譚39 ラルバ・アスマンの女難 其の三
● 譚39 ラルバ・アスマンの女難 其の三
シノ・マガミと二人、昂った気持ちを切り替えると、ラルバは、何者かの近付く気配を感じて身構えた。
まだ、新手が潜んで居たのかと思い身構えたのだが、シノ・マガミが制するように腕を抑えたので、強張っていた力を抜いた。
大丈夫だと首を振ったシノ・マガミが、背後に向かい言葉を発する。
「戦況はどうだい?」
その言葉に促され、女の声が聞こえて来る。
「はい。ネル・ミレーヌ猊下に向けられた刺客は、シノクラ隊によって捕らえられました」
リノ・パタートの声だった。
いつの間にか扉の脇に立っていた彼女は、普段では見られない真面目な表情で声を発していた。
報告は、まだ続く。
「主犯格の一人、バルク・オミットは、ハッシュが取り押さえましたが、もう一人のモーリアス・ブリッジは、残念ながら――」
「逃がしたのかい?」
シノ・マガミが確認すると、
「――いえ、既に事切れておりました」
その言葉に、シノ・マガミは小さく驚くと、質問を重ねた。
「死因は?」
「おそらく【毒】によるものと思われます。種類までは、まだ、特定できておりませんが、間違いはないかと」
淡々とした口調だった。
「……【毒】だって? 」
報告を聞き終えたシノ・マガミは、驚いたままの表情で呟いた。
その時、二人の会話を傍で聞いていたラルバは、シノ・マガミと食事をしていた、あの時の事を思い出していた。正確には酔って愚痴られたあの時だ。
確か、バルク・オミットとは、定例会議の最中に、信者たちの事を『下賤な者』と呼んだ愚か者の事だと聞いた。酔っぱらったシノ・マガミが『あんなのが国の重鎮とは信じられないよ!』と、何度も繰り返し言っていたので覚えている。
もう一人のモーリアス・ブリッジも、同じ時に聞いていた。こちらは、黒幕として目を付けた、と、言っていたはずだった。
その黒幕が毒で死んだとなると……。
ラルバは考えを纏めると、素直にその思いを口にする。
「本当の黒幕は別にいる。と、言う事でしょうか?」
すると、シノ・マガミは、不貞腐れたかのように告げる。
「――いいや。モーリアス・ブリッジが黒幕なのは明らかだよ。彼こそが、今回、ハビリアに混乱を招いた張本人さ。金と人の流れを調べた時でも、全てが彼を示していたから間違いないよ」
それを聞いたラルバは眉根を寄せると、疑問に満ちた声で尋ねる。
「それでは、いったい、誰がモーリアス・ブリッジを殺したんでしょうか? まさか追い詰められて自殺――なんて事はないですよね?」
その言葉に、
「あぁ、もちろん無いね」
シノ・マガミはきっぱりと言い切ると、続けた。
「定例会議でのモーリアス・ブリッジは一戦やる気満々だったよ。たとえ追い詰められたとしても自殺するような玉には見えなかったしね――仮に、君が言ったように、別の黒幕が彼の上に居たのだとしても、今、この時点で彼を始末するのは、時期尚早だ。腐っても彼は元老院の一員だし、むしろ彼の威厳の所為で、ボクたちは手を拱いている程なんだからね。それを、処分するなんてとんでもない。彼ほどの地位を持つ代わりの者がすぐに見つかるとは思えないし、いるとも思えないよ」
シノ・マガミは言い終えると大きな溜め息をついた。敵としては厄介だが、その存在は認めている。そんな感じだった。しかし、あまりにもはっきりとした溜め息が聞こえた為、ラルバは質問を繰り返した。
「では、何をそんなに気にしてるんですか?」
すると、シノ・マガミは、また溜め息をついてから、
「ボクが気になっているのは、どうして彼が【毒】で殺されたのかって事だよ」
「【毒】……ですか?」ラルバは首を傾げると、
「暗殺に【毒】が使われるなんて、良くある手ですよね?」
それを聞いてシノ・マガミは「そうだよ」と頷くと、ラルバを見据え、
「だったら、どうして、ボクたちには直接襲撃をして、【毒】を使わなかったんだと思う?」
質問口調で問いかけて来た。
意味が分からない、ラルバは、いったい、これの何がおかしいんだろう? と、思うだけだった。毒を使うのも、直接手を下すのも、どちらも殺す事に変わりない。シノ・マガミは、何をそんなに気に掛けるのか? 分からない。そう思うだけだった。
