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2、聖女のお仕事(1)

 霊脈という存在がある。


 川の流れと似て、しかし地下を流れる霊的な力だ。

 その影響は大きい。

 穏やかに流れる内には何も問題は無い。

 だが、一度乱れると、人心もまた乱れる。

 作物の実りにも負の影響をもたらす。

 天変地異(てんぺんちい)の引き金になり得ることもあった。

 

 そう、影響は大きいのだ。

 甚大(じんだい)と言っても良い。

 だが、川の流れのようには対処は出来ない。

 霊脈の存在を、常人は認識することもあたわないのだ。

 現状を把握することも出来ず、流れを穏やかにする工夫、尽力は許されない。


 しかし、霊脈に対して人間は無力では無かった。


 霊脈を認識し、その流れに介入出来る存在がある。

 その存在は『聖女』と呼ばれていた。

 霊脈を慰撫(いぶ)し、人心を和らげ、豊作に貢献する存在だ。

 

 そして、アザリアもまたその中の一人であった。


 冬の寒さを経て、いよいよたくましく伸び始めた麦穂の波。

 初春の農村、田園の最中(さなか)にアザリアはいた。

 目を閉じて、わずかに腕を広げる。

 軽く息を吐く。


(……いきます)


 すぐに感覚がやってくる。

 何度経験しても不思議な感覚であった。

 自らの身体が溶け、大地と自然と、その境界がおぼろげになってしまったようなと言うべきか。

 

 この状態のアザリアには分かることがあった。

 常人には見えないはずの地下の霊脈が、自身の一部であるかのように把握出来た。


 網の目のように、大地の下を流れる大きな力。

 それは泰然(たいぜん)として、穏やかに流れ続けている……というわけでは無い。


 ところどころに妙な停滞があった。

 そのために流れは乱れている。

 流れが少なすぎる場所もあれば、逆に力が集中して激流のようになっている場所もある。


 ここからが聖女としての腕の見せ所であった。


 理解してからの次の段階。

 霊脈への干渉だ。


 からみ合った糸をほぐす感覚に似ていた。

 停滞を一つずつ、そして確実に解消していく。

 その結果は、地下に確かに現れていった。

 一つ停滞が解消されるごとに、霊脈はなだらかな穏やかさを得ていく。


 さほど時間はかからなかった。

 霊脈は無事、(なぎ)の海のような静けさを得るに至った。

 

「……ふぅ」


 目を開いたアザリアは、笑みで額の汗をぬぐう。

 これで大丈夫だった。

 この付近は一年は安泰(あんたい)である。

 霊脈による人心の乱れは起きない。

 天候次第のところはあるが、例年並みの豊作が期待出来る。


 これがアザリアの仕事だった。

 聖女としての、アザリアの仕事だ。


 ◆


「しかし聖女さま、今年も本当にありがとうございました」


 聖女としてひと仕事を終えた後である。

 お礼としてアザリアは昼食のもてなしを受けていた。

 そして、そのお礼の声はもてなしの最中に上がったものであった。

 苦労をシワとして刻んだ老人の、満面の笑みでの発言だ。


 もちろん嬉しいものだった。

 アザリアは食事の手を止めて笑みを返す。


「いえいえ。聖女として当然の義務ですから」


 謙遜でもなく、それこそ当然の返答だった。

 ただ、老人は笑って首を左右にしてきた。


「いやいや。確かに左様なのでしょうが、義務感で片付けられる仕事ぶりではござりますまい」


 他の農民たちにも、アザリアの発言に思うところがあったらしい。

 (せき)を切ったように彼らは口を開く。


「そうですとも! 義務だなんて、そんな仕事ぶりには!」


「まぁ、アレです。実際に何をされているのかなんて、私らにはまったく分かりませんがね」


「それでも、他の聖女さまが担当された年とは実りが明らかに違いますからなぁ」


「さすがは大聖女さま。我らのための、誠心誠意の仕事ぶり。本当にありがたいことです」


 思わず笑みがぎこちなくなってしまうような賛辞の嵐だった。

 嬉しかった。

 自分の仕事を認めてもらえることは、アザリアにとって何ものにも代えがたいことだった。

 聖女冥利(みょうり)に尽きるとも言えた。


 しかし……アザリアは笑みをわずかに(かげ)らせることになった。

 

 農民たちが悪いわけでは無い。

 ただ、彼らの称賛が、ある種呼び水になってしまったのだ。

 彼らとはまさに正反対の──徹頭徹尾、罵倒しかしないあの男の顔が浮かんでしまったのだ。


(本当に、あの男は……)


 軽く陰鬱(いんうつ)な気持ちにさせられたのだが、彼らにしても思い出してしまったのかどうか。


「それにしても……何だったんですかね、あの男は?」


 農民の一人が呟き、それが皮切りとなった。


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