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【完結】Re:LIGHT  作者: アレテマス
第二幕
105/150

50話【栄光の終幕】


PM13:40 ヨネダ珈琲


店員

「お待たせしました。【クロ・ブランシュ】です」


店員がテーブルの上にヨネダ名物のクロ・ブランシュを置く。甘い香りが香るデニッシュパンを前に小嶋は有難そうに手を合わせる。


 取材も終えて今は昼休み。社会で働く人々の休憩場所取り合戦に勝利を果たした褒美の一品。お腹を空かせた小嶋は今すぐにでも食べようとフォークを片手に強く握る。


 しかし、そんな彼の至福の時間を邪魔するかのように、突然スマホの着信音が鳴りだした。着信音の設定している推しの歌が、今このタイミングだとあまり嬉しいものではない。小嶋は溜息を吐いてフォークを机に置くと、スマホを耳に当てた。


小嶋

「もしもし?」


斎藤

『俺だ』


小嶋

「あー先輩っすか…昼食中には聴きたくない声だったなー」


斎藤

『悪かったな。…どうだ?あれから日は経ったが…怪しい奴につけられてないか?』


小嶋

「え?先輩、僕のこと心配してくれてるんですか?いやー、参ったなー。やっぱり僕って可愛いし何よりも」


斎藤

『問題ないか。じゃあ切るわ』


小嶋

「いやいやいやいや待ってくださいよっと。…まー、あれからは特に大丈夫ですね。今の所は平穏に過ごせてます」


斎藤

『そうか。……小嶋、来週水曜日の22時、予定を開けておけ』


小嶋

「え?平日の深夜にですか?飲むにしても水曜って中途半端すぎません?」


斎藤

『違えよ。…さっき、Sunnaの社長から電話があってな。双葉の最後の写真集を作るのに、記者を用意したいらしい。そこでお前と森山に任せる事にした』


小嶋

「え!?双葉さんの写真集!?ていうかそんな遅い時間にやるんすか!?」


斎藤

『関係者以外に知られないようにする為だ。22時以降、Sunna事務所に人が残ってないのを確認した後、専用スタジオで撮影をするらしい。くれぐれも、この件を他の奴に漏らすなよ』


小嶋

「わかりました。ええと…先輩は来るんですか?」


斎藤

『俺は行かねえ。例の件に集中したいからな』


小嶋

「そうっすか。…にしても、一時的にとは言えご褒美のような仕事だなぁ。まー、それが終わったらまた先輩の仕事に付き合う事になるって思うとやってらん…」


斎藤

『いや、お前と森山はここまでだ』


小嶋

「…え?」


斎藤の言葉に小嶋は言葉を詰まらせる。


斎藤

『半田も言っていたように、双葉の父親は何処まで顔が広いかもわからない相手だ。今は狙われてなくとも、これ以上危険な領域に踏み入るのに、無関係なお前達を巻き込ませるつもりはない』


斎藤

『小嶋……ここまで付き合わせて悪かったな。お前はお前が言う【双葉が元気を取り戻す記事】を書く事に専念しろ。俺からは以上だ』


小嶋

「先輩……あの、一ついいですか?」


斎藤

『…なんだ。またくだらん事言うつもりか?』


小嶋

「大マジで聞いてください。…先輩はそうやって僕達の身を守るように言ってますけど…先輩にも家族がいる事を忘れないでくださいね?まぁ…要するに…無茶はしないでくださいよ」


小嶋の言葉を聞くと、斎藤は少しの間黙っていた。


斎藤

『……あぁ、わかった。じゃあな、サボるにしても程々にしろよ』


斎藤から電話を切ると、小嶋はまだ口にしていないクロ・ブランシュをじっと見つめて考える。前回、斎藤とは衝突をしてしまった事を気にしているのだ。


 記者(ジャーナリスト)として、偽りのない真実だけを伝える。それが人々にとって最も求められている行いだと信じて記者になった。しかし、斎藤の考えのように、今回の騒動を世間が知れば、必ず矛先は双葉へと向かうだろう。彼女がモデルとして最後の花舞台を飾るのに、それは妨害になってしまう。


