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名も無き者達の英雄譚  作者: たかはらナント
35/42

譚34 眞上紫乃 後編

 ● 譚34 眞上紫乃 後編



 撮影と称した異世界転移の準備はすでに整っていた。


 パソコンで調べた黒魔術をベースとした独自の転移魔法陣は、前日までに既に屋上に施してあって、あとは雷雲がやって来るのを待つだけだった。


 本来であればカメラなどの撮影機材は特に必要なかったのだが、撮影と宣言した以上、要らないとは言い出せず、汗水たらして運んでくれたあすか少年には申し訳なく思ったが、未来予知で見た映像には特に影響があるようには映っていなかったので、内緒にしたまま準備をしてもらっていた。


 ムダ骨折らせてごめんよ。


 落雷が発生して魔法陣が発動すれば、その瞬間に時間が止まる。その間に空間に出来た歪の中へ自らの足で入り込めば、襟章に仕込んでおいた誘導用の魔法陣が発動して、自動的にボクを元の世界へと誘う手筈だ。

 もちろん部員の皆には影響が及ばないように防護の魔法陣が同時に発動するようになっている。

 その為にも時間を止めるのだ。

 空間の歪が閉じるまでの間、魔法陣は効果を持続して、皆を守ってくれることだろう。

 再び時間が動き出した時には、ボク一人が、その場から消え失せたように見えるはず。

 きっと大騒ぎになるんだろうな。なんせ今まで一緒にいたと言う目撃者が三人もいる事になるのだから。

 ボクの中の『道化』がクツクツと笑った。


 思えば、この世界に転移してきてから三年もの日々が過ぎた。

 最初の一年半は様々な事が不慣れで四苦八苦したけれど、それらの日々も今となっては懐かしい思い出となった。


 『辛い事を辛いと思うから辛いんだよ。辛い事でも辛くないと思えば案外辛くないものだよ』


 ネルの言っていた言葉が頭に浮かんでくる。

 今更ではあるが、確かにその通りかもしれない。

 全てが当てはまるとは言わないが、実際こうして感慨に耽る事が出来ると言う事は、その当時を懐かしんでいるという証明であり、決して悪い思い出ではなかったと言う事だ。

 人格が分裂し始めた時は本当にどうなるのかと恐怖したけれど、そう言った事柄も含めて懐かしく思うのだから、ネルの言った通り、その時は辛いと思っていた事も、案外辛い事ではなかったと証明されてしまった訳だ。


 暗雲が立ち込めて日の光を閉ざしていった。風の勢いが増してきて、すぐ近くに雷鳴が聞こえてくるようになった。


 未来予知で見た、雷の落ちる時刻まであと三分。


 本当は、部員の皆に『さようなら』を言いたかった。

 本当は、楽しい日々をくれて『ありがとう』と言いたかった。

 君達と出会えてからの最後の数か月は、血生臭い日々しか送って来なかったこのボクにとっては、贅沢過ぎるくらいの楽しい日々だった。


 ヒメにはちょっと悪い事をした。出会った当初『道化』のボクの度が過ぎて、あんな大声でヒメを泣かせてしまった。それでもボクを慕ってくれたヒメは、田舎で別れたきりの妹を思い出させてくれた。


 タカに関しては、努力が報われて良かったと思ってる。ボクもニホン語にはかなり苦労させられたから、決して他人事には思えなかった。

 まだ少しおかしな点がある事は否めないが、それは今後の君が、更なる努力で乗り越えてくれると信じている。


 あすか少年は、一番付き合いが短かったけれど『道化』のボクがかなり君を気に入っていて、随分度を過ぎてからかってしまった。

 でもそれはお互い様で良いのかな? そのおかげで君もボクの胸元をチラ見出来ていたのだから悪い気分ではなかっただろ?

