3、聖女のお仕事(2)
農民たちは次々に同意の声を上げた。
「ですなぁ。噂には聞いていましたが」
「偽聖女などと言っていましたか?」
「確かにと言いますか、聖女さまには『燐光』はありませんがね」
「聖女さまの実績を知っていればです。そんなことは言えないはずですが……」
そうして、農民たちは揃ってアザリアを見つめてくる。
説明を求めてのことだろうが、アザリアは答えない。
いや、答えられない。
黙って、野菜のスープの入った椀に口をつけることになる。
(そんなこと、私の方が知りたいところと言いますか……)
うんざりと思い返すことになる。
今日の仕事の前にやってきた、あの男。
あーだこーだとよく分からないことを喚き散らし、アザリアの精神衛生を存分に害した上で去って行った──そう、レド・レマウス。
彼の憎たらしい顔を思い出す。
付き合いとしては、もう5、6年にもなってしまうだろうか。
とにかくあの調子だった。
5、6年前から同じだ。
突然ふらりと現れたかと思えば、アザリアを偽聖女などと罵ってくるのだ。
(まぁ、10年前には多少あった話ですが)
他の聖女たちは、力を発揮する際に極彩色の『燐光』をともなっている。
しかし、アザリアにはそれが無いのだ。
さらには、アザリアは下層の農民の出身であること。
その身分に関わらず『聖女』たちの主席たる『大聖女』に任じられたこと。
その辺りが関係してのことだろう。
10年前には、偽物という声は確かにあった。
大聖女への任命の式典でさえ、ひと悶着があった。
アザリアを偽物だと糾弾する者は、それなりの敵意をもって確かに存在したのだ。
だが、そんな者は気がつけば消えていた。
他の聖女たちが『燐光』について弁護してくれたことがまずの一因だ。
彼女たちは『燐光』を無駄の結果だと証言しくれた。
地脈に伝わるはずの力が、意図せず大気に漏れてしまった結果だと。
美しくも、それは『聖女』としての不出来の証であると。
さらには実績を上げたことが大きい。
アザリアが活動してきた地域では、それまで以上の明らかな豊作がもたらされてきた。
よって現状である。
今では、アザリアを偽物だなどとそしる者はいない。
しかし、例外はあった。
それがあの男である。
ケルロー公爵、レド・レマウス。
理由はさっぱり分からない。
彼が何をもって偽聖女と罵ってくるのか?
いくら考えても、アザリアには糸口すら見いだせないのだった。
(しかし、まぁ……)
説明を求める農民たちの視線に、アザリアはため息をつきたくなった。
なんにせよである。
レド・レマウスの話などは、食事中にしたいものでは無いのだ。
どうやってこの話題を切り替えたものか。
彼らの興味から逃れたものか。
腹立たしいことに、レドのせいで悩まされることになる。
ただ、幸いなことに、アザリアはすぐにその悩みから解放されることになった。
「まぁまぁ。みなさん、この辺りで」
救いの主があったのだった。
少女だ。
正確には、少女のように見える若々しい女性なのだが、彼女は朗らか笑みで農民たちを見渡した。
「あの方の話なんかしてたら、せっかくの食事がまずくなってしまいますから。この話は、はい。この辺りでおしまいということで」
ありがたいことこの上ない提言である。
アザリアは軽く頭を下げて感謝を示す。
すると、女性はニコリと笑みを見せてきた。
彼女はメリルと言った。
特徴はなんといっても、年齢に対して異様とも言える容姿だろうか。
歳は20はすでに超えているはずだが、いぜんとして10も半ばの少女に見えるのだった。
この農村の女性では無い。
同行者だった。
付き合いとしては5年にもなるだろうか。
とある農村で出会い、彼女が押しかけるにようして同行してきてからの5年。
親友だと何のためらいも無く言えた。
お互いに心の通じるところは大いにあり、先ほどの発言も親友としての気づかいであるに違いなかった。
ただ、そのメリルである。
不意に不思議そうに首をかしげてきた。
「しかしです。あの方ですが、今日は少し変なところがありませんでした?」
結局と言うべきか。
彼女によって、あの男の話が続きそうなのであった。
まぁ、である。
アザリアは胸中で頷く。
親友とは言っても、こういうことはそれはある。
完全に相通じるなどあるはずが無いし、あったら逆に気持ち悪い。
とは言え、やはり気持ちの良い話では無い。
思わずうんざりとした表情を見せることになり、すると親友殿だ。
メリルは慌てた様子で首を左右にしてきた。
「す、すみません。本当、すみません。ですが……変な感じはありませんでした? 去り際に妙なことを言ってきたような気がするのですが」
確かにである。
その覚えはアザリアにもあった。
いつもは偽聖女呼ばわりだけだったが、今日はそれだけでは無かったのだ。