表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/35

31、狂態(2)

 アザリアは「え?」と思わず声を上げた。


「……殿下?」


 真意を確かめるために呼びかける。

 立場に似合わずの幼稚(ようち)な否定の言葉だったが、その意味は何なのか?

 ハルートは地団駄(じだんだ)を踏みつつ、アザリアをにらみつけてくる。


「分かっていない! 君はまったく私のことが分かっていない!」


「わ、分かっていない?」


「そうとも! 今回のことで、私がどれだけ嫌な目に合ったか! どれだけの心無い非難にさらされてきたか!」


 自業自得だとしか思えなかったが、彼にとっては違うのかどうか。

 ハルートは燃えるような憎悪(ぞうお)の目をしてレドを指差す。


「あ、あの男だっ! 全てはあの男のせいだっ! あの時、あの男が止めさえしていれば、私はこんな目には……っ!」


 そして、ハルートは切実(せつじつ)な目をしてアザリアを見つめてきた。


「そういうことだぞ、アザリア! あの男を(ちゅう)さなければ、私の気がすまん! だというのに、何故君はその男をかばおうとする!? 君は私を愛してはいないのか!?」

 

 彼に見つめられ、アザリアはなんともなしに彼の言い分を理解した。

 どうにもである。

 彼はどこまでも自らを被害者だと思っているらしい。

 そして被害者として、その鬱憤(うっぷん)を晴らす機会を得るのは当然だと信じ込んでいるらしい。

 

(この人は……)


 これ以上、失望することは出来ないと思っていた。

 だが、それは楽観が過ぎたらしい。

 ハルートはきっと常人の感性をもって計れる人間では無い。

 異常だ。

 異常に醜悪(しゅうあく)な恥知らずだ。

 いつだったか。

 マウロはハルートに対して、我々のような品性と理性は期待出来ないと語っていた。

 まさにそうだった。

 彼には何も期待出来ない。

 アザリアは表情を鋭くすることになる。

 レドの意思を()んで、出来るだけ穏便(おんびん)にことを進めるつもりだった。だが、それが叶わない時の覚悟は当然あった。

 

「……自らに非は無いと、殿下はそう心から思っておられるのですか?」

 

 尋ねかけると、ハルートはすかさずの頷きを見せてきた。


「無論だ。私に非などがあるはずが無い」


「そうでしょうか? 私が死んだと理解されて、王宮でずいぶんと楽しそうにされていたようですが?」


 ハルートはびくりと肩を震わせた。


「ず、ずいぶんと楽しそうにだと? あ、アザリア、君は一体何を……いや、何故そのことを……!?」


「殿下。私が当時のままだと思わない方がよろしいかと。貴方の私への思い、そしてその思いが何を起こしたのか? 全て私は存じています」


 ハルートが後ずさると、アザリアはそれを追って一歩踏み出した。

 鋭く彼をにらみつける。


「私はケルロー公爵殿ほどに優しくはありません。公にすべきと思えば、そこにためらいはありません。譲歩(じょうほ)をお願いします」


 真相を打ち明けられたくなければレドの処刑を撤回しろ。

 

 この脅しは、しっかりとハルートに伝わったらしい。

 彼は(せわ)しくなく顔色を変えた。

 怒りによるものか顔を真っ赤に染めたかと思えば、暴露(ばくろ)された時を思ってか見る間に青ざめさせもした。

 

 激しく動揺しているようだが、望む結果は得られるのか?

 アザリアは油断せずに待つ。

 すると突然だった。

 アザリアが様子をうかがう中で、ハルートは叫び声を上げた。


「ま、魔女だっ!!」


 は? とアザリアは思わず呟く。

 この男は突然何を言い出したのか?

 狂態(きょうたい)は続く。

 彼は取り乱して、周囲に叫び続ける。


「あの女は死んだのだっ!! これは偽者だっ!! 殺せっ!! 殺してしまえっ!!」


 アザリアは目を丸くして思案した。

 どうにもである。

 自分は彼にとって敵になってしまったらしい。

 そして、いつかの再現だ。

 邪魔であればと殺してしまうつもりになったらしいが、


(本当に、この人は……)


 怒りよりは、いっそ呆れてしまうのだった。

 見下げ果てた男だと思っていたが、ここまでの醜悪さとは想像出来なかった。


「せ、聖女殿っ!!」


 叫び声が上がったが、これはハルートの物では無かった。

 レドだ。

 彼は必死の形相をしていたが、その理由は簡単に理解出来た。

 ハルートの叫びを受けて、衛兵たちは戸惑いつつもアザリアの周囲を囲んできたのだ。


 この場で殺すつもりがあるかは分からないが、少なくとも拘束(こうそく)するつもりはあるだろう。

 拘束されてしまえば、今度こそ刑場(けいじょう)ということは想像に難しくなかった。

 だが、


(そう言えば……)


 アザリアの胸中にあったのは自らの危機ではなかった。

 思い出していた。

 前回にもハルートの一言で衛兵に迫られたことはあったが、その時のことだ。

 よせ、やめろ。

 そんな叫びを聞いた覚えはあったが、あれは誰のものだったのか?

 今ならば分かった。

 レドなのだろう。

 演技も忘れて、彼がアザリアのために叫んでくれたのだろう。


「聖女殿っ!! 何を立ち尽くしておられるのかっ!!」


 再びのレドだった。 

 逃げろと訴えてくれているのは間違いない。

 そもそもとして彼も命の危機にあるのだが、ひたすらにアザリアのことを心配してくれている。


(……私はまったく)


 今度は、ハルートにでは無く自身に呆れる番だった。

 よくもまぁ、ここまで人を見誤(みあやま)れたものである。

 ほとほと呆れ果てるしかなかったが、自嘲(じちょう)はひとまず置いておくことにした。

 

 今、必要なことは何か?

 アザリアはレドに笑みを向ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