 台本の設定で書き直させた魔法の呪文は、ボクの世界で実際に使われている呪文なのだから、理論が破綻していると叩かれる事も無いだろう。今後の君の創作活動にでも役立ってくれると嬉しいな。


 予定の時刻まであと十五秒。不確定要素を減らす為に撮影を始める演技をする。


 九、八、七、


 六「君達、一発勝負だ、気合を入れろ!」五、


 四、三、


 二「シーン四十七。アクション!」一、


 カチン(ゼロ)!



 カチンコを鳴らしたその瞬間、時間が静止した。

 目の前の光景は、落雷による光で真っ白になっていて、まるで何もない世界に飛び込んだようだった。

 その中で、はっきりと見えるものが四つある。

 防護の魔法陣に守られた部員達の三つの姿と、裂けたように真っ黒な空間の歪。


 もう、感慨に耽る時間はお終いだ。訣別の決心は先ほど済ませた。あとはこの歪の中に足を踏み入れれば、ボクは元の世界へと帰るのだ。


 そうしてボクが空間の歪へと足を向けた時、ゾワリと嫌な気配がした。


 その方に目を向けると、空間の歪から巨大な腕が伸びて来て、歪の淵に手を掛けた。


 悲鳴を上げるような、不快な音が歪から聞こえる。


 歪の淵を掴むべく、もう一本真っ黒な腕が伸びて来る。


 ボクはその腕をハッキリと見た事があった。近衛の仲間と戦った、その真っ黒な腕の持ち主――



 『黒の悪魔』



 まだ空間の歪を彷徨っていたのか!


 『黒の悪魔』は歪から抜け出そうとしているのか、その穴を広げに掛かっていた。

よほど無理に空間を広げているのだろう、ヤツが力を入れる度に、不快な音を発しながらメキメキと空間が軋んだ。


 こんなヤツを外に出しては大惨事になる。

 ボクはグッと拳を握ると、急いで身体強化の魔法を唱えた。


 「我、光の神に願う、強靭で速やかなる形骸を与え賜らん事を」

   ――ジ・アルティメイタム・フィーロ――


 歪の淵を掴むヤツの腕を目掛けて攻撃を開始した。


 先程まで見ていた未来予知の映像だと、こんな事態は見えなかった。どうして『黒の悪魔』が絡んでくると、こうも未来予知が外れるのだ。

 もしかして『黒』の能力で、未来予知を阻害する力が備わっているのだろうか?

