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Re:LIGHT  作者: アレテマス
第一幕
12/143

9話【無関心なりの意思】



1月3日

午後12:03 Sunna事務所


 今日はSunna事務所にて毎年恒例の新年会開催日。撮影スタジオの広い空間を使いテーブルを並べていき、豪華な料理がバイキング形式に広げられている。所属するスタッフやモデルは、グラスを片手にまだかまだかと待機をしていた。


 暫くすると、秘書を引き連れた男性が入ってきた。髭とフォーマルファッションがよく似合うSunnaの社長【KENGO】だ。KENGOの登場にスタジオ内は拍手で彼を迎え、KENGOも応えるよう手を振り返し秘書からマイクを渡されて話し出す。


KENGO

「えー、皆さんあけましておめでとうございます!去年は皆さんが頑張ってくれたおかげで、会社として非常に良い結果を残す事が出来ました!これも日々皆さんの努力の賜物で…」


タレント

「社長ー!話はもう良いですって!」


モデル

「早く食べたいでーす!お腹空きましたー!」


社長の有り難い話も聞かずに、会場の人々は彼にヤジを飛ばす。KENGOは急かしてくるスタッフに笑い返し、秘書からグラスを受け取り勢いよく掲げた。


KENGO

「とにかく今年も皆さんでSunnaを盛り上げていきましょう!かんぱーい!」


全員

「かんぱーい!」


社長の掛け声と共に会場全員がグラスを掲げて新年を祝う。ここからは自由になり、仲の良いスタッフ同士で飲食を楽しみ、会場内は盛り上がっていく。


 会場内には双葉も来ていた。後輩の春香は、彼女に寄り付き離れず、憧れの先輩と乾杯が出来る幸せな時間を堪能している。


春香

「双葉さん今年もよろしくお願いします!」


双葉

「うん、よろしくねー春香ちゃん」


春香

「あぁー…双葉さんと新年祝えるなんて夢みたいです」


双葉

「あはは、めっちゃ乾杯するじゃん」


何度もグラスを合わせて乾杯する春香に、ニコニコとして付き合ってあげている。


春香

「そして今年は双葉さんがスターモデルとして飾るランウェイの年!もー、楽しみで楽しみで早く4月になって欲しいですよー!」


双葉

「もー、まだまだ先だよ春香ちゃん」


春香

「当日歩くモデルがまだ決まってないんですよね?私も双葉さんと歩けるようもっと頑張りますね!」


双葉

「おおー、偉いぞ春香ちゃん」


張り切る彼女を、双葉は優しく頭を撫でる。


KENGO

「ハハハッ!新年早々やる気満々だね、春香ちゃん」


楽しそうにしている二人の元へ、 KENGOはグラスを片手にやってきた。


春香

「!社長!」


KENGO

「春香ちゃんも去年は多忙だったね。まだ所属したばかりなのに、世間から注目されて、確実に一歩ずつ進んでて俺も嬉しいよ」


春香

「はい!双葉さんみたいになりたいので!」


KENGO

「ハハ、本当に好かれてるね君は」


双葉

「可愛い後輩だよねー」


双葉は頭を撫で続けそれにずっと喜んでる春香は、まるで犬のようだった。幸せな空間に、KENGOも社長として見守るように微笑んで見ていた。


 しかし社長の姿を目にした双葉は、ある事に気付いて彼女の頭を撫で続けながら、誰かを探すように周りを見回す。


KENGO

「ん?どうしたんだい双葉ちゃん」


双葉

「あっ、うん。…細田さんは?さっき、社長に会ってくるって言ってたから一緒にいるんだと思ってたんだけど…」


KENGO

「あぁ、彼女は用事があるみたいで今回の新年会の参加を辞退するのを言いにきてね。丁度さっき出て行ったよ」


双葉

「ふーん。用事…」


真面目な彼女が毎年行われる会社のイベントに用事を入れる訳がない事は双葉はわかっていた。社長の言葉に撫で続けていた手を離し、近くのテーブルにグラスを置く。


春香

「あれ?双葉さん?」


双葉

「細田さんに電話してくる。ちょっと待ってて」


そう言って笑顔を見せると、双葉はスタジオから早足で出て行った。



…………



…都内にあるファミレス。丁度正午を迎えるこの時間は、本来ならば昼食を食べに家族連れやサラリーマンがやってきて賑わうのだろう。しかし、まだ世間は正月を堪能しており殆ど人がいなかった。店員も暇そうに仲間同士で喋っている。


