ゴーヤちゃんぷるーで死ぬ男
冷たい風が駅のホームを通り抜ける。
長い残業を終え、独り終電を待つ冴えない男の姿があった。
この男の名前は佐々木健一郎。20歳。
善人である。
冴えない顔に160センチという男としては絶望的な身長。
もちろん彼女なんていたこともない。童貞である。
「はぁ…疲れた。今日は早く帰ってゲームするつもりだったのに…。あのハゲ!スケルトンみたいな頭しやがって!なにが『佐々木君?どーせ一緒に夕飯食べる人なんていないだろ?』だ!」
俺は電車を待ちながら空を見上げる。
はぁ…こんな日々が一生続くのかな…。
深い溜め息をつきながら目線を下ろすと、同時にもうすぐ電車が到着する事を報せるアナウンスが聞こえてきた。
その時少し離れたところで女性の悲鳴が上がった。
「ああっ!!?ゆう君!!で、電車が、電車が来てしまうわ!誰か!誰か助けてぇー!」
どうやら子供が線路に落ちた様だ。
おいおい…あぶねーな。ちゃんと手握ってた?お母さんしっかりしようよ。
しゃーねーな…駅員さんが来るまで時間かかるだろうし、サッと助けてやるか!
俺は荷物をその場に置いて線路へ飛び降りた。
「うぇぇぇん!痛いよー!ママー!」
そこには足を挫いたのか足首を抑えて泣き喚くジャージを着たおっさんがいた。
はぁぁぁぁ??なにこいつ!?おっさんじゃん!!
あ、いやよく見たら俺と同い年くらいか?
てゆーかママって…
じゃねーよ、自分で起き上がれよ!!
「おい…あんた大丈夫?立てそう?」
とりあえず動けるか声をかける。
電車は近づいてきてるんだ。ぐずぐずしてたら俺も死んでしまう。こんなデブと心中なんてごめんだ!
「足を挫いたでござる!すまぬが肩を貸してくれぬか?キリッ!」
キリッ!
じゃねーよ!いきなり侍になってんじゃねーよ!
ムカつくデブだが笑いのセンスは抜群だな!
デブが差し出した手を掴み、肩を貸してやる。
重いな此奴!くそ!早く上がらなきゃ…
俺がホームを見上げると、デブの母上と駅員さんが手を伸ばしている。此奴を先に上げるしかねぇな。
やべぇぞ!電車はもうすぐそこだ!
「おい、先に上げるぞ!駅員さん、お母さん、引っ張って!早く!電車が来ちまう!」
「無理でござる!足が届かないでござるよ!拙者、さきの戦で足を…」
「うるせぇ!さっさと上がれ!ホントに死んじまうぞっ!」
「早く!ゆう君!頑張って!今日はゆう君の好きなハンバーグにするからっ!」
「ホント!?ゴーヤーちゃんぷるーは嫌だからね!?」
デブは夕飯がハンバーグに変更になったのを確認すると、凄まじい脚力でホームに飛び上がった。
デブの母上は涙を流しながらデブを抱きしめると、涙ながらに言い放った。
「ええ!好き嫌いはダメだけど今日はハンバーグにしてあげちゃうわ!ゴーヤーちゃんぷるーが嫌だからって線路に飛び込んじゃダメよ!」
は?
え…事故で落ちたんじゃなく?
「君っ!早く!…上がっ…!!な!…」
駅員さんの声は最後まで聞き取る事はできなかった。
こうして、俺、佐々木健一郎は死んだ。