48話【夢の続き】前編
双葉と黒木の二人が写った写真は瞬く間につぶグラを通して日本中に広まり、人々は彼等に注目していく。
【本当に双葉だ!!】
【いやいやwこれはそっくりさんでしょw】
【じゃあこの青い瞳なんだよ】
【ていうかお隣の男の人は誰?彼氏!?】
返信欄は二人の話題で議論となる。それは多くのメディアやニュースにも大きく取り上げられ拡散は止まらなかった。
この騒動にはSunnaも巻き込まれ、退職して関係ないのにも関わらずメディアからの電話対応に追われる事となる。漸く双葉の話題も収まって、落ち着きを取り戻していた矢先のトラブルであった。現場が対応に大慌ての中、秘書がKENGOの居る社長室へと飛び込む。
秘書
「社長。本日も朝から電話が鳴り止みません。Sunna代表として声明を出すべきではないでしょうか?」
KENGO
「……」
秘書
「社長?」
椅子に座りじっと腕を組んで考える。秘書の声にも反応を示さない。秘書はKENGOの隣に立つと再びを声を掛ける。
秘書
「…社長?」
KENGO
「え?あ、あぁごめんごめん。そうだね、このまま放っておいても解決はしてくれないだろうし、何か対策を考えないといけないね」
秘書
「如何しましょうか。指示を与えていただければ、直ぐにでも対応しますが…」
KENGO
「…否定をするのは簡単だけど、それじゃあ双葉ちゃんやファンの為にもならないんじゃないかな」
秘書
「…?」
KENGO
「俺から提案があるんだ」
………
…一方、黒木は本日出勤予定だったが店長より電話がかかってきた。聡の屋敷の庭にて、スマホを耳に当て通話をしている。
店長
『いやはや。君が双葉さんに夢中なのは知ってたけど…まさか付き合っていたなんてね。おかげで常連客が君から話を聞きたいと大騒ぎだよ。今日は振替休日として申請しておくから、家で大人しくしていてくれるかな』
黒木
「すみません…店長…」
店長
『まぁ、職場のみんなには安心してもらって良いよ。なんて言ったって君が隠し続けていたぐらいだから、他の人達と一緒に騒ぐのはダメだって考えてくれてる。事が落ち着くまでは、こちらでなんとかするよ』
店長の有難い対応に黒木は嬉しそうに微笑む。
黒木
「…ありがとうございます」
店長
『ところで【マルカドオンライン】の記事は見た?君達の事を面白く書かれていたよ』
黒木
「…?」
………
編集長
「斎藤!これはどういう事だ!」
ここはMARUKADO本社。喫煙スペースにてタバコを一服している斎藤の元に、編集長が声を荒げて入ってくる。編集長は自身のスマホの画面を斎藤に見せつける。
【双葉の隣の男性の正体は兄!?美顔兄妹の秘密に迫る!】
と書かれた記事。それは斎藤が担当した内容のようだ。編集長はのびのびとタバコを吸う斎藤の隣で怒鳴り声を浴びせる。
編集長
「君がこの内容について、とっておきのネタを持っていると言うから今回任せたんだぞ!一体これはどういうことか話を聞こうじゃないか!」
斎藤はやれやれと溜息を吐いて、タバコを灰皿に押し潰す。
斎藤
「記事の全文を読みましたか?他にも証拠の画像を添付してるでしょ?」
そう言って編集長からスマホを取り上げて、指でスクロールしながら見せつける。
そこには以前に斎藤が双葉と黒木が一緒にいた時に撮影した写真、双葉から直接取材している時の写真、そして、黒木本人と喫茶店で話をした時の写真が添付されていた。
斎藤
「記事の内容としては、俺もその男の正体を追っていて、双葉本人から聞いた時には兄と答えた。そしてその男から直接聞いても兄と答えたわけだから、そう書くしかないでしょ。その写真は、【キチンと】取材をして聞いた証拠ってわけですよ」
編集長
「そんなわけないだろ!いつもの君なら裏があると入念に調べるじゃないか!今まで家族の情報も殆どなかった女が、そう簡単に兄だと認めるわけが…!」