「すみません。どうして【毒】にこだわるのか、オレには良く分からんのですが……」
申し訳なさそうに尋ねると、シノ・マガミは仕方ないと表情を作ってから答えた。
「それはね、暗殺の手段に、統一性が無くなった事を気にしてるんだよ」
「統一性……ですか?」
「そう、統一性さ。他国に使う暗殺と違い、内部的圧力に使う暗殺では、基本的に同じ方法を選ぶものなんだよ。その方が成功率も上がるし、関連性が強調されて周囲への脅迫にもなるんだ。それは、敵の方も分かっていて、今までそうやって来てたはずなんだ。ほら、思い出してごらんよ」
シノ・マガミはラルバに促すと、
「ボクがテコ入れする前のハビリアはどうだった? その所為で、酷く荒んでたんじゃなかったのかい?」
そう言われて、ラルバは『なるほど』と思った。あの頃は一体誰を信用して良いのか分からなくて、シノ・マガミに対しても猜疑心を持って当たったほどだった。まだ一ヶ月ほどしかったっていないのに、既に懐かしく感じてしまっている。改めてラルバは彼女の事を尊敬し直した。
シノ・マガミは続ける。
「失敗した訳でも無いのに、成功例のあるその方法を止め、別々の方法を取るなんてありえないよ。実際、ボクたちには襲撃と言う手段を選んでる訳だし。こちらもそのつもりでいたから【毒】を盛れないほど警戒していた訳でも無い。少なくともボクには毒を盛るチャンスなんて、いくらでもあったはずさ。ワザワザ目立つように高いレストランまで予約したんだから、先回りして手を打つ事だって出来たはずだ。まぁ結局部屋に戻るまで襲ってこなかったから、拍子抜けしちゃったけどね」
ラルバは、あぁ、それで食事に誘われたのかと、少し残念に思った。シノ・マガミは元より同席させるつもりでいたのだと知り、あの時、高揚した自分を、少し寂しく思った。
シノ・マガミはまだ続ける。
「ちょっと面倒くさいけど、いつ襲撃されても良いように、解毒の魔法を使って酔いを醒ましながら飲み食いしてたんだよ。せっかくの高いワインも解毒魔法のお陰ですぐに醒めちゃうから、結局、何本も飲む羽目になった訳だしね。大損だよ。おいしかったけど」
あぁ、それで襲撃者が来た時には意識がしっかりしていたのかと、ラルバは気付いた。同時に、そこは、何本も飲む必要がなかったのでは? と思ったが、言わないで置いた。おいしかったのなら良い事だ。
シノ・マガミは更に続ける。
「ちょっと話が逸れたけど、そういった理由からも、今回の件は納得いかないんだよ。それこそ、君の言う別の黒幕じゃなくて、新たな勢力が横槍を入れて来たのかとしか思えなくてさ――」
そこでふと、シノ・マガミは言葉を止めると、そのまま動かなくなった。
一点を見つめ、黙り込んだ姿は、まるで時を止めたかのように固まっていた。
あまりに長い時間、動かなくなったシノ・マガミに対し、ラルバが「どうかしましたか?」と心配して声を掛けると、ようやく彼女は、何かに気付いたように顔を上げて呟いた。
「もしかしたら、ボクはとんでもない勘違いをしていたのかも知れない――」
そう呟くと、シノ・マガミは、すぐさま、リノ・パタートの名を呼んだ。
彼女が「はい」と返事をすると、シノ・マガミは、
「モーリアス・ブリッジの遺体は、どうなっている?」
早口で尋ねた。
その問い掛けに、リノ・パタートは、
「はい。師団長への襲撃がまだのようでしたので、そのままにしておくようにと、ミルには申し付けておきましたが」
と、また、淡々とした口調で答えた。その言葉に、シノ・マガミは大いに満足すると、
「ありがとう。上出来だ」
と、リノ・パタートを褒めてから、ラルバに振り向いて言った。
「とりあえず、現況を確認しに行こうか。モーリアス・ブリッジの遺体には、きっと何かの取っ掛かりがあるだろうし、もちろん、手伝ってくれるよね」
そう言ってポンとラルバの肩を叩くと、返事も聞かず、部屋の扉を出て行った。
肩を叩かれたラルバは、
「説明くらいはしてくれるんでしょうね」
と、口にしてから、連なるようその後を追いかけたのだった。
◇◇◇
その後、モーリアス・ブリッジの検分を済ませたシノ・マガミは、一つの仮説を立てて話してくれた。
