8話【秘密の取材】
それからの黒木と双葉はお互いに連絡が取れない程に忙しい日々が続いた。
黒木は年末に向けて、スーパーでは特売イベントが多く、来店する客は常に沢山と集まり、納品作業や応援のレジ打ちと追われる毎日だった。
帰る頃には体力が尽きていて、アパートに着くと最低限の寝る支度を済ませると直ぐに就寝する。休みの日は疲れすぎてやる気が出ず、家に篭もりっぱなしであった。
篭ってばかりではいたが、時折買っておいたファッション雑誌を手に取り双葉が載っているページを見たりして疲れを癒した。つぶグラを開いて双葉のページを確認する事もあったが、彼女も忙しいのだろう。最終更新日はかなり前で止まったままであった。
一方双葉の方はというと、此方もハードな毎日を過ごしていた。
自身の2nd写真集が発売した日には、都内の本屋に現れてファン達と一緒に撮影会を開いたり、ファッションイベントにはサプライズ出演して観客を湧かせたり、人気ブランドとの広告の打ち合わせに様々な会社へと移動を続けたり…時々街で変装をわざと解いて、ファンに囲まれて交流を楽しんだりとしていた。
そんな二人は忙しい毎日を過ごし、あっという間にクリスマスも越え、年が明けるのも残り数日を迎えるのであった。
………
某日の午後19:48。この日は朝から雪が降り続け特に冷え切っていた。居酒屋【隠れ家】の前ではMARUKADOのベテラン記者の斎藤と、新人記者の小嶋が寒そうに白い息を吐きながら待っている。斎藤はポケットから、棒付きキャンディーを取り出し口に入れた。
小嶋
「?先輩、飴好きなんですか?」
斎藤
「ちげえよ。煙草が吸えないから代わりだよ。…昔は何処で吸っても文句言う奴なんていなかったのになぁ」
斎藤は飴を舐めながら懐かしむように、降り落ちる雪を見上げる。
小嶋
「へー、先輩ってちゃんと時代に合わせて生きてるんですね。意外です」
斎藤
「意外ってお前…っていうか、お前こそなんでついてきてんだ?今日は休みのはずだろ?」
小嶋
「何言ってるんですか!?あの双葉さんの取材ですよ!?こんな超重要な仕事を、先輩一人に任せられる訳ないじゃないですか!?休んでなんていられないでしょ!」
斎藤
「…単にお前が双葉と会いたいだけだろ」
小嶋
「へへ、その通りです。すみません」
気楽な小嶋の態度に横目で呆れて溜息をつく。
斎藤
「まあ邪魔にならないなら何でもいいよ」
すると斎藤のスマホにメールが届いて直ぐに確認する。確認を終えるとポケットにスマホを戻して、飴を噛み砕き店内へと入る。小嶋もその後に続くように入った。店内は程よく暖房が効いていて冷え切った体も温まる。
小嶋
「どうしたんですか?」
斎藤
「双葉のマネージャーからだ。渋滞に巻き込まれて少し遅れるから先に入っててくれと」
店員に斎藤を名乗ると、予約の個室へと案内される。予約の個室は広く誰にも見られない壁で覆われた取材には最適な部屋だ。
斎藤はコートを脱ぎ、小嶋へ渡して座る。彼は先輩のコートを壁掛けハンガーへしっかりと掛けて隣に座った。間も無くして店員が部屋に入ってくる。
店員
「お先に飲み物を伺いますね」
小嶋
「とりあえず生を二つ」
斎藤
「アホ。今から仕事だってのに飲むバカがいるか」
突っ込むように小嶋の頭を引っ叩く。
小嶋
「いった!?パワハラですよパワハラ!編集長にチクりますよ!?」
斎藤
「すみませんこいつバカなんで気にしないでください。話は通っているかと思いますが、これから取材なんでひとまず烏龍茶を二つ。取材後は酒を楽しませてもらいますよ」
ギャーギャー騒ぐ小嶋に店員は苦笑いしながらも、頭を下げて部屋から出て行った。
斎藤はポケットから先程食べ終えたキャンディーの棒を取り出し、再びタバコ代わりに咥える。少しでも喫煙欲を紛らわせたいのだろう。他の事へ集中するのに、メモ帳も取り出して見返す。
