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名も無き者達の英雄譚  作者: たかはらナント
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譚36 暗躍者の焦燥

 ● 譚36 暗躍者の焦燥



 シノ・マガミ代行より突然、元老院制度の廃止、及び、教皇制度の導入を提議された定例会議は、正に混迷とも呼べる様相を呈した。


 ある者は横暴だと喚き立て、ある者は改変の混乱性を(さと)し、ある者は黙して語らなかった。


 その中で、酷く憤りを感じている人物が一人居た。暗躍者だ。

 もちろん表面には(おくび)にも出さないが、その内情はしっかりと、シノ・マガミの事を敵として認識していた。


 ハビリアにおいての元老院は、七人の枢機卿から成り立ち、国家としての最終的な意思決定権を持つ。

 基本的に、枢機卿それぞれの権限は同じとされており、多数決ではなく、全会一致を以って決議がなされていたのだが、ここ数百年の間に、統括と呼ばれる役職が生まれ、暗黙の(うち)に最も影響力の強い者がその座に就くようになっていた。

 つまりは、全会一致とは(いえど)も、妥協や脅迫と呼ばれる行為が存在したと言う事だ。


 そしてこの時期、統括の座に就いていたのは、ネル・ミレーヌ枢機卿であり、その影響力は、御年百歳を越えても継続し、揺るぎを見せなかった。


 忌々しい。さっさと退陣してくれれば良いものを――。


 密かに、統括の座を狙っていた暗躍者は、綿密な計画を企てると、尻尾を掴ませぬように、その影響力をじわじわと周囲から削り取っていった。

 買収と脅迫、時には暗殺を繰り返し、ようやく、影響力の最たる近衛師団の中枢に、楔を仕込む事に成功すると、仕上げとして、ネル統括が病床に伏している事を理由に退陣を勧め、自身が後釜として、その座に就く算段だった。


 しかし――。


 突如として現れた小娘に、覆されてしまった。

 楔を仕込んだ事に気を許し、取るに足らない小娘だと油断していた。

 死に損ないの老獪が寄越した悪足掻きだと侮っていた。


 老獪が寄越した小娘は、一部隊を増やす事を容認しただけで、信頼関係の崩れた近衛師団を再編成して立て直し、楔に至る繋がりを絶ち切ってしまった。

 しかも、その絶たれた繋がりを逆に利用され、師団長と言う名の元に求心する事で、全ての情報が集まるように仕向けてきた。

 それと同時に、実力者であったカイ・シノクラとも対峙し、手玉に取る姿を見せ付けると、名実共に無視できない存在として、その名を知らしめてしまった。


 数週間と言う短い期間の中、近衛師団を再建、掌握した手腕は、今や、病床の淵から支持を出していた、老獪の影響力をも越える程に思われた。


 暗躍者は、どうしてこうなった、と、臍を噛んだのだった。

 あと少しで、念願が成就できたはずなのに、と、煮え湯を飲んだのだった。


 シノ・マガミは既に次の手を打ってきていた。それが、今回、定義された元老院制度の廃止と教皇制度の導入である。


 ざわついた者達を、咳払い一つで静めたシノ・マガミは、威厳を纏いながら口を開いた。マズい、既に貫禄も出ている。


 「皆さんはお忘れのようなので、私の口から説明致しますが、元々は、この元老院制度自体が、我らの神、及び、教皇不在時における臨時の代行組織であったはずなのです。神の代理たる“御使い様”が顕現された今、速やかに教皇の座を準備し、意思決定権をお渡しするのが、正しき道ではないでしょうか?」


 シノ・マガミは、開口一番「御使い様が顕現しました」と宣言した。そして今、話した通りの、説明の言葉を添え付けた。

 他の者を圧倒するべく並べられた言葉は、シノ・マガミの存在感を遺憾なく発揮し、周囲を委縮させるに至った。


 シノ・マガミの思惑は既に知れた。

 曖昧な独裁を続ける元老院を立て直すよりも、確固たる教皇制度を立ち上げて、傀儡政治を行おうとしているのだ。

 もしや、自らが教皇を名乗り出るかとも考えたが、そんな愚行は犯さないであろうと判断した。それだと大義名分が無くなるからだ。


 何か手を打たなければ。

 暗躍者は苛立ちを覚えると、対抗策を考える。

 このままでは元老院制度を潰されるだけに留まらず、自身の権限をも無力化されてしまう勢いだ。


 平静を装いながらも、暗躍者は、相手の手の内を探るべく質問を投げ掛けた。


 「御使い様が顕現なされたと申されましても、鵜呑みにする訳にも行かぬでしょう。シノ・マガミ代行は何をもってその証とされたのですかな?」


 その問い掛けに、シノ・マガミはもう一度咳払いで威圧すると、周囲を睨みつけてから堂々と答えたのだった。


 「既に一年ほど前の話になりますが、我が国と隣接する、クリストフ辺境伯領内の山間の村にて、一閃の霹靂と共に一人の少女が顕現しております。その少女は顕現の際、青白き光を纏っており、目撃した信者の話では、ハビリア教典第一節三十四項に記された『天使の降臨』の内容と合致していたと、申しております」


