7、糾弾の場(2)
もはや立ち尽くすしかなかったアザリアだが、その声には視線を動かすことになった。
声の主はレドに違いなかった。
しかし、まさかである。
まさか、あの男が自分に手を差し伸べようとしているのだろうか?
すぐに思い違いだと気づくことになった。
視界に映ったレドは、変わらずの気味の悪い笑みを浮かべている。
「ケルロー公爵? 処刑はいかがというのはどういう意味だ?」
ハルートのどこか苛立たしげな問いかけだった。
レドは気味の悪い笑みを醜悪に深める。
「決まっているではございませんか。その女は、聖女であると殿下を欺き、あまつさえ婚約者の座までかすめとった大罪人なのですぞ?」
「だからこそ、即刻首をはねてやろうというのだ。何がおかしい?」
「その即刻というのが問題ではないかと。自身が偽物であると認めさせ、殿下に対して謝罪の言葉を尽くさせる。これが道理というものではないでしょうか?」
ハルートは横目でアザリアをうかがってきた。
「確かにそれが道理だろうが……あの女にそんな殊勝な様子は見られん。即刻の処刑でしかるべきだと思うが」
「そこはお任せを。私にあの女をお預け下さい。ふさわしい態度というものを必ず引き出してみせましょう」
場にわずかに沈黙がたちこめる。
ハルートは悩ましげにだが頷いた。
「……分かった。だが、あまり時間はかけるなよ」
「はい、もちろん承知しております」
レドはうやうやしく一礼をし、次いでアザリアへと視線を向けてきた。
「そういうことだ。せいぜい自身の潔白とやらを主張してみるがいい」
そこにあった愉快げな笑みに、アザリアは確信を深めることになった。
(この男だ)
全てはこの男によって引き起こされたのだ。
ハルートにあらぬことを吹き込んだことはもちろん。
国王が倒れたことも、きっとこの男の関与があってのこと。
ハルートのこの態度も間違いない。
彼は、このような見え透いた嘘に振り回されるような人物では無いのだ。
この男である。
レドが何かしらの策略によって、彼をこんな態度しか取れないように追い詰めたに違いなかった。
「……卑怯者」
思わずもれた怨嗟の声に、レドは「ふん」と軽く鼻を鳴らして見せてきた。
「今の言葉は自己紹介か何かか? 別に、わざわざ自称せずともよかろう。すぐに国中がお前をそう侮蔑することになるのだからな」
レドは心底楽しげであった。
初めてだった。
アザリアは胸にわだかまるものを実感する。
かつて無かった。
誰かに対して、ここまで強い感情を抱いたことは生まれて初めてだった。
「……許さない。貴方だけは許さない。殺してやる。貴方だけは……絶対……っ!!」
アザリアの呪いの言葉にも、レドは余裕の嘲笑だった。
しかし、直後だ。
彼は不審の表情で周囲を見渡した。
「な、なんだ? 何が起こっている?」
アザリアも気がついた。
揺れているのだ。
玉座の間が、まるで地震の最中のように揺れ動いている。
同時に、不思議な感覚にも気づくことになった。
同じであった。
聖女の力を行使した時と同じ感覚があるのだ。
周囲と一体となっているような実感が確かにあるのだ。
(これは私が……?)
疑問がよぎったが、そんなことはどうでもよかった。
重要なのは現状だ。
皆、うろたえている。
レドにハルートはもちろん、自身の腕をつかむ衛兵も同様だ。
このままでは自分は処刑されるしかない。
アザリアは衛兵の手を振り払った。
驚きの声を背に駆け出す。
玉座の間の出口に駆け込む。
とにかくこの場を脱するのだ。
ハルートの誤解を解くにも、レドへの復讐を果たすにも、まずはそれが必要だった。
しかし、
「に、逃がすなっ! かまわん衛兵っ! 打ち殺せっ!」
ハルートの怒声が響く。
出口にも、当然衛兵は控えている。
彼らは忠実だった。
奇妙な揺れに動揺しつつも、手にした警備用の長棒を振りかざしてアザリアに迫ってくる。
よせ、やめろ。
そんな声が耳に届いた気がしたが、それは果たして誰のものだったか?
長棒が振り下ろされる。




