譚33 眞上紫乃 中編
● 譚33 眞上紫乃 中編
瓦礫の中から助け出されたボクは、近くの チュウガク と呼ばれる避難所へと運ばれた。
幸いな事に奪還した赤色の『根幹』はしっかりと手に握られていて、失っていなかったことに安堵した。
避難所に運ばれて来る最中に、周囲の状況が見えたのだが、殆どの家屋が潰れ、瓦礫の山と化していた。どうやら、この地に ジシン と呼ばれる災害が発生し、多くの人が被害に見舞われたのだと知った。
空間の歪に取り込まれたボクは、丁度この ジシン の被害に紛れてしまったようだった。
延々と続く災害の傷痕に、ボクはまるで、ハビリアの歴史書に記されていた『悪夢の日』のような光景だと思い、身震いした。
ジシン とは、いったいどれほどの化け物が暴れたのだろうか?
ボクが知らない国に飛ばされた事は、聞いた事のない単語が出て来た事と、見た事のない民衆の衣服からも容易に想像できた。
でも、どうしてボクの言葉が相手に理解されないのかは納得いかないままだった。
相互に理解できないのならまだ分かる。辺境ではまだ方言が使われている土地だってあるのだから。
しかし、もし仮にそうだったとしても、言葉の波に魔法の力を合わせれば、意味が直接脳に伝わって、漠然とではあるが分かるはずなのだ。そのおかげでボクも ジシン という言葉が何なのか、漠然とだが知る事が出来ている。
けれど、いくらボクの言葉に魔法の力を乗せて話しても、相手には一向に伝わる気配がなかった。魔法力が全くない人間とでも話しているのだろうか? やはりこの現況には納得いかなかった。
避難所へと着いたボクは、教師をしていると言う若い女性に会い、話をする事になった。彼女は魔法を使っているようではなかったが、どうにかボクの言葉が理解できている様子だった。
ボクの話す全てを理解している訳ではなかったようなのだが、それでも情報を得るには十分に会話が成立したため、助かったと感謝した。
彼女の質問は『痛い所は無いですか?』とか『持病は無いですか?』のような、災害によって体に異変が無いかの質問から始まった。
その質問にボクは素直に答えていった。「特にない」と。
とりあえず今は素直に答えていって、こちらからも質問が出来るタイミングを伺うしかない。そう思って答えていたのだ。
だから、彼女から『何処から来たのですか?』と質問された時も、ボクは正直に答えた。
本来であれば、もう少し警戒して、信頼を得てから身分を明かしたかったのだが、ボクが近衛の制服を着ていた事と、彼女以外まともに話せる人物が居なかったことから、隠しても仕方がないと思って身分を明かしたのだ。
「ボクは、ハビリア聖教国、近衛師団第一部隊所属の シノ・マガミ 隊士だ。現在任務中の事故により、空間の歪に囚われ、見知らぬ土地へと転移してしまった。速やかに現在地の情報を提供いただければありがたい」
魔力の暴走により、僻地へと転移した例は過去にいくつかあった。だからボクもそのつもりで情報提供を求めたのだが、彼女は一旦黙り込んだ後、近くの男を呼びつけると、
「ねぇ、ハビリアってどこですかね?」
と、耳打ちをした。
ハ……ハビリアを知らないだと!? 世界最初の国家にして最古の国家ハビリアを知らぬとは、いったいどんな辺境まで飛ばされたのだ! まさか世界の果てと呼ばれる島国にまで飛ばされたのではあるまいな!?
