譚31 部長と少年
● 譚31 部長と少年
「今は、師匠と呼んだ方が良いかな?」
部長のいたずらっ子のような笑顔を浮かべたその言葉に、僕は混乱を隠せないでいた。
唐突な出来事に頭をフル回転させる。
ちょっと待て。今、部長が『師匠』って……。
まさか部長がルルカだったとかそんなオチなのか? さっきの雷撃でルルカが異世界に飛んだとか? で、その先が僕達の居た世界で――って……。
確かに漫画とかだとそんな展開になるモノもあったけど、部長とルルカじゃあまりに性格が違い過ぎやしませんか? 年齢に差が有るからその間に性格が変わったと考えられなくは無いけれど、いやいや、さすがにそれは……だって部長は部長でルルカはルルカで……。
思考が纏まらないでいると、おどけながら部長は続けた。
「もう少し様子を見ていたかったんだけどね、でもさすがに、これ以上は趣味じゃないから止めとくよ」
言い終わると、視線を頭上に移す部長。
僕もつられてその方向を見てみると、そこには、ふわふわと玉状になった風の魔法が浮かんでいた。
目を凝らしてよく見てみると、その中にルルカが包まれている事が分かる。
あ……。
身体から一気に力が抜けた。
安堵と同時に一気に緊張が解けた。
後悔や悲しみも一気に吹き飛んで、何でもない普通の言葉が頭に浮かんできた。
(……良かった。生きてた――)
嬉し涙がジンワリとこみあげて来る。
しかし、喜びもつかの間、力が抜けた事により忘れていた痛みが一気に襲ってくる。
僕が身体を抑えてその場に蹲ると、部長はいたずらっ子の笑顔を更に輝かせながら、
「おや? もしかして、大切なルルカちゃんが、異次元パラドックスでボクだったとでも思ったのかなぁ? ねぇ師匠。痛がってないで教えてよ。ねぇ師匠ってば——」
言い返せない……。
僕は、恥ずかしさを覚えると密かに嘆くのだった。
(あぁ、そう言えば、この人はこういう性格だった。こうやって他人をからかって遊ぶ人だった。しばらく離れていたのですっかり忘れていた)
この後、部長が大笑いしたのは言うまでもない。
種を明かせばこういう事になる。
飛び出したルルカを、雷撃が襲う瞬間に、部長の風の魔法がルルカを掬い上げ助けた。雷撃の閃光や轟音に紛れた為に、僕はルルカが上空へと逃れた事に気付けず、消え去ったと勘違いした。
そして部長が現れた時に、僕が思った以上に変な反応をしたのだろう、その事を察して部長はからかう事を思い付き、あんな紛らわしい言葉を言ったのだ。
単純な種ほど騙されやすいと奇術界では言うらしい。
いや、イリュージョンじゃないんだけどさ。
眞上紫乃=ルルカ展開かと思った方々ごめんなさい。僕もさっきまではそう思っていました。文句は天の人にでも言ってください。僕は聞かない。
風の魔法に包まれたルルカは自らも驚いたように目をぱちくりさせていた。
ゆっくりとルルカを降ろしながら部長は言う。
「ま、結果は未来予知で知ってはいたんだけどね。それでも毎回ドキドキもんだよ、時間が経てば精度が下がって来るからね」
なんか、すごい事をさらりと仰った気がする。未来予知? 聞かなかった事にした方が良いのだろうか?
