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名も無き者達の英雄譚  作者: たかはらナント
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譚29 『黒』と少年

 ● 譚29 『黒』と少年



 セルムス公国から逃走した僕とルルカは、国境を越えた辺りで見つけた廃村に身を隠す事にした。


 その廃村は、野盗にでも襲われたのか、多くの建屋に燃やされた跡があったのだけれど、まともな建屋もまだ多くあったので、その中の一番マシと思える建屋を選んでルルカを寝かせた。

 落石があったとは思えなかったのだが、道の真ん中に大きな岩が鎮座したままになっていて、少し邪魔だと思った。


 建屋の中には草狸(くさたぬき)が住み着いていたが、晩飯に丁度良いと捕らえて捌くことにした。さすがに一年も斡旋所通いをしていると、数日を山の中で過ごす事もあったので、捕らえた獲物の捌き方も心得ていたのだ。


 日が落ちてくると、いくら春とは言え気温が下がって来る。

 部屋の真ん中にある囲炉裏のような石炉に薪を入れ、火を焚くと、ようやく空気が和らいで落ち着いた気分になった。

 僕がルルカに改めて回復魔法を掛け直すと、意識を取り戻したのか、ルルカが小さな呻きをあげた。


 「気が付いたかい?」


 声を掛けると、ルルカは小さく「はい」と答える。

 怒られるとでも思ったのだろうか、身を強張らせているのが分かった。


 セルムスでの襲撃の時、ルルカは『父様の仇』と言った。

 たった一人で人垣を乗り越えて、国家の一番偉い人物へ攻撃魔法を繰り出したのだ。

 これがどういう事か、鈍い僕でも想像できる。

 権力争いにルルカの父親は敗れたのだ。

 その敵討ちを果たす為、ルルカは僕に魔法を教わったのだ。


 よくよく考えれば、こんな小さな女の子に文字の読み書きが出来るのがおかしいと思わなければいけなかった。大の大人でさえ、カモにされるほど識字率が低い世界なのに。そんな事にさえ気付かずに、師匠と呼ばれ、有頂天になり、安易に魔法を教えてしまったのだ。

 つくづく僕はこの世界の常識を知らなさすぎる。

 取り返しのつかない事をしてしまったと後悔した。


 元の世界のように、出頭したからと言って、刑務所に入って罪を償うと言う事にはならないだろう。下手をすればその場で処刑されてしまうのがこの世界だ。それはジージの村での出来事で、既に身に染みていた。


 ならばこれからどうすれば良いのか? 逃げ回るにせよ二人でなのか一人でなのか、その選択で答えは大きく違ってくる。


 いずれにせよ、今はルルカの怪我を治さない事には何も決められない。ルルカが僕の秘密を聞いた時、逃げ出したいと思っても()()()()()()()()()僕としても辛いのだ。

 あのディックの時のように。置き去りにするしかなくなる。


 「――とりあえず、先に怪我を治そうか」


 結論を保留にして僕がそう言うと、ルルカは


 「怒らないんですか?」


 と、尋ねて来た。

 怒るも何も、怒るべき理由が僕にはない。

 そう思って戸惑っていると、


 「また師匠に嘘を吐きました。なのに怒らないんですか?」


 その言葉を聞いて、僕は『なんて重いものを背負っているのだろう』と素直に思った。

 だからそのままの気持ちをルルカに対して言ってみる。


 「ルルカは凄いね」


 続けて、


 「僕がルルカと同じ歳くらいの頃は、もっと遊んでばかりだったよ。だからルルカがどんな大変な思いを抱えていたか気付いてあげられなかった。ごめんよ。本当に僕は駄目な師匠だね」


 そう言って頭を撫でると、ルルカが身体を強張らせるのが分かった。

 僕は少しでもルルカの重荷を解ければと言葉を重ねた。


 「ルルカの怪我が治ったら、きちんと話をしようよ。僕もルルカに話していない事がいっぱい有るから、ちゃんと話すようにするよ。そしてお互いきちんと話せたら、今後の事を考えよう。だから、とりあえず、今はその怪我を治そうよ」


 するとルルカは撫でていた僕の手をギュッと掴んで離さなくなった。さすがに驚いて手を引き抜こうとしたけれど。ルルカの堪えていた鳴き声が聞こえ出したので、気の済むようされるがままにした。

