10話【険悪】
PM14:46 【釣り堀武田園】
新年を迎え日は過ぎていった。休日を合わせた黒木と双葉は今日も昼間から趣味探しをしている。今回はいつもの街から少しだけ離れた釣り堀へとやってきていた。用意された池で、レンタルの釣竿を使って鯉を釣るといった、ビルに囲まれながらも本格的に楽しめるレジャースポットだ。
冬でありながらも、風は吹かず太陽の日が差し込み暖かくて心地よい。二人は並んでプラスチックの瓶ケースを椅子代わりに座り、じーっと掛かるのを待っている。始めてそれなりに時間が経ったが、未だに一匹も釣れない。
そもそも何故こうなったのか、今回の提案者は聡だった。
「男の子だから釣りなんてハマるんじゃない?釣りはいいわよ。お魚ちゃんとのファンタスティックな駆け引きが堪らないわ!」
と双葉に言ったのがキッカケで、今回は釣り堀へとやってきたのである。どうやら聡も黒木の趣味探しには協力的なようだ。
黒木
(…全然釣れない)
全く釣れる気配がないのに対して、黒木も流石に暇を持て余していた。陽の温もりもあって、眠気もどんどんと増してくる。
気分を変えようと双葉の方を見る。彼女も流石にこの退屈な時間に無表情で池を眺めていた。変装をしていながらも今日も彼女の姿は輝いて見えて黒木の心を煌めかす。そんな双葉をじっと見ていると、ふと彼女の特徴的な青い目に黒木は注目した。
極めて清淑な青の瞳は唯一無二のもの。様々な場面で見てきたからすっかり見慣れていて気にする事も無くなっていたが、黒木の頭にある疑問が浮かぶ。
黒木
(そう言えば双葉さんってハーフなのか?身長も高いし目も青いのって…日本人じゃそういないだろうし…)
じっと此方を見つめる黒木に気付いた双葉は、彼の黒い瞳を見つめ返し微笑む。
双葉
「どうしたの?見惚れちゃった?」
黒木
「あっ、いや。何でもないです、すみません」
黒木は我に返り釣りに集中する。慌てる様子の彼を面白そうに見ながら双葉も池の方へと振り向き、鼻歌を歌い出す。
双葉
「全然釣れないねー。お魚さんはパーフェクトモデルに興味ないのかな?」
黒木
「興味があっても釣られたくはないと思いますよ」
双葉
「あはは、だよねー」
黒木
「…あの、双葉さん。今更なんですが、双葉さんの瞳って青色ですよね?身長も高いし…やっぱりハーフなんですか?」
彼の質問を聞きながら双葉は釣竿を引き上げ、エサが盗られていないか確認をする。まだ盗られてないようだ。
双葉
「ううん。よく聞かれるけど、これでも純粋な日本人だよ」
黒木
「それじゃあ両親から譲り受けたものですか?」
双葉
「……」
彼の質問に何も返さないまま竿を振り下ろし、池へと投げ込む。
黒木
「…双葉さん?」
双葉
「…この池、本当にお魚さん泳いでるのかな?」
黒木
「…そうですね」
話題を変えられた事に黒木は違和感を感じる。聞くべきではなかったのか、それとも聞こえてなかったのか、どちらにせよこれ以上聞くのもやめた方がいいと判断して黒木も前を向く。
少しの間沈黙は続いたが、彼女は黒木の質問を返した。
双葉
「…私のお母さんはね、私が生まれる前にモデルをやってたんだって。身長が高かったりスタイルを維持出来てるのは、多分それを引き継いでるんだと思う」
黒木
「そうなんですか。双葉さんの母親もモデルを…じゃあその目も母親から?」
双葉
「これはお父さんからだよ。二人の良いところを合体したら、みんなに愛される最強無敵の【パーフェクトモデル】が誕生!って感じかな?」
黒木
「双葉さんがみんなに愛されてるのはそれだけじゃないと思いますよ?」
黒木も竿を引き上げるが、まだ釣れてないようだ。しかもいつのまにやら餌は盗られてしまっているようで、セットをし直す。
双葉
「?」
黒木
「俺も双葉さんを初めて見た時はとても綺麗に思えて、その姿からモデルとして凄い人なんだって思いましたけど…双葉さんと一緒にいると、相手の事をとても考えてくれる、思い遣りのある人なんだってわかって…」
黒木