 そんな店の奥にある、窓から光が差しているテーブル席には、黒木が一人でじっと座っていた。少し俯きいて考え事をしている。


 事は二日前の夜。双葉のマネージャーだと名乗る女性から突然電話が掛かってきて、話したいことがあるからここに来るように言われ今に至る。約束した集合時刻よりも30分も早く来てしまった黒木は、事前に頼んでおいたドリンクを綺麗に飲み干し、おかわりをすることなくただ黙って待っていたのだった。


黒木

(双葉さんのマネージャーが俺に何を話す事があるんだ…?)


黒木は話の内容を想像してみるも、何も思いつくものはない。ただ、電話越しから聞こえた低い声から察するに、嬉しい話題になる事ではないのを予感していた。


「黒木さんですね?」


後ろから聞き覚えのある声がする。立ち上がり声がする方へ振り向くと、そこにはスーツ姿のビジネスバッグを持つ、仏頂面をした女性が立っていた。二人は目が合うと礼儀良くお辞儀を交わした。


黒木

「初めまして。ええと…双葉さんのマネージャーさん…ですね?」


細田

「はい。細田明美と申します」


黒木

「黒木です。宜しくお願いします、細田さん」


軽い挨拶も終えて二人は向かい合わせに座る。彼女は、店員を呼んでコーヒーを注文する。


 その様子を彼にはじっと見る事しか出来なかった。先に話かけるべきなのか、待っていれば良いのか彼にはわからずにいたのだ。


細田

「黒木さん、まだ食事はしてませんか?」


そうこう考えていると、彼女の視線は店員から黒木の方へ向く。


黒木

「え?あ…はい…ま、まだです」


突然話しかけられて、油断していた彼は動揺している。細田は気にせずメニュー表を彼に向けて置いて見せる。


細田

「話は料理が届くまでに終わる短い内容ですので。お支払いは私が出しますから、何か注文してください」


黒木

「あっ、いや。大丈夫ですよ俺の事は気にしないでください」


細田

「私は黒木さんが忙しい中、会って頂けた事へ感謝しています。その御礼とでも思って、遠慮しないでください」


黒木

「そ、そう言ってくれるのなら…すみません、フライドポテトを一つ…」


細田

「以上で」


店員

「かしこまりました。繰り返します…」


注文の確認を終えた店員は二人に頭を下げてキッチンへ戻って行った。細田はメニュー表を閉じて隅に避けると、手を膝の上に置く。


細田

「先日は双葉を助けて頂きありがとうございました。あの時、店に着いたあの子は嬉しそうに貴方のことを話してましたよ。『都会にはまだ優しい人は残っていた!』なんて…」


黒木

「…あっ」


黒木は細田の言葉に思い出す。双葉と初めて出会った時、【大切な人とそこで待ち合わせをしている】と言っていた事を。今の発言から、以前に双葉が言っていた【大切な人】は彼女の事だと分かった。


黒木

(この人が双葉さんの大切な人…)


イケメンで背の高いモデルの彼氏と誕生日を過ごしているのだろうと思っていた彼には、担当マネージャーが大切な人だという事に、意外な視線で細田を見ていた。そんな彼の事など一切気にせず細田は続けて話す。