斎藤
「で、今から日本が誇るビッグスターがここに来るわけだが…ファンのお前は色々調べてんのか?」
小嶋
「勿論です!SNSも毎日チェックしてますし、この間発売した写真集も買いましたよ!SNSの方は…ここ最近更新してないので何もわかりません!」
斎藤
「…やってる事が一般人と変わらねえじゃねえか。聞いた俺がバカだったわ。すまん」
小嶋
「何ですかそれ!?モラハラですよ!」
斎藤
(こいつじゃあ全く紛らわせる相手にならねぇ…)
隣で喧しく騒ぐ小嶋を無視して、メモ帳を見返し双葉の情報を整理する事に集中する。
彼のメモ帳には双葉の情報がびっしりと記され何ページと埋まっている。プライベートでの目撃情報、これまで着てきたファッションの種類…ファンでも知らない彼女の秘密情報も記されており、彼の双葉への秘密を探る記者としての探究心がこのメモ帳に詰まっているのだ。
何を聞き出そうかとメモ帳を見返し悩んでいると、個室の戸が突然と開いた。
小嶋
「あっ!」
双葉
「すみません遅くなりました!」
そこには、黒のトレンチコートを完璧に着こなした、コンサバファッションの双葉が入ってくる。後から細田もやってきて頭を下げつつ双葉のコートを脱がして手に持った。
すかさず斎藤は愛想の良い笑顔を見せて立ち上がる。
斎藤
「お疲れ様です。本日取材担当をさせて頂きますMARUKADOの斎藤です。ささ、此方へ」
斎藤は彼女達が座る席の方へと手を向ける。一方で小嶋は座りっぱなしで、口がぽっかりと開いたまま双葉を見て硬直してる。それを二度見して気付いた斎藤は、彼の腕を引っ張り無理やり立たせる。
細田
「ええと…彼は?」
斎藤
「いやー!すみません!こいつは新人の小嶋です。どうも緊張してるみたいで…」
小嶋
「…う…」
細田
「…う?」
小嶋
「…う…美しい…」
双葉に魅入っていた彼の口がようやく動く。彼の一言にシーンと部屋は静まり返った。
斎藤
「…いや、お前な…」
呆れる斎藤とは反対に、それを聞いた双葉はニコッと笑顔を見せて斎藤の前にやってくると、彼の両手をぎゅっと握る。
双葉
「ありがとうございます!そう言ってくれるの本当に嬉しいです!」
小嶋
「ワァ…ァ…アァ…」
双葉
「あはは、子供みたいですね!」
大ファンの彼からすれば、双葉に手を握られるというのは、言葉に表現出来ない程の感激なのだろう。
噂通りの明るくとても美しい完璧人間。嬉しさと緊張のあまりに言葉が詰まり、顔を真っ赤にしながらパクパクと口を動かすも上手く声もだせないようだ。
この光景に斎藤と細田は【何を見せられてるんだ】と困惑するばかりだった。
………
…ようやく落ち着いて両者対面の席へと座る。三人の元には烏龍茶、双葉にはオレンジジュースが置かれた。彼女は特に取材中であろうと、何も遠慮する事なくジュースを手に取り飲んでいる。こういった取材は何度も受けてきたのでとっくに慣れているのだろう。
斎藤
「改めまして…本日は貴重な時間を使い、取材を引き受けて頂き感謝します。担当するのはこの私、斎藤ですのでこいつは気にしないでください」
小嶋
「気にしないでください!」
細田
「宜しくお願いします。モデル事務所Sunnaにて双葉の専属マネージャーを務めてます、細田です」
細田と斎藤は互いに名刺を差し出して交換をする。MARUKADOの斎藤という名前に細田は思うところがあるようだ。
細田
(斎藤武…昔から多くのスキャンダルを取り上げて、数々の芸能人のイメージを崩してきた厄介な記者ね…双葉は問題ないと思うけれど…慎重にいかないと)
そんな細田の警戒心を知る事もなく、双葉は美味しそうにジュースを飲み干す。美味そうに飲む姿を、小嶋は有り難そうにニコニコと小さく拍手をしている。どうも、この場で緊張しているのは斎藤と細田ぐらいしかいないみたいだ。
細田の強張った表情を見て、斎藤は緊張を解すように話を始める。