ボクが驚いている最中、彼女達も会話を続けた。
「ハビリアねぇ……聞いた事無いなぁ」
「……じゃぁ、国じゃなくて都市の名前ですかね?」
「うーんどうでしょう? もしかして、ニホン語と呼び方が違うのかも知れませんね。ほら、カンコクって英語でコリアっていうじゃないですか、そんな感じで」
「あ、そうですね、そうかも知れませんね」
「なら、世界地図でも見せてこの辺とか示して貰えれば、何処か分かるんじゃないですか?」
「それいいですね。あ……でも今、ジシンでスマホ使えないですよ。どうしましょう……」
「あぁ、それなら、社会科室に世界地図がありましたから持って来ますよ」
そう言うと、男は部屋から出て行った。
彼女の愛想笑いを眺めつつ、待つ事五分。
男が持ち帰ったものを見てみると、訳が分からない絵が描かれた大きな紙だった。
これは何かと尋ねると、彼女はその絵を指し示しこう言った。
『あなたの国はどこですか? 世界地図に示して見せてください』
これが世界地図だって? 冗談言っちゃいけない。世界に大陸は一つだけしかない。いったい誰がこんな偽物を描いたのだ。
問い返すと、彼女は言葉が通じなかったのかと勘違いし、もう一度同じ言葉を吐いたのだった。
『あなたの国はどこですか? 世界地図に示して見せてください』
その時、嫌な予感が頭をよぎった。
ボクは慌てて外に出ると、空から世界を眺めるべく浮遊魔法を唱えた。
「我、風の神に願う、自由なる翼を与えんことを」
――ハイ・フローレスト・ニータ――
魔法が発動しない。
この状況が信じられなくて、もう一度呪文を唱える。
「我、風の神に願う、自由なる翼を与えんことを」
――ハイ・フローレスト・ニータ――
やはり体は僅かにも浮きはしなかった。
ボクは絶望にも似た感情を抱きながら空を仰いだ。
ようやく理解した。
どうして、聞いた事の無い単語が聞こえたのか。
どうして、言葉が通じなかったのか。
どうして、魔法が発動しないのか。
どうして、世界の形が違うのか。
ここまでくると認めざるを得ない。
ボクは異世界に来てしまったのだと。
飛び出したボクに驚いた彼女たちが追いかけて来た。
ボクは「宗教上の都合だ」と誤魔化して謝罪すると、彼女たちと共に部屋へと戻ったのだった。
こうなると、下手な事を言う訳には行かなくなった。常識の違いから迫害される事は多々あるのだ、同じ世界の国家間でも有り得るのだから、異世界ともなれば尚更だろう。今は言葉が通じないふりをして、適当にごまかすのが最善だろう。
この後、ボクは、配給された アンパン をかじりながら現状の分析と今後の事を考えた。
まずは神の力の事。
これに関しては問題なく使用できた。
左の『未来予知』も、右の『装填』も元の世界と同じく使用できた。ただ『装填』の方は、風の魔法などの放出系魔法に関しては、準備までは可能だが、発動した瞬間に効力が無くなってしまった。
この事から、体内でなら魔法を使用することは可能だと言う事が分かった。
難しく言ってしまったが、つまりは身体強化の魔法や、回復魔法を自身に使う程度ならば可能だと言う事だ。
次に言葉の事。
情報を集めるにあたり、言葉は重要な要素になる。
聞く方は理解出来ているのだから、話す方をどうにかすれば良いだけだ。
アイデアはある。
周囲にいる人の言葉を真似て発音すれば、とりあえず片言でも通じるのではと思っていたのだ。それを続けていれば、その内、普通に話せるようになるだろう。
試しに近くにいた老婆に試してみたら、狙い通り会話は成立したが、よほど暇だったのだろうか、どうでも良い話を延々と聞かされる羽目になりウンザリした。この一時間で知り得たことは、老婆の孫は可愛いと言う事だった。
最後に拠点の事。
現状、ジシンで崩壊したこの地に拠点を置くことは出来ない。
避難所に設置された テレビ と言う放映機能の付いた板を見る限りでは、ここ以外の土地は無事である事が分かったので、そちらに置いた方が良いだろうと判断した。