斎藤
「双葉という女は、隠している事がバレたら潔く答える人間ですよ。それに、本人達がそう答えてるのなら、これ以上突っ込む必要もないでしょ」
斎藤
「編集長、アンタが言ってたじゃあないですか。『今のご時世、決めつけでの記事を載せると後々の炎上が面倒だ』って。俺はMARUKADOが燃えないように、それに従ってるだけですよ」
編集長
「くぅ〜…!任せる人間を間違えた…!!」
編集長は悔しそうにしながら、斎藤からスマホを奪い取り、喫煙室から出て行った。
せっかくの至福の時を邪魔され、まともにタバコを吸えなかった斎藤は胸ポケットから箱を取り出しもう一本吸おうとする。しかし、そんな彼の手を、横から誰かが片手で抑えて止めた。
このタイミングで止めにくるのは一人しかいない。溜息を吐いて手が差し出された方へ振り向くと、そこに立っていたのは森山であった。小嶋ではなかった事に、斎藤の眉は少し動く。
森山
「意外な人間が止めたと思いましたか?小嶋先輩は取材に出て行ってます。それより、タバコ休憩にしては時間を使いすぎですよ。仕事に戻りましょう」
彼女の鋭い視線にタバコを吸うのを諦めて、抑えられている手を払い除ける。【はいはい】と言わんばかりの仕草を見せると、その場で腕を組んで彼女に話し掛けた。
斎藤
「わかったわかった。吸わないからここで仕事の話でもしよう」
森山
「無理です。私、タバコの匂いは嫌いですから」
斎藤
「言い方が悪かった。お前と丁度二人きりで話がしたかった事がある。これでいいか?」
森山
「告白なら場所を選びましょう、先輩」
斎藤
「俺が既婚者だって知ってんだろ…森山、偶にボケをかますのは何なんだ?」
キリッとした顔のままジョークを言う森山に少し呆れる。
森山
「冗談です。それで、お話とは?」
斎藤
「あぁ。…どうだ?あれから日が経ったわけだが、何か不審な事はなかったか?」
森山
「はい、大丈夫です。この通りピンピンと元気に出勤しております。今なら不審者に近付かれても、大学で鍛えた護身術で迎え討てます」
斎藤
「…おい、なんか今日のお前様子が変だぞ?変なもんでも食ったのか?」
森山
「本日の朝食はバターロールとコーヒー一杯。いつものルーティンで変なものではありませんが……機嫌が良い事には間違いありません。これも先輩のおかげですよ?」
斎藤
「…はぁ?」
森山はスマホを取り出して、先程編集長が怒りながら見せつけてきた記事を彼女も同じく見せつけてくる。
森山
「先輩の書いた記事のおかげで、事態はSNSを通して少しずつ収まりに向かいつつあります。これは私の憶測ですが、ファンの方は双葉さんの真実よりも幸せを願い、大きくならないように協力し合ってるのではないでしょうか?」
森山
「そして、その庇う記事を書いたのは正しく先輩。これまで多くの芸能人のスキャンダルを取り上げて炎上させていた貴方が、双葉さんを悪く書き上げないのは…とても素晴らしい行動だと思いました」
斎藤
「……それ、褒めてるのか?」
森山
「褒めてます。先輩にも人の心があったのだと感動しました」
斎藤
「アイツと同じ事言ってんじゃねえよ…」
小嶋の代わりに現れた森山も、真顔で揶揄い続けてくるもので、斎藤は調子が狂うのであった。
………
店長
『…そんな風に書かれてるわけだから、この騒動も直ぐに収まると思うよ。お客さんに聞かれたら、黒木って名前は妹の双葉さんにご迷惑を掛けないよう偽名にしているって説明しておくから』
黒木
「そ、そうですか」
斎藤が自分を庇っていた事を知り驚きを隠せない。兄という【設定】が、まさかのここにきて活かせていたのである。
店長
『事情はよくわからないけれど…君は人間としてしっかりしてるからね。察してくれる多くの人達が君の味方でいてくれてるよ。数日経てば何事も無かったように出勤していいから…わかったね?』