斎藤
「早速取材を…と、いきたい所なんですが…」
メモ帳の白紙のページを破り、スッとペンと一緒に双葉へ差し出した。
斎藤
「私用で申し訳ないのですが、サインを頂けますか?うちの娘が双葉さんの大ファンで頼まれてたんです。忘れないうちに先に片付けておきたくて…」
小嶋
「えーっ!?ずるー!!」
双葉
「勿論大丈夫ですよ。あっ、それなら後で写真も撮りましょうか?きっと喜ぶと思いますよ」
斎藤
「おお、是非ともお願いします」
双葉は軽々と引き受け、白紙のページに自身のサインを書いて斎藤へ返す。
斎藤
「ありがとうございます。これで娘に怒られずに済みますよ」
場を和ますようにニコニコと彼は冗談口調で話す。斎藤の様子に、細田の顔も少しは落ち着いたのを、彼は見逃さず目視で確認して、サインの書かれた紙を内ポケットへと戻し話を続ける。
斎藤
「では、ここからは仕事モードという事で。では今後こそ取材に…」
細田
「その前に」
彼の言葉を遮るように細田が口を開く。
細田
「事前にお話は聞いて頂けてるかと思いますが今一度確認を。双葉の取材は彼女の契約上、質問の内容によっては私が代わりに話す事になっています。ご理解の程、どうぞ宜しくお願いします」
斎藤
「…ええ、わかってますよ細田さん。貴方が双葉さんの隣にいる理由も十分に理解しています。出て行けなんて言いませんから」
場を和ませたつもりだったが、仕事となると細田に隙は無い。斎藤は愛想笑いを見せながらも内心は不満が募っていた。彼もまた細田がどんな人間なのかを知っていたからだ。
斎藤
(双葉の裏が見れないのも、この女が邪魔してるからなんだよな…厄介な奴が付いてたもんだ)
しかし彼もプロだ。不満は顔には出さないまま取材を始める。
斎藤
「では、まず初めにですが。今回MARUKADOから出しているエンタメ雑誌【Stars】の特集として双葉さんのこれまでの活躍を書かせて頂きます。その確認に、これまでの経緯を此方で調べたので一緒に確認してください」
双葉
「はい。お願いします」
斎藤が調べてきたメモ帳の一ページを開いて読み上げる。
斎藤
「本名【桜井 双葉】モデルデビューをして僅か4年という短い期間で、日本全国誰もが知るトップモデルの地位についた。デビュー5周年を迎えた現在は、つぶグラでのフォロワー数は200万人を達成。去年には4つの表彰を受ける活躍と人気の勢いは止まる事を知らず」
斎藤
「トップモデルとして知られる前にも、そのモデル業での活躍に様々な呼び名がついた。【天性のモデル】【千年に一度のモデル】【奇跡の子】…そして圧倒的な人気と完璧なキャリア、どんな人にも愛される完璧な愛嬌と美貌から人々は【パーフェクトモデル】と呼ぶようになった…そうですね?」
双葉
「あってますね。でも、私が人気になった忘れられないイベントがありますよね?」
小嶋
「【伝説のランウェイショー】!」
双葉の問いに彼は即答する。待ってましたと言わんばかりに双葉も笑顔で小嶋に指を指す。
双葉
「せいかーい♫小嶋さん流石〜」
小嶋
「当たり前じゃないですか!これを知らずに双葉さんの事は語れませんよ!」
斎藤
「初めて参加したランウェイのステージで用意された衣装を完璧に着こなし、音楽と一体化したウォークに観客をざわつかせ、初参加とは思えない完成度が貴方を注目させるキッカケとなった…」
斎藤
「来年の4月には自身がスターモデルを飾るファッションショーの企画が進んでいるみたいで…いやはや、まるで一本の映画が作れる人生を送っていますねぇ」
双葉
「えへへ、ありがとうございます。最近はずっと打ち合わせが続いてて忙しいです」
斎藤
「ファッションショーというのは、本来企業が新作の衣装を発表する場であり、注目されるのは服の方です。そんな中でモデルがメインで行われるということは、やはり人々は双葉というブランドに期待をしているみたいですね。…失礼」