 悔しいがそう思っておいた方が賢明だろう。これだけ未来予知が外れるのだから、こいつ相手の時には使わないくらいの方が、隙が出来ずに済む。

 ボクは考えを纏めると、悪魔の腕に攻撃を重ねていった。


 しかし、身体強化で出来る攻撃と言えば殴る蹴るくらいしかない。

 これだけ巨大な相手だと、身体強化をいくら駆使しても、さして影響を与えているとは思えない。現に数発殴った程度では、指が淵から剥がれるかどうかだった。


 ――仕方ない。


 ボクは意を決すると、以前から考えていた奥の手の準備に取り掛かった。


 この世界でも攻撃魔法が使えるようにと考案していた必殺の技。

 自殺志願の『泣き虫』の行動からヒントを得た必殺の技。

 試した事は無かったが、理論上では確かに可能であり、使用後に多少の不自由を被るものの、現状での最大の一撃が放てる必殺の技。

 急いでその準備に取り掛かる。


 ヤツにとっても、空間の歪を広げると言う行為は容易ではなかったのだろう未だ体の半分どころか顔すらも出せないでいた。

 だが、外側から見ていると徐々に亀裂が大きくなっているのが分かる。時間の問題だったと言えばそうかも知れない。

 『装填』の仕込みを終えると、ボクは硬化の魔法を右腕に追加した。


 「我、光の神に願う、何物をも打ち砕かん鋼の意思を貫かん事を」

   ――グラン・ハーディエスト・ビータ――


 身体強化の魔法は既に掛かっているので、これで準備は完了した。時間の問題はこちらの勝ちだ。

 指先まで伸ばしたボクの右腕は槍のように尖っていて、突き刺す事を前提としていた。

 ボクの狙いはヤツの眼だ。歪の穴を広げようと顔を覗かせたその瞬間に、槍となった右腕をその眼に突き立てる。

 そして、ものの見事にそれは成功し、ボクの右腕は深々と『黒の悪魔』の右目に突き刺さった。

 しかし、これで終わりではない。これだけだと、ただ刺しただけだ。必殺技と呼ぶにはあまりにも貧弱過ぎる。

 この直後、ボクは『装填』で仕込んでおいた全ての魔法を発動させた。それと同時にこっちの世界で覚えたエイガの台詞を口にする。


 「地獄へ帰んなベイビー!」


 今のは『道化』の僕が現れた結果だ。


 ボクが『装填』に仕込んでおいた魔法は二つ。それを三対二の割合で仕込んである。


 一つ目は、割合三、爆破の魔法。

 もちろん体外では発動しないので、負傷を承知で腕の内部で発動させる。更に硬化魔法で鋼のように固くなっていた右腕を爆発させるのだから、炸裂した固い肉片は、手榴弾のような効果を伴って、悪魔の内部でその威力を遺憾なく発揮させた。

 硬化の魔法を追加したのはこの為でもあったのだ。


 この時点で、顔の半分以上を吹き飛ばされた悪魔がのた打ち回る。これでもまだ動くヤツの底力に腹が立った。


 そして二つ目、割合二。回復の魔法。

 同時に発動させたので、爆発で失ったボクの右腕が戻っていく。飛び散った肉片が、逆再生のように集まってきて元の形へと復元していく。

 右腕のダメージだけではなく、自らの肉片を浴びて傷ついた身体のダメージも、回復魔法のお陰で奇麗に治っていった。

 つまり、ボクが行ったのは自身の腕を爆弾に仕立てた、修復機能付きの神風特攻だったのだ。

 かなりの痛みを伴う自爆技だったが、大成功と言えるだろう。似たような事を五年間も繰り返し修練していた甲斐が有ったという訳だ。そのおかげで、爆発の痛みに襲われた時に正気を失わずに済んだのだ。

 だが、ヤツはまだ動いている。

 何度もやりたくは無いのだが、トドメのもう一発を準備し始める。


 頭部を破壊されたヤツは狂乱となり、歪の内部でのた打ち回った。

 しかし結果として、その行為が空間の歪を広げてしまったのだった。

 『黒の悪魔』との相性は、ほとほと悪いのだと思える。

 さらに悪い事は重なり、その時、魔法陣の効力がなくなって、時間が動き出してしまった。

 遅れて響いた落雷の轟音と共に空間の歪は吸引と修復を始め、ボクと保護していた部員達全てを歪の中に取り込んでしまった。


 ボクは、仲間たちを助けようともがいたが、襟章に仕込んでおいた魔法陣が発動してしまい、一人だけ、時空の奔流から離れてしまったのだった。



 ◇◇◇



 暗闇の中で、久しぶりに人格たちの落ち着かない声がした。

 うっすらと目を開けると、真っ青な空が見えた。

 上体を起こし周囲を見ると、屋根の上に転がっていて、黒の悪魔と戦った、あのハビリアの屋根から見た風景に似ていると思った。


 帰って来た……?


 あまりに人格たちが落ち着かないのでふと胸元に手をやると、ぶら下げていたはずの赤の根幹が無くなっている事に気が付いた。


 もしかして、あの時か!

