22、急転(1)
大丈夫だ。
何も心配はいらない。
この日々は何の問題も無く続いていく。
実際、アザリアの願った通りに日々は過ぎていった。
いつも通りのレドを見守り続ける日々だ。
一週間が何事も無く過ぎた。
「おはよう」
今日もまた、いつも通りである。
鳥かごから暗幕としての布が外され、レドの笑みを目の前にすることが出来た。
アザリアは安堵を覚えつつに、開かれた出口からかごの外へ。
そこでは彼の指が待っている。
指に止まると、これもいつも通りである。
アザリアの定位置──かごの上へと運ばれた。
「今日は暑さは遠いな。気持ち良いことでけっこうなことだが、君はどうだ?」
窓を開きながらに、レドが機嫌良く語りかけてくる。
アザリアも同感だった。
先日までの暑気が嘘のような、気持ちの良い朝の空気だ。
決して頷きなどしなかったが、伝わるものがあったのかどうか。
彼は「そうか」と笑みを深める。
「まぁ、うん。その辺りは鳥も人間も変わるまい。君もそう思っているということにしておくとするが……ふーむ」
不意に、彼は首をかしげた。
その意味は何なのか?
不思議に思っていると、彼は「ふーむ」と再びうなり声を漏らした。
「そう言えばだが、君はずっと君だな?」
第三者からすると理解は難しかったかもしれない。
だが、アザリアには簡単に理解出来た。
(名前の話ですか)
思い返すと確かにそうだった。
アザリアはずっと『君』であったり『この子』としか呼ばれてこなかったのだ。
(まぁ、不都合は全くありませんでしたから)
メリルやマウロが訪れてくることはあるが、大抵アザリアはレドと2人きりだ。
わざわざ名前で区別する必要は無かったのである。
ただ、季節を一つ超えて、それに変化が訪れるのかどうか。
レドは眉間にシワを寄せて腕を組む。
「……必要は無い。必要は無いのだが、やはり無機質と言うか、愛情には欠ける印象は……うーむ」
非常に悩ましげだったが、アザリアも少しばかり考えさせられた。
自分は名前を欲しているのかどうか。
彼の言う通り、理屈としては必要は無い。
ただである。
名付けという行為は、やはり愛情と一体であるように思えた。
レドから名付けという形で愛情を示されるというのは……悪くはない話であるように思えるのだった。
きっと、この日々は長く続くのだ。
その日々を幸せに過ごす一端に、名前というのはなってくれるのかもしれない。
期待して待つ。
レドはしばらくうなり続け……不意に苦笑を浮かべた。
「まぁ、止めておくか」
残念ながら、現実は期待通りにはいかないらしい。
彼は苦笑のままでひとつ頷く。
「うむ。思いつくものは無いし、ここを去る私が決めるというのもな。メリルにでも愛着の湧く名前を決めてもらうとしよう」
肯定も否定も頭には浮かばなかった。
(……え?)
思案を深める間は無かった。
突如として、耳に異音が届いたのだ。
アザリアはそれに意識を向けざるを得なくなる。
(な、なに?)
おそらくは足音だった。
やたらと荒々しい響きと共に、この部屋に近づいてきている。
レドも気づいたらしい。
彼はわずかに首をかしげた上で、「ほぉ?」と呟いた。
「どうにも気づかれたか?」
その言葉の意味は何だったのか?
これにも考える時間は無い。
扉が荒々しく開かれる。
現れたのはマウロだった。
隣にはメリルの姿もある。
どちらも揃って剣呑に目を鋭くしている。