帰還の方法を探るにせよ、生活基盤を構築するにせよ、瓦礫だらけのこの地よりは活動もしやすいはずだ。
と、以上の事を踏まえた結果、翌朝起きてすぐ、ボクはこの地を離れる事にした。
教師のお姉さんや、孫自慢の老婆に、どこに行くのかと聞かれると色々と面倒なので、目を盗んでこっそりと出発した。
さて、ここからは、一つ一つを丁寧に話していくと、一週間かかっても話せそうにないので、ざっくりと要点だけを話そうと思う。
一日目。
身体強化を掛けてから走り続けていたら、夕方過ぎくらいに大きな街に着いた。看板を見るに ヤマトジ と言う街らしい。
まるで不夜城のような、眩い街中に見惚れていたら、壮年の男に見た事のない紙切れを三枚渡されたあと、付いて来いと言われたので、配給でもあるのかと後ろをついて行ったら、豪華な屋敷のその一室に入ったとたん、いきなり抱き着かれた。
何をするのかと驚いていたら、服を脱がされそうになったので、その男の腹と顎を思いっきり殴り飛ばしてやった。身体強化を解いてなくて良かったとつくづく思った。
まさかあんな身なりの良い男が追い剥ぎをしているとは微塵も思わなかった。異世界、恐るべしである。
一日目その夜。
追い剥ぎの男が渡してきた紙切れが、この世界の通貨だと気付いたのはそれから一時間後の事だった。どうせ見せ餌にでもしていたのだろう、いい気味だと思い使ってやることにする。
周囲の人の動きや話しに聞き耳を立てていると、大抵の事は情報として入って来る。
とりあえず今夜は ネットカフェ と言うところに泊まる事にする。
寝床の確保も目的の一つだが、一番の目的は パソコン と言う代物だった。パソコンを使えばありとあらゆる情報が入って来るとの事。これは試さない訳には行かないだろう。
入店方法などは事前に『未来予知』を発動する事で学習済みだ。身分証にしても ガクセイショウ なるモノを身体強化を駆使して精密に偽造してみたら、案外すんなりと使用する事が出来た。そうなれば後はもうこちらの物。ただひたすらパソコンを使って、世界中の情報を頭の中に叩き込んでいくだけだ。
魔法の力を使って見たモノを脳内に書き込んでいくので湯水のように情報が入って来る。ついでにハッキングという技術もこの時身に付いた。
三日目。
さすがにいつまでもネットカフェにいる訳にも行かず、先立つものを準備にかかる。
平たく言うとお金。丁寧に言うと貨幣。俗っぽく言うと現金だ。
これに関してはハッキングで銀行口座に直接振り込むと言う手もあったが、それだと足が付きそうな気がして止めておいた。
それよりも未来予知を使って確実に増える方法を実行する。ひとまず番号を予想する タカラクジ を買い、ある程度まとまった資金を作ったら、その後、その資金を全て一番値上がりする カブシキ に投資する。あとは何度かこの作業を繰り返せば、あっという間に活動資金が手に入るという寸法だ。
いくら儲けたかは言わない。節度のある金額とだけ思ってくれたらいい。どうせなくなりそうになったらまたやるだけの事だ。
五日目。
拠点を ネットカフェ から ウィークリーマンション に移す。
この頃になると、朧気ながら帰還の方法にも目途が立ってきた。
未来予知を発動させながらパソコンを使用していると、時折、なぜか重要だと思える情報に行き当たるようになった。その最たるものが オカルト と呼ばれるサイトの数々だった。
パソコンからの知識を得たことで、未来予知の精度が上がった為かは分からないが、ともかく左手で片目を抑えるのが面倒になったので、眼鏡を掛けてレンズ腰に反射した未来映像を映して未来を見るようになった。
……あれ?
面倒ってなんだ?
何でこんな事考えるようになっているんだ?
一日でも早く帰還しなきゃいけないのに面倒だなんて……。
パソコンのやりすぎで疲れているんだろうか?
