最強の身体!あいつ絶対プロテインやってるよ!
猪から逃げる健一郎は不思議に思っていた。
しばらく走っているが全く疲れないのである。
追いつかれるどころか距離が開いているようにも感じる。
やぱ神様の加護のおかげなのか?
全く疲れないな…。
そのまま逃げ切れるんじゃないのか?
ちょっと待てよ、そうに違いない!この超絶肉体美を見ろ!もしかしてすげー怪力とかなんじゃないの?
何故かわからないがあの猪への恐怖心はそこまで大きくない。
この世界に来る前の俺ならたぶん怖くて逃げる事すらできなかったはずだ。
やるか?やっちゃう?
もし、俺の予想が外れれば手首が逝くどころの騒ぎじゃないがあのムキムキの神様の加護を信じてみるか!
正面から迎え撃つのはさすがに怖いからな、サッと横に避けてまずはジャブだな!
走りながら振り返ると猪との距離は10メートルほど開いている。
よし、やるぞ。
猪との距離がだんだんと縮む。
8メートル…7…5…3…
今だっ!
猪が牙を向けて突っ込む瞬間、反復横跳びの様に猪の右側へ移動する。
そのまま拳を握り生まれて初めての左ジャブを叩き込む。
「さぁここから俺の冒険が始まるのだっ!」
バンッ!!!!
凄まじい衝撃によって健一郎の拳を中心にビッグボヤードの肉体が波をうつ。
瞬間、そこには最初から何もいなかったようにビッグボヤードは跡形もなく爆散した。
残ったのは拳を突き出したまま呆然とする健一郎と、周囲に飛び散る僅かな肉片と大量の血であった。
「おい、お前は一体何者だ!この森で何をしている!」
左手を握ったまま開く事ができない。心臓がドキドキする。
「おいっ!聞いているのか!?」
ハッとして振り返るとそこには緑色の布で鼻から下を隠した色白の男?が弓矢を向けて立っていた。
「お前は何者だ!冒険者か?なぜ全裸なんだ?答えろっ!」
男は弓矢で威嚇するとそう言う。
ん?ちょっとまて、耳が長くないか?
ま、ままま、まてまて…もちつくんだ俺!
こ、こいつあいつなんじゃないの!?
白い肌に尖った耳!弓矢を持って森にいる!
「エルフだっ!!!」
映画や漫画によく登場するエルフ!
異世界だよ!異世界!
すげーよ!
興奮したまま指差して叫んだ俺をエルフはキッと睨んで繰り返す。
「もう一度言う。お前は何者だ?何をしにこの森へ来た?なぜ全裸なんだ。」
「あぁ、待ってくれよ!まずはその弓矢を下ろしてくれない?んー…なんと言えばいいのか。気づいたらこの森にいて服は着てなかったんだ。自分でもおかしい事を言っているのはわかる!だが本当の事だ!」
さすがに別の世界から来たなんて信じて貰えないだろうし、まずは自分が敵じゃない事を信じて貰うしかないな。
俺は両手を上げて敵意がないことをアピールする。
ふっ…生前は恥ずかしくて見せる事はなかった息子も今はヘラクレス級だ!
いくらでも見るがいいっ!
「…んん。あまり信用はできないが、とりあえずこれを腰に巻け。で、今の一撃は何をした?ビッグボヤードがあんな狩られ方をするのは見た事がない。魔法を使った様でもなかったが…。」
クリスは肩にかけていたバッグの中からバスタオルほどのサイズの布を取り出して健一郎へと手渡す。
クリスは内心おかしいと思っていた。
この不審な男にではなく、自分に。
エルフは頭がいい。
それは他者を簡単に信用せず、常に先を考えて行動する事が「生き延びる」という事に最も大切だと知っているからだ。
他種族からは慈悲がない。仲間になるには難しいと言われるが、それは美しい種族であるが故に人攫いによって奴隷や売春に巻き込まれる事が多く、自分を守る為に簡単に多種族を信用してはいけないというエルフの昔からの教えなのだ。
だが、この男はなぜか悪い人間ではない気がする。
注意は必要だがまずは話を聞いてやろう。もし戦闘になったとしても俺は負けない。
そう、クリスは三つあるエルフ族の中でも名の通った実力者なのだ。
「魔法…じゃないと思う。自分でもわからないんだ。あ、これありがとう!それとホントに申し訳ないんだけど近くに村とかあれば案内できないですかね?」
健一朗は昔から優しい人間である。
虫すら殺せない。まさにその通りなのだ。
断る事ができない。困ってる人を見過ごせない。
この性格のおかげで何度も損をしてきたが、健一朗はそれでもいいと思っていた。それが自分の運命なのだと。
だが生まれ変わった健一朗のステータスには恐るべきスキルが備わっていた。
この世界の神は善人を見捨てたりはしないのだ。