斎藤は烏龍茶を一口飲むと、メモを書く姿勢へ移る。
斎藤
「しかし【パーフェクトモデル】と呼ばれる貴方にも、まだまだ人々が知らない裏話があるかと思います。今回の特集はそういった内容だと思って答えてください」
双葉
「わかりました!でもその前に…ジュースをお代わりにしていいですか?さっきから喉が渇いちゃって」
斎藤
「勿論ですよ。小嶋、注文をするんだ」
小嶋
「はい!わかりました!」
小嶋は注文表を手に取り、呼び出しボタンを押す。彼が注文をしている間にも斎藤は話を続けていく。
斎藤
「まずは誰もが気になっている質問ですが…何故モデルになったのですか?双葉さんのような愛嬌のある明るさや表現力があれば、アイドルや女優にもなれる才能を持っていると思いますよ?今も続ける理由は?」
双葉
「アイドルに女優かー。歌も踊りも、演技だって自信ありますよ?そう言ってくれるなら、今からでもそっちに転職しちゃおっかな?」
細田
「何言ってるのよ…」
チラッと細田の方を見ながら冗談を言う。細田は呆れるような目で見返した。
双葉
「あはは、冗談冗談♫…モデルになったキッカケなんですが、小さい頃からテレビで見ていたモデルで活躍する人がとっても綺麗でそれに憧れて…私も誰かに見られて憧れられる存在になりたい!って思ってモデルになりました!」
双葉
「今は斎藤さんが言うように女優にならないか?ってよく話が来るんですけど…私がモデルとして必要としてくれてる人達が沢山いるので、暫くはこっちを続けていくつもりです」
小嶋
「そう!流石はファン第一に考える双葉ちゃんですね!ドラマで活躍する姿も見てみたいですが…僕は色んな服を着てくれる双葉ちゃんをずっと見ていたいです!」
注文したジュースを双葉の前に置いて小嶋は話に入ってくる。斎藤は【コイツ…】とでも言いたそうな仏頂面な表情で彼を見る。
斎藤
「成る程。自身の為というより周囲の人達の為に活動しているというわけですね。優しい双葉さんらしい回答だ。…こんなに優しい娘が、日本のトップモデルになった事をご両親も喜んでるのでは?」
細田
「双葉の家族関係の質問は無しでお願いします」
【ご両親】というワードに細田が鋭く突っ込む。
斎藤
「おおっと…失礼しました。確か双葉さんにご家族の話をするのはダメでしたね。失礼なのは承知の上でお聞かせ頂きたいのですが…何故ですか?」
細田
「家族関係の質問は無しだと【今】言いましたよね?」
怒り気味の口調で細田は即答する。不穏な空気が漂うも、双葉は気にせず笑顔を崩さず話しだす。
双葉
「私の家族は目立ちたくないと言うか…私を影から応援していたいから、報道の人達にも関わりたくないって事でNGなんです。だからごめんなさい、これ以上は私の家族の事は秘密という事で。この質問は記事にもしないでくださいね?」
彼女はシーッと人差し指を口の前に立てる。斎藤はメモを書き終え、深々と頭を下げる。
斎藤
「無礼な質問をしてしまい申し訳ありませんでした。勿論、記事にしない事を約束しますよ。…では、次の質問に移りましょう」
斎藤は頭を上げると、此方を睨むように見ている細田に気付いた。
少しでも世間が知らない情報を引き抜きたい記者としての欲があるが、これ以上踏み入るのも危険なのが細田の表情から非常に伝わってくる。この頑丈な守りが居なくならない限り、双葉の新情報を手にするのは困難だろう。
彼は様子見として次の質問は安全な物を選ぶ。
斎藤
「次の質問ですが…この情報を知った時は正直驚きましたね。双葉さんの衣装やメイクはあの【矢澤聡】が一人で…」
双葉
「あっ、違いますよ【ファンタスティック⭐︎聡】ちゃんです」
斎藤
「ファンタ……なんですって?」
双葉
「【ファンタスティック⭐︎聡】ちゃんです。本名で呼んだら怒られますよー?それか聡ちゃん、呼んであげたら喜びます」