 その言葉に、室内はざわめき立った。


 ハビリアと国境の近い周辺国では、国家としてだけでなく、宗教としてのハビリアを崇拝する者も多く存在し、司祭を宣教師として派遣したりもしていた。

 中には村を興し、布教活動を行う熱心な信者達もいるほどだった。


 今の話を一般の村人が話していたのであれば、眉唾物と一笑に出来るのだが、こと信者の証言であるならば、無視できない話となる。

 敬虔(けいけん)な彼らが、嘘を吐く理由がない上に、逆に嘘を吐いていたとするならば、我らが神を冒涜したと、彼ら自身が制裁を加えるからだ。

 証言自体は信じるに値するのだが、かといって、素直に認める訳には行かない。認めれば、全て、シノ・マガミの思う壺である。


 ざわめきの中、シノ・マガミは言葉を重ねた。


 「もちろん、それだけが理由ではありません。私が御使い様と確信した一番の理由は、その少女が洗礼を受けていないにも関わらず、神の力を振るった経緯にあります。信者たちが目撃した内容によりますと、両掌から青白き光が揺らぎ出で、身の丈ほどもある岩を軽々と投げ飛ばしたと証言しております。この事は、ハビリア教典第二節三項に記された『蒼白の神獣』の内容に相違ないと判断致しました」


 シノ・マガミが言い終えると、室内は、更にざわついた。


 『蒼白の神獣』は教典内に置いて、確かに『神よりの使い』として記されてはいるのだが、今の話では、信者の目撃以外、他の証拠が何もない。

 たったそれだけの事で御使い様だと言い張るのかと、皆、訝しんでいたのだ。


 「まさか、そのような下賤な者の戯言のみで、御使い様だと申されるのか」


 思わず、暴言をこぼした愚か者がいた。


 この言葉を耳にした暗躍者は、その言い草はマズいと思った。

 案の定、シノ・マガミは怒気の籠った言葉で噛みついて来た。


 「下賤な者とは如何様な物言いか! 我らが神の前では皆等しく平等、我々の職務は役割を果たすための名称であって、身分を分ける敬称ではない! 左様な事すらお忘れか!」


 暴言をこぼした枢機卿は、シノ・マガミの迫力に気圧されて、小さくなってしまった。完全に相手の思惑に嵌っている。このままでは威圧ついでに話を纏められる可能性もある。


 ――仕方ない。


 暗躍者はそう思うと、助け船を出した。


 「まぁまぁ、シノ・マガミ代行も落ち着き下さい。彼も悪気があって口にしたわけではないでしょう。かような 言葉の綾 を責め立てては、委縮して自由な発言を妨げるやも知れません。寛容な態度を見せるのも、我々聖人の務めではありませんか?」


 なぜ、この私が、機嫌取りのような事をせねばならぬのか? 暗躍者は内心、はらわたの煮えくり返りそうな思いを我慢しながらも窘めると、シノ・マガミは、


 「その、聖人たる者にも見せた寛容が、ハビリアをこのような事態にまで追い込んだのではないのですか?」


 威圧を含めてきっぱりと言い切った。

 つまりは元老院を担う者達、全ての気の緩みが、ハビリアを腐らせたと言っているのだ。


 容赦なしか。と、暗躍者は思う。シノ・マガミは多少強引にでも威圧で押し切ろうとしているのだ。

 この手は、過去に何度となく使われて来た、脅迫の手だ。相手を恐怖で支配して賛同させる。カイ・シノクラ小隊を手玉に取った事が、こんなところまで効いているのだ。その証拠に誰の口からも反論する言葉は出て来ない。


本当に忌々しい小娘だ。


 ならばこちらとしては、何としても、この場での決議を阻止しなければならない。多少なりとも日数を稼げれば、いくらでも対策が打てる。

 そう考えると、暗躍者は言葉を選びながら口を開いた。


 「シノ・マガミ代行の仰りたい事は、この私も身につまされる思いです。が、それとこれとは別の話。こと、神の話となるのであれば、我々も慎重にならざるを得ないでしょう。特に『蒼白の神獣』に関しては、身体強化の魔法とも酷似しており、やはり、鵜呑みにする訳には参りません。事実確認の時間を戴くとして、決議は次回以降に持ち越してはいかがでしょうか?」


 多少の言い含みを残して口にしてみたが、シノ・マガミがこれに食い付いて来るのであれば、同じ穴の狢と叩くだけ。食い付かないにしても、それならそれで、決議を伸ばして時間稼ぎが出来る。こちらとして損は無い。


 暗躍者は思う。自身なら、三対七で後者を選ぶと。


 「良いでしょう。採決は次回の定例会議で行うと致しましょう。」


 案の定、シノ・マガミも後者を選んだ。なかなかどうして、若いのに抑えるべきところは抑えて来る。これが味方であれば頼もしい事この上ないのだが……残念な事に今は最大の障壁となっている。


 シノ・マガミの一言に、全員が弛緩した空気になる。とりあえず時間が出来たのだ、対策さえ取れれば、如何様にも対応できる。


 その時、シノ・マガミが一言付け加えた。


 「あぁ、そう。お伝え忘れていましたが、御使い様の御体は、既に近衛の精鋭達がお守り致しておりますので、どうぞご安心を」


 つまりは、御使い様の暗殺を企んでも無駄だとの警告だ。


 ふん、小娘が――。


 暗躍者は、焦燥感を覚えながらも、数ある手の内のどれで反撃するかを、迷うのであった。




2021.4.28

一部消失していた部分を見つけたので、修正しました。

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