譚40 山間部の攻防と少年 其の一
● 譚40 山間部の攻防と少年 其の一
襲撃が始まるまでの間に、部長と色んな話をした。
廃村を出てから丸一日ほどの時間があったもんだから、かなり多くの話をする事が出来た。
空を飛んで移動した時には、それほど距離があるとは感じてなかったのだけれど、さすがに山道を馬車で移動するとなると、倍どころの距離では済まなかったようだ。国境付近にまで移動するのに随分と手間も時間も掛かっていた。
今の状況を例えるならば、富士山の山頂へ赴くのに、ヘリコプターで向かった時と、徒歩で向かった時と、掛かった時間を比べる様な感覚だ。
ルルカは疲れからか、僕の傍に寄り添いながらすやすやと眠っていた。セルムスの式典で受けた傷が完全に癒えてないのだから無理もない。でも、そのおかげか、横やりが入る事無く部長との話は進んだ。
感覚で言うと八話分くらいはあったんじゃないかと思うけれど、正しくは良く分からなかった。もう一話分あったような、無かったような……。
その中で、僕が一番驚いた事は、部長が『もう一人の僕』の存在を言い当てた事だった。
「あすか少年。キミは今、多重人格になっているんじゃないかな?」
もうすぐ国境となる荒れた山道を移動している最中、部長はそう言った。
一瞬、喉元にナイフを突き付けられたような、そんな気分に陥ったのだけれど、僕はゆっくりと頷いてから、それまでの経緯を部長に話した。
ジージの村で起こった事。
ヒメ先輩の砦で起こった事。
あと、セルムス公国の式典で大立ち回りをやってのけた事。
それらの事を包み隠さず話した。
だって、この人に隠し事をしても仕方ないじゃないか。この人を信じられないと言うのなら、いったい誰を信じれば良いのか? この異世界で僕のよすがとなるものはもう何もない。自らが築いたブラーネスの僅かな人脈でさえ、頼る事は出来なくなってしまったのだから。
僕はまるで懺悔でもするかのように、事細かに部長に話していた。
全てを話し切ると、部長は「ふむ」と頷いてから、その意図について話し始めた。
「そいつはね、キミの防衛本能が生み出した化け物なんだよ」
なんだか重要そうな事をあっけらかんと言ってのけるのは、いかにも部長らしいと安心した。しかし――、
「防衛本能――って、どういう事ですか?」
さすがに意味が分からずストレートに聞き返すと、部長はすぐさま呆れたかのように言い返して来た。
「どうもこうも、全く言葉通りの意味さ」
自分だけが分かって話を進めるのは、やはり部長らしいと再度安心した。が、やはり、意味が分からないのは、如何ともし難い。
「いや、脈絡なさ過ぎて、さっぱり分かんないんですけど」
まるでツッコミのように僕が切り返すと、部長はさも仕方ないと言うように、口を開いた。
「じゃぁ、逆に聞くけど、キミは『四大原素』は何の為に、この世にあると思うんだい?」
「何の為に――ですか?」
「そう、何の為に――だよ」
部長は楽しげに笑う。
僕は、考えるでも無く答えを告げた。
「それは、兵器にする為――ですよね?」
「はーい正解――」
――他に何があります? と、尋ねる前に、部長は残念そうに眉根を下げて正解を告げた。もしかして、もっと悩んであげた方が良かったのだろうか? 僕が呆れて罪悪感を芽生えさせていると、部長はあとの言葉を続けた。
「――もっと正確に言うと、屈強な兵士とする為だけどね」
難癖付けたようなうんちくが追加された。やはり、すぐに正解されたのが面白くなかったようだ。
分かりました。次は少しくらい悩みますよ。勘弁してください。
「――屈強ですか?」
僕が間を開けてそう切り返すと、
「そうだよ。ではもう一つ聞くけど、キミが初めて『赤』の能力を発動させた時、どんな気分だった?」
質問を重ねてくる。
僕はジージの村での事を思い出して言った。
「どんな――って、そりゃぁめちゃくちゃに困惑しましたよ。いきなり訳の分からない能力が発動したんですから、そりゃぁ怖くてビビりまくりでしたね。その上、理不尽な理由で殺されそうにもなってましたし、それにその――」
僕は、僅かに躊躇ってから、
「――人を殺したのも初めてでしたし」
その答えに、部長は「うん」と満足げに頷くと、更に続けた。
「じゃぁ、今度は、ヒメの所で『赤』が発動した時だ。その時はどんな気分だった?」
「ヒメ先輩の所で――ですか?」
『さっき一つと言ってませんでしたっけ?』と、ツッコミたいのを我慢しながら、僕は、逃げ惑う兵士達を思い出して答えた。
「あの時は……確か、めちゃくちゃに怒りの感情が湧き上がって来て……それから痛いほど耳鳴りがして、そのあと、『かわれ』って、もう一人が出てきて――」
「恐怖を感じたりはしなかったかい?」
被せるように部長が尋ねて来る。
僕は、もう一度あの時を思い浮かべると、
「そう言えば、恐怖は感じてなかったですね。むしろゲームでもやってるような、そんな、俯瞰した感覚でしたよ」
その答えに、部長は大いに満足すると、
「うん、そうだね。つまり、それが答えだよ」
「それが答えって……、全然意味分かんないんですけど……」
僕が即切り返すと、部長も即、
「相変わらず、キミは察しが悪いなぁ。仕方ないから説明してあげるけど、二度は言わないからちゃんと理解するんだよ」
そう言って、楽し気に笑ってみせた。
この時、僕は『この人、僕を困惑させて楽しんでいるんだな』と、察した。
そう言う事であるのなら、下手なツッコミはやらない方が良いだろう。経験上、部長がへそを曲げて拗ねてしまうと、口を利いてくれなくなる恐れが存外にしてある。そうなると、僕ごときでは手のつけようがなくなってしまう。ここは大人しく言う事に従っておく方が無難だ。きっと僕は、この世界で一番察しの良い人間だと思う。少なくとも部長に関しては、ゆるぎなき金メダリストだと思う。
――はーっくしょいっ!!
