4、聖女のお仕事(3)
レドは何と告げてきたのか?
さすがに記憶に新しく、アザリクはすぐさまに口を開く。
「婚約を辞退しろ……ですか?」
メリルが頷きを見せてくるが、そうだったのだ。
アザリアには婚約者がいる。
この国、スザンの第一王子がその相手である。
婚礼も間近にしているのだが、そんなアザリアにレドは告げてきたのだ。
『農民の生まれであり、さらには偽物の聖女殿だ。──今の内に辞退しておくことが貴殿のためだと思うがな』
アザリアは食事の手を止めて思い返すことになる。
メリルは変な感じがあったと言ったが、確かにである。
婚約についての言及があったのは初めてだったのだ。
それがまず変であり、さらにはレドの態度である。
あの時、彼の態度──正確には表情か。
発言としては無礼極まりないものだったのだが、その表情にアザリアは怒気を覚えることが出来なかった。
明確に初めて見るものだった。
いつもの軽薄な笑みはそこには無く、眼差しには何か訴えかけてきているような真摯な光があったが……
「まったく! 今思い出しても腹立たしいですなっ!」
アザリアは回想を中断することになった。
理由はもちろん、突如響いた怒声だ。
農民の1人による、おそらくはレドへの怒りの声。
彼1人のものでは終わらなかった。
怒りの声は、周囲から次々とわき起こった。
「その通りだ! 偽物呼ばわりに飽き足らず、あれはまったく失礼な!」
「何を考えてあんなことを言ったのやら……まぁ、噂のバカ公爵ってことなのでしょうが」
「バカの考えることは分からんってな。しかしまったく、とんだたわけ者だな」
彼らは顔を真っ赤にして頷き合っている。
その様子にアザリアは──自身もひとつ頷きだった。
(まぁ、考える意味は無いでしょう)
多少違和感はあった。
だが、しょせんレドのことなのだ。
偽物呼ばわりばかりしてくる、理解の難しいバカ公爵。
彼の行動にきっと意味など無い。
考えるだけ無駄に違いなかった。
それよりも、である。
(そう言えば、そうでしたね)
アザリアは思わず虚空を仰ぐ。
大聖女としての忙しさの中で、なかなか意識を向けることは出来なかったが、そうなのだ。
「……もうすぐ婚礼でしたか」
呟くと、メリルが驚いたように目を丸くしてきた。
「あら、この方は。今まで忘れていたみたいな物言いですが、さすがですねぇ。いや、大人物で」
最終的には、彼女の表情にあったのはからかいの笑みだった。
アザリアは呆れの視線を返すことになる。
「貴女はまったく。どうしてそう、人をからかわないと気がすまないのでしょうかね?」
「ははは、仕方ありません。性分ですから。しかし、いかがでしょう? 大聖女ともなれば、王室に入る程度些細なことでしょうか?」
変わらずの揶揄に、アザリアは自然と呆れの表情を濃くすることになる。
「そんなわけがありません。私みたいな田舎の小娘がですよ?
それがまさか、殿下の……本当にまさかですね。私があの方の婚約者ですか……」
不意にである。
胸が締め付けられるような感覚に襲われることになった。
原因はもちろん緊張だ。
アザリアは思わず深呼吸をし、だがその緊張感から解き放たれることは無かった。
当然である。
相手が相手なのだ。
結婚相手は、いずれこの国の王となる人物なのだ。
(何故、私などが……)
そんな疑問の思いが去来するが、これについては明確な答えがあった。
大聖女である。
この一言に尽きた。
聖女の筆頭としての活躍が現国王の目に留まったからだ。
もちろんのこと、分不相応な婚姻であった。
聖女としての働きには自信はあるが、しょせんは農村出身の小娘である。
重かった。
聖女としてだけでは無く、王妃としてこの国を支えなければならない。
想像もつかないほどの重責だった。
平然としていられるわけがなかった。
だが……不意に緊張は消える。
『彼』の顔が頭に浮かんだからだった。
アザリアはわずかに浮かんだ笑みと共にひとつ頷く。