その内容は、モーリアス・ブリッジを殺した犯人の目的が、ハビリアを乗っ取る事にあるのではなく、情勢不安を煽る事にあったのだ。と、言う内容だった。
その仮説では、犯人が、裏工作を行っていたモーリアス・ブリッジに目を付けて、彼を支援するように見せかけながら、騒ぎに便乗したのだろうと言っていた。
その証拠として、ハビリアで起こっていた事件のところどころで、一貫性の無い事件が混じっている事が挙げられた。もしかしたら、モーリアス・ブリッジも、自分と同じように覇権を求める誰かが暗躍しているのだと思い込んで、混乱していたのかも知れない。とも言っていた。
どうして犯人がそのような事を起こしたかと言うと、推測でしかないという前置きを付けてから、シノ・マガミは、セルムス公国の内情に、ハビリアを関与させない為の足止めであろうと告げた。
数年前より始まった、セルムス公国とラスタニア王国の戦争は、依然継続中で、その中で、幾度か『赤の死神』の出現情報が流れていた。
全て誤報と言う報告ではあったが、それはセルムス公国が一方的に言っているだけであって、本来、行うべきであるハビリアの独自調査は行えていなかった。
飛躍的に発展した魔導人形の技術とも相まって、おそらくは百年前に行方知れずとなった『四大原素』に関わる何かをセルムスが知っているのではないかと推測はできたが、その頃からハビリアには情勢不安が燻ぶり始めた為、人手の余裕を割けないまま疑惑は立ち消えてしまったのだった。
この後、疑問に思われていた【毒】の種類も判明した。
その種類は意外な事にツグサの【毒】で、自然にあるツグサの成分よりも、十倍の効果を持っている事が分かった。つまり、今まで四~五日かけて表れていた【毒】の効果が、僅か半日ほどで現れるようになったと言う訳だ。
シノ・マガミ曰く、異世界には『抽出』という、その成分のみを取り出す方法があるらしく、そういった方法を、セルムスが発見したのではないかと言う事だった。
ツグサの毒は解毒魔法が効かない為に厄介で、それが、半日までに短縮されると無視できないものとなり、きっと、モーリアス・ブリッジも気付かぬままに衰弱し、息を引き取ったのではないか? と、言う推測が立った。
その為、この日を境に、近衛全隊士に、解毒薬となるメリダの花の種を携帯するように通達された。
色々と考察がなされたが、シノ・マガミは、モーリアス・ブリッジが殺されたのは、黒幕が他にいるのだと思わせるための妨害工作だったと結論付け、
「――何にせよ、ようやく、本当の敵が見えたと言う事だね」
と、怒りを含んだ少し怖いくらいの笑顔を見せた。
まだ予測の域を出ないが、セルムス公国に何かがあるのは間違いないと笑ったのだ。
◇◇◇
襲撃事件から明けて翌日。ラルバは、元老院の重鎮二名を欠いたハビリアは、新たな混迷を招くのでは無いかと懸念していたのだが、それは、杞憂に終わった。
何故かと言うと、シノ・マガミが重鎮二名の失態よりも先に、御使い様の顕現を大々的に公表してしまったからだった。
その事は、当初こそ疑われもしたが、御使い様としてお目見えした少女が、息を呑むほどの人間離れした容貌の持ち主だった為に、瞬く間に噂は広がり、尾ひれが付いた効果もあって、皆、疑う余地のないまま事実を受け入れてしまったのだった。
集団催眠効果と言うらしい。
最終的には国を挙げての歴史的事象となる出来事の横で、明かされた真相など、如何に元老院の重鎮二名が起こした失態と言えど、取るに足らない事と認識されてしまい、うやむやの内に忘れ去られる事となった。
シノ・マガミ曰く「簡単な情報操作の一つだよ」だそうだ。
今はまだ、国を立て直すのに必死ですと、敵に見せかける為にも、必要なのだそうだ。
そうまでしてうやむやにした事実の調査を進めていく中で、一人の女が姿を晦ましてしている事が分かった。その女は、上位階級者の執務室などを清掃する係の近侍の者で、ラルバにしても会話を交わした事のある女だった。
シノ・マガミの執務室で書類と格闘していたラルバに対し、名札を変えて貰う方が良いのでは、と、笑ったあの女だ。
その事に気付いて憤慨したラルバだったが、シノ・マガミは、
「そこまで特定出来たならやりようはあるさ」
と、ラルバの肩を叩いて不穏な笑みを浮かべた。