「きっと、そういう人の事を気にかける優しさも人気の秘密なんじゃないかなって、俺は思います」
そう言ってセットを終えて竿を振り、黒木は曇りのない眼差しで双葉の方へと向いた。いつだって真面目に向き合ってくれる彼の態度に、双葉は嬉しそうに微笑む。
双葉
「ありがとう黒木さん。そう言ってくれる人がいると、私もこの仕事を続けて良かったって思う。黒木さんが優しいのも、両親から譲り受けたものなのかな?」
黒木
「え?…あー、そうなんですかね。俺の両親は昔から【困ってる人はとにかく助けろ】なんて言ってきたので、俺はそれを守ってるだけというか…」
双葉
「それを守ろうって考えれてる訳だし、やっぱり受け継いでると思うよ?…素敵な家族だね」
黒木
「そんな…大した事じゃないですよ。何処にでもいる普通の家族です」
双葉
「…私も、普通の家庭に生まれたかったな」
黒木
「え?」
小声で呟く彼女の言葉が黒木には聞き取れなかった。
すると、二人の会話を遮るように、突然双葉の竿が大きくしなる反応を見せる。一早く気付いたのは黒木の方だ。
黒木
「あっ!双葉さん、かかってますよ!」
双葉
「え?…うわっ!?本当だ!おっも!!」
ぼーっとしていた双葉は直ぐ様竿を引くが重そうにしている。黒木は自分の竿を置いて、直ぐに駆け寄り一緒に引くのを手伝う。大物が釣れる予感に、周りのギャラリーも目を向ける。
黒木
「こ、これは…!!」
…………
次の日
黒木は勤め先のスーパーで納品作業をしていた。年末と違い、イベントも暫くはないので店内の客数も少なく作業は順調に進んでいた。
黒木
「…ふぅ」
一通り納品も終えて一息つく。そんな彼の元に横から店長が、見知らぬ若い女性を引き連れてやってくる。
店長
「黒木君、新しいアルバイトの子が来たから紹介するよ」
黒木
「あっ、そう言えば今日来るって言ってましたね。初めま…」
店長の方へ振り返ると思わず声が詰まった。
ウルフカットの赤に染めたインナーカラー。両耳に沢山のピアスを付けて無愛想な顔をしたスタイルの良い子がエプロンを着ている。接客業を長くしてきた黒木だったが、これ程に個性が強い子をアルバイトで雇うのは初めてだった。
神田
「神田です。宜しくお願いします」
黒木
「…あっ、黒木です。宜しくお願いします」
呆気に取られていたが、元気のない挨拶に反応して直ぐに返して会釈を交わす。
店長
「じゃあ神田さん。次の指示まではあの商品棚の整理をしてきてくれるかな?」
神田
「…わかりました」
やる気のない返事で店長が指を刺した商品棚へ向かっていく。黒木は店長の横に並び立ち、棚を整理する彼女を見守る。
黒木
「…凄い子が来ましたね」
店長
「本部が身嗜みを無制限にしたからねー。現代の考えに遅れを取るなーだってさ。にしても凄いけどね」
黒木
「店長が彼女を採用したんですか?」
店長
「いいや、高田君だよ。彼があの子の面接担当して合否を任せたからね」
黒木
「高田が?」
高田
「神田 樹里。モデルとしての芸名はジュリ。Sunnaに去年4月入社したばかりの新人だ」
黒木
「うわっ」
店長と黒木の間を高田が割り入りやってくる。彼の得意げな表情で話す早口解説はまだまだ止まらない。
高田
「外見からもうわかると思うが、彼女はパンク系ファッションを専門にしている。好きなものはロックミュージック、嫌いなのは人付き合い。得意な事はお手玉。元は地方育ちで、東京に憧れ上京してからはストリートスナップで雑誌に載り、それを見たSunnaの社長が彼女を呼び出し契約を結んだ…将来を期待されてるモデルといったところだな」
店長
「息継ぎしないでよくそんなに喋れるねー」
高田
「推しを語るに合間の息継ぎは無礼ですから」
店長
「それぐらいの熱意で仕事も頑張ってほしいんだけどねー…」
得意気に話す高田に店長は呆れ笑う。黒木はそんな事はどうでもよく、一つ疑問に思っていた。
黒木
「Sunnaに入社してるなら、何でここにアルバイトに来てるんだろう」
その発言に高田が突然黒木の横腹を強めに殴った。
黒木
「いった…!?」
