表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/35

3、聖女のお仕事(2)

 農民たちは次々に同意の声を上げた。


「ですなぁ。噂には聞いていましたが」


「偽聖女などと言っていましたか?」


「確かにと言いますか、聖女さまには『燐光(りんこう)』はありませんがね」


「聖女さまの実績を知っていればです。そんなことは言えないはずですが……」


 そうして、農民たちは揃ってアザリアを見つめてくる。

 説明を求めてのことだろうが、アザリアは答えない。

 いや、答えられない。

 黙って、野菜のスープの入った(わん)に口をつけることになる。


(そんなこと、私の方が知りたいところと言いますか……)


 うんざりと思い返すことになる。


 今日の仕事の前にやってきた、あの男。

 あーだこーだとよく分からないことを(わめ)き散らし、アザリアの精神衛生を存分に害した上で去って行った──そう、レド・レマウス。

 彼の憎たらしい顔を思い出す。

 

 付き合いとしては、もう5、6年にもなってしまうだろうか。


 とにかくあの調子だった。

 5、6年前から同じだ。

 突然ふらりと現れたかと思えば、アザリアを偽聖女などと罵ってくるのだ。


(まぁ、10年前には多少あった話ですが)


 他の聖女たちは、力を発揮する際に極彩色(ごくさいしき)の『燐光(りんこう)』をともなっている。

 しかし、アザリアにはそれが無いのだ。

 さらには、アザリアは下層の農民の出身であること。

 その身分に関わらず『聖女』たちの主席たる『大聖女』に任じられたこと。


 その辺りが関係してのことだろう。

 10年前には、偽物という声は確かにあった。

 大聖女への任命の式典でさえ、ひと悶着があった。

 アザリアを偽物だと糾弾する者は、それなりの敵意をもって確かに存在したのだ。


 だが、そんな者は気がつけば消えていた。


 他の聖女たちが『燐光』について弁護してくれたことがまずの一因だ。

 彼女たちは『燐光』を無駄の結果だと証言しくれた。

 地脈に伝わるはずの力が、意図せず大気に漏れてしまった結果だと。

 美しくも、それは『聖女』としての不出来の証であると。


 さらには実績を上げたことが大きい。

 アザリアが活動してきた地域では、それまで以上の明らかな豊作がもたらされてきた。


 よって現状である。


 今では、アザリアを偽物だなどとそしる者はいない。

 しかし、例外はあった。

 それがあの男である。 

 ケルロー公爵、レド・レマウス。

 理由はさっぱり分からない。

 彼が何をもって偽聖女と罵ってくるのか?

 いくら考えても、アザリアには糸口すら見いだせないのだった。

 

(しかし、まぁ……)


 説明を求める農民たちの視線に、アザリアはため息をつきたくなった。

 なんにせよである。

 レド・レマウスの話などは、食事中にしたいものでは無いのだ。


 どうやってこの話題を切り替えたものか。

 彼らの興味から逃れたものか。

 腹立たしいことに、レドのせいで悩まされることになる。

 

 ただ、幸いなことに、アザリアはすぐにその悩みから解放されることになった。

 

「まぁまぁ。みなさん、この辺りで」


 救いの主があったのだった。

 少女だ。

 正確には、少女のように見える若々しい女性なのだが、彼女は朗らか笑みで農民たちを見渡した。


「あの方の話なんかしてたら、せっかくの食事がまずくなってしまいますから。この話は、はい。この辺りでおしまいということで」


 ありがたいことこの上ない提言である。

 アザリアは軽く頭を下げて感謝を示す。

 すると、女性はニコリと笑みを見せてきた。

 彼女はメリルと言った。

 特徴はなんといっても、年齢に対して異様とも言える容姿だろうか。

 歳は20はすでに超えているはずだが、いぜんとして10も半ばの少女に見えるのだった。

 

 この農村の女性では無い。

 同行者だった。

 付き合いとしては5年にもなるだろうか。

 とある農村で出会い、彼女が押しかけるにようして同行してきてからの5年。

 親友だと何のためらいも無く言えた。

 お互いに心の通じるところは大いにあり、先ほどの発言も親友としての気づかいであるに違いなかった。

 

 ただ、そのメリルである。

 不意に不思議そうに首をかしげてきた。


「しかしです。あの方ですが、今日は少し変なところがありませんでした?」


 結局と言うべきか。

 彼女によって、あの男の話が続きそうなのであった。


 まぁ、である。

 アザリアは胸中で頷く。

 親友とは言っても、こういうことはそれはある。

 完全に相通(あいつう)じるなどあるはずが無いし、あったら逆に気持ち悪い。

 とは言え、やはり気持ちの良い話では無い。

 思わずうんざりとした表情を見せることになり、すると親友殿だ。

 メリルは慌てた様子で首を左右にしてきた。


「す、すみません。本当、すみません。ですが……変な感じはありませんでした? 去り際に妙なことを言ってきたような気がするのですが」


 確かにである。

 その覚えはアザリアにもあった。

 いつもは偽聖女呼ばわりだけだったが、今日はそれだけでは無かったのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