 己の記者としてのプライドと、純粋に双葉の助けになりたい良心が混ざり合い、さっきまで食べたかったクロ・ブランシュへの食欲を無くして大きく溜息を吐く。


小嶋

「何が…正しいんだ…?」


そうぼやく彼に、再びスマホの着信音が鳴る。慌てて手に取って耳に当てると、次は黒木からであった。


黒木

『もしもし小嶋さん。黒木です』


小嶋

「おお!お疲れ様っす黒木さん!いやー、黒木さんから電話を掛けてくるなんて珍しいですね。どうしたんですか?」


黒木

『さっき斎藤さんから連絡をもらって……双葉さんの最後の取材を引き受けていただけるんですよね?ありがとうございます』


小嶋

「斎藤先輩はもう伝えたんすか?あの人もなんだかんだ乗り気なんだなー……あのー、黒木さん。つかぬ事をお聞きしますが、斎藤先輩からは何か言われませんでした?」


黒木

『特に何も…良い報告待ってますよとは言われましたが…』


小嶋

「そうですか……ええと、黒木さん。実はですね……」


黒木

『…?』


秀樹が再び動き出している事を告げようとするも、踏み留まる。


 彼のこの事を伝えたとして何が起こるのか。撮影が中止になるだけでなく、双葉は再び自身を苦しませる脅威に怯えて過ごす事となる。そうなれば黒木も普通の生活を過ごすのが難しくなる。それは果たして、黒木と双葉の今後の人生において聞きたい情報なのだろうか。考えに考え、沈黙が続く。


黒木

『…小嶋さん?』


小嶋

「え?…あ、あぁ!実はですね、僕もさっき聞かされたばっかりなんで驚いているんですよ!なんたって、双葉さんの最後の仕事を一緒に出来るなんて光栄ですからね!任せてください!最高の記事に仕上げますよ!」


彼の出した答えは【沈黙】である。この選択が小嶋には正しいのか正しくないのかは分からない。しかし、彼等には幸せに生きて欲しいと願うだけで、そこに脅威が迫っているのを知ってほしくないのだと今は考えたのだ。


黒木

『ありがとうございます。…それと、もう一つ頼みを聞いてくれませんか?』


小嶋

「はいはい!なんでしょう?」


黒木

『今回の写真集を撮る為に、外部に情報を漏らさない信用できるカメラマンを、Sunnaの社長と一緒に探しているのですが中々見つからなくて…記者の仕事をしている小嶋さんなら、誰か心当たりがないかと…』


黒木の悩みを聞くと、小嶋はニヤリと口角を上げて自信満々に答える。


小嶋

「いますよ!とっておきのカメラマンが!」


………


 …街中の喫煙所。多くの喫煙者が一服を求め集まるこの場所に斎藤も紛れ込んでいた。電話を切り、タバコの箱を胸ポケットから取り出して吸おうとする彼に、横から声を掛けられる。


「小嶋君には連絡は済んだみたいだね」


気さくに話しかけてくる彼は【工藤 平八(へいはち)】斎藤の旧友であり、個人で探偵をしている人物だ。芸能人等の裏情報を掴むのに、手詰まりになった際に頼める信頼出来る人物なのである。斎藤は静かに頷き、タバコを咥えて火を付けた。


斎藤

「あれからどうだ?」


工藤は斎藤の隣に立ち腕を組むと、残念そうな顔をして首を横に振った。


工藤

「全く進展なし。この数日間、仲間を増やして探す事に専念したけど、全くダメだった」


斎藤

「そうか」


工藤

「あの男も自分が追われている事を勘付いたんだろうね。恐らくは髪型や髪色、或いは整形をしてでも変装をしていると思う。もしくは…既に東京(ここ)から出て行ったか…」


斎藤

「それはないな」


工藤

「…?」


斎藤

「あの男は双葉の不幸を望む屑親だ。今回のスキャンダルで幸せそうにしてる双葉の様子を見て逃げるような奴じゃない。…必ず何か仕掛けるはずだ、それが秀樹という男だからな」


工藤

「…それもそうだね。鋭いなぁ斎藤は。お前も探偵やればいいのに。このご時世、人手不足だしウチで雇うよ?」


斎藤

「今更転職する歳じゃねえんだわ」


「お疲れっす。工藤さん、斎藤さん」


会話を続ける二人の元に、ガタイが大きい大男がやってくる。睨むような強面の顎髭、着ている服は黒パーカーとスウェット。ポケットに手を突っ込み、その威圧感は周りの喫煙者が目を逸らす。しかし、そんな怖い大男を前にしても、斎藤と工藤は気さくに話し掛ける。