高田
「お前ェ…言っていいことと悪い事があるだろ…」
黒木
「???」
察しろと言いたいみたいだが黒木にはまるでわかっていない。店長は苦笑いしながらも小声で話してくれる。
店長
「モデルさんと言ってもみんながみんないつも仕事ある訳じゃないからね。有名モデルでもならないと、金欠の問題に当たって、アルバイトへ手を出すのはよくある話だよ」
黒木
「…そうなんですか。モデルの人達って双葉さんのようにみんながそういう仕事をしてるのかと」
高田
「お笑い芸人だって音楽バンドだって無名だとテレビにも出れねえから副業してんだよ。芸能界ってのはそういうもんだ」
黒木
「そうなのか、知らなかったな」
高田
「お前なぁ…」
相変わらず興味がない事について何も知らない黒木に高田は呆れる。男三人が仲良さそうに話してる姿にジュリは小さく舌打ちをした。
ジュリ
「うっざ…」
…………
黒木に休憩時間がやってきた。順調に作業もこなし、彼は疲れた様子で休憩室に向かって扉を開ける。
黒木
「…あっ」
ジュリ
「……」
先にジュリが休憩をしていたようで黒木が入ってきたのにも関わらず、挨拶もせず足を組んで座りテーブルに肘をついてスマホを触っていた。
黒木は彼女の態度を気にせずロッカーにエプロンを戻して、もう一つ残っている対面のパイプ椅子へと座りスマホを取り出す。彼は写真フォルダを開き、昨日の釣りの写真を見返す。
写っているのは釣り堀で、新記録を叩き出す巨大な鯉を釣り上げた笑顔の双葉。とても暇な時間が続いただけあって、記録更新をした達成感が彼女をとびっきりの笑顔に変えた。彼女の太陽のように眩しい表情は、黒木の疲れも吹っ飛ばし口元が緩んでいく。
黒木
「…ふふっ」
ニヤけている黒木をジュリはチラ見した。
ジュリ
「…何一人で笑ってるんですか?キモいんですけど」
黒木
「…?あ、あぁ…ごめん」
苛立ってる彼女に気遣いスマホを机に置いて、コーヒーを淹れるのに立ち上がる。ジュリは黒木の置いてあるスマホに映る双葉の姿に気付く。
ジュリ
「…あれ?これ、映ってるの双葉先輩じゃないですか」
黒木
「えっ?」
変装している双葉に一発で気付くジュリに黒木は振り返った。ここで漸く高田の言葉を思い出す。彼女は双葉も所属しているSunnaのモデルだった事を。
ジュリ
「へー…あの人、プライベートでもこんなに笑うんだ。なんか意外ー」
黒木
「…意外?」
コーヒーを注いで黒木は戻ってくる。勝手にスマホを覗かれた事などは気にしてないらしい。ジュリは黒木の手に持つコーヒーを見つめる。
ジュリ
「…私の分も淹れてくれませんか?」
黒木
「あぁ、いいよ。待ってて」
彼女の我儘にも顔色一つ変えず、自分用のコーヒーを机に置いて再び立ち上がる。ジュリは、黒木が置いたコーヒーを勝手に手に取り飲んでいる。それに気付いた彼だが、その行動にすら気にしてなさそうだった。
それよりも黒木にはさっき彼女が言った【意外】という言葉が気になり、お湯を注ぎながらジュリへ聞き込む。
黒木
「意外って…どういうこと?」
ジュリ
「双葉先輩のプライベートって殆どの人が知らないんですよ。いつも何してるのかも趣味は何かも全くわからず適当に流される。だから他の先輩方は、家に引き篭ってる暗い奴だなんて噂してましたよ」
黒木
「へぇ、そうなんだ」
コーヒーを淹れ終えた黒木は席に戻ってきて、置いていたスマホを回収する。ジュリは自分のスマホを触りながら彼に顔を向ける事なく喋り出す。
ジュリ
「ていうか貴方こそ何で双葉先輩のプライベートの写真持ってるんですか?どういう関係?」
黒木
「双葉さんとは友達だから。これはその時の…」
ジュリ
「友達?…え?あの人、異性の友達なんていたんだ。そもそも友達居たことも驚きだけど…」
さっきから彼女の発言に黒木は妙に違和感を感じる。あれ程明るくファンにも好かれる愛嬌を持つ彼女が、まるで友達が居ないように言われている。
しかし言われてみると、つぶグラで投稿してる彼女の写真は一人が多い。少なくとも、誰かと一緒に写っている写真を黒木が、つぶグラを始めた数ヶ月の間に一度も見たことがなかったのだ。
