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14、思わぬ来訪者(1)

 レンベルグ侯爵マウロ。

 端的に言えば、彼はアザリアの味方だった。


 それも、レドとは対称に位置するような人物であった。

 傲岸不遜(ごうがんふそん)で無知なレドに対し、マウロは絵に描いたような紳士であり思慮深かった。


 低い身分と、聖女の『燐光(りんこう)』が無いことをもって糾弾してきたのがレドだ。

 一方でマウロは、それらは聖女としての実力には無関係だと常に擁護(ようご)してくれた。


 天敵同士であるようにも見えた。

 激しく言い争う2人を、アザリアは何度も目にしたものだが……


(そのレンベルグ侯爵さまがここに?)


 あり得ないとすら思えたが、現実は違った。


「よぉ」


 軽く片手を上げて、1人の青年が書斎に踏み込んできたのだった。


 アザリアは目を見張ることになった。

 最初の一言からしてそうだが、かなり今までの印象と違ったのだ。

 まるで、農村の中年のような気取らない様子と言うべきか。

 顔立ち自体は上品なのだ。

 だが、アザリアの知る貴公子然とした様子はそこには無い。


「なんと言うか、相変わらずしゃっきりとしないヤツだな」


 レドが呆れ調子でそんな言葉を口にしたが、その通りの様子でもあった。

 そして呆れられた方のマウロは、何でもないように「ふん」と鼻を鳴らした。


「別に良いだろうが。元々は爵位など縁のゆかりも無かった、4男坊のきかん坊だ。友人の前でぐらい素の調子でいさせてもらうさ」


 初めて聞く彼の素性であったが、それはともかくだ。

 気になるのは友人という一言だった。


(天敵では無いと?)


 現状では無いと言う他に無かった。

 2人の間にあるのは、まさに気の置けないといった空気感である。

 

 驚きしかない光景であるが、次いでアザリアはさらに驚きを覚えることになった。

 

「しかし、不思議な状況だな。まさかこの屋敷で、こうしてメリル嬢に会うことになるとは」


 この部屋にはそのままメリルもいるのだが、マウロは彼女にそんな声かけをしたのだ。

 

 アザリアの知る限り、メリルはマウロと声を交わしたことは無い。

 赤の他人に近いという認識だった。

 だが、メリルだ。

 彼女はマウロに対して、気さくな笑みを返した。


「はい、私もまさかまさかです。マウロさまとこうした形でお会いすることになるとは」


 マウロは仏頂面で頷きを見せる。


「まったくな。今はなんだ? ここで侍女か?」


「まぁ、侍女を気取っていると言いますか。客人で収まるのも居心地が悪いですので」


「そうか。しかし、気を落とすなよ。今回のことは君の(ぶん)を超えているからな。重荷に思う必要は無いだろうさ」


 メリルはどこか力の無い笑みを浮かべた。


「はい。正直、そう納得しようとしても難しいところはありますが……お気遣いありがとうございます」


 驚くべきことが多すぎて状況を理解することは難しかった。

 だが、一つこれだけは理解できた。


 それは、この3人は繋がっていたということだ。

 レド、メリル、マウロ。

 表面上は敵対していたり、無関係に見えていたのだが、実は浅からずの関係を築いていたのだ。


(一体何が何なのか……)


 頭が痛くなるのだった。

 現状には疑問しかない。

 彼らの真実の関係は一体どんなものなのか?

 そして、彼らは何を思って実際とは違うだろう関係を演じていたのか?


 悩みは尽きないが、それは一時中断だった。

 マウロが「ん?」と、本棚の上のアザリアを見上げてきたのだ。


「……あー、なんだ? お前に、鳥を飼う趣味でもあったのか?」


 レドはすかさず首を左右にする。


「いや、無い。まぁ、ちょっとした縁があってな」


「ふーん、そうか。少し意外だな。聖女殿があのような状況で、お前にこんな余裕があるとは」


 レドは苦笑の表情を浮かべた。


「余裕があるわけでは無いが、聖女殿は異常であっても変わらずにおられるからな。私に出来るのは、いつかお目覚めになると信じることだけだ。一応、そう割り切ってはいる」


 アザリアはレドの顔を見つめる。

 疑問点は数え切れないほどにある。

 だが、一番は彼だった。

 アザリアを陥れた張本人であるはずなのだ。

 なのに、この表情は何なのか?

 何故、アザリアを巡ってこんな切なげな表情をしているのか?


 そんな表情は一瞬だった。

 レドは真顔で首をかしげた。

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