24、急転(3)
心のどこかで予想していた現実だった。
しかし、受け入れることが出来るかと言えばそれは違う。
予想もしていなかっただろうマウロにおいては、その反応は顕著だった。
唖然と目を開き、次いで叫び声が上がる。
「お、お前は……何だ!? お前は一体何を言っている!?」
「一週間前にだが、王家より書状が来た。殿下からだ。正確には、宰相閣下のしたためたものではあったがな」
すぐに頭に浮かぶ光景があった。
一週間前の夜。
王家の蝋印の押された書状の包み。
「端的に話せ! 王家からの書状? 何だ? それがどうした!」
マウロが血走った目をして迫り、レドは変わらず淡々と応じる。
「昨今のスザンの上下における、王家への非難の声は凄まじいものがある。このままではスザンは内乱に陥りかねない。そこで王家の近縁たるケルロー公爵に、王家を守るための行動をお願いするとな」
「それが……お前の処刑か?」
レドが頷き、メリルが呆然とした表情で口を開く。
「そんな書状がレド様に送られていたのですか……?」
レドは申し訳なさそうに頭をかいた。
「隠していたのは悪かった。だが、君たちに知られたとなると、穏便にいくとは思えず……」
「あ、当たり前です! なんですかそれは。そんなバカな申し出を、何故レド様は……っ!!」
動揺を見せるメリルに対し、レドは水を打ったように冷静そのものだった。
「もともと覚悟はしていたからな。聖女殿を糾弾する場に同席した時から、殿下がこう出るだろうことは予想していた。罪をなすりつけるのに私ほどの適任者は他にいまい?」
「で、ですが、それと処刑を受け入れることは話が違うのでは?」
その問いかけにも、彼はやはり冷静だった。
「大義もある。大聖女殿の死去に、殿下の為政者としての素質不足。国境は穏やかとは言えん。ここで内乱などもっての他だ。私1人のことで、その危機を脱することが出来るのであればな」
「しかし、それでレド様が犠牲になどと……」
「問題は無い。私が死んでも公爵家は何事も無く残るのだ。宰相閣下はまともな方でな。公爵家に関しては安泰を約束していただいた。元より当家は王家にとって重要な後ろ盾だ。約束を反故にする理由も無かろう」
そうしてレドは何度も頷きを見せる。
「そうだ。それが一番なのだ。これで多くが丸く収まる。スザンにとって、そして……いや」
彼は一体何を言おうとしたのか。
続く言葉の代わりに、彼は2人に対して笑みを浮かべた。
「まぁ、とにかくこんな感じだ。私はここまでとなる。今後のことは貴殿らにお願いする。特に聖女殿だな。今は意識の無い聖女殿だが、彼女はこの国の宝だ。今後とも、力添えをよろしく頼む」
返答は無い。
沈黙ばかりが書斎を支配する。
だが、それも長くは続かなかった。
眉間に厳しくシワを寄せていたマウロが、ポツリと呟きを発した。
「……大聖女殿か?」
レドは目を丸くした。
「な、なんだ? 彼女が一体どうかしたか?」
「直感だ。そんな気がしたという話だ。丸く収まる? それは本当にスザンの国情だけの話か? それはあの方についての話ではないか? 違うか? どうだ?」
その問いかけに、彼は明らかな動揺を見せた。
「い、いや、別に聖女殿がどうこうという話では……」
「しらばっくれるな。考えれば考えるほどそうとしか思えん。立場を危うくするほどの非難に晒されているのだ。大聖女殿がお目覚めになれば、いくらあのバカでも彼女を大事にせざるは得なくなる。そうだな?」
「それはまぁ、うん。そうだとは思うが」
「もちろん、その未来はあの男が排斥されることになれば訪れない。お前はそれを阻止するためにも、自分が全ての罪を被ろうと……そうだな? そういうことだな!?」
マウロの鬼気迫る様子に押されるように、レドはおどおどと頷きを見せた。
「ま、まぁ、うむ。その可能性を考えなかったかと言えば嘘になる。だが、違うぞ? 頭にあったのは、第一にはこのスザンのことだ。決して、聖女殿のことばかりが頭にあったわけでは……」
「分かっている」
一転しての静謐だった。
マウロは静かな表情で頷きを見せる。
「分かっている。お前がそこまでバカでは無いことは承知している。だが、大聖女殿をそこまで大事に思っているのならば止めておけ。お前の選択を彼女が喜ぶとでも思っているのか?」
呆然と成り行きを見守るしかなかったアザリアだが、これには頭をよぎるものがあった。
その通りだ。
それは断じて違う。
だが、レドは何を思ったのか。
彼はいたずらっぽくほほ笑みを見せた。
「そこは何も問題は無い。私には、マウロ・スベニクという何者にも代えがたい友人がいるのだからな」
「何だと?」
「信頼しているということだ。私のことなどを、わざわざ聖女殿に話しはすまい?」
この発言の意味は何なのか?
アザリアには理解出来た。
マウロも同様のようだ。
「……お前を聖女嫌いの小悪党のままで死なせろということか?」
レドは笑みのままに頷いた。
「そうなる。小悪党が虚言の末に裁きを受けた。これに聖女殿が思い悩むべきところは何もあるまい?」
マウロの反応を待たずにだった。
レドは彼に対し、深々と頭を下げた。
「死にゆく友人からの最後の頼みだ。どうかよろしく頼む」
マウロは応じない。
眉間に深々とシワを寄せたままに沈黙を保っている。
「……付き合いきれん」
そして、生まれた言葉がそれだった。
マウロは荒々しくレドをにらみつけ、吠えかかる。
「お前のようなバカにこれ以上付き合っていられるかっ!! まったく……くそっ!!」
最後は思いが言葉にならない様子だった。
苛立たしげに、彼はレドに背を向ける。
そのまま去っていった。
足音が荒々しく遠ざかる中、レドは「ふーむ」と小首をかしげる。