斎藤

「よお、(とおる)君。久しぶりだな」


「半年ぶりっすね、斎藤さん。娘さんは元気ですか?」


斎藤

「ハハ、絶賛反抗期さ」


斎藤は手を差し出すと透と呼ばれる男はフッと微笑み強く握手を交わす。彼の名前は白石 (とおる)。工藤の(もと)で働く情報屋だ。


工藤

「お疲れさん、透ちゃん。どう?まだ見つからない感じ?」


白石

「残念ながら…だけど、良い報告もあります。ここ一週間ほど、斎藤さんの後輩二人を見てましたが…彼等の周りには怪しい人間はいなかったです。一先ず、お二人の身は暫く安全かと」


斎藤

「…そうか」


白石

「…フッ」


斎藤

「?…んだよ」


彼の報告にホッと胸を撫で下ろす斎藤を見て、白石は鼻で笑う。


白石

「すみません斎藤さん。最近の若いのは嫌いだってぐちぐち言ってた割には、ちゃんと気にしてるんだなって。俺、アンタのそういう所好きっすよ」


斎藤

「うっせーな…」


揶揄われるのを誤魔化すように、面倒臭そうな仕草を見せながら大きな溜息を吐く。


工藤

「それじゃあ今日も奴を探しに行こうか。そうだ。今日は透ちゃんもいるし、今夜は久々に居酒屋でも、どう?」


白石

「良いっすね。俺、この近辺で安くて美味い居酒屋知ってますよ。そこにしましょうか?」


斎藤

「いや、今夜は早く帰るって言ってるんだ。寄り道はしねえよ」


工藤

「ラブラブだねぇ」


斎藤

「うっせ」


三人は喫煙所から離れ、秀樹の行方を探しに、行き交う人々の中へと紛れて街を歩きだすのであった。


………


 …一週間後。いよいよ双葉の撮影日の当日を迎えた。現在時刻は18時。早朝より仕事をしていた黒木は定時を迎え、テキパキと帰る支度を進める。


 黒木が双葉との関係を世間に知られてから日が空いたものの、彼が久々に出勤して顔を出した時は、多くの客が黒木に詰め寄った。仕事に集中出来ない黒木に対して店長は、バックヤードの仕事をメインにさせる事で、黒木も安心して仕事が出来るようになったのである。


 帰る支度を済ませ、周りに気付かれないように念の為とマスクとキャップを装着する。休憩室から出て行き、売場で作業している店長の元へ来ると彼は頭を下げた。


黒木

「店長、お疲れ様です。後はお願いします」


店長は作業する手を止めて、和やかな表情で彼の方へと体を向ける。


店長

「うん、お疲れ様。確かこの後に例の撮影があるんだよね?」


黒木

「はい」


店長

「僕に態々言わなくても良かったのに、君はそういうところ真面目だよね」


黒木は顔を上げて微笑む。


黒木

「今回の件で、店長や皆さんには迷惑をかけてますから。それに、これからは俺を大切にしてくれる人達を、俺は信じて何も隠さずに生きていたいんです」


店長

「…良い顔するようになったじゃないか。それもまた双葉さんのおかげかい?」


黒木

「…はい」


店長

「それならこんな所で話してないで、早く可愛い妹さんの元に早く行ってあげないとね。お兄ちゃん?」


黒木

「は、ハハ…そうですね。お疲れ様でした」


店長の冗談に照れながらも再度頭を下げてから黒木は店を出た。


 街は少しずつ近づいてきたクリスマスに向けイルミネーションで飾られ、見渡す限り色鮮やかで華やかな雰囲気に包まれている。前から来る通行人を避け、彼が早足で向かう先は【柴犬ナナ公像】


 目的地に辿り着くとそこには、今日が休みだった高田と、ビジネススーツ姿の小嶋が待っていた。彼等は早足で此方に向かってくる黒木に気付くと、大きく手を振って迎える。


高田

「よう!黒木!」


小嶋

「お疲れ様です黒木さん!」


黒木

「お久しぶりです小嶋さん。先日はありがとうございました」


小嶋

「いえいえそんな!大した事じゃないですよ!黒木さんも元気そうで何よりです!なんていうか…前に会った時とは別人に思えるぐらい雰囲気が変わってますね」


黒木

「…そうですか?」


高田

「たりめーよ。なんて言ったって双葉ちゃんの【おにー様】だから、な?」


小嶋

「あぁ!そうっすね!【お兄たま】ですもんね!!」


黒木

(お兄ちゃん弄りが流行ってるのか…?)