細田

「あの子、昔から抜けてるところがあるんです。朝はだらしないし、街中でわざと変装を解いて注目されるし、移動ギリギリまでファンの対応し続けるし…」


黒木

「そうなんですね…」


彼女は溜息をついて苦労しているように喋る。しかしそれは本心ではなく、まるで母親が我が子の事を話すような優しさがあるのが声色から伝わってきた。


細田

「誕生日のあの日も黒木さんの助けがなかったらどうなってたか…貴方の行動には本当に感謝しています。ありがとうございました」


そう言うと細田は深々と頭を下げた。さっきの険しい表情を見た直後だっただけに、何言われるかと緊張していた黒木だったが、彼女の礼儀正しさに少し緩んだ。


黒木

(話したいことって御礼の事だったんだな…)


黒木

「いえ、俺も…」


緊張も解けてきたところで、黒木からも話そうとしたその時、顔を上げた細田の表情は険しくなっていて思わずギョッと驚く。


細田

「ここからが本題です。単刀直入にお伝えします。これ以上、双葉と関わるのを止めて頂けますか?」


黒木

「…え?」


彼女の予想も出来なかった発言に黒木は聞き返して固まってしまう。彼が落ち着くのを待つこともなく、細田は無慈悲にも即答する。


細田

「これ以上、双葉と関わるのを止めてください」


2度も同じ事を言われ自分の聞き間違いではなかったのを確信した。細田の表情を見るに冗談を言ってる訳でもなさそうで、先程までの雰囲気とは正反対に、今の彼女は気迫に満ちた圧で顔がとても怖く思えた。


固まっていた黒木は、恐る恐る質問をする。


黒木

「あの…な、何でですか?」


細田

「…去年、お二人が公園で一緒にいる所をマスコミに撮られました。しかも手を繋いでる所を」


黒木

「…あっ」


双葉から手を繋いできたあの日の夜の事を思い出した。黒木でもその瞬間を撮られるという事が、どうなるかは大体予想出来る。


黒木

「細田さん、待ってください。あれは誤解なんです。別に双葉さんとはそんな…」


細田

「友達でしたといって解決出来るのなら、初めからこの話を持ってきてません。黒木さんと双葉がカップルではない事はわかってます」


細田

「問題なのは撮られた相手です。マスコミというのは、常に一人でも多く読ませる為に、魅力ある記事にしようと必死になります。今回撮られた写真もお二人をカップルとして広めようとしていました。【パーフェクトモデル】の彼氏が誰なのか、世間は知りたくて必ず読みますからね」


黒木

「記者の方に友達でしたと伝えたら良いのでは…?」


細田

「記者はつまらない返事を求めていません。仮に友達と伝えた所で、カップルと匂わせるような記事に作り上げて人々の注目を集めようとするでしょう。…何よりもあの写真が、雑誌やテレビ等で世に出回る事が危険なのです」


 確かに双葉関連の雑誌を買ってきたが、彼女の日常を記した記事は殆ど見た事がない。彼女と交流を初めて、漸く彼女の日常を知れたのである。恐らく双葉のプライベートはかなり厳重に守られているのだろう。


 細田の発言から考えるに、双葉のプライベートを知られるのを避けたいのがわかるが、黒木にはそれが何故なのかは理解できなかった。


黒木

「どうして危険なのですか?友達と居るだけの写真ですよ?」


細田

「…黒木さんは何故アイドルが恋愛禁止が多いのはわかりますか?」


黒木

「アイドル…?いえ、わかりません。そういうのは、あまり知らなくて…」


店員が間を挟むようにコーヒーを持ってきて直ぐに下がった。細田は一旦コーヒーを飲み息を付くと、そのまま話を続ける。


細田

「アイドルはファンに【夢】を与えているからです。その夢の空間に彼氏がいるという情報、現実を見たくない人は必ず一定数います。その人達の為に配慮して、表では恋愛禁止を記す事により安心感を与えているのです」


細田

「それはモデルも同じです。彼女達の活躍する姿に【夢】を抱き応援している人達がいる。アイドルと比べて方向性が違うので、多少は恋愛事情やプライベートの制限は緩いですが…」


黒木

「それなら尚更…」


細田

「但し、【パーフェクトモデル】となれば話は別です。…黒木さん、貴方が想像する双葉はどんなものでしたか?」


黒木

「どんなものってそれは……あっ」


その問い掛けに黒木も納得した。彼女が誕生日の呟きを書いていたあの日、彼も俳優やスターと誕生日を祝う双葉を想像した。その妄想の中に一人も【一般人】は映ってないのだ。