まさか、これしきの事でボクが疲れるなんて、あの地獄の日々からしたら生温いにもほどがあるってもんだよ。
きっと気のせいだ。
うん。きっと気のせいだ……。
一月後。
暴力的衝動が時折抑えられなくなってきた。
さっきもコンビニに買い物に行ったとき、店員の男がボクの胸元をチラチラと見て来るのが鬱陶しくて思わず殴り殺してやろうかと思った。何とか踏みとどまってお釣りを受け取って帰って来れたけど、これじゃまるで麻薬中毒者だ。ひとまず暴力的衝動を抑える為に ネトゲ なるモノを始める。
半年後。
完全に別人格が現れた。既にボクの中で会話が成立するまでになっている。
産まれた別人格は三つ在り、それぞれを『狂人』『泣き虫』『道化』と呼ぶことにした。
全てを抑える事がかなりの負担になったので、一番害の少ない『道化』だけ自由にさせる事にした。
『狂人』は危なすぎ。普段から 殺す殺す を繰り返している。
『泣き虫』も違う意味で危なすぎ。こいつは隙あらば自殺しようとする。
なので消去法で『道化』を自由にさせてやる。こいつは人をからかいたくなるだけなので、まだ被害が少なくて済む。
出入り禁止になったネトゲがいくつかある程度だ。
一年後。
人格の分裂はこれ以上起こらなくなっていたが、その分それぞれの主張が激しくなってきていた。このままではもう一人、自由にしてやらなければボクの気力が持たない。
奪還した赤の『根幹』を眺めながら、こんな調子で無事帰還できるだろうかと悩み、眠りについてしまったところ、いつもは人格たちの落ち着かない声で目が覚めるのだが、その日に限って自然と目が覚めた。
いわゆる熟睡したと言うやつだ。
不思議に思い見てみると、丁度『根幹』を握りしめていた手が胸元に有ったので、もしやと思い『根幹』をペンダントにして胸元に下げたところ、それ以来、皆、穏やかになって大人しくしていた。
それでも『道化』だけはたまに顔を出してしまうのだが、あのネトゲで出入り禁止を喰らった時から比べたら随分と大人しくなったものだった。
一年半後。
とうとう帰還のとっかかりを掴むことが出来た。
未来予知の映像で、とある高校の屋上に雷を伴って時空の裂け目が発生する光景が見えた。
すぐさまその学校を調べ上げ、ハッキングを施し転校生に成りすます。
長い間拠点にしていたウィークリーマンションを引き払い、学校の近くにあるマンションを購入して次の拠点とした。
あとは、時空の裂け目が発生するその日まで、待ち続ければ良いだけだ。
だが、もちろん何もしない訳には行かない。多少の準備はいる。ボクの見立てた計算だと、時空の裂け目を引き寄せる為に、魔力を持った人間を三人用意し、しかも、こちらの世界でいう黒魔術のような配置に並べ、その時を迎えなければならないのだ。
こんな事、正直に話して協力してくれるような人間はいないだろう。ただでさえ、黒魔術染みた行為はオカルトと呼ばれ、一般人には敬遠されているような内容だ。さてどうしたものだろうか……。
そこで、ボクが思い付いたのが、映画研究部だった。
これならば、部員と称して魔力持ちの人間を留めることも出来るし、撮影と称して怪しまれず黒魔術めいた配置にすることも出来るだろう。
それともう一つ。今まで散々苦労して来たんだから多少は楽しんでも誰も咎めないだろう。せっかく異世界に来たんだから、こちらの文化を堪能してやろうじゃないか。きっとこんな事を考えるのは『道化』が自由にしている所為だとは感じるが、二度と体験できない現状を楽しんでも罰は当たらないだろうとボク自身も思った。
そして、その日から一年半。仲間集めも無事終了し、それなりに面白おかしく過ごした日々にさよならを告げる時が来た。
運命の八月一日。
まだまだ蝉の鳴き声がうるさい午後二時半
ボクは視聴覚準備室から見えた暗雲を未来予知の映像で確認した後、愛すべき部員たちに振り向いてこう告げた。
「君達、予定変更だ! 屋上での撮影に切り替える!」
ハビリアへ帰還する時が刻々と近付いていた。