黒木
「はい、わかりました」
店長
『あぁそれと…次に来る時で大丈夫なんだけど、本社から売上対策の案を聞き込むように言われてさ。何か良い案が思い付いたら教えてくれないかな?それじゃあ、よろしく』
そう言って店長は電話を切った。店長の言うように、黒木には多くの仲間が付いている。その幸せを深く理解して屋敷の中へと戻るのであった。
…中に戻ると、居間で細田が通話をしていた。黒木は通話の邪魔にならないようにそっとテーブル席に座る。
細田
「私もその案は悪くないと思います。…ですが、私達の独断で決めるのはあまり…それに、あの子もやりたいと言ってくれるかどうか…」
細田
「私から聞いてはみますが…良い返事が返ってくるとは期待しないでください。…はい、失礼します」
細田は電話を切ると黒木に気付く。
細田
「ごめんなさい。聞こえてたかしら?」
黒木
「誰からですか?」
黒木は細田の電話内容が気になっていたようで、細田が通話している間に二人分のコーヒーを用意して、彼女に一つ渡すと隣のソファに座った。話を聞く準備は万端だ。
細田は受け取ったコーヒーを飲んで一息付いてから話し出す。
細田
「KENGO社長からよ。今回の二人の写真を見たファンの反応が、どうしても放っておけないみたいなのよ。双葉の幸せの為なら、何もしない選択もあるけれど…社長としては、やっぱり双葉からの声を、ファンに届けてあげたいって」
細田
「でも、双葉はもうSunnaを退職している訳だし、あの子もこれ以上【パーフェクトモデル】として演じるのも嫌だと思うのよ…」
黒木
「…そんな事は、ないと思います」
細田
「え?」
黒木はコーヒーを一口飲んで、細田の顔を見て話す。
黒木
「あの時の事ですが…双葉さんはファンと交流していている最中、純粋に応援してくれているファンの人と会えて凄く嬉しそうにしていました。きっと双葉さんは、ファンを裏切ったという自身の決断に、まだ思い残すところがあるんじゃないかなって…あの時の顔を見て俺は思うんです」
黒木
「だから俺も、KENGOさんの意見は賛成です。双葉さんの為にも、ファンの皆さんの為にも何かすべきです」
黒木の意見に、何も心配はいらないのだと細田は安心した様に微笑んだ。
細田
「…相変わらず、貴方は双葉の事となると良い顔をするのね。…分かったわ、元マネージャーとして何か良い案がないか考えてみる。でもその前に…まずは双葉の意見も聞かないとね。あの子が乗り気じゃないなら、この話は進まないわ。黒木さん、双葉をお願いできるかしら」
黒木
「わかりま…」
双葉
「やりたいな、それ」
話を聞いていた双葉が階段から降りてきて二人の元に現れる。
細田
「双葉!…聞いてたのね」
双葉はニコッと笑って頷き、黒木の隣に寄り添って座る。
双葉
「みんなにもバレちゃったし、何か言わないとダメだろうなーって丁度思ってたから。社長がそう言ってくれてるのなら、私もやる気出しちゃうよ」
細田
「大丈夫なの?別に無理をしなくても良いのよ?」
双葉
「無理なんてしてない。ファンのみんなが好きなのは本当だから。…でも、どうやって返事をしようかな?ただのメッセージじゃ、伝わりづらいよね?」
黒木
「確かに…メッセージだけだと企業が考えた文章だって思われるかもしれませんね…」
黒木は顎に手を当て俯く。何か良いアイデアはないかと集中して考えていると、彼の脳内で一つの案が閃いた。
黒木
「…そうだ。これだ」
黒木は顔を上げて自信に満ちた表情をしている。そして、細田の方へと顔を向けた。
黒木
「細田さん。社長と電話しても良いですか?」
細田
「…?」
………
PM20:03 グッド・スター事務所 トレーニングジム