細田

「【パーフェクトモデル】には、一般人と友達だなんて世間は想像してないし求めてもないのです。更にそれをカップルとして載せられたなら…炎上も考えられるでしょう」


細田

「つまりですが【パーフェクトモデル】のイメージを崩さない為にも、双葉が黒木さんと一緒にいる事は、かなりのリスクがある話だということです」


細田

「黒木さんが想像する以上に【パーフェクトモデル】というのは、社会に大きな影響を与える存在なのです。分かって貰えましたでしょうか?」


黒木

「……」


彼女の正論に黒木は何も言葉が思いつかず黙り込み、額から汗が流れていた。何も間違った事を言っていない、彼女の信念ある言葉の重みがヒシヒシと伝わってくる。


細田

「勿論ですが黒木さんが双葉にしてくれた事については感謝しています。なので、直接会う事は止めていただく代わりに、今後双葉が参加するファッションショーの優待席への招待状は毎回送らせて頂きます。遠くからでも直接応援が出来るのなら、黒木さんにも悪くない話だと思いますが如何でしょうか?」


細田

「他にもご要望があるのなら可能な限り引き受けるつもりです。ですので…あの子の為だと思ってどうか、双葉から引いてください」


そう言うと細田は深々と頭を下げる。


 彼女の言う通りだ。自分は双葉の応援さえ出来ればそれでいい。遠くからでもファッションショーで輝く彼女が今後ずっと見れる事が確立するのなら、決して悪い話ではないはずだ。


 双葉と趣味探しが出来なくなるのは残念な話ではあるが、一般人である自分と一緒に居る事は世間が許すはずがない。


 彼女の努力で作り上げられた【パーフェクトモデル】の形を、自分のせいで崩す事だけは絶対にしたくない。お互いの今後の為にも、細田の言う通り引くべきなのだろう。


 長い沈黙は続く。細田もゆっくりと顔を上げて、真顔で黒木の返事を静かに待つ。店員が愛想良くフライドポテトを持ってきたが、あまりにも重い空気にテーブルに置いて直ぐに引き返した。先に口が開いたのは細田だった。


細田

「…何か不満がありますか?」


彼女の一言に、より圧が掛かる。黒木は直ぐに聞き入れてくれていると予想していたのだろう。長い沈黙は、店内を温める暖房の音もハッキリと聞こえる程に静かだ。


『わかりました』


その一言を言えば、両者気持ちよくこの話も終わる事が出来る。耐え難いこの場からも解放されるはずだ。細田の提案は全く悪くない。なのに、何故かその言葉が黒木には出ないのだ。


黒木

「…俺は…」


漸く黒木が重い口を開き答えようとしたその時。


 置かれていたフライドポテトを横からヒョイっとつまみ取られる。二人が振り返ると、そこには聡と変装した双葉が立っていた。ポテトをつまみ取ったのは双葉だった。


双葉

「んー、もう少し塩が欲しいかな?」


細田

「双葉?!」


黒木

「双葉さん!」


双葉

「お久しぶりー黒木さん」


突然のサプライズに思わず二人は声が合わさり驚く。それと同時に、隣に立つ虹色の髪をした高身長の厚化粧大男【ファンタスティック⭐︎聡】による強烈な存在にも黒木は仰天していた。


「双葉ちゃん。この子が前に言ってた子?んん〜…中々のイケメンじゃな〜い。アティシ好みよんっ」


双葉

「でしょー?あっ、聡ちゃんもポテト食べよっ」


黒木

「あ、あの…」


「初めましてんっ。双葉ちゃんから貴方の事は聞いてるわん。ビューティー&ファッションアーティストこと【ファンタスティック⭐︎聡】ですぅ」


黒木

(ファンタスティック…聡…???)


