9、王宮へ(1)
どうにでもある。
アザリアは自覚するしかなかった。
どうやら自分は、森に生息する野鳥の一羽になっているようだった。
(そ、そんなことがあってたまりますかっ!!)
正直にそう思え、その思いのままにわめこうとしてはみたのだ。
だが、口と言うべきかクチバシから漏れるのは「ギーギー」という鳴き声のみ。
よって、現実を受け入れるしかなかった。
自分は野鳥である。
野鳥以外の何物でもない存在である。
(何故、こんなことに……)
思わずうなだれることになる。
不思議の思いは尽きず、さらに不安も多かった。
今は野鳥である自分だが、『元の自分』は一体どうなってしまったのか?
死んでしまったのだろうか?
その結果、魂のような何かが野鳥に乗り移ってでもしまったのだろうか?
自分は、このまま野鳥として生きていくしかないのだろうか?
懸念は数え切れずにある。
だが──アザリアは首を振って不安の思いを一度振り払う。
(考えても仕方がないことです)
今は信じるしかないのだ。
きっと、これは一時のことだ。
自分は死んでなどはいない。
絶対に元の体に戻れる。
レドの卑劣な謀略をくじくことは出来る。
ハルートの誤解を解き、彼との幸せな未来を取り戻すことが出来る。
(……よし)
とにかくである。
今は情報が欲しかった。
『元の自分』は一体どうなったのかという疑問を一番として、ハルートとレドのことも気にかかる。
彼女についても心配だった。
聖女としての仕事を手伝ってくれていたメリルである。
彼女もまた、レドの謀略により何かしらひどい目に会ってはいないのかどうか。
それらは当然、ここにいては分かりようが無い。
動く必要があった。
まずは動いて、ここがどこなのか?
王宮とはどんな位置関係にあるのかを知らなければならない。
ただ、なにぶん慣れない野鳥の体である。
アザリアはおっかなびっくり動き始めた。
鳥の細い足で、とりあえず今いる枝の上を伝ってみる。
特に問題は無かった。
的確に体を操れている。
長い指と爪で、しっかりと枝をつかんで動くことが出来ている。
(よしよし)
良い実感に内心で頷くが、しかし野鳥の歩みだなと実感することにもなった。
しょせんは小動物だ。
歩いて稼げる距離には限界がある。
これは困った。
うなだれ悩みかけ、そして不意に気づいた。
アザリアはバッと空を仰ぐ。
(あ、そうですね)
そうなのである。
自分は人間では無いのだ。
移動するために、必ずしも足を酷使する必要は無い。
羽だ。
早速、動かしてみる。
人として腕を動かすのとは感覚が違った。
試行錯誤を繰り返すことになる。
慣れはすぐに生まれた。
そして、良い実感もまた得る。
人の腕とは比べものにならないほどに滑らかに動くのだ。
その上、力強い。
羽ばたこうと試みると、期待以上の勢いで大気を叩いてくれる。
(……いけそうです)
ほとんど確信はあった。
ただ、もともとは人間なのだ。
枝から飛び立つにはかなりの勇気が必要だった。
見下ろすと、そこには遠く地面がある。
落ちれば死ぬ遠さ。
恐怖しか湧いてはこない。
だが、留まっていても仕方ないのだ。
アザリアは意を決する。
羽をはばたかせる。
あとは跳躍するのみ。
いけそうだという感覚に任せ、アザリアは思い切って枝から空へ──
(い、いけましたっ!)
結果はそうなった。
飛べている。
羽は確実に大気を捉え、小さな体を上空へと向かわせている。
しかし、速い。
方向転換も難しい。
アザリアは戸惑いつつ手近な枝になんとか止まる。
また飛び立つ。
それを繰り返す内に慣れが生まれた。
アザリアは上空を見上げる。
現在地を確認するためには、上空から見下ろすのが一番に違いない。
また飛びだつ。
上を目指す。木々の合間を抜ける。
視界が開けた。
早朝の薄い青の大空。
森の中と比べて風は強い。
だが、これに対してもすぐに慣れは生まれた。
風がつかめることも知った。
上空に上がっていく。
視界の底で、全てが小さくなっていく。
(……わぁ)
思わず、胸中で歓声を上げる。
多くの気にかかることはあった。
だが、大空を自由のものにしているという感覚と、その結果広がる光景には感動を禁じ得なかったのだ。
だが、やはり飛べる事実を楽しんでいるわけにはいかない。
気を引き締めて周囲を観察する。
成果はすぐに出た。
遠くに、いくつかの尖塔を発見したのだ。
非常に見覚えがあった。
アザリアの記憶では、それらは王宮に立ち並んでいるものと同じものだった。
(よし!)
早速である。
翼を羽ばたかせ、王宮へと向かう。