その時、御者台から、大きなくしゃみの音が聞こえた。声音の質からすると、ラルバ君だろうか?
部長は構わず話を続けた。
「恐怖を感じる兵士と、感じない兵士とでは、もちろん感じない兵士の方が強いに決まっているよね。人間は感情に左右される生き物だ。恐怖と言う感情をコントロールできずに力を発揮できないどころか、自我を崩壊させる者までいるからね――」
はい。長くなるので、部長の話を端折ってまとめると以下のようになる。
――――――
四大原素の『根幹』は良質な軍隊を作る為の、言わば兵士増産装置である。
『根幹』を持つ者のみが本体たる『源流』となり『複製』と呼ばれる眷属を作る事が出来る。
『複製』は特殊能力を得る代わりに『源流』の命令に従うようになる。また、その際、恐怖に臆さぬよう感情を抑制する機能が備わる。
ただし、この抑制機能は、過度のストレスに晒された場合、自我を分裂させ、もう一つの人格を形成する傾向がある。そして、その人格は『狂乱化』である事が多い。
以上、まとめ終了。
――――――
「つまり、その機能の為に、僕の中に『赤』が生まれたって訳ですか?」
尋ねると、部長は何て事の無いように返事をした。
「そうだね、そういう事になるね」
その答えを聞いて僕は言葉を続ける。
「でもそんな、曖昧な事で別人格が生まれるとか――兵器としては危なっかしいですね。ストレスに思う事なんて、日常生活の中にもいっぱいあるじゃないですか」
本心から嫌悪してそう口にすると、
「そうだね。だからハビリアでは、適性があるかどうか見極めてから、訓練を施して耐性を上げ、更に、これを持たされるんだよ――」
そう言うと部長は手に持っていた錫杖を持ち上げて見せた。
「錫杖ですか?」
僕が疑問を口にすると、部長は説明を始めた。
「そうさ。この錫杖からは、常に精神を安定させる波動が出ているんだ。例えるならば、胎児にクラシック音楽を聴かせるようなモノさ。これは古いタイプのものだからかなり大きくなってるけど、今ではロザリアくらいの大きさになっているんだ。近衛の隊士たちは、皆、首からこれを掛けて持っているんだよ。でも、ボクにはこれが一番しっくり来ていてね」
部長はそこまで言うと、ごそごそとポケットを探り、
「丁度良いからキミにも渡しておこうか。生まれてしまった人格が消える事は無いけれど、多少は従順になってくれると思うよ」
部長は僕にそう言い置くと、赤い宝石の付いたロザリオをくれた。
ロザリオ――とここでは言っているが、実際の物は十字架ではなく星を象ったモノらしい。丁度ガン〇ムの持ってる盾の飾りみたいだと思って貰えれば良い。鎖では無く革紐で出来たそれを首に掛けると、何となくざわついた気分が落ち着いたような気がした。
「試しに『赤』を発動させてごらんよ」
部長に促され、言われるままに『赤』に話しかける。
すると、頭の中で『赤』が返事をし、面倒くせぇなぁ的な事を言って、能力を解放した。
左手の先から順に赤い光が身体を覆っていく。と、いつもなら半分で止まる赤い光が、右側にも届き、最後には全身を覆って滲んでいた。
「うん、良いね。安定しているようだ。じゃ、そのまま立って手を上げてみようか」
部長は満足して次の指示をしてくる。
「こうですか?」
また、言われるままに立ち上がって手を上げてみる。と、部長は、
「うん、良いね。じゃぁ、今度は左手を振り下ろしてみて」
「?」
何だか意味のある指示には思えないのだが、言うとおりにしてみると、
ゴォォォォォオォ――――――ン
轟音が響き、それと共に、左手で何かを打ち消した感触があり、馬車の幌が吹き飛んで空が見えていた。
何が起こったか分からない。あまりにも唐突過ぎて、放心したまま固まる僕。
「おお、さすがは『消滅』の左手。良いね良いね」
部長は一人喜んでいる。と、
「はい、ボーっとしてないで、次来るよ~」
と、今度は錫杖を振り回して、僕の態勢を強制的に変え始めた。
左腕が錫杖に打ち上げられ、二撃目をタイミング良く受け止めて打ち消す。
足元を掬われて、宙返りする間に三撃目を受け止めて打ち消す。
まるで、強制的にブレイクダンスを踊らされるかのように、四撃目、五撃目と打ち消したあと、僕は、部長にめちゃくちゃにされた格好で荷台に突っ伏した。
部長は、すっくと立ち上がると、服の埃を払いつつ言った。
「さて、お客さんの挨拶も済んだみたいだし、ボクたちも外に出て、お出迎えしてあげようじゃないか」
そう言って荷台から飛び降りる。
その言葉を、僕はこんがらがった態勢のまま聞いた。
起き上がってから良く見ると、僕たちは挟み撃ちにされていた。前後に五人ずつ敵は立ち塞がり、僕たちの逃げ場を押さえていた。
右側は切り立った岩壁。左側は底の見えない断崖絶壁。近衛の者たちは、皆、既に、戦闘態勢を取って構えていた。
部長が言う。
「あぁ、ごめん。そう言えば、キミには『未来予知』が無かったんだったね。失敬失敬」
絶対ワザとだろ! と僕は思った。
数秒後、敵は一斉に襲い掛かって来たのだった。




