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16、現実

(……結局です)


 アザリアは確信していた。

 結局のところ、レドは敵なのだ。

 メリルもマウロもそうだ。

 だから、あんなわけの分からない話をしているのだ。

 きっと、おかしかった。

 あの3人はおかしい。

 現実を理解出来ておらず、妙な考えの元に自身を苦境に追いやってきたのだ。


 そうに決まっていた。


 これから向かう先、王宮で目にするのはハルートの嘆き悲しむ姿に違いなかった。

 アザリアが偽物の聖女では無かったことを悟って、きっと彼は悲嘆に暮れているのだ。


 王宮が間近になる。


 彼は一体どこにいるのか?

 どこを探せば良いのか?

 思案を巡らせたが、幸いそれは徒労に終わった。


 王宮からせり出したバルコニーの一つである。

 そこに彼はいたのだ。

 

(殿下っ!)


 一刻も早く『事実』を確認したい。

 その思いで、アザリアは力強く羽ばたいて彼の元を目指し……にわかに羽から力を抜くことになった。


(……殿下?)


 彼は一人では無かった。

 隣には女性がいる。

 陶磁のように透き通った肌をして、華美なドレスに身を包んだ女性だ。

 

 アザリアは自然と近くの枝に身を止めていた。

 見つめる。

 ハルートを見つめる。

 彼はどこか陶然(とうぜん)として女性にほほ笑みかけている。


「……実に素晴らしいことだな。王宮のこの場所で、こうして君と笑みを交わすことが出来るとは」


 多少の距離はあったが、鳥の優れた聴覚だ。

 彼の話す内容を理解するのは容易かった。

 女性が応えて口を開いたが、その内容もまた同様だ。


「私も同様でございます。殿下とこうしていられることこそ、何よりの幸せです」


 蠱惑(こわく)的な笑みで告げられた言葉に、ハルートは分かりやすく笑みを深めた。


「ふふふ、そうか。可愛いことを言ってくれるものだが……まったくな。違うな。あの女とはまったく違う」


 あの女。

 女性は苦笑を浮かべたようだった。


「あらら、またあの人への悪口ですか?」


「いくら言っても言い足りるものでは無いからな。あの聖女……いや、偽聖女だったな。あれはまったく、言葉に苦しむほどに酷いものだった」


 ハルートは女性の手を取った。

 その白い甲を撫でて、うっとりとほほ笑む。


「美しい肌だ。白く、きめ細やかで、良い香りがして……しかし、あの女はどうだ? 君はあの女を目にしたことはあったか?」


「いえ、一度も」


「あの女には女性としての美意識など欠片も無かったのだろうな。肌は日に焼けるに任せ、香りなどとはもう。ほこりなのか、草の匂いか知らんがまったく話にもならん」


 彼はまだ言い足りないようだった。

 女性が応じるのを待たずに言葉を続ける。


「さらには女としてのつまらなさはどうだ? 当たり障りのない物言いしか出来ず……あぁ、そうだ。贈り物を用意するつもりにはなれなかったからな。しかし、侍従の申し出で薬湯などを用意したのだが、その時の反応はどうだったと思う?」


 女性は首をかしげた。


「薬湯をいただいての反応でしょうか? 私には想像もつきませんが……」


「あの女、それで大喜びだったのだ。貧乏くさいと言うべきか、やはりしょせんは農民だ。あれが我が婚約者だったとはまったく。今では信じられん話だ」


 ハルートは憎らしげに眉をひそめていたが、その表情は不意に笑みに変わる。


「まぁ、いい。あの女は死んだ。そして、代わりに私には君がいる」


 彼は女性の腰に腕を回すと、彼女の顔に自らの顔を重ねていく。

 女性もまた、ほほ笑みと共にそれに応じ──


 アザリアは見つめていた。

 飛び立つ気力も無く、見つめ続けた。

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