 

 自爆技が発動した際、その技の性質から、自身も多くの肉片を喰らっていた。きっとその時、根幹をぶら下げていた紐を切ってしまったのだろう。

 くそっこれじゃ帰還した意味がない。

 度重なる失態の連続に失意のどん底に落とされる――。


 いや違う、気をしっかり持て、これは『泣き虫』の影響だ、まだそんなに悲観する状況ではない、少なくともハビリアへは帰還できたじゃないか。


 その証拠に、周りには既に幾人かのハビリアの近衛達が現れていて、ボクを取り囲んでいた。

 皆、錫杖を斜めに構え、いつでも戦闘に入れる態勢を取っている。


 目の前の、イケメンとでも呼ぶべき男がボクに命令した。


 「両手を上げてゆっくりと立て、妙な動きをすれば一斉に攻撃する」


 ボクが言われたとおりに両手を上げながらゆっくりと立ち上がると、男は間髪入れずに質問を投げかけて来た。


 「貴様いったい何者だ、何処から侵入してきた」


 きっとこういう経験が無いのだろう。焦っているのが見て取れる。せめてボクを拘束してから聞けばいいのに。

 そんな事を考えていると、


 トドメで『装填』してあった爆破の魔法が残ってるよ、使おうよ、ね、ね、きっと驚くよ。


 と、『道化』のボクが出しゃばって来る。

 出来る訳ないだろそんな事。


 ボクは『道化』を窘めると、仕方ないと思いながらも男の質問に答えるのだった。


 「ボクは近衛師団第一部隊所属のシノ・マガミ隊士だ。たった今、異次元の狭間から帰還した。速やかに師団長もしくは元老院に取り次いでもらいたいのだが」


 言い終えると、男は憤慨の兆しを見せる。


 「嘘を吐くな、貴様のような隊士の名は知らん。いったい何が目的だ!」

 「小隊長!」


 しかし、その憤慨はたった今、飛び込んで来た女隊士に耳打ちをされて打ち消される。男は困惑した表情を浮かべると、構えていた錫杖を下ろし、態度を一変させるのだった。


 「……元老院代表の枢機卿猊下がお会いになるそうだ。付いて来い」


 先程ボクが名乗りを上げた光景を、きっと上位階級の誰かが未来予知を使って見ていたのだろう。そのおかげで無駄なく話が進んだのだ。

 『狂人』のボクと同じタイミングで、男から憤りの漏れる声が聞こえた。


 くそっ。


 おいおい。敵かお前は?



 男に案内されるがまま長い廊下を歩いて行くと、上位階級者の宿舎へと案内された。

 てっきり、宮廷の広間か会議場にでも連れていかれるのだと思っていたが、全くの予想外だった。

 未来予知を使っていれば驚くことも無かったのだろうが、さっきから人格たちが落ち着かなくて使うのを躊躇っていたのだ。

 もし、未来予知を使っている最中に、人格たちの誰か一人でも現れてしまったら、それこそ多勢に無勢の大立ち回りになりかねない。さっきから『変われ』とか『驚くよ』とか騒ぐヤツが二人もいる。


 案内された部屋の中に入ると、真ん中には天蓋付きのベッドがあり、その上に、一人の老婆が身体を預けていた。

 男は老婆に対し「お連れしました」と一言告げると、一礼してから部屋を出て行った。

 侍女に介助されながら身を起こす老婆。その身体は痩せ細っていて、既に重い病魔に侵されているように見えた。

 元老院の代表とは聞いていたが、ボクの知っている枢機卿ではない。残念だが帰還するまでの間で、代替わりしてしまったのかもしれない。

 身体を起こした老婆は人払いを言いつけると、ボクと二人きりになってからようやく口を開いたのだった。



 「良く帰って来てくれたね、親友」



 その言葉に、ボクの思考は真っ白になった。あまりにも衝撃的過ぎて、目の前の光景が信じられなかった。いや、信じたくなかったのだ。だって、あっちとこっちの世界の両方合わせても、ボクの事を親友と呼ぶのは、たった一人しか居ないのだ。信じたくはない、でも、確認するしかなかった。