双葉が何を言ってるのか一瞬理解が出来ず斎藤は思わず固まる。しかし、いちいち聞いていても埒が明かないので咳払い止むなく言い直した。
斎藤
「ごほん…その…聡ちゃんが全て行なっているみたいですね。Sunnaと契約して双葉さんの専属スタイリスト兼、ファッションデザイナーになったとか…」
双葉
「そうですね。これまで着てきた衣装も大体聡ちゃんが関わってきてますね」
斎藤
「以前の聡ちゃんはフリーで活動してきて、この業界ではトップデザイナーとして知られてましたが…何故貴方の専属になったのです?」
双葉
「【パーフェクトモデル】と呼ばれる前の頃に聡ちゃんと別の仕事で出会ったんですけど、私を見てから忘れられなくなっちゃったみたいで…Sunnaに自ら雇ってくれって言いに行ったみたいですよ?」
斎藤
「デザイナー界の大物が入ってくれる事はSunnaにとっても有り難い話だったでしょうね。それに関するもう一つ質問があるのですが…撮影やランウェイに置いて双葉さんは、他の方と同室で着替える事はないみたいですね。毎回専用の更衣室を用意してくれているとか…」
双葉
「私は皆と一緒に着替えても大丈夫なんですけど、聡ちゃんが集中したいからって専用部屋でメイクをしているんです」
斎藤
「ランウェイ等は早着替えが求められるものだと思うので…それは、なかなか大変ですね」
双葉
「あはは、大変だって思った事ありませんよ。絶対に時間通りに仕上げてくれる聡ちゃんを信じてますから」
彼女の完璧な回答に小嶋はウンウンと頷き続け感心している。いちいち動きがうるさい隣の後輩を無視して斎藤はメモを書き上げた。
斎藤
(この情報は本当みたいだな…となるとあの噂も…もしや…)
双葉
「あっ、聡ちゃんの事他にも聞きたいですか?聡ちゃん、プリンが好きでこの間間違えて食べちゃったら…」
斎藤
「いえ、もう聡ちゃんは大丈夫です。では他の質問へと…」
その後も様々な質問が続く。休みの日は何をしているのか?普段は何を食べているのか?美容の秘訣はあるのか?
『体を休めたいから家にいます』『特に決まってません』『それはシークレットでお願いします。誰でも【パーフェクトモデル】になっちゃうんで』
彼女は嫌がる事なくどんどんと答えてくれる。しかし、その回答一つ一つが斎藤には面白みがなく、これといって満足できる答えではなかった。彼女の返しはどれも【適当】に言っているように斎藤には感じたからだ。
間も無く21時になろうとしていた。取材はまだ続いている最中ではあるが、時間を気にしている細田は止めるように口を開く。
細田
「次の質問で最後にして頂けますか?明日も早朝から仕事があるので、そろそろ食事の方へ移りたいかと」
斎藤
「おや…もうそんなに時間が経っていましたか。いやー、夢中になって色々聞いてしまってたみたいで、申し訳ありません」
小嶋
「せんぱーい、俺もマジで腹減ったんですけどー…」
斎藤
「お前は黙ってろ。…では、最後の質問に移らせて頂きます」
双葉
「ふー、やっと最後かー。細田さん何食べるの?」
細田
「まだ終わってないわよ…」
最後の質問という事で双葉の気も緩まる。それは細田も同じだった。一息ついて肩の力が少し抜ける。
細田
(何も問題なく終わりそうね。気にしすぎたかしら…)
斎藤
「まずはこれを見てくれますか?」
そう言って斎藤はポケットから一枚の写真を取り出してテーブルの上に置く。
細田
「……!」
その写真を真っ先に目にした細田は、思わずギョッとした表情になってしまった。
小嶋
「一体何ですかその写…うわぁ!」
引き続いて覗き見る小嶋も声を出して驚く。
そこに映っているのは、夜の公園で双葉と黒木がベンチに仲良く座り、しかも手を握って顔を見合わせている場面であった。
斎藤
(やはり細田は知らないみたいだな…!)
