森の英霊達
エルフには言い伝えがある。
死者は皆、プルームと呼ばれる一本の大樹に魂を宿し満月の日に先祖達が暮らす死者の国へ行くのだと。
しかし、全ての死者がそうなるのではない。
罪を犯した者や自ら命を絶った者、この世に深い未練がある者は肉体を離れても魂はプルームに宿る事はなく、森の中を彷徨うのだ。
プルームは数千年を生きる神樹。謂わば死者を導く裁判官なのだ。
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「お前が腰に巻いている布は確かにクリスの物だ。私があいつに渡した物だからな。ついて来い…話を聞きたい。」
まだちゃんと信用されてはいないんだろうな。
そりゃそうだ、仲間の持ち物を多種族である人間が持ってやってきたらね。それに裸だしね…怪しいわ。
しかし理解できない。クリスは三年前に死んだ?
何?じゃあ俺が会ったのは幽霊…??
怖っ!クリス怖っ!!
「腹が減っているだろ?ちょうど今から夕食なんだ。あんたも食べな。簡単にはこの森を抜けるなんてできないんだ、ゆっくりして行くといい。」
「あ、どーも…それじゃあ厄介になります…。」
綺麗なエルフのお姉さん、ナターシャに案内されて俺は村の中に通されていた。
ナターシャはクリスの二つ歳上でこの村の戦士長だそうだ。
村の中は大樹の窪みや枝の上に上手く造った家があちこちにあって、なんというか鉄の匂いを全く感じない自然の家という感じだ。なるほど…エルフって感じだ。
しかし村の人みんな美男美女だな…ちらちら見ないでくれよ…俺今腰巻き一枚なんだぞ!
ナターシャに案内されたのは一際大きな木の家だった。
枯れた巨木にはドアは無く、くり抜いたかのような穴があり赤いカーテンで仕切られている。
「族長の家だ。中に入れ。」
ナターシャはカーテンを捲って中へ入っていった。
うむ、族長か。
大丈夫か?粗相のないようにしないとな。
いやもうこの状態じゃ粗相の極みかもしれんな。
室内は思ったより広い。部屋の隅に置かれた植物が緑色の光を放っており、暗さも感じない。中央には長い楕円形のテーブルがありその上にはランタンが灯っている。
「其奴が侵入者か?」
声の主は楕円形のテーブルを挟んだ奥にある小さなテーブルに向かって書き物をしているようで、こちらに目を向けることも無く呟いた。
「人間か…。なぜ村へ入れた?其奴らがどんな種族かわかっているだろうナターシャ?」
右手に持った綺麗な羽根でできたペンを掲げて言う声に少しばかり敵意を感じる。
この世界の人間はどれだけ悪い事をしてきたのだろう。
「族長、クリスが…あいつが村へ案内したそうです。」
ナターシャが俯きながら呟くと部屋の温度が急激に下がった様な感覚がした。
「今、なんと言った?」
振り向いた族長の左目は鬼の様にギラつき、右目はこの世の終わりのように真っ黒だった。
立ち上がった族長は静かに俺に近づく。
身長はナターシャと同じ程度。しかしその圧力は今にも飛び掛かってきそうな怒気を感じさせた。
「クリスが?ナターシャ…彼奴は死んだじゃろ。」
俺の前に立つ族長はナターシャを見る事なく俺をじっと見つめる。
「それが…。クリスに渡した物をこいつが持っていて…。私の名も知っていました。それにこの森を抜けて村に近づくなんてエルフにしか…。」
顔を歪ませて言うナターシャに初めて目を向ける族長は一つため息をつくと振り返って進むとテーブルへと腰をかけた。
「座れ人間よ。話を聞こう。」
黒い空洞の右目は全てを見透かされているようであまりいい気はしなかった。
俺は一度目を瞑って深呼吸をする。
大丈夫、俺は嘘はついてない。
「すいません。夕飯はまだですか?」
室内は静寂に包まれた。