 「……ネル……なのか?」


 言葉を詰まらせながら確認すると、老婆は微笑みながら言葉を返した。


 「あぁ、そうだよ。君が帰って来るのが遅いから、お婆さんになってしまったじゃないか」


 「いや、でもその……」


 「あぁそうか、君はまだ知らないんだったね。今この世界は、君が歪に取り込まれたあの日から百年も経っているんだよ」


 未だ信じられなかった。

 あまりにも変わってしまった彼女の容貌は、病気の所為もあるのだろうが、当時の面影が一つも残っていなかった。

 でも、今見せてくれたその微笑みは、紛れもない、あの辛かった近衛見習い時代を支えてくれた太陽のような笑顔そのままだった。信じたくない。でもボクが間違えるはずがない。



 気が付けば、ボクはネルに縋って泣いていた。

 相手が病気だと言う事も忘れて力いっぱい抱きしめていた。

 痩せ衰えたネルの手がボクの頭を撫でてくれる。

 あまりもの泣き声に、隣室で控えていた侍女が慌てて駆け込んできたようだったが、ネルが再度人払いをしてくれたおかげで、その時のボクは気付かずに泣き続けた。

 どうしてこんな事になってしまったんだ。これじゃぁまるで浦島太郎みたいじゃないか。

 ボクはあっちの世界で知り得たお伽話を頭に浮かべ、悔し涙を流していた。




 ある程度ボクが落ち着くと、ネルが真剣な声で言った。


 「申し訳ないけど、シノ。君と昔話を語っていられるほど、私には時間が残されていないんだ。だから今から『根幹』を君に託す。君が居なかった百年分の記憶と世界の秘密を受け取ってくれ」


 ネルはそう言うと、二本の指を自身の額に添えた。するとその額から、白い宝石が浮かび上がってきて、ネルの添えた二本の指に貼り付いた。

 ネルはそのまま貼り付いた宝石をボクの額へと当てる。


 「ちょ、ネル。何を――」


 「大丈夫。動かないでくれ」


 ボクが躊躇うその内に、宝石はズブズブとボクの額へと沈んでいった。

 ネルは続けて言葉を発する。その言葉は魔法の呪文のようだった。


 「我、白き強者に命ずる。彼の者を主とし、彼の者に従えと」

   ――リィン・ドミニティア・コンタラート――


 その瞬間、頭の中に情報が流れて来た。パソコンから情報を得たあの時以上に、一気に情報が頭の中に書き込まれていった。


 あまりもの情報量に頭が爆発しそうになる。激しい痛みと吐き気が容赦なく襲い、ボクは呻きをあげながら、床を転げ回った。


 「済まないシノ。後は頼んだ」


 その言葉を区切りに、ボクの意識は遠のいて行った。





 それから、どのくらいの時間が経ったのだろうか? 目を覚ますと、質素だが品格のある部屋のベッドでボクは寝ていた。

 もしここに、若かりし頃のネルが居たならば、今までの事は全て夢だったと言われても信じられるくらいだった。

 だが、残念な事にその場にいたのは、帰還した時に()()()()()()()、あの男だった。

 彼は目覚めたボクに気が付くと神妙な面持ちでこう言った。


 「ネル様から貴様に従えと言われた。今、このハビリアで一番信頼のおける人物だとも言っておられた。本当に信用して良いんだろうな」


 寝覚めの一発になんて重たい台詞を吐いてくれる。どれだけ余裕が無いんだろうかこの男は。こんな台詞の後で「信用してくれて構わないよ」と言ったところで騙す気満々の詐欺師の台詞になってしまうじゃないか。

 しかし、こんな事も言いたくなる彼の気持ちもわかる。ネルから託された情報によると、今、ハビリアでは未遂も含め暗殺が横行しているのだ。その為、各上位階級者が疑心暗鬼に陥り、連携が機能しなくなっている。

