32、抱擁(1)
「ご心配なく。大丈夫ですから」
レドが「は?」と目を丸くしたが、事実そうだった。
自信と言うよりは確信だ。
今の自分は、この程度で捕まることなど無い。
「どうした!? 早く打ち殺せっ!!」
ハルートの声を受け、衛兵たちが包囲の輪をせばめてくる。
アザリアは小さく息を吐いた。
集中する。
聖女としての力を──大地に通じる力を発揮する。
「う、うわ!?」
「なんだ!?」
衛兵たちが悲鳴を上げ、その場に膝から崩れ落ちた。
アザリアが宮殿を強く揺らした結果である。
平然と立っていられるような代物では無く、彼らはそろって身動きが取れなくなった。
だが、
「な、何をしているっ!! 這ってでも進めっ!! 魔女を殺せっ!!」
ハルートの叫びを受けて、衛兵たちは奮起した。
じりじりと姿勢を低くして迫ってくる。
(……そうですね)
アザリアは頷く。
これが、この力の限界だった。
ある程度の足止めは可能でも、無力化出来るようなことは出来ない。
もとより狭い包囲の輪だ。
ほどなくして捕縛されるだろうことは想像に難しくない。
ただ、アザリアにその未来を素直に受け入れる必要は無かった。
方法はあるのだ。
物理的に無力化は出来ない。
では、心理的にはどうか?
アザリアは近くの石柱に指を這わせた。
石柱にしぼって力を発揮しようとしているのだが、ただ揺らすつもりは無かった。
感覚としては、ねじるというのが適当か。
初めての試みだが不安は無かった。
可能であるとの確信があり、事実そうなった。
ねじられ、揺られ。
硬くとも柔軟さに乏しい石柱は、またたくまに歪んだ。
ヒビが走る。
そして──砕けた。
轟音を立てて、石柱は無数のガレキに姿を変えた。
(……さて)
アザリアは周囲をうかがう。
そこには望んだ通りの光景が広がっていた。
衛兵たちは長棒の先を地面に下ろし、唖然の表情で固まっている。
恐怖の表情を浮かべている者もいた。
期待通りの結果である。
誰しも、石柱のように身を砕かれたくは無ければ当然だろう。
(まぁ、たぶん無理なのですが)
感覚として、人間については大地に連なるモノとして認識するのが難しいのだった。
野の獣や野鳥のように、目で見ずとも存在を把握することは可能だが、それ以上に干渉することは難しい印象である。
ともあれ、成果は出た。
害を為そうとしてきた者たちは、恐怖と動揺で身じろぎも出来なくなっている。
そして、彼もそのようだった。
アザリアは視線を動かす。
その先にいるのはハルートだ。
彼もまた、心を折られた一人らしい。
恐怖に目を見開き、その場で震えて立ち尽くしている。
情けない姿であった。
だが、同情などは出来ないし、している時では無い。
彼の口から聞くべき言葉があるのだ。
それを尋ねるべく、ハルートの元へと踏み出す。
すでに力の発揮は無く、揺れは無い。
そのことが自由な行動を許した。
彼は「ひぃ!?」と悲鳴と共に後ずさる。
だが、恐怖が思惑ほどには体を自由にはさせなかったらしい。
足がもつれる。
そのままよろけて尻から床に落ちる。
「く、来るなっ!! 来るなぁっ!!」
アザリアは悲鳴にかまわずハルートに近づいた。
怯え見上げてくる彼を見下ろし、口を開く。
「……誓いなさい」
ハルートは「へ?」と目を丸くした。