キャッキャッと盛り上がる彼等の元に、一人の男が歩み寄ってくる。


「現在時刻は19時を回った。それがどういう事か貴様達には分かるか?」


懐かしい野太い声に黒木は嬉しそうに反応して、声のする方へと振り返って堂々と答える。


黒木

「それ即ち、19時になったということ…ですね?橘さん」


「フン。我が決め台詞を横取りするとは…成長したではないか、マコマコよ」


黒木が振り返った先には堂々とした仁王立ちを見せる橘がいた。オタクファッションとは違い、清潔あるカジュアルファッションで首にはプロ仕様のカメラをぶら下げている。


黒木

「お久しぶりです、橘さん。…小嶋さん、もしかしてとっておきのカメラマンって…」


小嶋

「そうなんすよ!タッちゃんはプロのカメラマンなんです!」


高田

「マジかよタッちゃん。前に聞いた時は教えてくれなかったじゃん。何で秘密にしてるんだよ」


「黙れ小僧!!カメラマンを名乗れば、タダで撮ってもらえると考える愚か者が湧くのだ!!知り合いだから良いでしょ?のノリで受ける我ではない!!」


高田

「じゃあ何で今回引き受けたの?」


「我等が日本人の誇りである双葉殿を撮れるのなら、そんな事言ってられんからだ!!悪いか!!」


高田

(てのひら)クルックルじゃねえか!!」


黒木

(相変わらず読めない人だな…)


橘の徹底したキャラ作りを久しぶりに見て黒木は苦く笑った。黒木の反応に橘は気付き、態とらしく咳払いしてから彼に声を掛ける。


「ゴホン。何はともあれ、Sunnaの社長殿からは報酬を既に受け取っている。我が完璧なる気高きカメラ捌きで、今宵は最高の写真へと仕上げようではないか」


黒木

「ありがとうございます」


「勘違いするでない。双葉殿が撮れる喜びで引き受けたのもあるが、我が同志のマコマコの頼みを断る訳にはいかんかったからな。誇りに思うがいい、双葉殿と再会を果たせた名も無き勇者よ」


黒木

「勇…者…?」


ツッコミが追い付けず置いてけぼりになる黒木に、横から高田が呼び掛ける。


高田

「つーか、これで全員集まったろ?ならさっさと行こうぜ?黒木、確か双葉ちゃんは先に聡さんと一緒にSunnaへ向かったんだったよな」


黒木

「うん。聡さんがメイクや衣装の準備をするって言ってた」


高田

「なら後は見に行くだけってわけだ!行くぜ野朗共!!俺についてこい!!」


小嶋

「ウッス!!」


高田と小嶋は子供のようなノリで駅へと向かいだす。微笑ましい二人の背中姿を見ながら橘と黒木も彼等に付いていくのであった。


………


Sunna 撮影スタジオ


 Sunnaのスタッフも帰り、人が全く居ない静まり返った撮影スタジオ。いつもはオフィスシャツを着熟すKENGOも、今日はラフな格好で秘書と共にスタジオの器具をセットしていく。その中には先に到着していた森山も混ざり手伝っていた。


 三人で効率良く動き、今回の撮影に不要な物は避けてスペースを開けて、双葉が歩くランウェイのミニステージも完成する。


 現在双葉は聡に連れられメイクルームでセット中。彼女達と一緒にスタジオに来た細田はスタジオに残されて部屋の隅で待機している。本当は一緒にメイクルームに入りたかったが、双葉からは


『もう細田さんはマネージャーじゃないからそこで待ってて。関係者以外立ち入り禁止でーす』


と追い出された。自分もモデルを辞めたと言うのに…本当は撮影が始まるまで取っておきたいのだろう。車椅子である細田はセットを準備をしていく三人を見守る事しか出来ない。そんな申し訳なさそうにしている彼女に秘書は気付いて、作業する手を止めて彼女の隣へとがやってくる。