ルルカは地面に足が付くと「師匠!」と泣きながら取りすがって来た。
僕はルルカが無事だった事に心底安堵し、このままお互いの無事を祝って思いっきりハグしてあげたかったのだけれども、さすがにこれは痛みが激しいと、空いた気管の穴から空気を漏らして痛みを訴えていると、
「仕方ない、その傷を何とかしようか」
と、部長がルルカをとりなして、拾って来た僕の左腕をくっつけながら、治癒の魔導具を使ってくれたのだった。
喉の傷が塞がっていき、肩に刺さっていた石の爪が抜けて消滅していく。
左腕が嘘のようにくっついて痛みがなくなり、同時に景色が歪むほどの激しい目眩に襲われた。
そう言えば、治癒の魔導具は反動が有るんだった。僕はディックがグニャグニャになっていた時の事を思い出していた。
さすがに身体を起こしていられなくなって地面に突っ伏すと、ルルカが慌てて僕を揺さぶってから、
「師匠に何をした!」
と、部長に食って掛かっていった。
説明するのが面倒だったのか、部長は、「えい」と再びルルカを風の魔法の中に押し込めると、
「色々と説明しなきゃいけない事はあるんだけどね、今は時間が無いんだ、我慢してくれよお嬢ちゃん」
と、肩をすくめた後、パチンと指を鳴らした。
すると、突然四人の人物が現れて、部長の背後にキレイに並んだ。男が二人、女が二人。皆、部長と同じ白い衣を身に纏っている。
部長はその者達が現れた事を感じると、振り返る事もせず命令を伝えた。
「リノとラルバは『黒』を積み込め。貴重な手掛かりだ、石化が解けないように注意しろ、ついでに魔力拘束も重複しておけ」
続けて、
「ミルとハッシュは周辺の警戒を継続、積み込み作業が終わり次第出発する」
部長が命令を伝え終えると、四人は返事もせずに散開し、それぞれの作業に入って行った。そして部長は、
「悪いが君達にも付いてきてもらうよ、あの子はあすか少年にとってだけじゃなく、ボク達にとっても重要な存在なんでね」
と、言いながら、何故だか僕に膝枕を施しつつ、
「今回の『黒』の捕獲はボク達にとっての重要事項だったんだ。だからこれは、あすか少年へのお礼だと思ってくれて構わないよ。作業が済むまでゆっくり堪能してくれたまえ」
と、そんな事を言いながら、未だ風の魔法に囚われているルルカに向かい、ひらひらと手を振っていた。
ルルカが喚きながら、その中で暴れているのが見えた。
絶対お礼じゃなく、ルルカをからかう為だと思った。
リノと呼ばれた女の人が何処からともなく冷蔵庫くらいの大きさの白い箱を用意して、その周囲に札のようなものを張り付けていた。
その中に、ラルバと呼ばれた男の人が、石化した『黒』を浮遊魔法で納めていた。
その光景を見ながら、僕は『黒』の女と戦闘を始めた時の事を思い出す。不意を突かれ喉を潰されたあの時の事だ。
そう言えば、今、部長がルルカに対して風の魔法を使った時、演唱の声が聞こえなかった。見ていた限り魔導具でもなさそうだし、もしかして無演唱魔法なのだろうか? もしそうだったら是非とも教えて貰いたい。今回のように、先に喉を潰されてしまったら、僕はまた『赤』の力に頼らざるを得なくなってしまう。
その旨を部長に伝えると、部長は少し思案してから「うんそうだね、とりあえず順に話して行こうか」と前置きしてから話し始めた。
「まず、大前提として覚えておいて欲しいのは、僕達には敵がいると言う事だ。それも戦争のように目に見える敵ではなく、暗躍して見えない敵と言う事だ。ボク達はこいつらの尻尾がなかなか掴めなくてね、今回、君のお陰でようやくその尻尾を捕える事が出来たと言う訳さ」
部長は今までにない真剣さを宿しながら言葉を続けた。
「この世界には四大原素と呼ばれる力があってね、それぞれが色と化け物の名前で表わされているんだ。君に宿っている『赤の死神』もその一つだね。この力は使いようによっては世界を滅亡に貶める程の力だと伝わっている。そして、その原素の根幹を管理するのが僕達ハビリアの役目だったという訳さ――」