聡の【ドキツイ】ウインクに呆気を取られながらも黒木は社会人として小さくお辞儀をした。それよりも細田は、来るはずないと思っていた彼女の登場により慌てている。


細田

「双葉!どうしてここにいるの?!貴方、新年会に参加してたんじゃ…」


双葉

「それより細田さん。私のスマホ、勝手に見たでしょ?昨日会社のスマホ見てたけど、黒木さんへの着信履歴残ってたし。敢えて黙ってたけど、私に秘密でこんな事してたんだね」


細田

「…っ…それは…」


双葉は細田の隣にくっつくように座る。黒木も席の間隔を開けるように隅にズレると、聡は彼の隣に座ってメニュー表を手に取る。


「で、アティシは双葉ちゃんに頼まれて会社携帯のGPSを辿ってここまで送ったって訳。双葉ちゃん、何か食べるー?」


双葉

「聡ちゃん知らないの?この店のパフェ凄く美味しいんだよ?」


「あらそう?じゃ、パフェでもいっちゃーう?」


さっきまでの二人の重い空気を吹き飛ばすかのように、二人でメニュー表を見せ合い和気藹々としている。そんな場合ではない今の場面に細田は痺れを切らして、二人からメニュー表を取り上げた。


細田

「何しにきたの双葉!今は大事な話をしているのがわからないの?!」


双葉

「わかってるよ。わかってるからこうしてきたんだよ」


和やかだった双葉は、一瞬にして真顔に変わり真剣な眼差しで細田を見た。その瞳に細田であろうと思わずグッと口を閉じた。


双葉

「黒木さんと私の今後を勝手に決めないでよ。自分らしく生きていいって細田さんが言ったじゃん?」


細田

「…話を聞いてたのね。双葉、確かに貴方には自分らしく生きてほしいって思ってるけど、こればかりは通せないわ。貴方の価値を守る為に必要な事なのよ、わかって欲しい」


双葉

「…細田さんも結局、私の事を【パーフェクトモデル】として見てるじゃん」


細田

「違う!そういう意味じゃないのよ双葉!」


彼女は顔には出してないが黒木にはわかった。双葉が怒っていることを。発する声の奥からは怒りを抑えるように、微かに震えている。いつも明るく優しい彼女を見てきた黒木も、今の真顔で話す双葉には少し怖く思えた。


 それとは別に先程まで冷静で落ち着いて話していた細田は、とても感情的に説得しようとしているのを見ると、本当に双葉の事を大切にしている気持ちが伝わる。怖い人に見えていたが、本当はとても人思いのある優しい人なんだと黒木には分かった。


 再び場は緊迫の空気へと包まれる。聡も口を出さず、肘をついて窓の外の景色を見るだけで、三人の今後には触れないようにしていた。この空気に嫌気が差した双葉は、細田の圧に引くように溜息を吐いた。


双葉

「ハァ…細田さんが私を守りたいのはわかってるよ。でも、さっきから細田さんの意見ばっかり押し付けてるじゃん。そんなの不平等だよ」


細田

「…何が言いたいの?」


双葉

「ちゃんと黒木さんの意見も聞いてあげないと。まだ、答えは貰ってないよね?…ねぇ、黒木さんはどうしたい?」


そう言うといつもの笑顔で黒木の方へ彼女は振り向いた。彼に安心を与える為の配慮だろう。


 ずっと細田に言われ続けて何も言えなかったが、双葉はこうして助け舟を差し出してくれたのだ。このまま双葉が来なかったら、今頃は圧に負けて『わかりました』と言ってしまっただろう。


 彼女が与えてくれたチャンスに黒木は応えようと頷いて、細田の目を真っ直ぐに見て話し出す。


黒木

「…細田さん、貴方の言う通りです。俺みたいな一般人が、双葉さんと肩を並べて歩けるような人間じゃないと思います」


細田

「わかってくれましたか」


黒木

「…俺、双葉さんと出会う前は何にも興味を持てない無関心の人間だったんです」


細田

「…?」


話が逸れる彼を止めようと口が開きそうだったが、双葉は細田の前に腕を伸ばして、首を横に振る。最後まで聞けと言いたいのだろう。


黒木

「…双葉さんはそれを知ってくれて、俺の為に一緒に趣味探しをしてくれてます。今までも探してきて、上手くいかなかったんですけど…双葉さんと一緒に居る時は、感じた事のない楽しさがそこにはあって…俺は双葉さんとなら何か新しい事を見つけられそうな気がするんです」