秘書

「いよいよですね、細田さん」


細田

「ごめんなさい。何も手伝いが出来なくて…」


秘書

「何を言うんですか。今日の細田さんはゲストですよ。何もしなくて、いいんです」


細田

「なんだかむず痒いわ…いつもはスタッフと一緒にやってたから」


秘書

「大丈夫ですよ。今日は私達に任せてください。ほら、社長もあんなに汗を流して…やる気に満ち溢れてるじゃあありませんか」


細田

「そ、そうね」


せっせと汗水流して着々と進めるKENGO。そんな彼を見つめながら秘書は思いを語る。


秘書

「今回の撮影、一番張り切ってるのは社長だと思います」


細田

「社長が?」


秘書

「はい。双葉さんは最後の舞台となる予定だったスタコレに参加出来ず退職したじゃないですか。社長としては、それがとても悔しかったそうなんです。日本中を轟かせたスーパーモデルに、自分は何も出来なかったとあの時嘆いていました」


秘書

「だから小規模であれど、この様に双葉さんにもう一度ランウェイを歩かせる事が出来るのなら、社長にとってこれ以上ない喜びなんです。自分が大切にしていた子への、せめてものお返しというわけですね」


細田

「…そうなのね」


秘書から事情を訊いて細田は目を少し細めて社長を見つめる。


 細田は知っている。いつも社員の前では明るく陽気に振る舞う社長。しかしここまでの間に多くの苦悩を経験してきた。


 所属している人間との対立による別れ…大型プロジェクトの失敗…モデル事業としての低迷…そんな数々の辛い状況でも、彼は社員達に嫌な顔せず明るく接するのだ。


 KENGOという男は、誰よりもSunnaの人間を愛し、誰よりもSunnaの人間の為に動く、Sunnaが誇る聖人。今回双葉が撮影を引き受けた事を自分の様に喜んで準備を進めるのも、そんな彼だからこそなのだろう。


 間も無くセットの準備が終わる頃、撮影スタジオにゾロゾロと人が入ってくる。細田は振り返ると、そのメンバーに目が見開く。


細田

「貴方達は…」


そこにいたのはTOP4のメンバー。細田がSunnaを辞めてから彼女達と出会うのは春香を除いて初めてだ。今世間で最も注目されているモデル達だけあって、一人一人のカリスマ性がその場で立っているだけでも伝わってくる。


春香

「お疲れ様です細田さん」


姫川

「春香さん…この方が言っていた…」


春香

「はい。双葉さんにとって大切な人であり、元マネージャーの細田さんです」


難波

「どーもどーも細田さん。難波です」


RABi

「RABiです!」


姫川

「姫川です。……春香さんから話は聞いています。その足…あの時のスタコレで…」


同情して悲しげに話す姫川に、細田は安堵の笑みを見せる。


細田

「あれは不慮の事故だから。今はもうこれもまた運命だったと受け入れているわ。双葉が無事だったから、もういいのよ」


細田

「それよりもTOP4がどうしてここに?社長からは信頼できる人はゲストとして呼んでいるとは聞いているけれども……貴方達も?」


RABi

「はい!私達、スタコレに参加する前にどうしても双葉さんのランウェイを見たくてきちゃいました!」


難波

「まぁなんや。色んな輩と出会ったウチの目から見ても、ここにいるメンツは双葉の脅威になるもんちゃいますわ。初対面であれなんやけども…どうか信じてくれへんか?」


細田

「疑うつもりはないわ。私も社長を信じているから」


「それはつまり、我々は既に仲間という事デスね?」


RABi

「おっ?」


彼女達が振り返ると、スタジオには流王兄弟とジュリが入ってくる。


二奈

「チョリーッス!!ウチ!参⭐︎上!!」


ジュリ

「春香先輩、お疲れ様です」


春香

「ジュリちゃん!」


春香に気付いて直ぐ様に側へ寄り付くジュリ。春香も肩に手を回して引き寄せると軽くハグを交わす。尊い関係性に周りも安心して見守り、春香は離すとジュリを周囲に紹介する。