その笑顔に手解きされ、やらされたのが、未来予知を過去に向けて使用し、追跡すると言う地道な追跡方法だった。
過去に向けて未来を見るなどややこしい事この上ないので、ラルバは『過去視』と呼ぶ事にした。
なんでも、異世界には『サイコメトリー』と言う、残留思念を探って追跡する特殊な方法があるらしく、その方法から発想を得て考案したのがこの『過去視』なのだそうだ。
方法自体はさほど難しいものではなく、当該人物の立ち寄った場所で、過去の時点から『未来予知』を発動し、その人物の次の行動を把握、もしくは、予測すると言うものであった。いわゆる、聞き込み調査を『過去視』で代用する方法である。
しかし、この『過去視』は、当該人物の立ち寄った時間が不明瞭であったり、行動予測が間違っていたりすると空振りする事も多く、最初からやり直した方が早いと言う事も少なからずあった。
そうやって、ラルバが地道な努力を重ねた結果、手に入れたのが、セルムス公国に当該する人物が潜伏すると言う情報だった。
期間にして一年弱。その間にハビリアでは大規模な行政改革が行われ、併せて人事の調整も行われた。
まず、反対勢力の居なくなった定例会議で教皇制度の導入が決議されると、もちろん、全会一致で可決された。
ただし、元老院制度は廃止ではなく、教皇聖下への補佐を行う機関として調整される事となり、それに伴い、シノ・マガミは特務隊長の地位のみを残し、自由に動けるようにと、枢機卿統括代行の任を返上、近衛師団長の地位は、カイ・シノクラを後任に推して退いた。
その件に対し、カイ・シノクラは、
「シノ・マガミ殿を差し置いて、師団長の地位に就くなど畏れ多い」
と、任官を拒否したが、シノ・マガミが一言、
「ふーん……ボクが推薦してるのに断るんだ」
と、笑顔を見せると、額に汗を浮かべ、
「慎んで拝命いたします」
と、畏まっていた。
ラルバも同様に、副師団長の地位を返上すると、特務隊副隊長の任を慎んで拝命する事になった。
そして現在――。
――セルムス公国との紆余曲折を経て、足掛け百年、ハビリアを悩ませていた敵の尻尾を、ついに捕らえたのであった。
その尻尾たる、石像と化した女を運ぶべく、ラルバは荷馬車の手綱を取る。
ハビリアの高等技術で浮かんだ荷馬車は振動もなく、スルスルと瓦礫を気にせず進んでいく。
しばらく進んでいると、隣に座っていたリノ・パタートが暇を持て余したのか話しかけて来た。
「あの男の子、いったい何者なんですかね。なんか隊長と親し気でしたし、それに、当然のように 膝枕 もされてましたよね。もしかして隊長の元彼ってヤツですかね?」
その言葉に、ラルバは意識的に無視を決め込んでいると、リノパタートはラルバの顔を覗き込んで、
「あれ、気にならないんですか? こちらとしては『俺の女に手を出すな!』くらいの気概を見せてもらいたかったのですが」
と、調子よく煽り始めた。
それを聞いたラルバは不機嫌に、
「誰が、俺の女だ。隊長とはそんな関係ではないといつも言ってるだろうが」
と、言葉を返す。と、リノ・パタートは、
「え~あんなに激しく、隊長と抱き合ったのにですか?」
と、ワザとらしく驚いて言葉を吐いた。
眼前に開かれた掌までもがワザとらしくニギニギと数回動く。
あの夜、リノ・パタートは、元老院二名の身柄確保と、ネル・ミレーヌの護衛、両方の指揮を取っていた。そして、モーリアス・ブリッジの異変に気付くと、シノ・マガミに報告と指示を仰ぎに赴いたのだが、丁度その時、グリム・ホーデンの襲撃に遭遇した為、近くで待機していたのだった。
つまりは、あの時の一部始終をしっかりと見られていたと言う事である。
既に一年も前の事を、まだ、ほじくり返すのかと、ラルバは眉間にしわを寄せると、
「だから、あれは作戦の為に隊長の指示でだな――」
と、自らの正当性を訴えた。
「またまた~結構ノリノリだったじゃないですか――」
すぐさま、楽し気に語るリノ・パタートの声が返って来る。
ラルバは、きっと一生言われ続けるのだろうなと思いながら、女と言う生き物のを不条理さを嘆くのであった。
この後、死闘を繰り広げる事になる彼らには、まだ少し、時間に猶予があるようだった。