黒木

「無理を言って本当に申し訳ないのですが…せめて、見つけられるまでは待っていただけませんか?見つけたら直ぐに双葉さんから離れるのも約束します。だから…どうかお願いします」


細田

「……」


細田は腕を組んで黒木の目を見つめ返す。揺らぐ事のない黒い瞳からは、彼の真っ直ぐに向き合いたい本心である事が伝わってくる。


 彼は時間伸ばしをしたいだけに適当に言ってる訳ではない…長年業界で様々な人間を見てきた細田の観察眼は黒木の思いに嘘がないのを確信させた。


 細田は横目で双葉の方を見る。彼女も細田の方を目で見返して彼女は【この人は信頼できる】と自信ありげに微笑んでいる。


 細田は暫く黙っていたが、決心がついたようで余っていたコーヒーを飲み切った。


細田

「…わかりました。黒木さんは恩人です。貴方の趣味が見つかるまでは、許可をしましょう」


黒木

「!本当ですか…!ありがとうございます!」


黒木は嬉しさのあまり直ぐにと頭を深々と下げる。


双葉

「細田さんなら分かってくれると思ってたよ!好き好きー細田さん♫」


朗報に双葉も嬉しそうに横から細田に抱きついて、頬をすりすりと腕に擦り寄せてる。内心はまだ納得出来てない細田には、それが鬱陶しく思える。


細田

「但し、貴方達二人の関係はメディアも知っています。記事に載せられないよう、くれぐれも目立たないようにお願いします。…もしも問題が起きた場合は、例え黒木さんであろうと直ぐに双葉と引き離しますから。いいですね?」


黒木

「はい!わかりました!」


双葉

「これからもよろしくねーお兄ちゃん♫」


黒木「はい、よろしくお願いします双…え?お、お兄ちゃん?」


冗談を言う双葉に細田は溜息を吐く。


細田

「メディアに貴方達の関係を誤魔化す為に、黒木さんは双葉の兄という事になってます。上手く演じてください」


黒木

「わ、わかりました…」


何はともあれと無事に話がついた事に、ずっと黙っていた聡も待ってましたと言わんばかりに黒木にニコニコ笑顔で肩に手を乗せる。


「いやー、何とか丸く収まったみたいね!良かったわねぇ黒木ちゃん!」


黒木

「あ、ありがとうございます。ファンタスティック聡さん」


双葉

「ん"ん"っ…!!」


彼が真面目にファンタスティックまで言うのが面白くて、双葉は口を手で抑えて吹きだしそうになるのを堪えた。ずっと固い表情だった細田も、これには流石に口元が緩む。


細田

「この方は聡さんで大丈夫ですよ、黒木さん」


黒木

「え…?そうなんですか?」


双葉

「あはは!やっぱり黒木さん面白いね!」


黒木

「…ははっ」


四人の緊張もすっかり解けて、場も和やかな雰囲気に包まれるのであった。


………


 話も終えて、双葉は「そんな訳で早速趣味探ししてきます!」と張り切って黒木を連れて店を先に出て行ってしまった。残された聡と細田は、双葉が勝手に注文した二人分のパフェを食べている。