春香

「紹介します。最近話題になってるから知ってると思いますけど…Sunnaの新人モデルのジュリちゃんです。私の可愛い後輩です!」


ジュリ

「ども、可愛い後輩です」


一馬

「そして可愛いジュリちゃんの仕事仲間である一馬と」


二奈

「二奈でーす!よろりんちょー!!」


ジュリ

「…ウザ」


難波・RABi・姫川

(可愛いな…)


二人はジュリの横に並び挟んで立つ。彼女はジト目で狭苦しそうに嫌そうな顔をしていた。そんな様子も周りには面白おかしく見えてしまう。すると、ジュリを見て細田は何かを思い出したようにハッとした。


細田

「そうだ。ジュリちゃん、それに一馬さんと二奈ちゃんも。三人に社長から話があるみたいよ。今手が空いてそうだし聞いてきたら?」


ジュリ

「社長から?」


二奈

「えー!?マジ!?ジュリっぺ!いこいこー!!」


ジュリ

「ちょ…!」


一馬

「では皆様。また後ホド」


二奈に無理やり手を引っ張られジュリは連れ去られていく。一馬は一同に律儀にお辞儀をすると二人の後をついて行く。


難波

「なんや。ジュリの奴、結構荒れてるとは聞いとったが、あの感じやと流王兄弟とは上手くやってそうやな」


RABi

「話で聞いてたイメージと全然違うからなんか意外ー。凄く可愛い子だね、ハルちゃん?」


春香

「はい!それに凄く良い子なんですよ!」


姫川

「…はい。そうですね」


春香

「…?」


姫川はジュリの本性を知ってる素振りを見せる。それが気になり、春香は問いかけようとしたが、また別の誰かがスタジオに入ってきて振り返る。


 そこにいたのは黒木達だ。広報部の田中の案内を受けてここまでやってきた。今、巷で話題になっている【お兄ちゃん】の登場にTOP4も思わず驚く。


 真っ先に気付いた難波は誰よりも早く黒木の元へ駆け寄り、自分の心に光を照らしてくれたRABiは、彼との再会に瞳が潤んでいる。


難波

「どーもどーもお兄さん!ウチ難波ヒカルと申します!双葉とは偉いラブラブでんなー!」


黒木

「え?…あっ、初めまして。黒木です」


難波

「めっちゃドライやないかーい!もっとノリ良くやってーや!」


黒木

「…???」


難波の関西のノリに黒木はついていけてない。それとは別に難波を間近で見た高田は目を輝かしている。


高田

「うぉー!難波ちゃんだ!!すげー綺麗!!」


難波

「お?なんや?お連れさんは見る目があるみたいやね。気に入ったわ!ちょっと借りるで!」


黒木

「あっ…」


高田

「え?え?」


高田は肩に手を回され難波に連れて行かれる。ポカンとその場で見ていると、小嶋と橘も春香と姫川の元へ既に向かって交流をしていた。橘は低姿勢で何度もペコペコと頭を下げて春香と姫川に名刺を渡している。いつものデカい態度を見せる彼の面影はなかった。


 黒木は、其々の人達が双葉を待ちながら会話を弾んでいる様子を見渡す。双葉は気付いていないが、彼女を支えてくれる仲間はこれだけ多くの人がいるのだと彼は目の当たりにして思う。ここにいる人達は自分と同様、双葉の幸せを望んでいるのだ。そう考えると黒木の口角は自然と微笑んでいた。


RABi

「双葉さん、チョー楽しみだね!」


黒木

「!貴方は…」


後ろに手を組んでニコニコとRABiが黒木の隣に立ち話し掛ける。再びRABiと会えた事に黒木は嬉しそうな反応を見せた。


RABi

「やっほー!私の事、覚えてる?」


黒木

「勿論です。お久しぶりです、RABiさん。ええと…」


RABi

「…?」


黒木

「君を幸せにするのは〜?ラ・ビィ〜……ですよね?」


照れながらもファンコールを披露する黒木にRABiのテンションが上がる。


RABi

「凄くバッチリ!!最高!!」


黒木

「喜んでもらえて良かったです」


RABi

「アハハハハ…いやーそれにしても、君の【特別な人】って双葉さんだったんだね?うんうん分かるよ、双葉さんは私にとっても凄く憧れの人だから!そしてそんな2人が再会出来て、私もハッピー!って感じ?」