 近衛としては胃に穴が開くほどの状況。下手をすると内乱にもなりかねない。

 ボクはその状況を鑑みると、彼に対して言葉を返した。


 「まぁ、少なくともネルには親友と呼ばれる程度には信頼してもらっているよ。しかし、今の質問の仕方だと、ネルをどれだけ信用してるのか君の底が分かってしまうよ――ええっと……名前何だっけ?」


 本当はネルから託された情報のお陰で彼の名前などとうに知っていたのだが、ここは印象付ける効果を狙ってワザと演出してみた。

 すると彼は苛立つように、


 「ラルバだ。ラルバ・アスマンだ」


 いい具合に血が上ってくれた。つくづく御しやすい。


 「そう、ラルバ君、例えばもし、ボクが敵だったとするならば、ラルバ君のその隙に付け入るだろうね。君の同僚に怪しい奴がいるとでも耳打ちすれば、君はその同僚を疑わずにはいられなくなるだろう。その上で、更に疑いの言葉を増やすのも良いし、同じように他の同僚に吹き込んでも良い。それだけで君たちの信頼関係はズタズタに出来るんだ。話を戻すと、先程のラルバ君の言葉からは、それほどまでに追い詰められている事が分かってしまうんだ。気を付けないとね」


 この言葉にラルバは黙り込んでしまった。それ程辛辣な事を言ったつもりではないのだが、彼には刺さるモノがあったようだ。感情的に言葉を吐かないように注意しただけのつもりだったが、彼は一丁前に悔しげに奥歯を噛んでいた。

 その様子を見て、ボクは括りの言葉を入れた。


 「まぁ忠告くらいはしてくれるんだと、その程度には信頼してくれて構わないよ。いくら上司の命令とは言え、こんなぽっと出のボクを頭から信頼されると、それはそれで危険だからね。ところでラルバ君」


 ボクは改めてラルバを見据えると少し唇を尖らせて言った。


 「ボクが気を失っているのを良い事に、いたずらなんてしてないだろうね」


 言うと同時に襟元を掴んで身体をよじって見せる。と、ラルバは顔を真っ赤にして


 「だ……だれが貴様のような小娘に手を出すか!」


 その言葉を聞くと、ボクはニタリと笑顔を作って言った。


 「おや、いったい何と勘違いしてるのかな? ボクは顔にいたずら書きをしてないかと聞いたつもりだったんだが――ねぇラルバ君。一体何と勘違いしたのかな?」


 「くっ……」


 握った拳をプルプルさせながら、ラルバは悔しそうに言葉を詰まらせていた。


 新しい『道化』のおもちゃが出来た瞬間だった。



 さて、彼の気分転換も済んだ所で。


 帰還したは良いが問題が山積みだと悟った。とにかく今、抱えてる状況を何とかしないと本当にハビリアが分裂してしまう。


 ひとまず、暗殺を手引きしてるヤツから何とかしていくか……。


 ボクはそう決心すると、頭の中で新しく知り得た情報を整理するのだった。




 そして、帰還から五日後。ボクに新しい役職が用意された。


 ハビリア聖教国、近衛師団長 兼 同近衛師団特務部隊長 兼 元老院枢機卿統括代行


 いったい何の冗談だと目眩がした。

 あっちの世界で言うならば、国防長官と情報局長官と臨時大統領を同時にやるようなものだ。ほぼ独裁者のような扱いに、ネルの根回しの手腕に恐れを抱いた。

 それと同時に新たな懸念が生まれる。


 これほどの手腕を見せるネルを相手に尻尾を見せないとなると……。


 敵は極めて狡猾な奴だと思い知る。

 ネルが命の灯を消す前に解決しなければ、ボクの権限は全て無くなってしまうのだ。

 そうなれば、ハビリアに内乱が起こり敵の思う壺となるだろう。


 『私には時間が残されていないんだ』


 そう言ったネルの言葉の重さがのしかかる。

 ボクの見た未来予知では、あと三年でネルがこの世を去る姿が見えていたのだった。





2021.4.16

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