20、真相(3)
「まぁ、それはそうかもな。そのおかげで、殿下が大聖女殿を糾弾した場にも上手く潜り込めたのだからな」
レドは「おっ」とマウロに対して嬉しそうに笑みを向ける。
「良いぞ、マウロ。やっと相槌を打つつもりになってくれたのか」
「褒めるところは一応褒めてやる。反大聖女殿の立場があってこそ、殿下の警戒を呼ばずにすんだ。あの密室裁判に立ち会うことが出来た」
メリルもまた、同意の頷きと共に沈黙を破った。
「ですねー。即日の処刑なんてことも十分に考えられたので、立ち会って介入出来たことは本当大きかったかと」
レドは頷きを見せる。
だが、そこには今までの得意げな笑みは無い。
「まぁ、失敗してしまったがな。とにかく時間を稼ごうとはしたが、結局聖女殿が危害を加えられる結果になってしまった」
暗い表情を見せる彼に対し、応じたのはマウロだった。
ふん、と鼻を鳴らして見せる。
「高望みもほどほどにしておけ。王宮はあの男の庭だぞ? そうそう全てが上手くいくものか」
「それはその通りだが……」
「後悔するよりも、大聖女殿を救い出せたことを誇るがいいさ。あの男の手元にあったらどうなったか? トドメを刺されていたに違いないぞ」
レドは変わらず暗い表情であったが、反応は頷きだった。
「そうだな。意識がお戻りにならないのは心配だが、そこは良かった。本当に良かった」
その言葉は、静かな安堵の響きで満ちていた。
アザリアへの労りの思いばかりがあった。
「……しかしまぁ、だ。お前はこれで良かったのか?」
不意に上がった、マウロの曖昧な疑問の声だった。
レドは不思議そうに首をかしげる。
「あー、なんだ? もう少し具体的に頼む。これとは一体なんだ?」
「お前の彼女への献身は大したもんだ。貴族社会での味方が必要だろうと、俺に彼女への接近を頼みこんだこともそうだ」
「まぁ、うむ。我が友人はこころよく引き受けてくれたものだったな?」
「お前があまりに熱心に頼むから仕方なくだが、俺に加えてメリル嬢だ。ケルロー公爵家の護衛の一族から、白眉の彼女を聖女殿の元に遣わした」
レドは困ったように眉根を寄せた。
「それはその通りだが……なんだ? 結局、何が言いたい?」
「衛兵から聞いたぞ。聖女殿から手ひどく罵られたらしいな。卑怯者と。必ず殺してやるとまで言われたとか?」
「事実だが、それが?」
「これで良いのか? 散々尽くしての結果がそれだぞ? 何の報いも無いどころの話じゃない。お前、本当にこれで良かったのか?」
真剣な表情をしてのマウロの問いかけだった。
これに対してレドは……
「ふふん」
鼻で笑ったのだった。
マウロは「は?」と剣呑な声を上げた。
「おい、なんだ今のは? 今の明らかな嘲笑はなんだ?」
「いや、ふふふ。すまん。レンベルグ侯爵殿も、まだまだ人生経験が不足しているのだと思ってついな」
「あ゛ぁ?」
「こういうものは、うん。仕方がないのだ」
首をかしげるマウロに対し、レドは清々しい笑みを浮かべる。
「そう、仕方がないのだ。10年前に聖女殿を目の当たりにしたあの時からな。彼女が幸せであれば良いとしか思えんのだ。だから、仕方なかろう? 人を好きになるとはそういうことなのだからな」
まぁ、まだマウロ君には早いかも知れないが。
そうふざける彼に対し、マウロは深々とため息を吐いた。
「はぁ……メリル嬢。貴殿はどう思う?」
「そうですねー。惚れた人が幸せであれば、自分は報われなくても良いと。影からそれを見守れたら十分と」
「なんか、ちょっと気持ち悪くないか?」
「殿方のこだわりと言うか、バカな美学が煮詰まったような感じですねー。はい、けっこう気持ち悪いです」
レドはうんざりと肩をすくめた。
「言うに事欠いて、気持ち悪いはひどくないか? やれやれ。君はどう思う? 気持ち悪くなど無いよな?」
その笑みの問いかけは、アザリアへのものだった。
もちろん、鳥への問いかけである。
何かしらの答えを期待してのものでは無いはずだ。
アザリアにもその気は無かった。
ただ……動いた。
彼に近づく。
彼の手に近づく。
「お?」
レドは気づいたようだった。
彼は手にしていた柑橘をアザリアに近づけてきた。
芳醇な香りのするそれに、アザリアはくちばしを向ける。
ついばむ。嚥下する。
彼の顔に驚きの表情が浮かび、次いで歓声が上がった。
「おい、メリル! マウロ! 見たか? 食べてるぞ!」
「あらまぁ、本当ですねー。病気でもなんでも無く、今までは気が乗らなかっただけでしょうか?」
「まぁ、そうだな。鳥にも気分ってのがあるだろうさ」
2人がそれぞれに感想を述べると、レドは頷きを見せた。
「確かに、そんなものかもしれんが……いや? もしかしたら私の言葉に反応したのか? 気持ち悪くないと行動で示してくれた可能性が……」
「曲解だ」
「曲解ですね」
「で、やっぱりお前気持ち悪いぞ」
「気持ち悪いですね」
息のあった批判の声に、レドはうんざりと顔をしかめる。
実際のところ、そんな事実は無かった。
アザリアが柑橘を口にしたのは、別にレドに肯定を示したかったわけでは無い。
ただ、思えたのだ。
もはや全てがどうでも良かった。
元の身体への──人間としての人生への未練は無い。
聖女としての責務などもどうでもいい。
それでも、死は選びたくない。
ここにいたい。
彼の側にありたい。
ただ、そう思えたのだ。




