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痕跡

ナターシャは健一郎を見送った後、自室の椅子に腰掛けていた。

昨日から落ち着かない。


「ナターシャによろしく伝えてくれだと?ふざけるなよ…。」


クリスがまだここにいる。


まだあいつは旅立つ事ができていない。



本棚に立て掛けている写真に目を向ける。

そこにはジハーマドと仏頂面の自分、微笑む青年が写っている。


テーブルの上にあるコップを手に取り、そっと口をつける。

毎日の様に口にする紅茶は、冷めており嘘のように味がわからない。

ダメだな。いかん…感情的になってしまう。


ふぅっとため息を吐いた後、ナターシャは立ち上がる。


まずは目先の問題を解決しなくては。



弓を手にしたナターシャは外に出る。

その瞳は森を見つめていた。









ーーーーーー-------





「さっき話した通りにしてくれりゃ問題ないさ。健一郎はスライム以外の魔物の対処を頼むよ。」



あれから健一郎はヘス達と共に森へと出発していた。


村からしばらく歩き、クリスと別れた湖の横道をヘス、健一郎を含む二十名ほどの村民と進む。

空は快晴。鳥の鳴き声が木霊し、心地よい風も吹いている。


「スライムか…まさかこんな手強かったなんて。まてよ、俺が目指す戦士にとっちゃ天敵じゃないか…。」


あれからヘスとジハーマドに付与魔法の使い方を習おうとしたんだが、全然ダメだった。

まず、魔力の込め方なんて知らんし。

身体の中にある魔力を感じろとか…もう笑いそうになるんだけど。


ジハーマドが言うには魔法適性がかなり低いのかもしれないって話だけど。



とりあえず、スライムに遭遇したら俺は援護。

どうやら魔物は群れるらしいからスライム以外の魔物がいたらそいつらの相手をしてくれって事らしい。


ふふ…俺にはこのトロルの戦斧がある。

くぅ〜狂戦士みたいでカッコいい〜。



「大丈夫か?なんかニヤニヤ気持ち悪いぞ…。」


ヘスは眉間にシワを寄せながら俺の顔を覗き見る。


「うるさいな…こんな顔なんだよ。」


「ははは、すまんすまん。」




ヘスの笑い声を聞きながら周囲を見渡す。

他のエルフ達も健一郎とヘスの会話を聞いていたのだろう、クスクスと笑っている。


なんか…いいなこういうの。


健一郎は元の世界の事を考えていた。

職場じゃボロクソ使われて、同僚にはそれが会社だって言われて、家に帰ってもゲームしかない生活。

学生の頃以来かもしれないな…こんな気分。



「ヘス!これを見てくれっ!」



その時、左側にいたエルフが声を上げた。


ヘスは一度だけ手を上げるとエルフ達は足を止めて、警戒する様に手に矢を握る。


呼び止めたエルフに近寄ると、足元には紫色のネバネバした液体が水溜まりを作っていた。


「これは…。触るなよ、ポーションに限りがある。最悪だな…厄介な奴のようだ。」


ヘスはため息を吐きながらぽつりと呟く。


「え、何このネバネバ。気持ち悪いし臭いんだけど。」


紫色の液体は、プツプツと泡を吹き出しながら周囲の草を変色させている。酷い臭い。





「ポイズンスライムだ。しかも上位種かもしれない。」


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