリスは丁度【決算月】とにかく忙しい日々を過ごす中で、黒木と話している暇さえなかった。
記憶を無くしている黒木はニュースなど見るわけもなく、彼女がとんでもないことになっていることを知らないのだろう。この非常に忙しい中で教えたところで、彼にはその重大さに気付くわけがないと、高田は一人で勝手に諦めてしまった。
そして、その日の夜。RABiは自分の住むマンションの真っ暗な一室にて、液晶が眩しく光るパソコンと向かい合わせに座っていた。スタコレが二日前と迫る中、彼女はファンとの雑談配信を楽しんでいた。リスナーからは
【スタジオで怪我がなくて良かった】
【本当に今回のスタコレは色々と起きるね。気を病まないでね】
と言った励ましがある中で
【双葉ってマジでやばい女だったんだな】
【スタコレ当日も双葉のやらかしに巻き込まれるんじゃね?】
と言った双葉に対する批判の声も流れてくる。RABiは、同接数が多くとも一つ一つのコメントを流し目で読んでいき、視聴者へ向けて答える。
RABi
「みんな、心配してくれてありがとう。私は全然大丈夫!ちょっと怖かったけど、当日には何にも影響ないから!見に来てくれる人たちは楽しみにしててね!」
そう言って最高の笑顔でリスナーを安心させる。だが、そんな喜ぶリスナーのコメントの中で、一つのコメントが彼女の目に止まった。
【双葉はどうなってもいいけど、RABiはガチで幸せになってほしい】
そのコメントに、彼女は溜息を吐いて画面を真っ直ぐに見つめながら返す。
RABi
「…私はさ、こうしてファンのみんなに愛されているからすっごく幸せなんだよね。PP⭐︎STARのみんなとも色々あったけど和解出来たし…今、超超超ハッピーで毎日が楽しいんだ。このまま行けば【ハッピーエンド】な人生だと思うよ」
RABi
「…でもさ?双葉さんは今とても辛い中にいると思う。周りから悪口言われてるんだよ?……あんなに輝いて、みんなの希望になっていた人が、ここまで言われるのは……可哀想だよ…」
【自分勝手に生きてきた結果がソレなんじゃない?因果応報だよ】
RABi
「…ううん。違うよ。双葉さんは、誰よりも、みんなの事を思って動いてくれてるんだよ。その原動力は【本当の愛】ただ、それだけ……でも、【本当の愛】ですら、今は失おうとしている…それも他の人の幸せの為だけに……」
RABiは椅子に大きく凭れかかり、ぼうっとした瞳で天井を見つめてリスナーに聞こえない程度にボヤく。
RABi
「…こんなのは、私が求める【ハッピーエンド】なんかじゃない……」
……
双葉
「……」
誰もいないSunnaのジムで、一人孤独にトレーニングを励む。どれだけ周りに睨まれようと、彼女に迷いはない。
今はただ、失われていた【輝き】を取り戻す為、覚悟を決めた一筋の道を歩むだけなのである。
日頃よりRe:LIGHTをご愛読いただきありがとうございます。
誠に勝手ながら、本編のクオリティ向上を理由に来週の更新はお休みとさせていただきます。次回更新日は31日になります。皆様にご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません。
そして、速報です。
Re:LIGHT完結まで【残り5話】となりました。
最後までお付き合いいただけますと幸いです。