斎藤は細田の表情を見て、イヤらしくニヤついて話し出す。
斎藤
「いやね、つい最近なんですがこの写真が匿名でウチに送られてきましてね?異性と仲良く手を繋いじゃってー…これはやっぱり、彼氏さんですか?」
小嶋
「彼氏!?!」
斎藤は自分で撮ったことを隠しながら問い掛ける。双葉の方は先程の笑顔とは違い、じっと写真を見て真顔で黙り込んでる。
細田の内心は思わぬ事態に焦りだしているが、それを隠し通し、震えそうな声を抑えて双葉の代わりに話す。
細田
「この方は双葉の親友です。貴方が想像するような人では…」
斎藤
「ほほう、親友ですか。親友にしては…とても仲良く見える一枚だと思いません?今の子は異性でもこれぐらいなら親友としてやるもんですかね?側から見ればー…カップルだと言われてもおかしくないかと思いますよ?ほら見てください。こんなにも顔を近付けて…今にもキスでもしそうですしね?」
小嶋
「か、かかかカップル!?」
先程までの丁寧な質問とは違い、スラスラと口が回っている。勢いはまだまだ止まらない。
斎藤
「それで…やはり彼氏さんですか?いやね、今の時代勝手に決めつけて載せてしまうと、後々炎上する可能性があるからやめろと上には言われてるんで一応確認をしないといけないんですよ。双葉さんから【そうです】と言って貰えたらとても有り難いなと…」
遜った言い回しをしているが、【早くそうだと言え】と特大ネタに対しての記者による執着心が、ヒシヒシと細田には伝わってきている。
一向に喋らずただ写真を見てる双葉に、細田も言葉が出ず余裕のない思考で必死に考え黙り込む。
細田
(まずい!これを受け入れてしまえば、直ぐに世間へ広まってしまう…!仮に否定したとしても、斎藤なら誤解を招くような匂わせ記事で載せるかもしれない。どちらにせよ、この記事が載ってしまうとファンが反応する!しかも相手は、モデルでも俳優でもないただの一般人と知られれば…)
細田
(【パーフェクトモデル】としての評価に影響が必ず起きる!)
細田は冷汗を垂らし写真を見続け、どうすればと考え込む。斎藤は口元をニヤつかせ、余裕そうに腕を組み返しの言葉を期待して待っている。
双葉
「あーあ、バレちゃったか」
溜息を吐いて彼女から出た一言に緊張が走る。
細田
「双葉…?」
小嶋
「ば、バレちゃっ…!?や、ややややっぱり双葉さんこの人は彼氏なんですか!?」
斎藤
「お前は黙ってろ!…やはり?」
動揺して慌てふためく小嶋を手で押さえ、期待する眼差しで双葉を見る。双葉も写真から目を離して、青い瞳で斎藤を見つめ返し口角を上げる。
双葉
「この人はですね…」
細田
「双葉…!」
双葉
「お兄ちゃんです」
斎藤
「やはりそうでしたか!いやー、とても顔のいいお兄ちゃ……え?…お兄ちゃん??」
期待していた言葉とは違う返しに思わず斎藤は聞き直した。
双葉
「はい、お兄ちゃんです」
そう言って彼女はいつもの笑顔を見せる。双葉の返しに一同ぽかんと固まってしまってる。
斎藤
「え…?いやでも…お兄さんにしては…顔が全然似てないと…いいますか…?」
双葉
「よく言われます。あっ、でもほら見てカッコいいでしょ?私達兄妹二人とも恵まれた顔を持ってますよね?」
斎藤
「は、はぁ…」
ドヤッと冗談を言うも、斎藤の頭の中は混乱していて整理が間に合ってない。しかし、双葉は彼を置いたまま余裕を見せ続け話す。
双葉
「そしてこれも家族関係の情報なので、ここだけの秘密って事でお願いします。もしも勝手に載せたら優しい私でも怒っちゃいますからね?」
斎藤
「わ、わかりました…」
小嶋
