18、真相(1)
「……ふーむ」
レドの書斎である。
そこには、大きく首をかしげている部屋の持ち主の姿があった。
彼が見つめてきているのはアザリアだ。
机の上で大人しくしている野鳥──アザリアを、レドは眉をひそめて見つめてきている。
「……本当に元気が無いな」
彼が呟くと、それに応じるものがあった。
レドと共にアザリアを囲むメリルが頷きを見せる。
「はい、まったくありません」
「元から大人しい方ではあったが……」
「それにしてもですねー。ご飯も一口も食べません。こうして美味しい柑橘も用意しましたのに」
その柑橘はレドの手にあった。
串に差した柑橘のひと欠片。
彼はそれを一瞥した上で眉をひそめる。
「とにかく食欲は無さそうだな。病気か?」
「さーて、なんともです」
2人はそろって首をかしげたが、彼らの様子にアザリアは内心でため息だった。
(放っておいてくれれば良かったですのに)
アザリアは自らの意思でここにいるわけでは無かった。
もはや何もする気力も無かったのだ。
自らの生死すらどうでも良かった。
そうして屋敷の柵の上で無防備にじっとしていたのだが、その場所がいけなかったのか。
少々、低すぎた。
メリルに見つかり、彼女の人の良さがこうしてこの部屋に導いてきたのだ。
人が良いと言えば、それはレドもだった。
彼は悩ましげにあごをさする。
「鳥か。馬や牛を診れる者は多くいるだろうが……鳥かぁ。しかも、家禽でも無い野鳥か」
「スザン王国広しと言えどですねぇ」
「まぁ、とにかく探してはみるか」
「はい。後で手配を」
気遣いを受けている。
親切にしてもらっている。
それは理解出来た。
感謝すべきだとも分かった。
しかし、アザリアはどうにも、それをありがたいと思うことが出来なかった。
感情が生まれてこないのだ。
頭に浮かぶのは、昨日目の当たりにしたものだけだ。
思い出したく無くとも頭に浮かび、それが否応なくアザリアの感情を殺していく。
「……あぁ? 何してんだ、お前ら?」
よって、不意の闖入者の姿にも特に驚きは無かった。
現れたのはマウロだった。
不審の表情を浮かべる彼に、部屋の主は顔をしかめて応じた。
「毎回言っていると思うが、来る時は来ると前もって知らせろ。前回は出来たというのに、まったく」
「前回は現状を知らせるというしっかりとした用事があったからだ。今回は遊びに来ただけだからな」
「だとしても知らせろ。あと、ノックぐらいはしろ、ノックを」
「まぁ、うん。そこは善処してやっても良いが……なんだ? 鳥を囲んで深刻な顔をして。一体どうした?」
応じたのはメリルだった。
彼女はアザリアの頬をつつきながらに眉をひそめる。
「この子が調子悪いみたいでして、それでまぁ、こんな感じで」
「ほお。それで主従そろってこれか? 大聖女殿の不在で、王国が揺れているこの時期にな。まったくのんきなことだな」
マウロの皮肉めいた言葉に、メリルは軽く肩をすくめた。
「まぁ、確かにです。ただ、一応この子はレドさまにとっての大切なお客人ですので」
これにレドは真剣な顔で頷いた。
「そうとも。確かにこの国は大変な時期だが、それとこれとは話は別だ。どうだ? 野鳥に通じている獣医などに心当たりは? あれば紹介して欲しいところだが」
マウロは呆れた様子で首を横に振る。
「残念ながら心当たりは無いが……いやしかし、不思議なもんだ」
「ん? 何の話だ?」
「野鳥の状態にも心を痛める優しいボンボンのお前がな。よくもまぁ、長いこと憎まれ役を続けられたもんだよ」
アザリアはわずかに感情を動かすことになった。
(憎まれ役……?)
それは一体何の話なのか?
レドにも疑問の感情が生まれたらしい。
不思議そうに首をかしげた。
「憎まれ役? やぶから棒に一体何だ?」
「どう考えても、お前の大聖女殿に対する演技の話に決まっているだろうが。他に何がある?」
アザリアが内心で「演技?」と疑問を呟く一方で、今度はレドに疑問は無かったらしい。
「あぁ、その話か。別に、不思議でも何でも無いだろうに」
「うさぎが狐のふりをするようなもんだったろ。どう考えても無茶だ」
「確かに最初は違和感もあったが、それが最善だったのだ。そのことは貴殿もよく知っているだろう? きっかけは忘れもしない。あれは10年前の……」
自然とアザリアが耳を澄ますことになった。
だが、話のきっかけになったマウロである。
「げぇ」
そんなうめき声を発したのだった。
次いで、彼は慌てた様子で首を左右にする。
「わ、分かってる! その話は重々承知しているわけで……くそ、しくじった。そうか、この話はどうしてもこれに繋がってしまうのか」
妙なつぶやきを漏らすマウロに対し、レドは明らかな不満の表情を浮かべた。
「なんだ? これから良いところだというのに。私を友人と呼ぶのであれば、話の邪魔をしない優しさがあってしかるべきじゃないか?」
「そんな優しさは無い! むしろお前が優しさを見せろ! 俺が何度その話を聞かされたと思っているんだよ!」
マウロの反応は望んだものとは違ったらしい。
不満の色を濃くするレドだが、不意に彼は笑みを浮かべた。
その表情は、なんとも言えない顔をしているメリルに向かう。
「どうだ、メリル? 君は久しぶりだろ? 聞いてみたいとは思わないか?」
「あー、けっこうです。耳にタコが出来るほどに聞かされましたので、これ以上は本当にもう」
はぁ、とレドの嘆かわしげなため息が部屋に響く。
「そうか、まったく。どうにも貴殿らには優しさが足りないように思えて仕方ないが……いや?」
何かを思いついたらしい。
レドは満面の笑みを浮かべると、アザリアの顔を覗き込んできた。
「君はどうだ? 私が聖女殿に初めて出会った時の話だがな。聞きたいとは思わないか?」
無意識にだった。
アザリアが頷くと、レドは快哉を叫んだ。
「ははは、どうだ! 貴殿らも見ただろう? これがな、心優しき者の本来の反応というものだぞ?」
「偶然だろ」
「偶然です」
彼らの反応は無視することに決めたらしい。
レドは満面の笑みで口を開いた。