「あらやだ、本当に美味しいわよ明美ちゃん。あの子も色々知ってるのねぇ〜」


細田

「……」


細田は浮かない顔をしてパフェに手を出さずに座っていた。その様子を見て聡は食べている手を止める。


「やっぱり不安?」


細田

「えぇ…そうね。黒木さんからはとても芯がある人間なのは伝わったけれど…」


「だーいじょーぶよっ。あの子の洞察力、知ってるでしょ?あの子からわざわざ彼をフォローするぐらいだし、二人は上手くやっていくわよっ」


聡はスプーンでパフェを掬い上げて細田の口へと突っ込んだ。


細田

「んぐっ」


「ほーんと、明美ちゃんはお母さんみたいよねぇ。あの子ももう大人なんだし心配しすぎなのよ。もっと楽になっちゃいましょう?」


細田

「…っ。そうね…でも、あの子を纏う【嘘】が人々に知られるのも恐れている。もしもそれを黒木さんが知った時の事を考えると…」


細田は口に入れられたパフェを飲み込むも、浮かない表情のままだ。


「明美ちゃん…」


細田

「…パフェ、美味しいわね」


「…!でしょ〜?ほら、新年早々暗くならないで双葉ちゃんオススメのパフェを堪能しましょ♫」


聡に励まされながら二人は出されたパフェを食べる事にしたのだった。


………


 街では人々が、新年セールを巡っていつに増して多く賑わっている。絶えることのない人混みを避けて、二人は人通りが少ない場所へ移り、双葉が先に歩いてスマホを触っている。


双葉

「んー、これだけ多いと今日は趣味探しも難しいかなー。趣味探しは中止にして、この間の会員制カフェにでも行く?」


黒木

「あの店、今日もやってるんですね…わかりました。…あの、双葉さん」


双葉

「ん?どうしたの黒木さん」


黒木の呼び掛けに双葉は立ち止まり振り返る。


黒木

「あの場所に来てくれてありがとうございました。…多分、あのまま双葉さんが来てなかったら俺、細田さんの条件を飲んで、もう会わないようにしてたと思います」


双葉

「それは迷惑かけてると思ってるから?」


黒木

「まぁ…そうなりますね」


双葉は黒木に歩み寄り、体を斜めに傾けて上目遣いで彼を見つめる。


双葉

「迷惑だと思ってたら会いになんて行かないよ?つまり、そう言う事!はい、この話はこれでおしまい!」


そう言うとニコッと笑顔を見せてくれる。やはりこの人はいつでも自分を助けてくれる【光】だ。彼女の笑顔を見て、黒木の心は安らぎに満たされていき口元が緩む。


双葉

「あっ、そうだ!言い忘れてた!」


黒木

「?どうしました?」


双葉

「ほら、黒木さんも!あけましておめでとうございます!」


黒木

「…あっ。あぁ、そうでしたね。…今年もよろしくお願いします」


二人は頭を下げて新年の挨拶をようやく交わした。今年もよろしくお願いします、その言葉が実現出来る為にも趣味探しを頑張ろうと黒木は心に決めるのだった。


 挨拶も終えた後は、彼女は輝く笑顔を見せながらカフェに向けて走り出す。その笑顔に元気を貰いながら黒木はついていくように走ったのだった。


………


Sunna事務所 新年会会場


春香

「双葉さん戻ってこなーい!!」


「電話してくる」そう言った双葉の言葉を信じて待っていた彼女だが、出て行った事を知らずに一人叫んでいた。KENGO社長も他のモデルの人達へと挨拶をしに回っているので相手にしてくれない。


春香

「うう…双葉さんが居ないなら帰ろうかな……んっ?」


春香の視線の先には、つまらなそうにスマホを触ってる、赤のインナーカラーが目立つウルフカットの少女が映る。


春香

「ジュリちゃんじゃん!ジュリちゃ〜ん、あけおめ〜!ちょっと話を聞いて〜!」


春香は彼女に慰めてもらおうと駆け寄る。


ジュリ

「……」


春香に気付いたジュリは、彼女から避けるようにスマホを触り続けて歩き出す。


春香

「ちょ、ちょっとジュリちゃ〜ん!」


ジュリ

「はぁ…ダル…」


ジュリは面倒くさそうにボヤきながら、避けるのを諦めて立ち止まり、一人寂しそうにしていた春香に付き合う事にした。


 彼女が触っていたスマホの画面には、双葉へのアンチコメントが書かれたタイムラインが広がっているのであった。



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