「お、お兄さんだったんですねー…あー!良かった!双葉さんに彼氏がいるとかだったら、俺ショックでしたよー!」
小嶋はヘナヘナと力が抜けた。斎藤は納得出来てない様子であったが、双葉の圧には逆らえずただ頷くだけだった。まだ固まったままの細田を解すように、彼女はメニュー表を手渡し話しかける。
双葉
「取材終わり!ほら細田さん、早く食べよう!」
細田
「え、えぇ…そうね…」
………
取材も終わって、料理がどんどんと運ばれてくる。双葉と小嶋の若い組は、仲良く座って一緒にメニューを開きワイワイと盛り上がり次々に注文。している。この短時間の間で息があったみたいだ。
一方の細田と斎藤は対面に座り、ノンアルコール飲料を飲んでいる。仕事が終わったとはいえ、細田の表情はまだ強張ったままだ。二人の間は重い空気で包まれていたが、斎藤から口が開く。
斎藤
「あー…先程は無礼な態度を見せてしまって申し訳ありませんでした」
細田
「いえ、大丈夫です。双葉も気にしてないみたいですし…」
細田
「…ですが、双葉のイメージを悪くするような記事を書いた時は、彼女の代わりに私が怒ると思ってください」
そう言って鋭い目つきで斎藤を見る。少し攻めた質問をしたのもあり、細田の警戒心がより強くなっているのを理解して苦そうに笑った。すると彼は、細田と話していて思い出したかのように問いかける。
斎藤
「そう言えば細田さん。噂で聞いたのですが、来年に退職を考えているとか…」
細田
「今は仕事の時間じゃありませんので、質問は受け付けません」
斎藤
「ハハ…すみません」
最後まで細田は守りが固かった。
食べ終えた一行は、双葉達を店の外まで見送り、二人が乗ったタクシーが見えなくなるまで頭を下げ続けた。
見送り終えると先に小嶋が顔を上げて、ようやく緊張が解けた開放感に思いっきり背伸びをする。
小嶋
「いやー!双葉さん滅茶苦茶綺麗でしたね!しかもノリ良くて面白し最高!!友達に会ったこと自慢しちゃおーっと」
斎藤
「…お前はどう思う?」
小嶋
「え?双葉さんがお酒を飲まなかったことですか?」
斎藤
「ちげえよ。お前に聞いても参考にならんな」
斎藤は小嶋を置いていくように歩き出し店を後をする。
小嶋
「ちょっ!先輩待ってくださいよー!二軒目行きましょう!あっ!カラオケでもいいですよ!」
小嶋はまだまだ元気そうで斎藤についていく。
斎藤
(双葉の今まで隠され続けてきた家族情報を、彼女はこんなにもあっさりと答えるものなのか…?)
斎藤
(あの男性は本当に兄なのか…?…調べる価値はあるな。さあさあ面白くなってきたぞ…!)
斎藤の記者としての調査意欲は、まだ心に残ったまま寒い夜を越すのであった。斎藤はまだ気付いていないが、彼のスマホにメールが一件届く。
『お疲れ様です斎藤さん。例の情報、確定したんでこっちで動画の準備をしますね』
…………
日は過ぎて新年を迎えた2日目の昼間。勤め先のスーパーは3日まで休業する事になり、黒木は家で寛いで休暇を満喫していた。
結局年末まで永遠と多忙業務に追われ、体は出かける事を拒み休める事を求めていた。黒木はそれに従い極力体を動かさないようにしつつ、ソファに座りながら双葉のつぶグラの投稿を見ていたが、突然電話が鳴りだす。
黒木
「…?」
登録されていない電話番号が表示される。新年早々の電話となると親戚の誰かだろうか。今年は実家には帰らなかったが、今頃は親戚が集まり新年会で盛り上がっているのを知っていた事もあり、新年の挨拶かと思って電話を繋げ耳に当てる。
黒木
「はいもしもし、黒木です」
?
「もしもし、黒木さんですね?」
黒木
「…え?」
電話越しからは聞き覚えのない女性の声が聞こえてきたのであった。




