エルフの村へ
「へぇ、クリスさん20歳なんですか!俺と同い年ですね!エルフは200歳とか300歳とかが当たり前だと思ってました!違うんですか?」
俺は今、この親切なエルフの青年と共に彼の村へ向かっている。
彼の名はクリス。三つあるエルフ族の中で弓を得意とするラテリア族の戦士だそうだ。
あの後、自分が名前以外何も覚えていないという事をなんとか上手く説明できた。
完全に不審者だが、もうすぐ日も暮れて危険だという事でとりあえず村へ案内してくれるそうだ。
ホントに助かった。
こんな森で夜を明かすなんて怖すぎる…。
「あぁ、エルフの寿命は人間とほとんど変わらんよ。だが上位種であるハイエルフは違う。俺たちエルフを遥かに凌ぐ高い魔力と寿命だそうだ。確か王都に有名なハイエルフがいると聞いたな…凄腕の魔法使いだとか。」
クリスさんはいろいろ教えてくれる。
記憶喪失という事にしているが、現に俺はこの世界の事を全く知らない。
生きる事に関して無知という事がどれだけ危険なのかは元の世界でも同じである。
話を聞く限りでは中世ほどの時代の様だが、魔法やスキルといったゲームの様なものが入り混じっている。
クリスはたまに王都へ行く事もあるが、人間側の内情はほとんど知らないらしい。
「しかしケンイチロウ。お前の技はどうなってる?記憶喪失という事は…もしかしたら凄腕の冒険者なのかもしれないな。素手で戦うとなると武道家か?」
「いや戦士だから。俺は戦士ですから。今から剣とか盾とか装備するから。」
そう、俺は戦士だ!厳つい鎧に武器と盾!
くぅ〜早く立派な戦士になりてぇ!!
クリスとの会話でこの世界の事を少しばかり把握する事ができた。
まず、この森はエリヌーン大森林。
クリス達が住む村から少しばかり離れた森らしい。
エルフ達でも危険な森としているそうで、獰猛な魔物が多いらしい。
いきなり危ない場所に降臨させんなよな…。
エルフは三部族に別れているそうだが、別に仲が悪いわけではないそうだ。
それから、アムールの森を挟んで反対側にガンダルシア平原が広がっておりその先に人間の住む国があるそうだ。
人間の統治する国の名はグラム王国。他種族との交流が盛んらしい。
とりあえずクリスの村でしばらくお世話になって落ち着いたらグラム王国に向かうのがいいだろう。
クリスの話ではここからグラム王国までは5日ほどかかるらしい。
それまでにこの世界の情報が必要だ。森を抜けるまではクリスが案内してくれるそうだがガンダルシア平原からは一人で進まなくてはならない。
自分が普通より強いのはわかったけど油断したら一瞬であの世行きだ。これはゲームじゃない。現実なんだ。
しばらくクリスと会話しながら進むと湖が見えた。
木々に囲まれ、水際には鹿?の様な動物が水を飲んでいる。
「お!水だ!走ったから喉カラカラなんだよね!飲んで大丈夫かな?」
「あぁ、問題ない。この湖の水は村の者がよく使う水だ。」
クリスの返答と同時に俺は湖に膝まで入る。
水は透き通っており小さな魚がたくさん泳いでいる。こんな湖は初めて見る。俺がいた世界では湖は有毒な薬品や下水で生き物なんか皆無だった。
水をすくって喉を潤す。美味い!冷たい!いろ◯す!
「ここまで来ればあとはここを道なりに進むと村だ。俺はまだ森を調べたい。先に村に行っててくれ。」
クリスが指差す方向には草が生えていない道ができている。おそらく村人が通る道なのだろう。
え、ちょっとまって!俺一人で行くの!?
「ま、まってよクリス!俺一人で村に行くの!?不審がられるって!一緒に行ってくれよ!」
布一枚の半裸でさらに種族も違うんだ!いきなり囲まれて殺されるかもしれない!
俺の冒険は始まったばかりなんですけど!
必死で頼む俺にクリスは笑いながら大丈夫と繰り返す。
「はは!大丈夫!大丈夫だよケンイチロウ。村についたらナターシャという女性にクリスの知り合いだと言うといい。ケンイチロウ、お前は不思議な男だ。完全に不審な奴なのに悪い奴な気がしない。」
クリスは微笑みながらそう言うと背を向けて来た道を戻って行く。
「ナターシャによろしく伝えといてくれ。じゃあ、またな!」
手をヒラヒラさせながら歩いて行くクリスを俺はただ見送る事しかできなかった。
うぅ…クリスにもやる事あるもんな。ここまで送ってくれただけでも有難いと思うべきだ…。
頼ってるだけじゃダメだな!
よし、とりあえず村に向かおう。陽も傾いてきたし夜の森を歩くなんて絶対嫌だ。
クリスか…。
いい奴だったな。同い年だけどいいお兄さんて感じで。
村についたら夜にでも会えるかな?
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クリスと別れて村に向かってしばらく進んでいるが深い森なだけに同じ道を歩いてる様な感じがする。
ここまで来て迷子なんてやめてくれよマジで…。
「止まれ。人間!」
不意にかけられた声に反応して立ち止まる。
ん!?
上か!
見上げると数メートル先の木の上にクリスと同じ様な格好をした人が弓を向けて睨んでいた。
「人間!何しに来た!ここはエルフの森だ!」
綺麗な高い声…女?
「いや、あの、み…道に迷ってしまいまして!クリスにこの村に行けと!」
まずは敵じゃない事をわかってもらわないと!
今にも矢が飛んできそうだ!
「クリスだとっ!?貴様!今、クリスと言ったかっ!?」
クリスと聞いて一瞬目を見開いたエルフは腕に力を入れて更に威嚇する。
は!?ちょっと待って!
友達なら大丈夫なんじゃないのかよっ!?
「ふざけるなよ人間!敵だ!!貴様っ!誰の使いだ!何しに来た!」
エルフの声と同時に数十人の武装したエルフが姿を現わす。
へぇぇぇっ!???
聞いてないんですがっ!!
「あああ、あのっ!ホントに迷子なんです!道に迷ってしまって困っていたところを通りがかったクリスに助けてもらって!さっきそこの湖で別れてしまいましたが真っ直ぐ進めば村につくと!」
とりあえず両手を上げて降伏のポーズ。
ありのままあった事を話せばわかってくれるはずだ!
「黙れっ!人間は平気で嘘をつく!そうやって生き延びる種族だ!」
エルフは大声で叫ぶ。
そう、エルフは多種族を簡単に信用しないのだ。
「本当ですっ!いろいろ話をしました!そうだ!ナターシャ!ナターシャによろしく伝えてくれと!!そう言われました!」
俺の声に囲んでいたエルフ達は動揺する。
「ナ、ナターシャに…よろしく伝えてくれと、クリスが言ったのか?」
エルフは腕の力を緩めて呟いた。
「あ…はい。そう言えば大丈夫だと…。」
「あいつはどんな顔だった?」
「青い瞳で肩まである金色の髪でした。あ、それからこの布をくれました!」
「そうか…。あいつは元気だったか?」
「?…。はい、元気でしたよ。」
力無く弓を下ろしたエルフは顔を隠す布をとる。
そして、瞳に涙を溜めて呟いた。
「あの大馬鹿者はまだこの森を彷徨っているのか…。」