8.5話【愛のメッセージ】
居酒屋【隠れ家】
MARUKADO記者達による個室での双葉の取材は順調に進んでいた。
斎藤
「ではここで息抜きがてらに、双葉さんのファンへのコメント返しに移ろうかと思います。まずはこれを」
斎藤はビジネスバッグから辞書のように分厚く纏められたハガキの山を取り出した。
双葉
「わーすごーい。これ全部私へのメッセージですか?」
斎藤
「はい。読者アンケートで募集したらこんなにも届きましたよ。これだけ集まったのはMARUKADOでも初めてかもしれませんね。いやー、流石といったところでしょうか」
斎藤
「しかし、一つ一つ答えてるとキリがないので…これをこうして…」
広いテーブルの上へ、適当にハガキを広げ並べていく。
斎藤
「ここから幾つか指定して頂いたメッセージを読み上げます。双葉さんはそれを指名して答えてください」
双葉
「えー、全部じゃダメですか?」
斎藤
「ハハ、全部読み上げてたら私の喉が潰れますんで勘弁してください」
双葉
「んー…じゃあまずはこれ!」
双葉が指差した一枚のハガキを斎藤は手に取る。
斎藤
「えー…【ペンネーム:桜ママ】様…」
斎藤
『初めまして双葉さん。貴方は毎日何処かで活躍していますね。同じ女性として輝く貴方を誇らしく思います。私には娘がいるのですが、双葉さんの活躍を見て将来はモデルになるとずっと言っています。娘の為に何か一言言って頂ければと思っております。これからも応援しています』
斎藤
「…との事ですが、どうですか?」
双葉
「応援ありがとう!モデルになりたいって思ってくれるのは本当に嬉しいよ!一緒に仕事が出来る日が来るまで、私もモデルを頑張るから絶対になってね!…こんな感じで良いですか?」
斎藤
「んー、素晴らしい。実に双葉さんらしい回答だ。…では、次選んでください」
双葉
「んー、どれにしよっかなー?」
小嶋
(ハァ〜可愛いなぁ双葉さん。ファンの返しもしっかりしてるし神かよ〜。マージで今日ここに来て良かった〜)
ハガキを選ぶ双葉の姿をウットリと幸せそうに小嶋は見守っている。
双葉
「じゃあ次はこれで!」
斎藤
「はいはいこれですね」
小嶋
(つーか、取材後の食事会めっちゃ楽しみなんですけどぉ〜?双葉ちゃんがお酒に酔ってるとことか見てみてぇ〜)
斎藤
「えー…【ペンネーム:双葉LOVE ♡LOVE♡ズッキュン⭐︎イケメン仮面】…様」
小嶋
(んでんで俺の肩に頭を乗せちゃって『酔っちゃったかも…』とか言っちゃってぇ〜?……え?なんだって?)
斎藤から口から出たドキツイペンネームに部屋の空気が凍る。斎藤は滅茶苦茶嫌そうに読み上げるのを止めて、直ぐにハガキをバッグに戻して営業スマイルを見せる。
斎藤
「今のは忘れましょう」
双葉
「?読んでください?」
斎藤
「えっ?…いやー、しかし…」
双葉
「選んだのはそのハガキなんで、最後まで読んでくださーい♫」
ニコニコとしてる双葉に斎藤は、恐る恐るとバッグに突っ込んだハガキを手に戻す。そして、小嶋は遅れて気付いたのである。
小嶋
(…いやそれ俺がだしたハガキじゃん!?嘘!?マジで!?酔ったノリで書いちゃった奴じゃん!!ヤバいって!!)
声に出して止めたいが、愛しの双葉が指名してくれた幸福感が勝り口に出して止めることなど小嶋には出来ない。
斎藤は物凄く嫌そうに棒読みで読み上げていく。
斎藤
『双葉さんへ。これを読んでくれている頃には俺は既に君への愛に満たされて天国に逝ってるでしょう。女神の貴方に包まれながら…なーんちゃって⭐︎イケメン仮面は貴方を残して死なないぜ!』
小嶋
(あぁぁああああああっ!!!!)
己の幼稚なメッセージを読み上げる上司に、小嶋は内心悶え苦しむ。何が悲しくて、酔ったノリで書いた文章を隣で聞かされているのか。
最も恐ろしいのは、笑顔で読んでる斎藤の顳顬には血管が浮き出ている。彼も内心滅茶苦茶にキレているのだ。こんな酷い文章を隣の部下が書いたとバレたらと思うと…小嶋にとってこの時間は拷問でしかなかった。
細田も顔を俯かせ震えている。笑うのを堪えているのだろう。隣の双葉はニコニコとしたまま。今この状況において彼女だけが唯一の癒しだ。
地獄はまだ続く。
斎藤
『聞いてよ双葉ちゃーん。最近上司がずーっとチクチク言葉使ってくるんだよ!酷くなーい?やばくなーい?あそれ!ラーラーラライ!⭐︎』
小嶋
「ファァアアアア!!!」
奇声を発して勢い良く小嶋は立ち上がった。
斎藤
「うわびっくりした!?どうした急に!」
小嶋
「な、何でもないです!すみません!」
息を切らしながら小嶋は再び座る。何故こんな物を書いてしまったんだという後悔が、彼に重くのしかかる。
斎藤
『でもでも双葉ちゃんに【頑張れ♡】って言ってくれたら僕ちん元気になるかもかもー!?これからも応援してまーす!P.S最近5㎏も太っちゃったぴえんぴえん』
斎藤
「…だ、そうです。…いやー!こんなにクソふざけた文章を書ける人間も世の中には存在するんですねぇ?!」
小嶋
(…誰か…俺を殺してくれ…)
隣でバチバチにキレてる斎藤に、小嶋は絶望した表情で見ている。細田はずっと俯いて震え続けて、双葉はずっとニコニコしてるだけ。地獄絵図の完成だ。
小嶋
(もうダメだ…おしまいだ…グッバイ俺…)
双葉
「そうですか?個性があって私は好きですよ?」
小嶋
「…えっ?」
双葉は小嶋の方に向くと、優しく微笑み答える。
双葉
「頑張れっ♫」
小嶋
(……女神だ……)
彼女は小嶋に気付いていたのか、それとも偶々だったのかはわからない。しかし、そこに【女神】が実在したという事だけは小嶋にはわかった。
…そして、隣には【魔王】が殺意に満ちた鋭い目で、此方を睨んでいたのも小嶋にはわかっていた。