黒木

「RABiさんにそう言ってもらえるなんて…嬉しいです」


明るく振る舞う彼女を見て、黒木も嬉しそうに頷いた。



 すると、突然照明は真っ暗に消えて何も見えなくなる。スポットライトが一点にステージの方へと点灯すると、そこには光に包まれて華麗なポーズで立つ聡がいた。圧倒的なファンタスティックを見せつけ一人で勝手に満足すると、彼は片手に強く握るマイクを口元へ近付ける。


「レディース…エーンド…プリティーボーイ…今宵限りのファンタスティック⭐︎ショーにようこそ。今夜のスターモデルに早く逢いたいでしょうけど……メインディッシュを堪能する前にまずは前菜を…手始めに、アティシ監修によるアルティメット⭐︎ファンタスティック…」


ダラダラと格好つけて話す聡に、無慈悲にもスポットライトは消されて再び暗闇に包まれる。


「あぁん!キリコちゃん意地悪しないでぇん!?」


慌てる聡の声に一同の笑い声が暗闇の中から聞こえてくる。再びスポットライトが光って照らされると、彼は咳払いをして誤魔化した。


「ンンッ。ま、今日はアティシがメインじゃあないから、ここで引き下がってあげるわん。アティシのファンタスティックに包まれた、最強で無敵のファンタスティック⭐︎モデルを、とくとご覧あれい!!」


そう言って聡はステージの端へと避ける。



 スポットライトはバックステージの方を照らす。即席で用意されたスピーカーからは音圧はないものの、ファッションショーらしいEDMの音楽が流れ出す。一同は今か今かと、伝説を前に落ち着いていられずソワソワとしていた。



そして、その時がきた。



光に照らされ煌めく長髪


透き通るような純白の肌


青く輝く瞳



スタコレで披露する予定であった白のロングドレスを美しく身に纏い、彼女は堂々と自信に満ちた表情でランウェイを歩いて行く。


その絶美は正に美の頂点であり天性のもの。スポットライトが彼女を照らしているのではなく、彼女が光を放ち周りを輝かせているのだ。その姿は、ここにいる全員を圧巻させた。


 だが、黒木だけは気付いていた。これ程の美しい姿を魅せても、【パーフェクトモデル】の域を取り戻していないということを。彼女自身が発言していた様に、この一年で色々と起きた双葉にはもう【パーフェクトモデル】へと戻る力は残ってなかったのだ。この姿も、【偽り】によって生み出された【偶像】に過ぎない。


 しかし、黒木には今の彼女の方が幸せそうに見えた。【パーフェクトモデル】に囚われなくなった事、そして、全ての自分を受け入れてくれる存在が、今の彼女を輝かしているのだ。どんな姿であれど、双葉の幸せを誰よりも望む彼にとって、それは【光】そのものなのである。


 ランウェイの先頭に立ってポーズを決めると、周りからはパチパチと拍手が聞こえてくる。本来ならばこのまま背を向けバックステージに戻るが、


双葉

「〜ッゥ!!終わったぁー!!」


黒木

「!?」


堪えきれず彼女は笑顔を見せてステージから飛び降り、真っ直ぐと黒木の方へと向かって飛び付いた。彼も驚きながらも優しく抱き返し、双葉は周囲の人達へ最高の瞬間を見せるのであった。



 …ランウェイも終えて、次は写真集に収める撮影に移る。橘は次々と華麗なポーズを魅せる双葉に只管(ひたすら)褒め言葉を放ちながらシャッターを切っていく。双葉の【近くで見ていて欲しい】との希望で、黒木や細田、それにKENGOと、橘の隣に立ち双葉を見守っていた。