 しばらくすると泣き疲れたのか、ルルカの寝息が聞こえて来る。それでもしっかりと手を掴んでいて、離してくれないようなので、なんとか起こさないようにと、僕もその隣で体を休める事にした。色々ありすぎて僕も疲れていたのだ。



 ――だから。


 目が覚めた時、超驚いた。

 手を握って隣で寝ていたはずの女の子が、僕の懐に潜り込んで抱き着いて寝ているのだから。


 だ、大丈夫。僕はそっちの人じゃない。決して間違いは起こしてない。これはそう、単なる寝相だ。ルルカの寝相が悪かったのだ。だから偶然にもこんな形でジャストフィットして、たまたまこんな姿勢になっただけなんだ。そう僕は悪くない。僕は全然悪くない。


 誰にともなく言い訳をしていると、いつの間にか夜が明けているのに気が付いた。


 ルルカはまだ寝息を立てていたので、起こさないようにそっと傍を離れる。

 扉を開けて表に出ると、気持ちの良い朝日が山間から差し込んできていた。


 伸びをしたあと大きく息を吐くと、僕はこれからのするべき事を考えた。


 ルルカの怪我はあと二回くらい回復魔法を掛けないといけない。ここをルルカが回復するまでの根城とするにしても、全くの無警戒でいる訳には行かないだろう。国境を越えたはずだから大丈夫だとは思うけれど、必ずしも追手が来ないとは限らない。何か探知できるような魔法は有ったかな? 


 頭の中の記憶を探っていると、急に耳鳴りがして声が響いた。


 『来たぞ』


 もう一人の僕の声。

 嫌な気配がして身体を捻ると、丁度頭のあった辺りに黒い何かが通り過ぎた。


 通り抜けたその先を見ると、棒手裏剣と思しき物体が、建屋の壁に刺さっていた。


 飛んできた元を辿る。


 朝日の中、佇む黒い影が有った。

 目を細めて良く見ると、軍帽を目深に被った人の姿だと分かる。

 朝日が浮かび上がらせた形状は女の姿。しかも軍服を着た女の姿。


 その軍服女は帽子をクイと上げると、


 「うん、あれを避けるんだ、やはり試す価値はありそうだね」


 と、言い放った。


 その言葉に、僕は寒気を覚えた。

 軍服はセルムスのもの。だとするとルルカを追ってきた追跡者と考えるのが自然だけど、今言った言葉は僕に向けたもの。試す? いったい何を……。


 これはマズいかもしれない。僕が咄嗟に身体強化の魔法を唱えようとすると、


 「させると思う?」


 軍服女が素早く飛び込んできて、僕の喉に手刀による突きを叩き込んだ。

 瞬時に喉をつぶされて、演唱を止められる。


 気管に穴が開いていた、何とか息は出来るが演唱は出来そうもない。

 わざとやっている事は簡単に気が付ける。

 殺す気でいるのなら、気管ではなく頸動脈や脛骨を狙うはずだ。でもどうしてこんな事をする。その意味が分からない


 僕が軍服女の攻撃で吹き飛ばされ転がる最中、頭の中では『変われ』『変われ』とうるさく響いていた。

 演唱の出来ない魔法使いほど、役に立たないものは無い。

 僕は苦渋の決断をすると、もう一人の僕に向かって言った。


 せめてルルカは巻き込むなよ!


 『分かったよ』


 頭の中で声が響くと、左手の先から赤い光が僕を包み込んでいく。赤の光は僕の全身を包み込むと、レジスタンスの砦の時のように『殺せ』『殺せ』と言う声を響かせた。


 『赤』となった僕は、殺戮の欲望を剥き出しにしながら、軍服の女に襲い掛かる。右、左、引っ掻くように振り抜いてからの、右足、左足の連続蹴り。

 だが、女は『赤』の全ての攻撃を紙一重で躱すと、背後に大きく跳ねた後、一旦距離を取ってこう言った。


 「じゃ、試させてもらうよ」


 軍服女がそう言うと、彼女の左手から黒い光が現れる、その黒い光はどんどんと膨れ上がり彼女の身体を飲み込んで一つの姿を作り出した。


 その姿。


 額から延びる捻じれた角。

 背中から生える蝙蝠のような翼。

 指先に延びる長い爪。

 まさしく『黒の悪魔』と呼ぶにふさわしい姿だった。


 「化け物はあんただけじゃないんだよ」


 女はそう言うと、ニヤリと笑ってから飛び掛かって来た。










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