最先端の機材が取り揃えられたグッド・スターが所有する専用ジム。
来たるスタコレに備え、姫川と華城は居残りトレーニングをしていた。鏡の前で体幹を鍛え、美しさを保ち続けるモデルウォーク、体力を衰えないように有酸素運動の運動。空調が効いていても、トレーニングウェアは汗でびっしょりと濡れている。
一通り今日のメニューを終えた華城は、汗をタオルで拭きながら、鏡の前で体幹トレーニングをまだ続けている姫川に声を掛ける。
華城
「私はもう帰るけど…アンタ、まだ続ける気?」
姫川は華城の方に振り返る事なく返事をする。その表情は真剣そのものだ。
姫川
「はい。まだ残ってます」
華城
「あっそ。暑苦しい奴ね。やっぱりスタコレの一位に選ばれたから気合いが入ってるのよねー?」
姫川
「……」
嫌味を吐く先輩へ返事を返さず、目の前の事を集中し続ける。つまらない後輩に華城は舌打ちを鳴らしシャワールームへと入って行った。
一人となった姫川は、少したりとも気を抜かずトレーニングを続ける。時間は刻々と過ぎていき気が付けば深夜。窓の外から見えていた街の灯りもすっかり消えていた。
流石に明日に響くと感じた姫川は大きく息を吐いて、側に吊るしていたタオルを手に取りトレーニングを終える。額の汗をタオルで拭き終え、ふと鏡面の方を見る。
鏡に映る姫川の後ろには、双葉が後ろに手を組み立っていた。
姫川
「…!!」
ゾッとしてすぐさま振り返るも、そこには誰もいない。せっかく拭いた汗も、今度は冷や汗が体から噴き出ていた。
姫川はこの原因を理解している。スタコレで一位として選ばれた事によるプレッシャーと、今だに隠し持っている双葉の背中の写真への罪悪感が合わさり、彼女の前に双葉が幻覚として姿を現すのだ。そこに存在しないと分かっていても、彼女の精神は不安定なままである。
姫川
「……」
頭を抱え静かに溜息を吐くと、姫川はシャワールームへ移動した。
シャワールームの更衣室で衣服を脱いで浴室へ。熱いシャワーを頭から浴びる事により、ベタついた汗はしっかりと流れ落ち、お湯の温もりで少しは心が落ち着いた。姫川は黙ったまま目を閉じる。
姫川
(もうすぐスタコレが迫っているというのに…幻覚なんか見てる場合じゃない…もっと集中しないと…)
ゆっくりと目を開けて、更衣室の扉の方に顔を向ける。
更衣室への扉に取り付けられている半透明ガラスは、湯気によって全体が曇って何も見えない。だが、その曇ったガラスの先には髪の長い女性のシルエットが見えるではないか。
少しは落ち着いたと思っていたが、まだこうして現れる双葉の幻影に、姫川は目を逸らし再び目を閉じる。熱いお湯を浴び続けているのもあり、ドクンドクンと胸が高まってきて、息は荒くなっている。
いつかきっと、本物の双葉と出逢った時に聞くつもりで置いてある秘密の写真。その写真を手に入れてからは、ずっと双葉の幻影がハッキリと姿を現して彼女を苦しめた。誰にも言えなかったが、いつも姫川の見える風景に双葉の幻影は映っているのだ。
それはきっと、姫川が自分が悪い事をしているのだと捉えている良心の叫びなのだろう。誰も知らない憧れの人の秘密を抱えている独占欲に抗えず、いつまでも大事に隠し持っている事へ、日々罪悪感が増しているのだ。
こんなに苦しい思いをするのなら、いっその事あの写真は消すべきだ。シャワーを止めて、更衣室の方へと再び振り向こうとしたその時、ピピピと音が聞こえてくる。
その音は姫川のスマホの着信音。更衣室に衣服と一緒に置いてあるスマホの音は姫川の意識をハッキリとさせて、扉の方に見えていた幻影もすっかり消えていた。急いでバスタオルで体を拭いて更衣室に戻ると、スマホを耳に当てる。
姫川
「もしもし?」
?
『おーう!久しぶりやな!元気にしとるか!』
聞き慣れた関西弁。その声は姫川の心を少し安らげた。
姫川
「…難波さん?」