 そんな彼等から少し離れて用意された椅子に座り双葉を見つめるTOP4のメンバー。再び目にした【天才】を前に、其々の思いが強まり感傷に浸っている。


難波

「…なんや…その…分かってたつもりやったんやけども……めっちゃ凄かったな」


RABi

「そだねー…なんていうか…【壁】を感じたというか…」


姫川

「壁…?」


RABi

「うん。こう、住んでる世界が違うっていうか?双葉さんの領域は双葉さんだけしか踏み入れられない最強の世界って奴かなぁ?」


難波

「なんやねんそれ…まぁ、言いたいことはわかるわ。あれはもう、双葉だけが作り出せる世界やな。流石は人々を魅了させた【パーフェクトモデル】っちゅうわけや」


RABi

「そうそう!それが言いたかったの!ねぇねぇ、ハルちゃんも見れて良かったよね?」


RABiは春香の方へと振り向くも、彼女は暗い表情でじっと俯いてる。


RABi

「…ハルちゃん?」


RABiの呼び声にハッとして咄嗟に笑う。


春香

「そ、そうですね!とても良かったです!」


姫川

「……」


無理して笑う春香に姫川は心配そうに見つめる。流石にこの時は姫川以外のメンバーも、春香の様子が変だということに気付いた。彼女へ声を掛けようとするも、ジュリ率いるダブル・アイがTOP4の元へと合流してくる。


一馬

「どうやら我々は【本当の】仲間になったみたいデス」


難波

「おっ?どゆことや?」


ジュリ

「さっきの社長の話…今回のスタコレの再投票の結果、ダブル・アイがギリ入り込めたみたいです。まぁ、その、よろしく…」


RABi

「マジ!?えー!!仲間が増えて超嬉しいんですけどー!!」


二奈

「それなー!!ラビちょマジよろぴくねー!!」


RABi

「よろしくよろしくぅー!!」


きゃっきゃっとRABiと二奈は戯れ合う。相変わらずこの二人の初対面への距離感はおかしく、周りも呆れて笑った。


 春香への心配もあるが、今日は双葉が一夜だけモデルとして復活を果たし、ダブルアイがスタコレへの参加が決まっためでたい日。まずはこの祝日を祝うべきだ。難波は席を立ち上がり手をグーにして大きく掲げる。


難波

「よっしゃ!!新しい仲間も増えたわけやし!!今度のスタコレは絶対に成功させるでー!!」


RABi・二奈・春香

「「オーッ!!♫」」


難波の掛け声へ春香もRABi達と一緒に元気よく声を出す。彼女達のスタコレ・双葉への想いは、共に成功を目指す仲間として一つに団結するのであった。




 …数週間後。Sunna公式サイトにてファンに予告なく双葉の写真集が販売された。


表紙タイトルは【First Star】


 トップモデルとして誰よりも輝き、人々に感動を与えてきた彼女らしいタイトルだ。本来ならば販売まで至るまでに編集・デザイン・印刷を含めれば二ヶ月以上掛かる所を、KENGOとSunnaの信頼出来るスタッフと協力をした結果、直ぐに販売出来る状態にまで完成させたのである。日頃からKENGOが周囲から信頼されているからこそ出来たのだと、後に関係者は語った。


 写真集の内容は至ってシンプルだった。ランウェイ・ストリートスナップ・スタジオ撮影の三点がメイン。急遽作成された分、ページ数がかなり少なかったが、一枚一枚が芸術アートのように美しく、それを目にした人々の心に大きな感動を与えた。


 最後のページには、小嶋と森山によるモデルのキャリアとしての振り返り、そして、ファンへのメッセージが記された。双葉は結局、最後まで自分の秘密を人々に見せず、只々応援してくれたファンに感謝の言葉だけを残した。


 写真集が販売した事をSunnaは【つぶグラ】を通して発表。直ぐ様SNSを通して人々に広まっていき購入が殺到。一時期はSunna公式サイトがサーバーダウンする程までの大盛況に至った。


 途中、転売屋にも目を付けられるも、後にKENGOは注文分を発行する事を宣言。欲しい人に手が渡らない事を防ぎ、双葉のファン全員に行き届くように徹底。そして、この大盛り上がりには各書店も反応を示し、どの店でも取り扱う事を発表。双葉の写真集は、Webだけでなく全国の本屋へと拡散された。それでも尚完売が続き、彼女がどれだけ影響力がある存在だったのかを世に知らしめた。


 本を手にした人は其々の想いを胸に双葉の写真を見る。一人は一枚一枚映る彼女の姿に号泣して、また一人は美しい彼女に永遠と見惚れ続ける。そして、最後のメッセージは、見放されたと思っていたファン達の心を救い、双葉の正式な【別れ】を受け止める事が出来たのだ。



伝説は、この一冊によって終わりを迎える。



そして時は流れ、粉雪が降り注ぐ12月中旬を迎えるのであった。


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