部長の話は更に続いた。僕は部長に膝枕をされたままで話を聞き入っていた。
根幹を管理している宝物殿が襲撃されたのは、今から百年も前の話になる。
襲撃者はその途中で、奪った根幹の一つを使用し『黒の悪魔』へと変貌した。
ハビリアの近衛達は襲撃者を捕らえるべく戦ったが、その戦闘の所為で他の根幹が共鳴を起こしてしまい、その為、時空の歪みが発生して『黒の悪魔』共々、根幹は歪へと取り込まれてしまった。
その時、部長は何とか根幹の一つを取り戻したのだが、残念な事に同じく時空の歪へと取り込まれてしまい、僕達の居た世界に流れ着いたのだそうだ。
どうやって帰還までたどり着いたのかは、本人曰く、涙無くしては語れない苦難の道のりだったそうで、また後日ゆっくり聞かせてくれると言っていた。巻き込んで済まなかったと添えつけて。
この時、僕の中で新たな疑問が生まれた。部長っていったい何歳なんだろう? と。
ともあれ、それ以来『黒の悪魔』は、行方が分からなくなっているのだそうだ。
ちなみに、原素たる根幹には『源流』と呼ばれる本体と『複製』と呼ばれる眷属が居る。いわゆる、これが『黒』の女が言っていた 本物 と 偽物 に当たるのだが、眷属を作れるのは本体たる『源流』のみで『複製』からは眷属は作れない。
この辺りはバンパイアの設定と似た感じでいいかなと僕は思った。
そして今回、その『黒』の眷属たる『複製』を捕らえたと言う事は、『複製』を作った『源流』に近づいたと言う事になる。
ハビリアは百年越しにしてようやく『黒の悪魔』への糸口を掴んだのだった。
そこまで話が進んだ時、リノと呼ばれた女の人から準備が出来たと報告が入る。
「じゃ、続きは移動しながら話そうか」
部長はそう言うと、浮遊魔法を使って僕を馬車の荷台へと放り込んだ。幌の付いた二頭立ての馬車の荷台には、奥に『黒』を納めた白い箱が乗っていて、その手前に僕が放り込まれた形となる。もちろん無造作に。
ついでにルルカの拘束も解いた部長は、自らも荷台へと乗り込んだ。
拘束を解かれたルルカは部長に大きくアカンベーをすると、僕の隣に駆け込んできて、腕をギュ―――と掴んだのだった。
御者台にはリノとラルバが座り、その周囲を単騎の馬に乗ったミルとハッシュが護衛する。
ラルバが鞭を入れると、静かに馬車は動き出した。
浮遊の刻印魔法が荷台に施されているらしく、荷台には一応車輪がついているものの、地面とは接触せずに進むので、揺れなど一切感じず快適な乗り心地だった。これもハビリアの高等技術だと部長は言っていた。
ただ、ここから直接ハビリアへ向かうルートだと、クリストフ辺境伯領を横断する事になってしまう為、少し遠回りになるが、一旦、セルムス公国を経由してハビリアへ向かうらしい。
僕は、浮遊魔法で空を飛んで運んだ方が早くないかと提案してみたのだが、それだと遮蔽物が無い為に千里眼の魔法ですぐに見つかってしまうのだそうだ。
なので、セルムス公国で襲撃した後の僕達の行方も、すぐに把握できたと部長は言った。
戦闘機なんかが敵国へ攻め入る時、レーダーから発見されにくくする為に目標の近くまでは超低空飛行で近付くと聞いた事がある。中、短距離ミサイルも確かそんな動きをしたはずだ。結局、魔法であれ化学であれ、同じ人間が使うものだから結果も同じになるのかと一人納得した。
ただ残念な事に、この時既に、僕達は敵に見つかっていた。
仲間の奪還を目論んでいた敵は、そのチャンスを狙い、身を潜めていた。
そして、敵の襲撃が始まったのは、出発してからずい分経った、セルムスへの国境を越えた山道を進んでいる最中だった。
2021.4.3
誤字修正しました
2021.9.16
誤字修正しました