黒木
「双葉さん、芸能人の人とかと友達じゃないのかな?それに同じ仕事してるモデルとか…」
ジュリ
「あっ、知らないでしょうけど双葉先輩他のモデルの人達から滅茶苦茶嫌われてますよ」
黒木
「…え?」
彼女の発言に驚き呆気に取られてる黒木。彼をバカにするようにジュリはベラベラと話し続ける。
ジュリ
「だって如何にも自分がモデル業界引っ張ってるぞーって感じに明るく振る舞っちゃってさ?みんな必死に仕事が欲しいし注目されたいのに、あの人が出てきたら全て掻っ攫っていくんですよ?しかも芸能人の誘いとかも全部断っちゃってさ。何様なんだって」
ジュリ
「人気だからって調子乗りすぎなんですよ、あの人は。嫌われて当然でしょ」
黒木
「そっか…」
双葉と出会ってからは太陽のように明るい彼女をずっと見てきて、どんな人間なのかを知っているつもりだったが、黒木が見てきた双葉の姿はほんの少しのものでしかないのを実感した。自分の悪口でもないのは分かっているが、気分が沈む。
ジュリはそんな彼の事などお構いなく、双葉への悪口は止まらない。
ジュリ
「ていうか双葉先輩は容姿も顔も瞳も、誰も持たない超恵まれたスタイルですよね?そんなの人気になるのも当たり前っていうか、フツーに生きててもガチャSSRな人生になるでしょ?いいですよねー、楽してチヤホヤされるなんて羨ま…」
黒木
「…双葉さんは楽してないと思う」
遮るように放った一言にジュリは口を止め黒木の方を見る。さっきまで此方の態度に顔色一つ変えずにいた彼だったが、声色変えず無表情ながらも彼からは怒りが伝わるように此方を見ていた。
しかし、そんな彼に怯む事なく、ジュリは睨み返す。
ジュリ
「努力してきた結果だーとか言いたいんですか?言っておきますけどね。お友達の貴方と違って、事務所が一緒の私の方があの人を近くでずっと見てきてますよ?頭お花畑な妄想は、マジでキモいんでやめてくれますか?」
黒木
「…確かに、神田さんの方が詳しいかもしれない。でも、それとは別にこれ以上双葉さんの悪口は聞きたくない」
ジュリ
「さっきまでウザい顔しなかったのに、双葉先輩の事になると急にキレましたね?あっ、それもそうか。【パーフェクトモデル】だから常に完璧な姿だけを見ていたいですよね?すみませんねー、幻滅しちゃいました?」
黒木
「違うよ」
ジュリ
「じゃあなんでキレてるんです?」
黒木
「友達の悪口を言われたら、怒るものだと思うから」
あくまで黒木は双葉を友達として、彼女の代わりに怒っているのだ。それは黒木の家族の教えでもなく、一人の人間として許せなかったのだろう。
彼女は余っていたコーヒーを飲み干すと叩きつけるようにカップを机に置いて、エプロンを装着して立ち上がる。
ジュリ
「いずれ分かりますよ。あの人が貴方とやってるのは所詮【お友達ごっこ】って事が。幻滅する前に自分から友達を辞めるのをオススメします。それじゃ、お先に失礼します」
終始機嫌悪そうにジュリは休憩室から出て行った。一人残された黒木は、双葉の悪口を言われ続けた事への悔しさに歯を食い縛り俯く。
すると、ジュリと入れ違うように直ぐに高田が休憩室へと入ってきた。
入った瞬間、明らかにいつも以上に暗い黒木に察して、高田は彼の後ろに立つと肩を揉み出す。いきなり触れてくる彼に驚いて、顔を上げて高田の方を見る。
黒木
「た、高田?」
高田
「いや、すまん黒木。面接の時は凄く良い子だったんだよ?まさか短期間であんなに荒れてるなんて俺の想像を超えちゃってたわ。ジュリちゃん、元からあんなキャラなんだけど、仕事貰えないからよりトゲトゲしてるんだわ」
先程の二人の会話が聞こえてたのだろう。彼なりに励ましてくれているのだ。思いやりのある彼の行動に黒木も微笑む。
黒木
「高田は悪くないさ、気にするな。…それに、あの子の言ってる事も正しいと思う。俺が見てる双葉さんは、ほんの一部分に過ぎないんだなって思ったよ」
高田
