5、聖女のお仕事(4)
「まぁ……なんとかなるはずです。あの方……殿下がお相手なのですから。きっと支えて下さいます」
すると、メリルだった。
彼女は優しげな笑みと共に頷きを返してきた。
「はい。そうですね。きっと支えて下さるでしょう。ただ……ふふ。ずいぶん良い表情をされてますねぇ? 本当に聖女さまは殿下に心底心を掴まれていらっしゃるようで」
結局である。
真面目な気配があったかと思えば、結局いつも通りのメリルであった。
ただ、アザリアはと言えば、彼女に対しいつも通りに呆れを向けることは出来なかった。
あまり赤面出来なかった自信は無い。
何かしらを誤魔化すように、「ごほん」と咳払いをすることになる。
「あー、うん。メリル? 殿下を話題にして、妙なことを言わないように」
「あはは、良いじゃありませんか。ただの事実ですし」
アザリアはむっと彼女をにらみつけることになる。
事実だなんだは関係ないのだった。
かなりのところ気恥ずかしく、あまり話題にして欲しくは無いのである。
しかし、である。
この件は、興味を引かずにいられるものでは無いらしい。
年頃は10もそこそこか。
農村の少女が、目を輝かせてアザリアを見上げてくる。
「せいじょさま。でんかはどんなおかたですか? かっこいいですか? おやさしいですか?」
アザリアは「うっ」だった。
なにぶん、いたいけな少女の問いかけなのだ。
周囲の農民たちの視線は気になるが、無視は出来ない。
戸惑った末に口を開くことになった。
「そ、そうですね。はい、素敵なお方です。端正なお顔立ちですし、笑みも優しくて……あ、もちろん、人となりもです。お優しい方で、あのご身分で気配りもされる方で……」
なんとか要望に応えるのだが、その様子が彼女にはどう映ったのか?
メリルはニヤニヤとして目を細めてきた。
「聖女さまは素直な方ですねー。お顔、なかなかのニヤケ具合ですよ?」
気がつけばである。
周囲の農民たちは、ほほ笑ましいと言わんばかりの笑みを浮かべていた。
もう、気恥ずかしいどころではなかった。
隠しきれず赤面してうつむくと、メリルの愉快げな笑い声が響いた。
「はははは。本当、聖女さまは心底殿下に惚れていらっしゃるようで。まぁ、当然でしょうか。先日などは、えーと、そうでしたね。殿下は聖女さまのために薬湯などを」
うつむきつつ、アザリアは思い出す。
彼女の言う通り、そんながことがあったのだ。
聖女としての活動で、アザリアは日々忙しい。
王子と会えるのは年に数回も無いのだが、その時のことだ。
アザリアの疲労を心配した王子は、王家に伝わるものだと薬湯を用意してくれたのだ。
「……ふーむ、それはまた、素晴らしいお心配りですなぁ」
農民の一人が感心を示したが、アザリアもまったく同感だった。
思わず頷きを見せる。
「は、はい。正直、宝飾品などをいただいても困るので……嬉しかったです。あの方は本当に私のことをよく見て下さっています」
少し喋りすぎたような気もしたが、からかいの言葉は誰からも上がらなかった。
周囲からは、ただただ笑みがこぼれた。
「聖女さまがお幸せのようで、我々も嬉しいです」
「おめでとうございます」
「本当におめでとうございます、お幸せに」
その祝福の言葉に、アザリアは気恥ずかしさを忘れた。
笑みと共に彼らに頭を下げる。
そして、思う。
(そうです。きっと、そうなれます)
根拠は無くとも信じられた。
この先、思ってもみなかったような苦労があることは間違いない。
だが、それはきっと乗り越えられる。
自分は聖女として、『彼』の妻として幸せになれる。
そう疑いなく思えた。
◆
そうして一週間が経った。
別の農村に滞在していたアザリアに王宮からの使者が来た。
──さも聖女としての力があるかのように振る舞い、スザン王家を欺き、その名誉に多大な傷をつけた。
よって、王都に連行する。
使者はアザリアにそう告げてきた。