35、聖女と公爵(2)
「あー、聖女殿? そう見つめられますと……」
どうにも思いに任せて見つめ過ぎたらしい。
そして、野鳥ならぬ人の身ではこうも違うのか。
同じ見つめるにしても、おそろしいほどの気恥ずかしさであった。
アザリアは赤面して彼から目をそらす。
「す、すみません。不躾でした」
「あー、いえ、不躾ということはありませんが……ごほん。ともあれです。これで一段落というところですかな」
気を取り直してアザリアは頷きを見せる。
確かに一段落と言える。
自身は元の体に戻り、レドはこうして無事でいる。
しかし、不安もあった。
「今後はどうでしょう? あの男……殿下が報復に動くようなことは?」
そこがやはり心配だった。
その時にはまた動くつもりだったが、レドに危険に及ぶ可能性は無いに越したことは無いのだ。
そのレドは悩ましげに眉をひそめる。
「……どうでしょうかな。そこは大丈夫である気がしますが」
「左様でしょうか?」
「えぇ。あの方は決して豪胆では無いし、現実に向き合うのが好きな方でも無い。今回のアレコレからはもちろん、おそらく我々からも目を背けられるかと」
そんな彼の見立てであった。
楽観に過ぎるような気もしたが、自身よりはるかに彼に詳しいであろうレドの見立てである。
アザリアは笑みで頷きを見せる。
「そうですか。それは幸いです。しかし、あー、そうなると……私の婚約などは?」
そこは気にかかるところだった。
ただただ素直に無しなのだ。
アザリアの心は、当然のごとくもはやハルートには無い。
ただ、難しいところはあった。
自らが彼の妻に収まることで、得られる何かもあるかもしれないのだ。
それは例えば、この国の平穏であったり、レドの身の安全だったりするのかも知れなかったが……
ただ、やはり無しなのである。
アザリアは不安の思いでレドを見つめることになる。
すると、彼の表情に浮かんだのは、人を安堵させるような笑みだった。
「心中お察ししますが、まぁ、貴女が心配するようなことにはならないでしょう」
「そ、そうでしょうか?」
「それを望む陛下はいまだ病床の身。そして殿下当人は、貴女の顔を見たくもないでしょう。婚約は無かったことになるでしょうが……殿下に未練などはございますかな?」
「あ、ありません! あってたまるものですか!」
思わず叫ぶと、まるでメリルやマウロを相手にしている時の彼だった。
レドは楽しそうに笑い声を上げた。
「ははは。まぁ、でしょうな。では、これで今まで通りでしょうか」
「今まで通りですか?」
「はい。後始末は我ら王族重臣にお任せを。アザリア殿はこれで今まで通りです。大聖女として、お働きいただけるものかと」
アザリアは笑みで頷く。
聖女として、これまでと同じように働ける。スザンの人々の力になれる。それに勝る喜びは無い。ただ、
(……今まで通りですか)
そこに思うところはあった。
今まで通りに聖女として働く日々がやってくる。
では、そこにレドは?
彼とも今まで通りなのだろうか?
彼はそのつもりなのだろうか?
今までの関係性を維持するつもりなのだろうか?
よし、とは思えなかった。しかし、ならば自分はどうするべきか?
分かるようで分からないし、踏ん切りもつかない。
アザリアはまごまごと焦りだけを募らせる。すると、
「……まぁ、私はそうはいかないのですが」
レドが呟いた。
自分に精一杯のアザリアだったが、これには首をかしげることになった。
「そうはいかないですか? ……まさか何かしらの罰が?」
不安がよぎったが、そんな話では無いらしい。
レドは苦笑で首を左右にしてきた。
「いえ、そのような話では無く。聖女殿に対して、今まで通りの立場でいることが難しくなったかと。なにぶん、ああしてお救いいただきましたので」
アザリアは「あぁ」と納得だった。
「確かに、敵対しているというのはもはや」
「通用しないでしょうね。大聖女批判の第一人者という立場は便利だったのですが……うーむ。残念ながら、ここまでとなりましょうかな」
それは不安を呼ぶ発言だった。
(そ、それは……これまでということですか?)
もはやレドはアザリアとは関わらない。
そんな意味かと思ったのだ。
しかし、どうにもそうでは無いらしい。
「……その、色々と考えましてな」
そう前置きし、レドはどこかまごまごとして言葉を続ける。
「もちろんですが聖女殿への手助けは続けたいと思い、ただ今までの立場は使えず、ではこれからはどんな立場であれば……いや、どんな立場でありたいのかと色々と考えたものですが……聖女殿?」
「は、はい」
「王宮でのことです。私は貴女に抱きしめていただいたかと思うのですが」
質問の意図は分からない。
だが、その質問はアザリアを赤面させるのに十分過ぎるものだった。
「そ、それはあの……す、すみません! あれは思わず咄嗟に……っ!」
「うぬぼれても?」
「え?」
「貴女が博愛の人だとは分かっています。ですが、それでも……特別だと、うぬぼれさせていただいてもよろしいでしょうか?」
レドは真剣そのものだった。
わずかに額に汗を浮かべながら、切実な眼差しでアザリアを見つめてきている。
さすがにこの質問の意図は理解出来た。
そして、自身の返答がどんな結果に通じるのかも。
迷いは無かった。
アザリアは笑みを浮かべ、レドに頷きを返した。
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当作はこれにて完結となります。
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