「何を言うか黒木!お前は双葉ちゃんから友達だって公認されたんだろ!?もっと自信をもて!」
黒木
「でも…」
ジュリの言葉が効いたのか、黒木は考えれば考える程表情が曇っていき俯く。見兼ねた高田は一旦離れてパイプ椅子を持ってくると、黒木の隣に置いて座る。これ程にまで落ち込んでいる彼を見るのも、親友である高田でも初めてだった。
高田
「でもじゃねーよ!お前がここまで他の人の為に考えてるの初めて見た気がするわ。すげーじゃん!」
そう言うと彼は黒木の背中を叩く。
黒木
「凄い…?」
高田
「以前のお前なら、あんな事言われても絶対に適当に流して終わってたと思うぞ?誰かの為に怒れるようになったなら、黒木自身も成長してるって事だよ!お前の無関心の心を動かす双葉ちゃんやっぱすげーよ!」
高田
「まぁなんだ。人間誰しも悪いところなんてあるもんだ!でもそれに対してどんだけ悪く言われようと、お前が双葉ちゃんを信じてあげなきゃいけねえだろ!それが友達ってもんじゃねえのか?」
旧友の懸命な励ましに力が漲る。彼の優しさに感謝をしつつ、しっかりと黒木は頷いた。
黒木
「…そうだな。ありがとう、高田。お前には昔から助けられてばっかりだな」
高田
「気にすんなって!但し!双葉ちゃんとカップルになったら黒木であろうと許さんからな!」
黒木
「ハハ…」
黒木
(…誰かに興味を持つって事は、良い事ばかりじゃないんだな…)
自身の揺れる感情に悩まされつつも、高田の励みのおかげで気持ちは落ち着いたのだった。
高田
「しっかし、大手モデル事務所に所属してるからってちょっとあの態度はまずいよな。雇った俺に責任がある。後で怒っておくよ」
黒木
「いや、大丈夫だよ高田。俺も、あの子に言いたい事が出来たから、代わりに言ってくる」
………
黒木の休憩は終わり売り場へと戻ってきた。真っ先に彼が向かったのは怠そうに商品棚を整理しているジュリの元だった。
黒木
「神田さん」
彼の呼び掛けにめんどくさそうにジュリは振り返る。
ジュリ
「何ですか?流石に勤務中は真面目にやりますよ?それとも説教でも始め…」
黒木
「ありがとう」
ジュリ
「…は?」
思いもよらぬ言葉にジュリは固まる。
黒木
「誰かに興味を持つって事は、色々考えさせられる事があるんだって神田さんのおかげでわかったよ。…でも、神田さんが例え双葉さんを悪く言っても、俺はこれからも友達として信じて支えて行くから」
黒木の綺麗な眼差しに、ジュリは本当に何もわかってないんだと言わんばかりに、冷たい目で見返し溜息を吐く。
ジュリ
「そうですか、勝手にどうぞ」
黒木
「うん。…後、お客さんにはそういう態度はダメだからね」
ジュリ
「わかってますよ、バカにしてるんですか?」
冷たく遇う彼女を注意しながら黒木は仕事へ戻るのだった。
…………
一方、都内のカフェ。風が吹いて寒そうに震える小嶋と、キャンディ棒を咥えた斎藤がテラス席に座っていた。斎藤は以前に撮った双葉と黒木が写った写真をまだ見直している。
小嶋
「さささ寒ゥ!!!せ、先輩!!中に戻りましょうよぉ!!?」
斎藤
「何言ってんだよ。中にいたら温かくて寝てたじゃねえかお前。良い眠気覚ましになるだろ?」
小嶋
「暖房の効いた部屋で眠くなるのは普通のことですよ先輩!!っていうか、まだその写真見返してるんですか!?双葉ちゃんはお兄様だって言ってたじゃないですか!!」
斎藤
「あぁ、だから今日はその真偽を確かめる」
小嶋
「えぇ??」
斎藤
「あれから俺が何もしてないと思うか?…まぁ、こっちも色々調べてるんだよ」
彼らが座っている席を、遠くからサングラスの大男が、二人を見つけて歩いてやってくる。斎藤も彼に気付いて立ち上がると、深々と男性にお辞儀をかわして手を差し出し握手を交わす。
男性
「お待たせしました斎藤さん。お会い出来て光栄です」
斎藤
「俺もですよ。…ここは寒いでしょうし、場所を移しましょうか」
小嶋
「…え?え??」
握手をする斉藤と男性を小嶋は状況が理解できず、座ったまま二人を何度も見返すのであった。